« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »

2013年7月の16件の記事

2013年7月29日 (月)

SFマガジン2013年9月号

川上 野尻さんは働いたほうがいいんじゃないですか?働きながら、週末に書いたほうが、アウトプットはあがりますよ。
塩澤 早川書房に入社されますか?
野尻 ……いいかもしれないですね。
  ニコニコ生放送「ボカロから電王戦まで――SFが現実になるとき」採録

 280頁の標準サイズ。今月の特集は「サブジャンル別SFガイド50選」として、10テーマそれぞれに海外作品の代表5作をレビュー。テーマは宇宙SF・異星人/アンドロイド・仮想世界・時間テーマ・ディストピア・大作/シリーズ・感動/ハートウォーミング・SFファンタジイ・ユーモアSF・SFミステリ。加えて小田雅久仁・芝村裕吏・籘真千歳・長谷敏司・藤井大洋・三島浩司・ゆずはらとしゆきが、「マイ・スタンダードSFⅡ」として好きな海外SFをそれぞれ一作紹介する。今月出る月刊誌の中では、最も書評の多い雑誌じゃなかろか。

 芝村裕吏がマイク・レズニックの「キリンヤガ」を挙げてるのが嬉しい。ほんと、「空にふれた少女」は文句なしの大傑作。シリーズとしても、終盤でのドンデン返しが見事すぎる。未来の架空の世界の話なんだが、似たような構図は今も現実に起きてるんだよなあ。書評としては、三島浩司の「星を継ぐもの」評が外道技ながら大胆で笑った。

 小説はラヴィ・ティドハー「ナイト・トレイン」,菅浩江「化粧歴程」,草上仁「犬を連れた男」,中村弦「フェアリー・キャッチ」,夢枕獏「小角の城」の5作。

 ラヴィ・ティドハー「ナイト・トレイン」。未来、黄昏時のバンコク、フワランポーン駅。彼女は暗殺者を警戒しながら、<親爺>を待っている。<親爺>の殺害を請け負った彼女は、逆に<親爺>にスカウトされ、今は彼の警護をしている。今回の旅行は危険が予想されたのだが、<親爺>はメンツにかけてもやりとげるつもりだ…
 冒頭の「彼女の名前はモリーではなかったし、ミラーシェードであれ何であれ、眼鏡はしていなかった」で爆笑。発達したテクノロジーと猥雑なバンコクのコントラストが面白い。しかし、なんで巨大ナメクジが機関車になるんだかw しかも機関士が酷いw 過激な肉体改造も、タイが舞台だと、なんか納得しちゃうから不思議だ。

 菅浩江「化粧歴程」。医療と美容の融合を果たし巨大企業に成長したコスメディック・ビッキーは解体分割され、取締役の山田キクは退任する。シンボルとしてモデルを務めてきた山田リルは事故で負傷し、その治療も兼ねて宇宙空間対応の人工皮膚を身にまとい、衛星軌道へと旅立ってゆく。
 今までのシリーズの登場人物が次々と顔を見せて、堂々の大団円。合間にコスメディック・ビッキーの広告を挟みつつ、遥か昔からの連なりを垣間見せて終わる。加筆修正の上でJコレクションで秋に刊行予定とか。なぜかジョン・ヴァーリーの「残像」を読み返したくなった。従来の身体改造物から一歩、自らの肉体を改造する人の心に踏み込んだ作品。

 草上仁「犬を連れた男」。探偵にかかってきた電話、「人を探して欲しいの」。事務所に訪ねてきたのは、普通のオバサンだった。依頼内容は、人探し。彼女が飼っている小型犬チョコを、散歩させてくれる男だ。あまり人に慣れないチョコだが、彼にはなついており、彼が飼い犬タロウを散歩させるついでに、チョコも連れて行ってくれていたのだが…
 草上仁お得意のズッコケ・ハードボイルド。妙に生活感が漂う探偵は、ピーター・フォークを連想させる、疲れた感じの中年男だろうなあ。カミさんはいないっぽいけど。コミカルに書き込んだ愛犬家のコミュニティが楽しい。「○○ちゃんのパパ」になっちゃうのは、PTAと同じかな?

 中村弦「フェアリー・キャッチ」後編。避暑地の民宿の子で、小学三年生の昭太郎。夏休み、彼の家に宿泊した旅芸人は、夜の森に出かけては網で奇妙な生き物を捕まえていた。避暑に来た外国人の少女エミリーを連れ、旅芸人の網を持って森に出かけた昭太郎は、誤ってエミリーに網をかぶせてしまい…
 先月号の見事な引きに続く後編。エミリー奪回の冒険の旅に出かける前に、昭太郎が準備する場面がじんわりと来る。そうそう、子供って、変なモノに拘るし、創意工夫にも富んでるんだよなあ。危なっかしくはあるけど、少ない資産でやりくりするんで、そこらの木切れやパイプも重要なアイテムとして使いこなしちゃう。

 冒頭の引用は、野尻抱介×川上量生(株式会社ドワンゴ取締役)×塩澤快浩が出演したニコニコ生放送の番組の採録。川上・塩澤両氏が尻Pをいじめる場面に大笑い。川上氏の「そのときの忙しさによります」も妙にリアルw。まあ、そんなもんでしょう。でも忙しくない時って、あるのかしらん。

 カラーの Media Showcase/Movie は、ギレルモ・デル・トロ監督の「パシフィック・リム」を大プッシュ。巨大ロボット vs 大怪獣というお馬鹿映画。これは楽しみ。ギレルモ・デル・トロ監督曰く「怪獣たちのデザインの基本は、着ぐるみっぽいこと」ってのが、泣かせる泣かせる。最後の言葉も、かなりディープなオタク魂を溢れてる。

 やはり Media Showcase/Music、今回はボカロPの特集として、てにおは/八王子P。ここで「あれ?」と思ったのは、ボカロ云々より、いずれもコンセプト・アルバムっぽいな、って点。プログレは干物になっちゃったけど、一応は遺産を残したのかしらん。

 SENCE OF REAL、金子隆一の「でも、お高いんでしょ?」は社会的生物の話。最近ウイルソンの「社会生物学」を読んだばかりの身としては、なかなか気を惹かれる内容。で、なんとハダカデバネズミが登場する。そう、 貴志祐介が、あの傑作で使ったハダカデバネズミ。偶然とは思えない。ちゃんと調べた上でのチョイスなんだろうか。

 READER'S STORY、今月は真北泰光「花と鳥」。予算不足に泣く鳥類研究室。何でももらってくる教授、今回は惑星科学研究所から隕石をもらってきた。狭い研究室だけに、仕方なくオウムのケージに突っ込んでおいたのだが…
 アイデアもさることながら、語りのリズムがいい。特に、助手の突っ込みと、教授の間の抜けた答えの、会話のテンポが最高。

 大森望の「新SF観光局」。伊藤計劃を「古典を消化する義務のリセット」と位置づけたのが新鮮。まあ年寄りってのは説教が好きだから、ついつい若い頃に自分が好きだったモノをネタに滔滔と演説しちゃうんだけど、若い人からすれば、そりゃウンザリするよねえ。あとライトノベルで慣れてるから、SFっぽい仕掛けにアレルギーがないってのも、あるのかなあ。ハルヒとかネタ盛りだくさんだし。まあ、何にせよ、SFが好きな人が増えてるんなら喜ばしい。気が向いたら菅浩江の「そばかすのフィギュア」もお薦め。表題作だけでいいから、味見してほしい。アニメ化してくれないかなあ、GAINAXさん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月27日 (土)

「歴史群像アーカイブ2 ミリタリー基礎講座 戦術入門WW2」学習研究社

 中隊の防御火網は、中隊でもっとも大きな火力を持つ火器である重機関銃を軸として構成される。
  ――戦術入門 歩兵中隊/大隊/連隊

【どんな本?】

 雑誌「歴史群像」に掲載した記事を、テーマごとに集めて再編集したムック。第二次世界大戦の参戦国の軍を標本として、陸軍組織の構成要素である小隊・中隊・大隊・連隊・師団などを、人数・役割・武装や装備・階級・歴史・特徴などを、初心者向けにわかりやすく説明する。また、実際の戦場での理想的な行動を、攻撃・防御・追撃などの各段階にわけて解説してゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2008年5月15日第1刷発行。B5版ソフトカバー縦4段組128頁。8ポイント19字×32行×4段×128頁=約311,296字、400字詰め原稿用紙で約779枚だが、写真やイラストを多数掲載しているので、実質的な文章量は半分ぐらい。

