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2013年7月20日 (土)

エドワード・O・ウィルソン「社会生物学 合本版」新思索社 伊藤嘉昭日本語版監修 第Ⅱ部

 化学的信号は、いくつかの目立った有利さをもっている。それは暗闇のなかを伝わり、障害物をよけながら伝わってゆく。また、潜在的に大きなエネルギー効率をもっている。通常の複雑さをもった化合物であれば10-6g以下の量で何時間も何日間も持続する信号を作り出すことができる。フェロモンはエネルギー的に安く生合性でき、貯蔵腺を開いたり腺細胞の表面を反転させるような簡単な操作で広くばらまくことができる。
  ――

【どんな本?】

 エドワード・O・ウィルソン「社会生物学 合本版」新思索社 伊藤嘉昭日本語版監修 第Ⅰ部 から続く。

 ネオ・ダーウィニズムの観点、つまり突然変異と自然淘汰によって生物は進化した、という大前提で、主に動物の集団・群れ・社会の構造・構成や、各個体の様々な行動とそのきっかけ・目的・集団または個体に与える影響・頻度などを調査・解析・解明する、自然科学の学術書。

 生物学の本だけに、様々な生物の興味深い生態が多数出てくる。テーマとして社会を扱うため、野生状態で複雑に社会化している昆虫のミツバチ・アリ・シロアリの例が多いの特色のひとつ。脊椎動物では霊長類が多く、これは比較的に社会性が強く、またニホンザル・アカゲザル・チンパンジーなどの観察記録が多いためだろう。ときおり、ヒトの例も出てくるのがご愛嬌。

この本の最も際立った特徴は、各個体の行動を解析する際に、「その行動にどの程度のエネルギーまたは不利益が必要か」「その行動によりその個体が持つ遺伝子がどれぐらい残るか」などを数式化・数値化しようと試みている点。数式化・数値化に際してはコンピュータ・シミュレーションも多く使っている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Sociobiology : The New Synthesis, Edward O. Wilson, 1975。日本語版は最初に5分冊で出たが、私が読んでいるのは1999年9月10日の合本版。ハードカバー横一段組みで本文約1140頁の重量級。9ポイント36字×32行×1140頁=約1,313,280字、400字詰め原稿用紙で約3284枚。長編小説6~7冊分。

 日本語の文章は現代の基準から見てかなり堅く、内容も高度で、大学の専門課程の教科書レベル。生物学は遺伝子のヘテロ接合とホモ接合ぐらいで充分だが、数学が難関。ΣやΔや行列式などが続々と出てくるので覚悟しよう。特に確率と統計が重要な役割を果たす。

 ちなみに私は数式を読み飛ばしてます。

【構成は?】

 日本語版への序/日本語版監修者のまえがき/合本版への日本語版監修者のまえがき/翻訳分担
第Ⅰ部 社会進化
 第1章 遺伝子の倫理
 第2章 社会生物学の基本概念
 第3章 社会進化の原動力
 第4章 集団生物学の原理
 第5章 群淘汰と利他現象

第Ⅱ部 社会機構
 第6章 集団の大きさ、繁殖、時間-エネルギー収支
 第7章 社会行動の発達と修正
 第8章 コミュニケーション:基本原理
 第9章 コミュニケーション:その機能と複合的システム
 第10章 コミュニケーション:起源と進化
 第11章 攻撃
 第12章 社会的間隔、縄ばりを含む
 第13章 順位システム
 第14章 ロールとカスト
 第15章 性と社会
 第16章 親による子の保護
 第17章 社会的共生

第Ⅲ部 社会的な種
 第18章 社会進化の四つの頂点
 第19章 群体制の微生物と無脊椎動物
 第20章 社会的昆虫
 第21章 冷血脊椎動物
 第22章 鳥
 第23章 哺乳類における進化的傾向
 第24章 有蹄類と長華類
 第25章 食肉類
 第26章 ヒトを除く霊長類
 第27章 ヒト:社会生物学から社会学へ

  文献/動物名索引/人名索引/事項索引/用語集/監修者および訳者略歴

 訳者は坂上昭一/粕谷英一/宮井俊一/伊藤嘉昭/前川幸恵/郷采人/北村省一/巌佐庸/松本忠夫/羽田節子/松沢哲郎。今回の記事は、上の黒字の部分。

【感想は?】

 第Ⅱ部に入ると、退屈な用語説明などの割合が減り、エピソードの分量が多くなる。かの有名なライオンやハヌマンラングールの雄の子殺し(→Wikipedia)とか。

 ヒトは野生動物に比べ視覚・聴覚に大きく頼っているが、多くの哺乳類は個体識別などで臭いが重要な意味を持つ。這うスターが子を産んだ時、迂闊に人が子に触れて匂いを移すと母親が子を食べちゃったりする。冒頭の引用は、主に種内の情報伝達の媒体として化学物質を使う利益を述べた部分。人間の会話の情報伝達量が秒間6~12ビットなのに対し、化学物質による伝達システムは適切に設計すれば「1秒間に10,000ビットの情報を伝達することができる」。パソコン通信時代のモデムは9600bpsだったんで、だいたい同じぐらい。

