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2013年7月 9日 (火)

小川一水「天冥の標Ⅵ 宿怨 PART1・2・3」ハヤカワ文庫JA

 「すべてに付加価値と保険料を。優越せずに統治を」  ――宿怨 PART1

【どんな本?】

 気鋭のSF作家・小川一水が全10部の予定で送る、壮大な未来史シリーズ第六弾。

 時は25世紀末~26世紀初頭。人類は小惑星帯までに生活圏を広げ、多種多彩な国家や共同体が乱立しながら、ロイズ非分極保険社団を調整役または中心とした形で発展しつつあった。そんな中、<救世群>の少女イサリがプチ家出中に、スカウトの少年アイネイアと出遭う。その裏で、<救世群>は大きな計画を進めていた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 PART1は2012年5月15日発行、PART2は2012年8月25日発行、PART3は2013年1月25日発行。いずれも文庫本縦一段組みで、それぞれ本文約350頁・約384頁・約467頁に加え、4頁の年表と21頁の人物・用語集を収録。9ポイント40字×17行×(350頁+384頁+467頁)=約816,680字、400字詰め原稿用紙で約2042枚。長編小説4冊分の大ボリューム。

 ライトノベル出身の作家だけあって、文章はこなれていて読みやすい。内容は、科学・SF的にかなり考え抜かれ突っ込んだ設定で、好きな人なら身もだえする読み応えながら、理科が苦手な人でも「なんかスゴい事やってんだな」ぐらいに考えておけば充分に楽しめる仕掛けになっている。

 もうひとつ、このシリーズの優れた特徴として、時代的に不連続な点がある。今までⅠ部「メニー・メニー・シープ」からⅤ部「羊と猿と百掬の銀河」まで発表されているが、個々の部分はそれぞれに独立・完結しており、また必要な設定などは充分な説明があるため、どの部分から読み始めても楽しめる構成になっている。手に入れやすい巻から読んでいこう。完成時には星雲賞受賞は確実な傑作ですぜ。

【どんな話?】

 西暦2499年、人工宇宙群島スカイシー3を、レセプションで訪れた13歳の少女イサリは、もはや伝説となった「星のリンゴ」を求め脱走した…はいいが、いきなり遭難してしまった。そこは、気温が氷点下でブリザードが吹き荒れる原野だったのだ。気を失う寸前に、イサリは一人の少年アイネイア・セアキに救助される。アイネイアらは、スカウトの演習として、この節減を突っ切る行軍の途中だったのだ。戸惑うイサリを、彼らは親切に迎え入れる…充分に必要な配慮を払いながら。

【感想は?】

 ゴージャス。宇宙に広がる人類を描く物語として、細かい台詞から大きな設定まで、ありとあらゆる面白さがギッシリ詰まってる。

 今更になって気づいたんだが、彼の宇宙史は、かなり独特の社会を描いていて、これが実に理に適っている…気がするのだ。何が理に適っているといって、その社会形態だ。

 多くの人類は、小惑星帯を中心に大きく分散して住んでいる。またはガンダムのシリンダー群のように、人工的な住環境である。各居留地間は、大きな距離で隔てられている。核融合エンジンが実現されているとはいえ、移動には時として数ヶ月単位の時間がかかる。こういう状況で、人類はどんな社会を築くだろうか。

 個々の住環境の中では、密接で直接的なコミュニケーションが交わされる。各住環境同士では、豊富な情報通信が行われるが、直接の行き来は難しい。そして、自然環境はいささか厳しいため、人も社会も、テクノロジーに大きく頼らなければならない。その結果、どうなるか。

 ジオンのように強力な中央集権国家?うんにゃ。ブルース・スターリングの機械主義者/工作者のように、テクノロジーやイデオロギーにより2派に別れいがみ合う?うんにゃ。もっと、もっとだ。

 個々の住環境は、独立性を高めてゆく。と同時に、高度なテクノロジーへの依存と活発な情報通信は、ある程度の外の世界との交流を促す。地球上とは全く違う住環境は、地上では思いもよらぬ倫理や文化を発達させるだろう…それぞれの住環境ごとに。

 結果、多種多彩な小国家や共同体が乱立しつつ、烏合離散を繰り返しながら、商業的には活発に交流する形になるだろう。宗教やイデオロギーで固まる集団もあれば、生活様式で集まる人々もいる。地上では大きな河川のほとりの平野部で都市が発達し権力の中心となるように、多くの人口を養える住み易い環境があれば、そこに人と財が集まり大きな権力が育つだろう。

 地の利を得て発達したのが、小惑星セレスを根城としたロイズ非分極保険社団。なんで保険会社が権力になるのかって?これが、イロイロとあるのだが…

 現代の地球は、やや人口過剰だが、もし人口が過小で、都市部に人口が集中する傾向が強く、かつ人々が国家間を自由に行き来できたら、どうなるだろう?人は、より住み易い国家へと流れてゆくだろう。では、住み易さとは?より安い税金、より安い物価、より高い収入、より多くの自由、より安全な生活。何に重点を置くかは人それぞれで、この「宿怨」でも、自由を最重視する人たちが出てくる。リバタリアンの末裔とでも言うか。