 軍事の本だけにお堅い単語が並ぶものの、文章としては意外と素直で読みやすい。内容もよく考えられていて、歩兵分隊からボトムアップで師団へと登ってゆく構成は、具体的な武装や任務が脳内にイメージできるため、とてもわかりやすい。

【構成は?】

戦術入門 歩兵分隊/小隊 田村尚也
戦術入門 歩兵中隊/大隊/連隊 田村尚也
戦術入門 歩兵師団 田村尚也
戦術入門 機甲編Ⅰ 単車~戦車小隊 田村尚也
戦術入門 機甲編Ⅱ 戦車中隊~連隊 田村尚也
戦術入門 機甲編Ⅲ 機甲師団 田村尚也
戦術入門 師団砲兵 田村尚也
戦術入門 実践編Ⅰ 攻撃機動 田村尚也
戦術入門 実践編Ⅱ 防御 田村尚也
戦術入門 実践編Ⅲ 追撃・離脱・遅滞行動 田村尚也
鉄路の補給戦 宇垣大成
進化する兵站システム 宇垣大成
師団 瀬戸利春
参謀本部 瀬戸利春
コラム 後方支援の多様性 樋口隆晴
コラム 日本陸軍の内務班 樋口隆晴
巻末付録 各国歩兵師団の編成 編集部

【感想は?】

 ニワカ軍オタが随喜の涙を流して喜ぶ、理想的な現代の陸軍組織の入門書。

 書名は「戦術入門 WW2」だ。確かに小隊や師団などの組織ごとに、どんな人数で・どんな武装で・どんな役割を・どんな方法で果たすのか、という形で話が展開する。それが、思わぬ効果を発揮して…

 普通の素人は、小説や軍記を読んで、「小隊」や「連隊」などの言葉が出てきても、イマイチ意味が分からない。多少は詳しくなっても、せいぜいが「小隊→中隊→大隊→連隊の順に組織が大きくなっていく」ぐらいで、個々の言葉が持つニュアンスまで掴める人は少ないだろう。

 それが、この本の前半を占める、田村尚也氏の連載記事を読めば、「中隊」「連隊」「師団」の持つ特別な意味やイメージが、ハッキリと伝わってくるのだ。

 結果として、書名は「戦術入門」だが、実質的には「陸軍組織入門」とも言える内容だ。

 標本として、第二次世界大戦に参戦した各国、具体的には日本・アメリカ・ドイツ・イギリス・ソ連を使っている。第二次世界大戦では、いささか古いように思えるが。

 この本は、単に例を挙げるだけでなく、各国の軍が、どんな理想を掲げ、どんな目的で計画したのか、などの理論・原理的な側面を抑えた上で、現実にはどんな条件に制約され、どんな形で編成し、結果としてどんな長所・短所を見せたか、という形で展開してゆく。こんな風に理論→現実の形で説明してもらえると、読んでいて面白いし、理屈もすんなり頭に入る。つまり、軍組織の基礎が自然と理解できてくるのだ。

 現代の各国の陸軍も、基本的には第二次世界大戦の組織を基礎とし、それをアレンジする形で発展してきた。武装にしたって、小銃が自動小銃に変わり、野砲が自走砲や地対地ミサイルに変わったけど、基本的な役割は同じでだ。自動小銃は歩兵の武装だし、地対地ミサイルは師団またはそれ以上の単位の配備だ。つまり、この本で基礎をマスターしておけば、現代の軍組織も、その応用で理解できるため、現代でも充分に通用するのだ。

 「中隊」や「連隊」などの言葉は、単に組織編制の単位だけではない。それぞれに、独特の「匂い」や「帰属感」がある。冒頭の引用は、中隊の意味を掴むのにピッタリな文章だ。つまり、歩兵中隊とは「重機関銃を運用する単位」と見なせる。が、実際に従軍する兵や将校の立場で見ると、それだけではないことが、この本を読むとわかる。

 例えば、エイブラム・カーディナーの「戦争ストレスと神経症」では、「PTSDの症状を示した兵は、なるたけ大隊から引き離すな、あくまで大隊との心の絆を維持させろ」とある。なぜ大隊なのか、なぜ連隊や師団でないのか、この本を読んでわかった。

 中隊は、多くの国の軍隊で平時の兵営生活の基本単位であり、炊事や教育も中隊単位で行われることが多かった。(略)同じ中隊に所属する兵士は文字通り「同じ釜のメシを喰う」戦友なのだ。

 大隊と中隊の違いはあるが。兵にとっては、軍に入った時から、一緒に居る仲間の最大単位が、(当事のアメリカ陸軍では)大隊なんだろう。同じ大隊と一緒にいる限り、兵は見知った仲間と苦楽を共にしている、そういう気持ちを持ち続けられるって事なんだろう。戦況によっては、同じテーブルで一緒にメシも喰えるだろうし。ということで、兵にとっては中隊は特別な単位なのだ、という事がこの本ではわかる。

 同様に、将校にとっては、連隊が帰属感の単位となる。兵装も、連隊には対戦車砲中隊がついたり(アメリカ軍・ソ連軍・ドイツ軍)、通信中隊(日本軍)がついたりする。まあ、アメリカ軍は大隊に対戦車砲小隊がついたりするんだが、これは金満国家なればこそ。

 師団の大きな違いは、「工兵」が所属することだろう。トーチカで堅い陣地を作ったり、仮設橋を架けたりする、危険で忙しい人たちだ。また、日本軍では、輜重・野戦病院の単位でもあった。兵站の独立単位なわけだ。

 書名にもなっている戦術なのだが、実はこれ、分隊から師団まで、単位と武器こそ違え、基本原理はみな同じだから面白い。曰く「ファイヤー・アンド・ムーブメント」。つまり、隊を二手に分け、片方が攻撃して牽制している間に、もう一方が回りこんで横や後ろから叩く、または交互に前進する、それだけである。歩兵小隊だろうが師団だろうが、果ては戦車ですら基本は同じ。つまるところ、戦闘力とは火力と機動力なんだなあ。

 ってな説明で、圧倒的な威力を発揮しているのが、豊富に掲載しているイラスト。先のファイヤー・アンド・ムーブメントの原理もそうだし、ドイツ軍の快進撃を実現した電撃戦も一発で理解できるし、第一次世界大戦が凄惨な塹壕戦になった理由も、ファイヤー・アンド・ムーブメントの原理で飲み込める。戦車が怖いのは、単に無敵の戦闘力があるだけでなく、やっと形成した前線が千切られちゃうから。グデーリアンが提唱した戦車の集中運用の意味も、結局はファイヤー・アンド・ムーブメントの原則から導かれるから凄い。

 終盤の記事「参謀本部」も、なかなか興味深い内容。ナポレオンの時代から参謀の歴史と役割を解説しつつ、太平洋戦争での日本軍とアメリカ軍の「参謀」と「司令官」の関係の違いを指摘する内容は、両国の軍の体質の違いを鮮やかに照らし出す。

 書名こそ「戦術入門」だが、実質的には「初心者向け陸軍入門」と銘打っていいぐらいの、わかりやすく包括的で、かつ面白い充実した内容。なんで砲が自走すると嬉しいのか、無人偵察機のドコが怖いのかなど、現代の軍事にも充分に通用する理屈が、親しみやすいイラスト一発で頭に入ってくる、ニワカ軍オタなら狂喜乱舞間違いなしの入門書。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月25日 (木)

コリイ・ドクトロウ「リトル・ブラザー」早川書房 金子浩訳

「たいしたことじゃないと思ってるんだろう?いつコーヒーを買ったかを政府に知られてなにが問題なのかと。なぜなら、連中はそうやっておまえさんがどこにいるか、どこにいたかを知るからだ。おれがなんでトルコをあとにしたんだと思う?あそこでは、政府がいつでも国民をスパイしてたからだ。それはよくないことだからだ。おれは二十年前、自由を求めてこの国に来た――だから、自由を奪う手助けをするつもりはないんだよ」

【どんな本?】

 SF作家コリイ・ドクトロウによる、現代を舞台にした青少年向けハイテク冒険小説。2009年度ジョン・W・キャンベル記念賞,プロメテウス賞に加え、日本でもSFマガジン編集部編「SFが読みたい!2012年度版」でベストSF2011の10位に食い込む活躍を見せた問題作。