 ただし、欠点もある。「伝達が遅いということと、消失してしまうということである」。近距離での通信には向くけど、リアルタイムの遠距離には向かない。「場所」が大きな意味を持つ情報、例えば路上の道案内や非常口の指示、または地雷のマーキングには使えるかもしれない。ここ掘れワンワン。

 実際、アリの行列はフェロモンによってできるとか。運べないほど大きなエサを見つけた働きアリは、道にフェロモンで印しをつけ、巣に戻って他の個体を誘う。誘われた個体はフェロモンを辿り、やはり帰りに印しを残す…2割ほどは迷子になるそうだが。これを繰り返して、明確な行列になってゆく。単純な分散アルゴリズムによる高度な組織化の例ですな。

 有名なミツバチの尻ふりダンスの情報量を計算してるのも面白い所。それによると、方向は4ビット=16分割、距離は3ビット=8分割。意外と解像度は荒い。

 オオカミが怖い理由は、集団で襲ってくるから。「オオカミ、ハイエナ、ライオンの狩猟集団は、追跡する得物がどれほど捕獲しにくいかによって、その個体数を変える」。ガゼル相手ならライオンは一匹で来るけど、「アフリカスイギュウのときは、群れの成獣のほとんどあるいは全員の努力を必要とするのである」。マサイの戦士は1対1で対峙するってことは、ヒトはナメられてるのかしらん。

 同種の間でも攻撃行動は起こる。ローレンツの「攻撃」じゃ「同種間の闘争は滅多に殺さない」となってたが、そうでもない事が近年はわかってきた。ニワトリの突きの順序、あれ最終的には一次元の直線に落ち着くんだけど、落ち着く過程じゃ階層型やリング型など様々なプロセスを経るとか。これはイラストが綺麗に説明してて、整列のアルゴリズムを見てるような雰囲気。なお、「三歩歩けば忘れる」は嘘で、2~3週間は突きの順位を覚えているそうな。まあ3週間で忘れるんだけどw

 面白いのが、同種間の闘争を巡るアカゲザルの群れの実験。餌不足は「攻撃-服従の関係の減少を引き起こした」「だらだらと囲いの中を探索」しはじめ「あらゆる社会的なやりとりを減少させ」た。「過密化は、攻撃的な相互作用を2倍足らずしか増加させなかった」。が、4~10も攻撃行動を激化させた実験がある。見知らぬアカゲザルを入れた場合だ。少なくともアカゲザルでは、ヨソモノが紛争を巻き起こすのである。これはニワトリも同じなんだけど、ニワトリの場合は突きの順序が乱れ、それを決めるためのバトルが起こるため。けどヒトがサルやニワトリ並みだとは思いたくないなあ。

 性を取り扱っているのも、この本の特徴。そもそも性が何の役に立つのか、明確な結論は出てないっぽい。この本によると有力なのは多様性の確保で、予測できない環境の変化への保険として、多様な遺伝子があった方がいい、という事らしい。

 はいいが、オスは大変だ。縄張りを確保し、同種のオスと競争してメスを確保せにゃならん。なんと光源氏するのまでいる。マントヒヒの雄は、「ハレムに加えるために、雌のコドモを養子にするのである」。実際は攫ってくるというから酷い。

 子育てで面白いのが原始的な霊長類のツパイ(キネズミ、→Wikipedia)。つがいは雄が作った巣で一緒に寝る。妊娠した雌は子供小屋を作り子を産むが、すぐに雄の巣に戻り、約48時間ごとに子供小屋に行って乳を与えるだけ。ハムスターだってもう少し子供の面倒を見るぞ。

 最後の共生の章では、片利共生・相利共生・寄生からアリの巣の乗っ取りまで、和むものからゾッとするものまで様々。さすがにここでは腸内細菌などの微生物までは出てこないけど、入れたらキリないんだろうなあ。ちなみにシロアリはゴキブリの仲間で、セルロースを消化できるのは腸内の微生物のお陰で、脱皮するたびに微生物も皮と一緒に消えるんで、仲間から糞を貰って補給するそうな。

 やっぱり生物学は、動物の具体的な生態が出てくると面白くなるなあ。

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