 保険会社は、安全・安心を提供する。一見、保険料を取って保証金を支払うだけのように見えるが、ちゃんと安全性の査定もしているし、時として安全確保のため積極的に動くこともある。ソマリア沖を通る商船やタンカーも保険に入っている。ソマリアの海賊は、保険会社の業績に大きな影響を与える。営利企業だから、払い戻しはしたくない。安全になればなるほど、保険会社は儲かるのだ。この辺、鳥井順の「イラン・イラク戦争」が、いい参考になる。戦争の趨勢が、ペルシャ湾を通るタンカーの保険料に強く反映しているのだ。

 また、加入者が多いほど保険会社は儲かる。経済が活発になり流通が盛んになれば、やっぱり儲かる。交通事故が減っても儲かるし、戦争が減っても儲かる。そして、ほぼ全ての産業が、保険に関係してくる。なら、政府と何が違う?

 対照的なのが、<救世群>。彼らは好きで<救世群>にいるわけじゃない。押し込められたのだ。彼らの行為とは何の関係もない、彼らには何の責任もない、単に運が悪かった、ただそれだけの理由で、ある日突然に住処を追われ、今までの行き方を断ち切られ、家族とも引き離され、<救世群>としての人生を強要される。

 ってな社会的な仕掛けと同時に、テクノロジーとサイエンスの楽しさと、活劇の面白さを両立させているのも、この作品の魅力。宇宙空間を舞台として、新兵器・新戦術が次から次へと登場し、息詰まる艦隊戦から、血しぶき飛び散る白兵戦まで、見所たっぷりのアクションが楽しめる。

 艦隊戦は、谷甲州が「航空宇宙軍史」で、かなり科学的に設定を詰めちゃった事もあり、少なくとも日本のSFじゃアレを越えるのが難しい状況が続いていた。が、小川一水は先の「アウレーリア一統」で見事な仕掛けを見せ、新時代の宇宙戦闘を復活させた。ここでもその腕は健在で、電子戦はもちろん、光学兵器から物理兵器まで使いどころを用意し、と同時にかつての帆船同士の戦闘や現代の潜水艦戦を思わせる、息詰まる読みあいの頭脳戦を復活させた。そう、ミサイルなどの物理兵器と、レーザーなどの光学兵器は、全く使い方が違ってくるのだ。

 白兵戦を復活させたのも嬉しい限り。「アウレーリア一統」は社会的な縛りだったが、ここでは物理的・戦略的・戦術的に白兵戦の必要性を納得させてくれる。しかも、ただの白兵戦じゃない。実はですねえ…

 そういう細かい配慮は、冒頭のイサリが遭難する場面から嬉しくなる仕掛けがドーンと出てくる。シリンダー型の住環境は、自転で人工的に擬似重力を発生させている。擬似なので、地上の重力とは働き方がイロイロと違う。彼女が河にハマる場面は、SF者が「これだよ、これ!」と叫びたくなるギミック。そうそう、違うんだよね、地上とは。

 などSFな面白さに加え、「お仕事小説」が得意な小川一水ならではの視点で、人間を描いてるのも、このシリーズの特徴。仕事が生き方になっちゃったのが、医師団(リエゾン・ドクター)。医師ってのは、「ヒポクラテスの誓い(→Wikipedia)」に象徴されるように、ある意味ギルド的な性格を持った職能集団でもあって。また、PART2に出てくる婦人服店員の台詞も、この著者らしい「お仕事」観に溢れてる。

「だと思った。じゃあひとつだけ。次に来るときはもっとまともに見立てさせて」

 これまた関係あるかどうか分からないが、メニー・メニー・シープ以来、重要な役割を担っている、羊。これ、遺伝的に面白い性質を持っていて。現在、家畜として飼われているムフロン種の染色体は54本なんだが、野生の羊は58本や56本の種もあって、しかも交雑可能だとか。以下、「品種改良の世界史 家畜編」より引用。

西アジアのイラン高原ではアジアムフロンとウリアルの雑種集団が自然に形成されており、染色体数が54~58本までのさまざまな交雑種が生息している。中には、アジアムフロンとウリアルの交雑だけではあり得ない55本や57本の染色体数を持った雑種もみられる。

 なんというか、遺伝子的に柔軟なんですな。とすれば、アレがナニしてるのも、適切な選択でしょう。
 と、前の「羊と猿と百掬の銀河」では、大きく前面に出てきた彼ら。この「宿怨」では、更に大きな役割を担い、かつ、もっと驚きの仕掛けまで飛び出してくる。

 などの仕掛けの他に、冒頭の「イサリ」に代表されるように、人の命の繋がりを感じさせる大河歴史ドラマの面白さもアチコチにあって、そう、「星のリンゴ」とは…ってな事を書いてると、キリがない。読み始めたら止まらず、読み終えたら他の巻を読み返してしまい、いくら時間があっても足りなくなる、とっても困った作品。

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