 サンフランシスコを襲ったテロへの対策として、合衆国政府はICカードの利用履歴や監視カメラなどによる市民への監視や、監禁・恐喝・拷問を含む強引な捜査を始めた。W1n5t0n のハンドル名で、ちょっとしたハックを披露している高校生マーカス・ヤロウは、濡れ衣で国土安全保障省に尋問を受ける。学校でも当局との戦いを決意したマーカスは、Xbox ユニバーサルを武器に、ネットの仲間と共に反撃に出るが…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原初は Little Brother, by Cory Doctorow, 2008。日本語版は2011年3月10日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約399頁で、おまけが豪華。暗号研究家・セキュリティ技術者のブルース・シュナイアー(→Wikipedia)による解説4頁、Xbox をハックしたアンドリュー・“バニー”ファンによる解説4頁、著者による参考文献7頁&各章冒頭の書店への献辞14頁+訳者あとがき6頁。9ポイント45字×20行×399頁=約359,100字、400字詰め原稿用紙で約898枚。長編小説としては長め。

 文章はこなれていて読みやすい。コンピュータとデジタル通信が重要な要素だが、使っている技術の大半は実際に産業界で運用されているものばかり。公開鍵暗号・ベイズ統計・トンネリングなど数学的・技術的なネタも沢山出てくるが、わからなければ「何ができるか」だけを掴んでおけば充分に楽しめる。詳しい人は、「どう説明するか」を楽しもう。結構、うまく説明してると私は思う。

【どんな話?】

 シーザー・チャペス高校の四年生マーカス・ヤロウは、生徒指導室に呼び出された。学校のセキュリティ・システムに何か問題が起きたらしく、看守気取りの副校長フレドリック・ベンスンは、マーカスを疑いカマをかけてきたのだ。適当にかわしたマーカスは、親友のダリルに誘われ、ARG(仮想現実ゲーム)<ハラジュク・ファン・マッドネス>の手がかりを追いに、同じチームのダリルとホルに合流した。その時に響いた轟音が、僕の運命を大きく変えた。

【感想は?】

 うはは。最高に気持ちがいい。

 かなり政治的な内容のため、人によって評価は大きく分かれるだろう。9.11後、ブッシュ政権は愛国者法(→Wikipedia)を通す。テロに対応するため、連邦政府が市民の通信を監視する権利を強める法だ。この本は、はっきりと愛国者法に反対する姿勢が現れている。そこまでなら、合意できる人も多いだろう。

 問題は、その方法。監視カメラの間抜けなパターン認識を欺いて出し抜く、暗号化したP2Pなどの合法的な手段は、まだいい。だが、電磁波をシールドする袋でRFID(ICタグ)の監視を欺く手口は、窃盗にも応用できてしまう。

 しかも、若者向けに書かれた作品だけに、善玉と悪役がハッキリと別れていて、愛国者法の支持者は、徹底して卑劣で権高でイヤな奴に書かれている。そういう政治思想の人にとっては、ひたすら不愉快で腹の立つ小説だろうから、読むだけ時間の無駄だ。あなたが楽しめる他の本を探そう。

 ということで、以降は愛国者法を面白く思わない人向けに書く。

 まず気がつくのは、著者が現代のIT技術を深く理解している点。いきなり監視カメラを出し抜く方法を披露してるんだからたまらない。これがまた、実に原始的かつ単純で、全くITの知識を持たない人でも簡単に使えちゃうんだからたまらない。最高のパターン認識技術を持ってしても、これほど単純なトリックに騙されるとは。

 他にも、噂のTOR(→Wikipedia),トンネリング(→Wikipedia)などの通信技術、DNSや公開鍵暗号などの原理に加え、ペア・プログラミングや「信頼の環」などの手法や概念など、プログラマが悶絶したくなる細かい技術の話が山盛り。また、RFIDやデビッド・カードなど身近なハードウェアについても、その仕組みから社会に与える影響までキチンと把握してるのが嬉しい。日頃、なんとなく使っているSuicaやtaspoも、当局がその気になれば、あなたの足跡を辿る優秀な警察犬に変わる。まあ、逆に、濡れ衣を着たときはアリバイを証明する手がかりにもなるんだけど。

 など、既に我々の生活の中に入り込んでいるIT技術の話に加え、彩として楽しいのが、主人公マーカス君のオタク属性。いきなり<ハラジュク>なんて言葉が出てくるのでわかるように、マーカス君と愉快な仲間たちは、かなりディープなオタクだ。いきなり「同人誌」だもんなあ。アッチのオタクは相当に活動的で、突発的に街中で集団でコスプレして遊んでたりする。羨ましい。

 つまりはハッカー少年がオタク仲間と一緒に当局に立ち向かう物語なんだが、この作品はもう一つ、重要なスパイスが入っている。

 著者による序文で触れているように、この作品の裏旋律には60年代の反体制文化が流れているのだ。舞台がサンフランシスコなのも象徴的。グレイトフル・デッドの本拠地であり、カミングアウトしたゲイが市長を勤め、カリフォルニア大学バークレー校がIT技術を先導し、やがてシリコン・バレーを開いたベイエリア。

 お話としては全米に騒動が広がりそうなもんだが、不自然に舞台はベイエリア内で終始する。主人公が高校生のため行動範囲が狭いから、とも解釈できるけど、国土安全保障省がベイエリアに拘るのはおかしい。この齟齬は、著者のベイエリアへの愛の現れだろう。

 それを頭にいれて読むと、実はサンフランシスコのご当地小説という側面が見えてくる。作中にもジェファーソン・エアプレイン(→Wikipedia)のグレイス・スリックを思わせる人物が出てきたり、ドラァグ・クイーン(→Wikipedia)が闊歩したり。冒頭のテロの標的が○○なのも、ご当地小説のゆえ。

 物語のヒロインは、襲われたときに、服はやぶけても顔に傷はつかない。ヒロインが泣く時も、涙は流しても鼻水は垂れない。それが物語作りのお約束。そして、サンフランシスコは全米No.1の人気観光都市であり、サンフランシスコの顔と言えばアレ。傷つけるわけにはイカンのです、何があろうと。

 主人公がバスやBART(→Wikipedia)を乗りこなすのも、アメリカの物語にしては少し異色だが、これも公共交通機関が発達しているサンフランシスコならでは。自転車でもいいんだろうけど、あそこ、アメリカにしては坂が多くて、ちょっとキツいのよ。アメリカ人観光客はすぐにレンタカーを借りるけど、海外からの観光客は公共交通機関に頼る傾向があるから、BARTやバスが主な足になるわけで、その辺の配慮だろう。まあ、自転車で移動しちゃうとICカードのトリックが使えなくなる、という物語上の都合もあるんだろうけど。もちろん、観光客に人気のフィッシャマンズ・ワーフも出てきます。

そんな反体制運動の歴史を持つベイエリアだけに、大人たちにも気骨のある人たちが混じってる。Don't Trust Over 30 なんて懐かしい言葉が出てきたり、フリーダム・ライドの逸話が語られたり。人種差別が関わってた運動だけに、この作品にも影を落としてる。かと思えば、冒頭の引用が示すように、多様性を受け入れる包容力を持つのもベイエリアで、世界最大のチャイナ・タウンがあったりする。ミズ・ガルベスの講義からは、Chicago(→Youtube) が聞こえてきそうな熱気が伝わってくる。

 若くインターネットに親しんだ者から見たマスコミの姿(やっぱりFOXは悪役)、親子の立場の違いによる考え方の違い、厨二っぽいイキがり方、デジタル・カメラの落とし穴など、他にも美味しいネタが盛りだくさん。お話は面白いし、技術的な部分はしっかりしてる。政治的にアクが強い作品だけど、話題性はたっぷり。現代を舞台としたリアルなコンピュータ物としては、今の所最高峰だろう。お陰で私は寝不足になりました、はい。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月24日 (水)

エドワード・O・ウィルソン「社会生物学 合本版」新思索社 伊藤嘉昭日本語版監修 第Ⅲ部

 ついで Hamilton は、膜翅目では半倍数性の性決定のため、近縁係数は母娘間では1/2にとどまるが、姉妹間では3/4となることを指摘する。これは姉妹が、父から受け取る遺伝子のすべてを共有し(父はホモ接合〔と同じ〕なので)、母から受け取る遺伝子の1/2を共有するためである。
  ――第20章 社会的昆虫

【どんな本?】

 エドワード・O・ウィルソン「社会生物学 合本版」新思索社 伊藤嘉昭日本語版監修 第Ⅱ部 から続く。

 ネオ・ダーウィニズムの観点、つまり突然変異と自然淘汰によって生物は進化した、という大前提で、主に動物の集団・群れ・社会の構造・構成や、各個体の様々な行動とそのきっかけ・目的・集団または個体に与える影響・頻度などを調査・解析・解明する、自然科学の学術書。

