エドワード・O・ウィルソン「社会生物学 合本版」新思索社 伊藤嘉昭日本語版監修 第Ⅲ部
ついで Hamilton は、膜翅目では半倍数性の性決定のため、近縁係数は母娘間では1/2にとどまるが、姉妹間では3/4となることを指摘する。これは姉妹が、父から受け取る遺伝子のすべてを共有し(父はホモ接合〔と同じ〕なので)、母から受け取る遺伝子の1/2を共有するためである。
――第20章 社会的昆虫
【どんな本?】
エドワード・O・ウィルソン「社会生物学 合本版」新思索社 伊藤嘉昭日本語版監修 第Ⅱ部 から続く。
ネオ・ダーウィニズムの観点、つまり突然変異と自然淘汰によって生物は進化した、という大前提で、主に動物の集団・群れ・社会の構造・構成や、各個体の様々な行動とそのきっかけ・目的・集団または個体に与える影響・頻度などを調査・解析・解明する、自然科学の学術書。
第Ⅰ部は、社会生物学の基本的な用語や概念を解説する。
第Ⅱ部はそれを掘り下げ、幾つかの種に共通して見られる社会の構造や社会的な行動を軸に、種を横断して論を進める。
第Ⅲ部では逆に、個々の種を軸とし、種ごとに社会構造や社会的な行動を見ながら、発生の系統・身体構造・生態上の位置または生息環境などと、社会構造・社会的な行動との関係を探る。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Sociobiology : The New Synthesis, Edward O. Wilson, 1975。日本語版は最初に5分冊で出たが、私が読んでいるのは1999年9月10日の合本版。ハードカバー横一段組みで本文約1140頁の重量級。9ポ イント36字×32行×1140頁=約1,313,280字、400字詰め原稿用紙で約3284枚。長編小説6~7冊分。
日本語の文章は現代の基準から見てかなり堅く、内容も高度で、大学の専門課程の教科書レベル。生物学は遺伝子のヘテロ接合とホモ接合ぐらいで充分だが、数学が難関。ΣやΔや行列式などが続々と出てくるので覚悟しよう。特に確率と統計が重要で、多重回帰分析の話も出てくる。
ちなみに私は数式を読み飛ばしてます。
【構成は?】
日本語版への序/日本語版監修者のまえがき/合本版への日本語版監修者のまえがき/翻訳分担
第Ⅰ部 社会進化
第1章 遺伝子の倫理
第2章 社会生物学の基本概念
第3章 社会進化の原動力
第4章 集団生物学の原理
第5章 群淘汰と利他現象
第Ⅱ部 社会機構
第6章 集団の大きさ、繁殖、時間-エネルギー収支
第7章 社会行動の発達と修正
第8章 コミュニケーション:基本原理
第9章 コミュニケーション:その機能と複合的システム
第10章 コミュニケーション:起源と進化
第11章 攻撃
第12章 社会的間隔、縄ばりを含む
第13章 順位システム
第14章 ロールとカスト
第15章 性と社会
第16章 親による子の保護
第17章 社会的共生
第Ⅲ部 社会的な種
第18章 社会進化の四つの頂点
第19章 群体制の微生物と無脊椎動物
第20章 社会的昆虫
第21章 冷血脊椎動物
第22章 鳥
第23章 哺乳類における進化的傾向
第24章 有蹄類と長華類
第25章 食肉類
第26章 ヒトを除く霊長類
第27章 ヒト:社会生物学から社会学へ
文献/動物名索引/人名索引/事項索引/用語集/監修者および訳者略歴
訳者は坂上昭一/粕谷英一/宮井俊一/伊藤嘉昭/前川幸恵/郷采人/北村省一/巌佐庸/松本忠夫/羽田節子/松沢哲郎。今回の記事は、上の黒字の部分。
【感想は?】
今まではおカタい一方だったこの本、第Ⅲ部では個々の種の生態にスポットがあたるためか、素人の「どうぶつ好き」にとっても面白く読めるエピソードが増えてきた。
全般的に原始的な生物から複雑な生物へ、古い生物から最近(といっても数十万年とかの単位だけど)登場した生物へと進む展開だが、最も見事な社会を見せるのが実はカツオノエボシなど群体のクダクラゲ(→Wikipedia)というのが皮肉。なんと、あれ、個体じゃないのね。個虫が群れ、合体した姿。信じられん。ただ、「個虫がすべて単一の受精卵に由来する」から、遺伝的には同じ。でも、部位によって全く姿が違うんだよなあ。