 第Ⅰ部は、社会生物学の基本的な用語や概念を解説する。
 第Ⅱ部はそれを掘り下げ、幾つかの種に共通して見られる社会の構造や社会的な行動を軸に、種を横断して論を進める。
 第Ⅲ部では逆に、個々の種を軸とし、種ごとに社会構造や社会的な行動を見ながら、発生の系統・身体構造・生態上の位置または生息環境などと、社会構造・社会的な行動との関係を探る。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Sociobiology : The New Synthesis, Edward O. Wilson, 1975。日本語版は最初に5分冊で出たが、私が読んでいるのは1999年9月10日の合本版。ハードカバー横一段組みで本文約1140頁の重量級。9ポ イント36字×32行×1140頁=約1,313,280字、400字詰め原稿用紙で約3284枚。長編小説6~7冊分。

 日本語の文章は現代の基準から見てかなり堅く、内容も高度で、大学の専門課程の教科書レベル。生物学は遺伝子のヘテロ接合とホモ接合ぐらいで充分だが、数学が難関。ΣやΔや行列式などが続々と出てくるので覚悟しよう。特に確率と統計が重要で、多重回帰分析の話も出てくる。

 ちなみに私は数式を読み飛ばしてます。

【構成は?】

 日本語版への序/日本語版監修者のまえがき/合本版への日本語版監修者のまえがき/翻訳分担
第Ⅰ部 社会進化
 第1章 遺伝子の倫理
 第2章 社会生物学の基本概念
 第3章 社会進化の原動力
 第4章 集団生物学の原理
 第5章 群淘汰と利他現象

第Ⅱ部 社会機構
 第6章 集団の大きさ、繁殖、時間-エネルギー収支
 第7章 社会行動の発達と修正
 第8章 コミュニケーション:基本原理
 第9章 コミュニケーション:その機能と複合的システム
 第10章 コミュニケーション:起源と進化
 第11章 攻撃
 第12章 社会的間隔、縄ばりを含む
 第13章 順位システム
 第14章 ロールとカスト
 第15章 性と社会
 第16章 親による子の保護
 第17章 社会的共生

第Ⅲ部 社会的な種
 第18章 社会進化の四つの頂点
 第19章 群体制の微生物と無脊椎動物
 第20章 社会的昆虫
 第21章 冷血脊椎動物
 第22章 鳥
 第23章 哺乳類における進化的傾向
 第24章 有蹄類と長華類
 第25章 食肉類
 第26章 ヒトを除く霊長類
 第27章 ヒト:社会生物学から社会学へ

  文献/動物名索引/人名索引/事項索引/用語集/監修者および訳者略歴

 訳者は坂上昭一/粕谷英一/宮井俊一/伊藤嘉昭/前川幸恵/郷采人/北村省一/巌佐庸/松本忠夫/羽田節子/松沢哲郎。今回の記事は、上の黒字の部分。

【感想は?】

 今まではおカタい一方だったこの本、第Ⅲ部では個々の種の生態にスポットがあたるためか、素人の「どうぶつ好き」にとっても面白く読めるエピソードが増えてきた。

 全般的に原始的な生物から複雑な生物へ、古い生物から最近(といっても数十万年とかの単位だけど)登場した生物へと進む展開だが、最も見事な社会を見せるのが実はカツオノエボシなど群体のクダクラゲ(→Wikipedia)というのが皮肉。なんと、あれ、個体じゃないのね。個虫が群れ、合体した姿。信じられん。ただ、「個虫がすべて単一の受精卵に由来する」から、遺伝的には同じ。でも、部位によって全く姿が違うんだよなあ。

 次に出てくるのは昆虫で、主役はアリとハチとシロアリ。ここでもアリとハチは冒頭の引用に挙げたように、親子より姉妹の方が遺伝的に縁が深い、独特の繁殖形式がある。廃棄物回収業者としてのシロアリの能力は凄まじく…

柱、垣根、木造建築物、生木、栽培植物、羊毛、角、象牙、干草、皮革、ゴム、砂糖、人糞と獣糞および電線のプラスチック被覆さえ襲うことが観察されている。奥地の建造物はうっかりしていると家も垣根もすべて2~3年で塵にされる。

 法隆寺が今も残っているのは奇跡かも。
 ケロロ軍曹たちが時おりやる共鳴、あれネタかと思ってたら、本当にカエルは共鳴するらしい。つまりは蛍の光と同じ雌を惹きつけるディスプレイで、しかもチームプレイ。ユビナガガエル科のコヤスガエル属のコーラスは、「2匹がかわるがわる発する声からなる」。

 哺乳類の基本は母と子。これを基本として母系性からハレムへと発展する。このハレム、中心は一匹の雄なんだけど、そのボスが死ぬか叩き出されると、別の雄がハレムの主になる。一見、家父長制っぽく見えるけど、社会として維持されてゆくのは雌の集団なわけで、むしろ雌の集団が共同で用心棒として雄を雇ってる形に近い。なお、あぶれた雄はゆるい群れをなすとか。

 ハレム型は雄がリーダーだけど、強烈な例外がゾウ。スティーヴン・バクスターの作品で「マンモス 反逆のシルバーヘア」って長編があるんだけど、あれはゾウの生態に基づいてたのか、と感激した。ゾウの生態はなかなか面白くて…

おとなの雌は緊急時には利他的に他個体を助け、子は、たまたま乳のでるその雌からも差別なく授乳を受けることができる。群れは常に1頭の年とった雌のリーダーに率いられている。

 巨体ならではの生態も強烈で、しかも「ゾウは成熟後も発育を続ける」というから凄い。火星あたりに連れて行ったら、どこまで大きくなることやら。巨体と怪力を生かして木をへし折り、林を草原に変えてしまう。怖いのは突進で、「本気の攻撃では敵意を誇示することはごくわずかで、ほとんとなんの予告もなしに攻撃が始まる」。

 「からだの平均サイズが大きい有蹄類ほど、大きく安定した群れをつくる」というから、図体の大きい草食動物は、捕食動物に対し、ウエイトを生かした生存戦略を取ってる、ってことなんだろう。

 食う側で狩りの名手って印象があるオオカミ、意外と大きい得物は苦手らしく、「ロイアル島での David Mech の観察によると、オオカミが狙いをつけた131頭のヘラジカのうち、最終的に殺されて食われたのはわずか6頭にすぎなかった」。犬が散歩が好きなのも道理で…

1パックの行動圏は1,000km2台と考えるのが妥当であろう。(略)オオカミはマラソン選手のように疲れをみせずに一定速度で走りつづけ、24時間に100km以上も走ることができる。フィンランドの深い雪のなかで、人間に追われたときには、いくつかのパックが1日200kmも走ったという。

 次第にヒトに近い種へと話が進むこの本、ついついヒトの生態と比べて考えたくなるし、実際に最終章はヒトの生態に割いている。そういう視点で面白いのが、縄ばりと気候の関係で、「時間空間的な食物の予測可能性が高ければ高いほど、縄ばり制の進化は推し進められる」。

 アフリカ北部の国境はいかにも人工的な直線が多いし、サウジアラビアとイエメンは国境線が不明確。この辺の人は不安定な移動生活してたから、あまし縄ばり意識が発達しなかったのかも。実際、住処より血族の結束が強い地域なんだよなあ。社会的にもマントヒヒと似ている…ってのは、さすがに失礼か。

 研究者や学生を対象とした本格的な学術書なだけに、読みこなすのは相当な歯ごたえがある。1975年の本のためか、メチル基による遺伝子の不活性化などの新しい知見は反映されておらず、やや生来的な部分を過大評価している気もするが、「生物の生態を社会という軸で捉える」という視点を得るには、最も充実した内容だろう。

 でも、さすがに重量1.8kgってにはシンドい。やっぱり分冊の方が扱いやすいんじゃないかなあ。そこが最大の不満。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月21日 (日)

リチャード・バック「僕たちの冒険」TBSブリタニカ 北代晋一訳

「故郷というのは場所じゃない。思い出やいとしさには、釘や屋根や植木はないだろう?もちろん釘や屋根に愛着をもったっていいけど、思い出すものがなければ、そこへ戻ったところで『何だろう、このがらくたの山は?』とつぶやくだけだ。故郷というのは僕らにとって大切なある種の状態、自分が本来の自分として安らげる状態をさすんだと思う」

【どんな本?】

 「かもめのジョナサン」で一躍脚光を浴び、カルト的な人気を得たアメリカの作家リチャード・バックの、ファンタジックで自伝的な長編小説。ニューエイジっぽい発想と独特の思索、そしてアクの強い哲学に基づいた多数の警句を散りばめながら、少年期の自分自身に語りかける形で、彼が人生から学んだ様々な事柄を綴ってゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Running from Safety : An Adventure of the Spirit, by Richard Bach, 1994。日本語版は1997年6月5日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約387頁+訳者あとがき5頁。9.5ポイント46字×21行×387頁=約373,842字、400字詰め原稿用紙で約935枚…だが、やたら空白行が多いので、実際の文字数は7~8割程度。長編小説としてはやや長め。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も、特に前提知識は要らないし、難しい理屈も出てこない。敢えて言えば、今までの著者の作品を読んでいれば、より楽しめる。

【どんな話?】

 パラグライダーを楽しんでいたリチャード。着地の後、天の救いにも等しい声が聞こえた。「頂上まで送ろうか?」灰色の髪の小柄な男は、シェパードと名乗った。だが、次に彼が発した言葉で、リチャードはげんなりした気分になった。

 「本当に会ってるのかい?」「君の本に出てくるような人間にさ」

【感想は?】

 相変わらずのリチャード・バック。「イリュージョン」→「翼に乗ったソウルメイト」→「ONE」の、素直な延長上にある。

 彼の作品は、とてもアクが強い。惹かれる人は強く惹かれるが、そうでない人は全く受け付けない、どころか大きな反発を感じるかもしれない。「生きるって、どういう事なのか」みたいな、青臭いとも言えるテーマを、リチャード・バック独特の哲学で、ファンタジイというよりはメルヘンっぽい仕掛けを織り交ぜながら語る、そういうスタイルだ。

 根底にある彼の哲学は、出世作「かもめのジョナサン」の頃から、ほとんど変わっていない。最初に「なんか自分はこの世界じゃヨソ者・変わり者だよなあ、巧く適応できないなあ」みたいな違和感があって、次に「空を飛ぶのが大好きなんだ」が来て、最後に「好きなように生きてみようよ、何度か叩き潰されるけど、なんとかなるよ」みたいな結論になる。

 って、意味わかんないよねえ。私の下手な説明より、「イリュージョン」の冒頭「イントロダクション」を味見してみよう。あの十数頁の寓話に、彼の作品の真髄が凝縮されている。集英社文庫で出てます。アレでピンときたら読めばいいし、つまんなければ、又は腹がたったら無視するが吉。

 その「イリュージョン」以来、彼の芸風は次第に自伝的な色彩が強くなってゆく。それはこの作品でも健在で、やはり主人公は彼リチャード・バック自身。更に、この作品では少年時代の彼がディッキーの名で登場し、60歳近い執筆当事のリチャードと会話を繰り広げる。

 そこでリチャードが語る内容は、いつも通りのリチャード節。多少、神秘主義っぽい雰囲気を纏いながら、基本的にはアメリカならではの楽天的な思想が流れている。世界のルールを覚え、自分が何をしたいかを考え、自分を幸福にする選択をしよう、そんな感じだ。

 少年時代に限らず、空軍時代や青年時代のリチャードが登場するのも、ファンには嬉しいサービス。頁数は少ないながら、ダグラス社でテクニカル・ライターとして働いていた頃の話は興味深かった。C-124(→Wikipedia)のマニュアル編集の話は、いかにも「軍のテクニカル・ライティング」らしいエピソードだ。

 昔から彼の作品に一貫して流れるもう一つのテーマ、「空を飛ぶ」も健在。冒頭のパラグライダーに始まり、続いて登場するのは愛機デイジー、たぶんセスナ社の双発プロペラ機(→Wikipedia英語版)。リチャードがディッキーと一緒に飛ぶ場面は、「本当に飛ぶのが好きなんだなあ」と、その気持ちが伝わってくる。

 苦手な医者のパーティーに出かける話も、彼らしくて爆笑。薬嫌いのリチャード、奥さんのレスリーに誘われしぶしぶ出かけるものの、やはり敵地との気持ちは拭えない。とこころが、意外な所から救いの天使が現れ…

 やはりファンに嬉しいのが、彼の作品にまつわるエピソード。「イリュージョン」を書く前に、ジプシー飛行士として暮した経験は、やっぱり楽しかったらしい。それでも変に考え込んじゃうのが彼らしい。それ以前に、哲学を学ぶ空軍パイロットってのも、相当に変り種だが。

 中でも圧倒的なのが、ファンの起こした奇妙な二つの事件。つかダイエット本なんか出していたのか。まあいい。冗談なのか実話なのか、実話だとしたら彼自身の話か他の作家の話かは不明だが、こういうのを悩み続ける人なんだよなあ。

 少々青臭くて、いい歳こいて夢見がちで、楽天的。メルヘンっぽい仕掛けを使いつつ、人生を語る。疲れてイライラした時や、煮詰まってどうしようもない時に読むと、少しだけ気分が軽くなる、そんな作風が彼の持ち味。

 …などと考えながら、英語版の Wikipedia のRichard Bach の頁を見たら、1997年に奥さんのレスリーと離婚してた。何があった?

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月20日 (土)

エドワード・O・ウィルソン「社会生物学 合本版」新思索社 伊藤嘉昭日本語版監修 第Ⅱ部

 化学的信号は、いくつかの目立った有利さをもっている。それは暗闇のなかを伝わり、障害物をよけながら伝わってゆく。また、潜在的に大きなエネルギー効率をもっている。通常の複雑さをもった化合物であれば10-6g以下の量で何時間も何日間も持続する信号を作り出すことができる。フェロモンはエネルギー的に安く生合性でき、貯蔵腺を開いたり腺細胞の表面を反転させるような簡単な操作で広くばらまくことができる。
  ――

【どんな本?】

 エドワード・O・ウィルソン「社会生物学 合本版」新思索社 伊藤嘉昭日本語版監修 第Ⅰ部 から続く。

 ネオ・ダーウィニズムの観点、つまり突然変異と自然淘汰によって生物は進化した、という大前提で、主に動物の集団・群れ・社会の構造・構成や、各個体の様々な行動とそのきっかけ・目的・集団または個体に与える影響・頻度などを調査・解析・解明する、自然科学の学術書。

 生物学の本だけに、様々な生物の興味深い生態が多数出てくる。テーマとして社会を扱うため、野生状態で複雑に社会化している昆虫のミツバチ・アリ・シロアリの例が多いの特色のひとつ。脊椎動物では霊長類が多く、これは比較的に社会性が強く、またニホンザル・アカゲザル・チンパンジーなどの観察記録が多いためだろう。ときおり、ヒトの例も出てくるのがご愛嬌。

この本の最も際立った特徴は、各個体の行動を解析する際に、「その行動にどの程度のエネルギーまたは不利益が必要か」「その行動によりその個体が持つ遺伝子がどれぐらい残るか」などを数式化・数値化しようと試みている点。数式化・数値化に際してはコンピュータ・シミュレーションも多く使っている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Sociobiology : The New Synthesis, Edward O. Wilson, 1975。日本語版は最初に5分冊で出たが、私が読んでいるのは1999年9月10日の合本版。ハードカバー横一段組みで本文約1140頁の重量級。9ポイント36字×32行×1140頁=約1,313,280字、400字詰め原稿用紙で約3284枚。長編小説6~7冊分。

 日本語の文章は現代の基準から見てかなり堅く、内容も高度で、大学の専門課程の教科書レベル。生物学は遺伝子のヘテロ接合とホモ接合ぐらいで充分だが、数学が難関。ΣやΔや行列式などが続々と出てくるので覚悟しよう。特に確率と統計が重要な役割を果たす。

 ちなみに私は数式を読み飛ばしてます。

【構成は?】

 日本語版への序/日本語版監修者のまえがき/合本版への日本語版監修者のまえがき/翻訳分担
第Ⅰ部 社会進化
 第1章 遺伝子の倫理
 第2章 社会生物学の基本概念
 第3章 社会進化の原動力
 第4章 集団生物学の原理
 第5章 群淘汰と利他現象

第Ⅱ部 社会機構
 第6章 集団の大きさ、繁殖、時間-エネルギー収支
 第7章 社会行動の発達と修正
 第8章 コミュニケーション:基本原理
 第9章 コミュニケーション:その機能と複合的システム
 第10章 コミュニケーション:起源と進化
 第11章 攻撃
 第12章 社会的間隔、縄ばりを含む
 第13章 順位システム
 第14章 ロールとカスト
 第15章 性と社会
 第16章 親による子の保護
 第17章 社会的共生

第Ⅲ部 社会的な種
 第18章 社会進化の四つの頂点
 第19章 群体制の微生物と無脊椎動物
 第20章 社会的昆虫
 第21章 冷血脊椎動物
 第22章 鳥
 第23章 哺乳類における進化的傾向
 第24章 有蹄類と長華類
 第25章 食肉類
 第26章 ヒトを除く霊長類
 第27章 ヒト:社会生物学から社会学へ