次に出てくるのは昆虫で、主役はアリとハチとシロアリ。ここでもアリとハチは冒頭の引用に挙げたように、親子より姉妹の方が遺伝的に縁が深い、独特の繁殖形式がある。廃棄物回収業者としてのシロアリの能力は凄まじく…
柱、垣根、木造建築物、生木、栽培植物、羊毛、角、象牙、干草、皮革、ゴム、砂糖、人糞と獣糞および電線のプラスチック被覆さえ襲うことが観察されている。奥地の建造物はうっかりしていると家も垣根もすべて2~3年で塵にされる。
法隆寺が今も残っているのは奇跡かも。
ケロロ軍曹たちが時おりやる共鳴、あれネタかと思ってたら、本当にカエルは共鳴するらしい。つまりは蛍の光と同じ雌を惹きつけるディスプレイで、しかもチームプレイ。ユビナガガエル科のコヤスガエル属のコーラスは、「2匹がかわるがわる発する声からなる」。
哺乳類の基本は母と子。これを基本として母系性からハレムへと発展する。このハレム、中心は一匹の雄なんだけど、そのボスが死ぬか叩き出されると、別の雄がハレムの主になる。一見、家父長制っぽく見えるけど、社会として維持されてゆくのは雌の集団なわけで、むしろ雌の集団が共同で用心棒として雄を雇ってる形に近い。なお、あぶれた雄はゆるい群れをなすとか。
ハレム型は雄がリーダーだけど、強烈な例外がゾウ。スティーヴン・バクスターの作品で「マンモス 反逆のシルバーヘア」って長編があるんだけど、あれはゾウの生態に基づいてたのか、と感激した。ゾウの生態はなかなか面白くて…
おとなの雌は緊急時には利他的に他個体を助け、子は、たまたま乳のでるその雌からも差別なく授乳を受けることができる。群れは常に1頭の年とった雌のリーダーに率いられている。
巨体ならではの生態も強烈で、しかも「ゾウは成熟後も発育を続ける」というから凄い。火星あたりに連れて行ったら、どこまで大きくなることやら。巨体と怪力を生かして木をへし折り、林を草原に変えてしまう。怖いのは突進で、「本気の攻撃では敵意を誇示することはごくわずかで、ほとんとなんの予告もなしに攻撃が始まる」。
「からだの平均サイズが大きい有蹄類ほど、大きく安定した群れをつくる」というから、図体の大きい草食動物は、捕食動物に対し、ウエイトを生かした生存戦略を取ってる、ってことなんだろう。
食う側で狩りの名手って印象があるオオカミ、意外と大きい得物は苦手らしく、「ロイアル島での David Mech の観察によると、オオカミが狙いをつけた131頭のヘラジカのうち、最終的に殺されて食われたのはわずか6頭にすぎなかった」。犬が散歩が好きなのも道理で…
1パックの行動圏は1,000km2台と考えるのが妥当であろう。(略)オオカミはマラソン選手のように疲れをみせずに一定速度で走りつづけ、24時間に100km以上も走ることができる。フィンランドの深い雪のなかで、人間に追われたときには、いくつかのパックが1日200kmも走ったという。
次第にヒトに近い種へと話が進むこの本、ついついヒトの生態と比べて考えたくなるし、実際に最終章はヒトの生態に割いている。そういう視点で面白いのが、縄ばりと気候の関係で、「時間空間的な食物の予測可能性が高ければ高いほど、縄ばり制の進化は推し進められる」。
アフリカ北部の国境はいかにも人工的な直線が多いし、サウジアラビアとイエメンは国境線が不明確。この辺の人は不安定な移動生活してたから、あまし縄ばり意識が発達しなかったのかも。実際、住処より血族の結束が強い地域なんだよなあ。社会的にもマントヒヒと似ている…ってのは、さすがに失礼か。
研究者や学生を対象とした本格的な学術書なだけに、読みこなすのは相当な歯ごたえがある。1975年の本のためか、メチル基による遺伝子の不活性化などの新しい知見は反映されておらず、やや生来的な部分を過大評価している気もするが、「生物の生態を社会という軸で捉える」という視点を得るには、最も充実した内容だろう。
でも、さすがに重量1.8kgってにはシンドい。やっぱり分冊の方が扱いやすいんじゃないかなあ。そこが最大の不満。
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