  文献/動物名索引/人名索引/事項索引/用語集/監修者および訳者略歴

 訳者は坂上昭一/粕谷英一/宮井俊一/伊藤嘉昭/前川幸恵/郷采人/北村省一/巌佐庸/松本忠夫/羽田節子/松沢哲郎。今回の記事は、上の黒字の部分。

【感想は?】

 第Ⅱ部に入ると、退屈な用語説明などの割合が減り、エピソードの分量が多くなる。かの有名なライオンやハヌマンラングールの雄の子殺し(→Wikipedia)とか。

 ヒトは野生動物に比べ視覚・聴覚に大きく頼っているが、多くの哺乳類は個体識別などで臭いが重要な意味を持つ。這うスターが子を産んだ時、迂闊に人が子に触れて匂いを移すと母親が子を食べちゃったりする。冒頭の引用は、主に種内の情報伝達の媒体として化学物質を使う利益を述べた部分。人間の会話の情報伝達量が秒間6~12ビットなのに対し、化学物質による伝達システムは適切に設計すれば「1秒間に10,000ビットの情報を伝達することができる」。パソコン通信時代のモデムは9600bpsだったんで、だいたい同じぐらい。

 ただし、欠点もある。「伝達が遅いということと、消失してしまうということである」。近距離での通信には向くけど、リアルタイムの遠距離には向かない。「場所」が大きな意味を持つ情報、例えば路上の道案内や非常口の指示、または地雷のマーキングには使えるかもしれない。ここ掘れワンワン。

 実際、アリの行列はフェロモンによってできるとか。運べないほど大きなエサを見つけた働きアリは、道にフェロモンで印しをつけ、巣に戻って他の個体を誘う。誘われた個体はフェロモンを辿り、やはり帰りに印しを残す…2割ほどは迷子になるそうだが。これを繰り返して、明確な行列になってゆく。単純な分散アルゴリズムによる高度な組織化の例ですな。

 有名なミツバチの尻ふりダンスの情報量を計算してるのも面白い所。それによると、方向は4ビット=16分割、距離は3ビット=8分割。意外と解像度は荒い。

 オオカミが怖い理由は、集団で襲ってくるから。「オオカミ、ハイエナ、ライオンの狩猟集団は、追跡する得物がどれほど捕獲しにくいかによって、その個体数を変える」。ガゼル相手ならライオンは一匹で来るけど、「アフリカスイギュウのときは、群れの成獣のほとんどあるいは全員の努力を必要とするのである」。マサイの戦士は1対1で対峙するってことは、ヒトはナメられてるのかしらん。

 同種の間でも攻撃行動は起こる。ローレンツの「攻撃」じゃ「同種間の闘争は滅多に殺さない」となってたが、そうでもない事が近年はわかってきた。ニワトリの突きの順序、あれ最終的には一次元の直線に落ち着くんだけど、落ち着く過程じゃ階層型やリング型など様々なプロセスを経るとか。これはイラストが綺麗に説明してて、整列のアルゴリズムを見てるような雰囲気。なお、「三歩歩けば忘れる」は嘘で、2~3週間は突きの順位を覚えているそうな。まあ3週間で忘れるんだけどw

 面白いのが、同種間の闘争を巡るアカゲザルの群れの実験。餌不足は「攻撃-服従の関係の減少を引き起こした」「だらだらと囲いの中を探索」しはじめ「あらゆる社会的なやりとりを減少させ」た。「過密化は、攻撃的な相互作用を2倍足らずしか増加させなかった」。が、4~10も攻撃行動を激化させた実験がある。見知らぬアカゲザルを入れた場合だ。少なくともアカゲザルでは、ヨソモノが紛争を巻き起こすのである。これはニワトリも同じなんだけど、ニワトリの場合は突きの順序が乱れ、それを決めるためのバトルが起こるため。けどヒトがサルやニワトリ並みだとは思いたくないなあ。

 性を取り扱っているのも、この本の特徴。そもそも性が何の役に立つのか、明確な結論は出てないっぽい。この本によると有力なのは多様性の確保で、予測できない環境の変化への保険として、多様な遺伝子があった方がいい、という事らしい。

 はいいが、オスは大変だ。縄張りを確保し、同種のオスと競争してメスを確保せにゃならん。なんと光源氏するのまでいる。マントヒヒの雄は、「ハレムに加えるために、雌のコドモを養子にするのである」。実際は攫ってくるというから酷い。

 子育てで面白いのが原始的な霊長類のツパイ(キネズミ、→Wikipedia)。つがいは雄が作った巣で一緒に寝る。妊娠した雌は子供小屋を作り子を産むが、すぐに雄の巣に戻り、約48時間ごとに子供小屋に行って乳を与えるだけ。ハムスターだってもう少し子供の面倒を見るぞ。

 最後の共生の章では、片利共生・相利共生・寄生からアリの巣の乗っ取りまで、和むものからゾッとするものまで様々。さすがにここでは腸内細菌などの微生物までは出てこないけど、入れたらキリないんだろうなあ。ちなみにシロアリはゴキブリの仲間で、セルロースを消化できるのは腸内の微生物のお陰で、脱皮するたびに微生物も皮と一緒に消えるんで、仲間から糞を貰って補給するそうな。

 やっぱり生物学は、動物の具体的な生態が出てくると面白くなるなあ。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月17日 (水)

小田雅久仁「本にだって雄と雌があります」新潮社

 あんまり知られてはおらんが、書物にも雄と雌がある。であるからには理の当然、人目を忍んで逢瀬を重ね、ときには書物の身空でページをからめて房事にも励もうし、果ては跡継ぎをもこしらえる。

【どんな本?】

 第21回日本ファンタジーノベル大賞を受賞した「増大派に告ぐ」で登場した小田雅久仁の、話題の新作。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2013年版」ではベストSF2012国内編の7位に食い込み、第三回Twitter文学賞国内部門ではトップに輝いた。本と本の交合によって誕生すると云われる幻の本を巡り、書籍の収集家・深井與次郎とその一族の年代記を軽妙な語り口で綴る。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年10月20日発行。ハードカバー縦一段組み本文約313頁。9.5ポイント45字×21行×313頁=約295,785字、400字詰め原稿用紙で約740枚。長編小説としてはやや長め。文章は親しみやすくスラスラ読める。内容も特に小難しい前提知識は要らない。いわゆる莫迦話・法螺話なので、そういうのが許せる人向け。

【どんな話?】

 祖父の深井與次郎は本好きで、実家は本で溢れていた。書斎・書庫から溢れた本は廊下や階段へと侵攻をはじめ、なんと厠まで侵食する始末。そのためか、夜ともなれば屋敷内にコトコト・カタカタ・バタバタと奇妙な音がする。それを聞いた與次郎は嬉しそうに「また本が増えてしまうなあ」などと呟くのだった。

【感想は?】

 本好きなら悶絶して喜ぶ楽しい小説。

 よほどの大邸宅に住んでいるのでない限り、本好きには共通した悩みがある。本の置き場所だ。博打や酒に比べれば、趣味としちゃ時間当たりの費用は格安なためコスト・パフォーマンスに優れているように思える読書だが、長く続けるとさにあらず。いつの間にやら増殖した本は部屋を埋め尽くし、いくら書棚を買っても整理は追いつかない。あらゆる棚が本に占領されるなんてのは序の口で、床から生えた書籍の塔が何本も聳え立ち、やがて生活空間へと侵食を開始する。

 部屋を借りるにせよ、家を建てるにせよ、本読みが最初に考えるのは「本棚をどこに置くか」だ。家賃や建築費の半分以上が書棚に食われる。住宅ローンの半分以上は、本に貢いでいるようなものだ。なんとも凶悪な趣味である。

 「だったら棄てればいいじゃないか」と思うかも知れないが、棄てられないのだ、なぜか。いや私は思い切って棄てたけど。どうせ二度と読まないんだし…と普通の人は思うだろうが、一度逃した本に再び巡り会える事は、滅多にない。私は今でもサンリオSF文庫から出たブライアン・スティブルフォードのタルタロス三部作を買い逃した事を悔やんでいるし、菅浩江が角川文庫から出した「歌の降る星」を持っているのが自慢だ。表紙は恥ずかしいけど、中身は文句なしの本格ファーストコンタクトSFですぜ。

 ってな事を本好きが語り始めると止まらないんで、この辺にして。いつの間にか増殖してるのが本の不思議なところで、本好きなら一度は「奴らコッソリ子供を産んでるんじゃないか」と妄想した事があるだろう。この小説は、まさしくそういう状況の、そういう人たちから話が始まる。最初の一頁目から、本好きなら思わず引きこまれてしまう描写が続く。ああ、たまらん。

 などと身につまされながら読み始めると、次に来るのは、妙に力が抜ける関西弁に、取ってつけたようなオヤジギャグと地口の数々。なにせ語りの中心となる與次郎氏、大学教授というおカタい肩書きとは裏腹に、口を開けば屁理屈と法螺話と地口ばかりの楽しいオッサン。おまけに隣の愛妻ミキさんが、これまた抜群の突っ込み役を演じ、息のあった夫婦漫才が展開してゆく。というか、今読み返したら、この二人、出遭ったときから見事な漫才を演じてる。これもまた運命のカップルなんだろうか。吉本風だけど。

 お話は、この二人を中心に、そのご先祖や子孫、同窓生など周囲の人々を描いてゆくのだが、その中心となるのは、與次郎が言う所の「幻書」。本と本が房事に励んで生まれた書物である。

 これだけで充分に嘘くさいのだが、語る與次郎氏も法螺話が大好きな上に、語り手もアチコチで法螺を吹きまくる。かと言っていわゆる「信用できない語り手」などといった小難しい話ではなく、コッチでウロウロ、アッチでドタバタと寄り道しながらも、ちゃんと「幻書」がらみで話は進んでゆく。

 というか、その寄り道こそ、この小説の面白さなのかもしれない。昔からあった便乗本や、駄作を自費出版する人、見栄で書棚を埋める人など、本にまつわる真偽の怪しい逸話は、やはり本好きの心をくすぐる。

 本と本が交わって生まれる「幻本」。それはいかなる書物で、何が書かれているのか。それはどのように生まれ、どこに行くのか。本にとり憑かれた者は、どのような末路を辿るのか。饒舌で軽妙な語り口で展開する、不思議で少しほんわかした、本好きに捧げる楽しいファンタジーであり、とある一族の年代記。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月16日 (火)

インターネット・ラジオ雑感

 久しぶりに iTunes のラジオ局 を更新したので、雑感を。

 今回は私が好きなプログレ系が見つからなかったのが悲しい。今回は iTunes でタブ「ラジオ」から Classic Rock を開いてザッと見ていったんだけど、ほとんど収穫なしだった。やっぱりプログレって化石化してるんだなあ。

 かわって勢いがあるのがアニメ系。サイトがある地域もチリ・オーストラリア・ベルギー・フランスと国際色豊かで、言語もスペイン語やフランス語らしく、ウムラウトがついてたりする。やっぱりアニメ=日本ってイメージが強いらしく、先頭頁で七夕の開設をしてたり、みたらし団子のレシピがのってたり、日章旗が翻ってたり。思わず微笑んだのが Tsumugi。まさか…と思ったら、やっぱりムギちゃんだった。うんうん、わかってるねえ。

 かつては海賊FM局ってのがあったらしいのだが、今はインターネット・ラジオが世界的にその役割を果たしてるっぽくて、比較的に少予算で開設できる上に、電波じゃないから地域を限定されずに放送できるんで、マーケットの密度が薄くても世界を相手にできれば、それなりに成立しうる状況になってるのかもしれない…などと考えさせられたのが、Radio Vocaloid。その名のとおり、ボーカロイド専門局。いわゆるボカロ耳の人には最高のBGMかも。

 その Radio Vocaloid をはじめ、いくつかの局が radionomy を利用してるのも、ちょっとした発見。よくわからないけど、ラジオ局を開設したい人に向けてサーバとアプリケーションを提供するサービスなのかな?そういうビジネスもあるんだなあ。

 とまれ、日本語のラジオ局が見つからないのは悲しい。やっぱり、権利関係なのかしらん。iTunes Music Store あたりと契約して、うまい妥協点を見つけて欲しいんだけど、難しいのかしらん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月15日 (月)

エドワード・O・ウィルソン「社会生物学 合本版」新思索社 伊藤嘉昭日本語版監修 第Ⅰ部

 本書は社会生物学を、進化生物学とりわけ現代集団生物学の一分野として体系化しようと試みるものである。

【どんな本?】

 生物学の世界で大きな話題を呼び、大論争を巻き起こした話題の本。基本的には生物の個体を遺伝子のヴィークルと見る立場を基調とし、個体が集団となった場合の同種間の相互作用や、異種との被食・捕食関係などを洗い出し、その淘汰や進化(または種の分化)の様子などを定式化しようとする試み…なんじゃ、ないかな←をい。

 なにせ内容が高度な上に分量も多いので、何回かに分けて書評します。今回は「第Ⅰ部 社会進化」の部分だけ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Sociobiology : The New Synthesis, Edward O. Wilson, 1975。日本語版は最初に5分冊で出たが、私が読んだ(というか今読んでいる)のは1999年9月10日の合本版。ハードカバー横一段組みで本文約1140頁の重量級。9ポイント36字×32行×1140頁=約1,313,280字、400字詰め原稿用紙で約3284枚。長編小説6~7冊分。

 日本語の文章は現代の基準から見てかなり堅い。また内容も高度で、ズバリ大学、それも専門課程の教科書と思っていい。最も大きな難関は、実は生物学ではなく数学。生物学は、せいぜい遺伝子のヘテロ接合とホモ接合ぐらいで充分なので、理科が好きな中学生でもなんとかなるだろう。

 が、数学は、ΣやΔや行列式などが続々と出てくるので、記号を見ただけで頭痛がする人には苦行となる。ザッと見る限り、微分は四則演算程度で充分なのだが、重要なのは確率と統計。例えば任意の遺伝子が集団の中で絶滅または定着する確率を求める、なんて計算が何度も出てくる。

 ま、私は大半の数式を読み飛ばしてるんだけど←をい

【構成は?】

 日本語版への序/日本語版監修者のまえがき/合本版への日本語版監修者のまえがき/翻訳分担
第Ⅰ部 社会進化
 第1章 遺伝子の倫理
 第2章 社会生物学の基本概念
 第3章 社会進化の原動力
 第4章 集団生物学の原理
 第5章 群淘汰と利他現象
第Ⅱ部 社会機構
 第6章 集団の大きさ、繁殖、時間-エネルギー収支
 第7章 社会行動の発達と修正
 第8章 コミュニケーション:基本原理
 第9章 コミュニケーション:その機能と複合的システム
 第10章 コミュニケーション:起源と進化
 第11章 攻撃
 第12章 社会的間隔、縄ばりを含む
 第13章 順位システム
 第14章 ロールとカスト
 第15章 性と社会
 第16章 親による子の保護
 第17章 社会的共生
第Ⅲ部 社会的な種
 第18章 社会進化の四つの頂点
 第19章 群体制の微生物と無脊椎動物
 第20章 社会的昆虫
 第21章 冷血脊椎動物
 第22章 鳥
 第23章 哺乳類における進化的傾向
 第24章 有蹄類と長華類
 第25章 食肉類
 第26章 ヒトを除く霊長類
 第27章 ヒト:社会生物学から社会学へ

  文献/動物名索引/人名索引/事項索引/用語集/監修者および訳者略歴

 訳者は坂上昭一/粕谷英一/宮井俊一/伊藤嘉昭/前川幸恵/郷采人/北村省一/巌佐庸/松本忠夫/羽田節子/松沢哲郎。今回の記事は、上の黒字の部分。グレーの部分は、追っていつか紹介…するつもり。

【感想は?】

 実は少し後悔している。実物を見れば判るが、物理的に大変な迫力で、しかも内容がまた見かけ以上の歯ごたえなのだ。本文だけで千頁越え、重量1.5kg。通勤電車で読めばシェイプアップに役立つだろう。内容もΣだのΔだの数式がアチコチに出てきて、なかなか進まない…結局、数式は読み飛ばしてるんだけど。

 そんなわけで、読み終えるまでかなり手間がかかるため、適当に区切りがついた所で記事を書く形で、何回かに分けて書評する事にした。書かないと私も記事の書き方を忘れちゃうし。

 今回は「第Ⅰ部 社会進化」。導入部として、社会生物学に必要な基礎概念・用語などから、実験や観察で配慮すべき事柄などを初めとして、社会生物学が目指す方向性・目標などを述べている。

 私のように野次馬根性で読んでいる者にとって、一般に生物学の本は、具体的なエピソードが楽しいのだが、この本の第Ⅰ部は抽象的な話が多いため、野次馬視点ではやや退屈かもしれない。たぶん、Ⅱ部以降は面白くなってくる…と思う。

 とまれ、幾つかの点で興味深い話もあって。そもそも、なんで群れを作るのか、という話とか。狼などチームで狩りをするならともかく、蚊やハトなど食われる側の動物が、群れになって何の利益があるのか。

 ひとつは、捕食者の満腹。何匹かは食われるけど、残りは逃げられる。野生動物はあまし貯蔵しないから、被害は一度の食事分だけで済む。また「数は力」ってのもあって、サシじゃ敵わなくても集団ならボコれる。エサ場が分散してるなら、ソコを知ってる個体の後についていけば確実にメシにありつける。面白いのがウミガメの赤ちゃん。

 アオウミガメは砂浜に穴を掘り、100個ほどの卵を産みつけ穴を埋める。Archie Carr はこれを掘り出し、「卵を1個から10個に分けて再び産め」た。1個だけの卵は27%しか地上に達しないが、2個だと84%が地上に出た。集団だと上にいる仔が上に掘り進み、下の仔が落ちた土を踏み固める。そうやって、空間が泡のように上がってゆくのですね。

 スティ-ヴン・ジェイ・グールド(→Wikipedia)などが提唱している断続平衡説(→Wikipedia)。私は「種の分化は小さい群れで起きやすい」と思ってて、これを裏付ける話が出てきた。ほぼ半々の割合で存在する対立遺伝子が消失または定着する確率は、集団の大きさで変わる。個体数10~100なら「毎世代遺伝子座あたりおよそ0.1から0.01」、一万なら10-4、10万以上なら「無視できる」。

 孤立した小数の群れで発生した突然変異は定着しやすく、競争相手の同種に比べ生存・生殖に有利なら、その群れ(新種)は元種を駆逐して急激に個体数を増やす。そして個体数が増えると変化は停滞する。ま、妄想ですが。

 興味深いのが、「繁殖価」という考え方。その個体がどれぐらい子孫を残すか、という意味なんだけど、意外と幼生の価値が低い。これは、野生状態だと幼生は死に易いからで、つまりは「その個体が繁殖期まで生き延びる確率」も関わってくるから。タラコを食べるのは理に適ってるんです、たぶん。もちろん、産卵を終えた鮭も繁殖価はゼロ。

 他に利他的な行動、例えば捕食動物に襲われた(または狙われた)状況で悲鳴をあげる性質なども考察してて、なあこれは予想通り。よく見てると霊長類に関する部分では日本人の貢献が大きくて、たとえばキチンと固体を識別する観察方法を賞賛してたりするのが嬉しい。

 たぶん、これから具体的なエピソードが増えて面白くなってくると思うので、のんびり読んでいくつもり。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月12日 (金)

ダン・ブラウン「ダ・ヴィンチ・コード ヴィジュアル愛蔵版」角川書店 越前敏弥訳

事実

 シオン修道会は、1099年に設立されたヨーロッパの秘密結社であり、実在する組織である。1975年、パリのフランス国立図書館が“秘密文書(ドシエ・スクレ)”として知られる史料を発見し、シオン修道会の会員多数の名が明らかになった。そこには、サー・アイザック・ニュートン、ボッティチェルリ、ヴィクトル・ユゴー、そしてレオナルド・ダ・ヴィンチらの名が含まれている。

【どんな本?】

 2003年に発表されるや、世界で大ベストセラーとなり、映画も制作された話題作。レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナリザ」や「最後の晩餐」などの名画,ルーブル美術館やウエストミンスター寺院などの高名な建築物に隠された手がかりを元に、事件に巻き込まれた宗教象徴学教授のロバート・ラングドンが、カトリックの組織の一つオプス・デイや秘密結社シオン修道会などと、西洋史に隠された秘密へと迫ってゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原初は THE DA VINCI CODE, SPECIAL ILLUSTRATED EDITION, by Dan Brown 2004。日本語版は2005年8月31日初版発行。今は文庫本で上・中・下の三巻で出ている。ハードカバー縦一段組みで本文約597頁+訳者付記2頁+荒俣宏の解説6頁。9.5ポイント48字×20行×597頁=約573,120字、400字詰め原稿用紙で約1433枚だが、この「ヴィジュアル愛蔵版」はカラーの図版や写真を大量に収録しているので、実際の文字数は3/4ぐらいだろう。それでも普通の長編小説2冊分ぐらいの大分量。

 分量こそ多いが、文章は自然で読みやすさは抜群。キリスト教、それもカトリックにまつわる薀蓄がアチコチに出てくるが、主人公のラングドン教授が懇切丁寧に教えてくれるので、心配後無用。また、絵画や建物にまつわる部分は、この愛蔵版だと写真を収録しているため、いちいち Google で検索する必要がない。とっても嬉しい。

【どんな話?】

 ルーヴル美術館の老館長ジャック・ソニエールが、館内のグランド・ギャラリーで殺された。偶然パリに滞在していたハーヴァード大学教授で宗教象徴学専門のロバート・ラングドンは、その夜DCPJ(司法警察中央局)の警部ベズ・ファーシュに呼び出される。いびかりながら現場へと向かったラングドンが見たのは、あまりに奇妙なソニエールの死に様だった。

【感想は?】

 そりゃ売れるわ、こりゃ。ベストセラーの教科書みたいな小説だ。

 お話の基調は、謎解きとサスペンス。主人公のラングドン教授、夜中にたたき起こされた後は、ひたすらピンチの連続。ソニエールの死に様から始まった謎は、やがて新たな人物の登場と共に、思わせぶりな展開を経て、キリスト教の成立と発展に関わる問題へと発展していき、やがてカトリックの総本山バチカンにまで及んでゆく。

 ダイイング・メッセージに隠された暗号は、次の鍵へとラングドンを導き、それがまた新たな謎へと…ってな流れは、ご都合主義とも取られかねないが、そこもちゃんと理屈をつけてあるのでご安心を。謎解きそのものは玉石混合だけど、大事なのは語り口。謎解きに至るまでの焦らせ方が、この人は実にうまい。「ゴクリ」といた所で邪魔が入ったり、思わぬ人が思わぬ秘密を握ってたり、読者をトコトン振り回す。

 しかも、愛蔵版だと、収録した多数のカラーの写真や名画が、「思わせぶり」をトコトン盛り上げてくれる。文庫本は読んでないけど、愛蔵版は確実に面白さを5割以上増してると思う。やっぱり、フルカラーの写真や名画の迫力は大きい。

 途中、ラングドンは専門の宗教象徴学に関してイロイロな薀蓄をたれるんだが、これもカラーの写真や絵画が迫力を増している。初版がどんな形で出たのか判らないが、むしろこの愛蔵版こそ本来の形じゃないかと思えるぐらい、お話の盛り上げに貢献している。

 写真の貢献の思わぬ効果がもう一つあって、それはこの本がパリやロンドンの優れた観光ガイドになっている点。冒頭のルーブル美術館はもちろん、ラングドンが宿泊していたホテル・リッツ、ちょいと見かける凱旋門やエッフェル塔に加え、シャルトル大聖堂やサン・シュルビス教会などの歴史ある宗教建築物の写真が続々と出てきて、思わず聖地巡礼に行きたくなる。というか、既に沢山の読者が訪れてるんだろうなあ。

 にしてもルーヴル美術館、実にデカい。作中によれば「エッフェル塔三本分以上」、Wikipedia によると「常設展示室の総面積は60,600平方メートル以上」。なんというか、フランスの意地みたいなものを感じる。

 謎解きへの吸引力も、イラストや写真が大きな効果を上げている。宗教象徴学って、「○○のココに△みたいな形があるでしょ、実はコレ□□の象徴で、同じシンボルを扱ったモノとしては云々」みたいな話がアチコチに出てくるのだが、そのネタごとに、この本だとイチイチ写真や絵画を載せているので、説得力が大きく増してくる。つまりはMMR(→Wikipedia)の「なんだってー!」なんだけど、やっぱりビジュアルの効果は大きいなあ。

 謎の「証拠」は傍証っぽいのが多くて、さすがに「そのものズバリ」なのは出てこない。が、それが弱点ってわけじゃなく、むしろその怪しさこそが、この本の面白さな感がある。キリスト教に疎い私も一つ「あれ?」と思った所があるが、ソコはむしろ「なるほど、アレをこう使うか」と、著者のベストセラー作家たる所以を垣間見た気分になった。

 肝心の謎そのものは、かなりスキャンダラス。ベストセラーとなった理由の一つは、この大胆な創作による話題性だろうなあ。敬虔なカトリックは、あまり良い気分がしないと思う。

 ただ、人物はちょっと弱いというか、主人公のラングドン教授の影が薄く、助演のシラスや脇役のリー・ティービングに食われちゃってる感がある。私が気に入ったのはティービング。傲岸不遜なイギリス貴族で、タチの悪い冗談が大好き。この人のジョークが、実にまた嫌味ったらしいイギリス貴族らしくて楽しい。やっぱりね、イギリス人は皮肉もヒネリが効いてないと。

 税抜き\4,500と少々お値段は張るけど、「文庫本で読んで面白かった、でもキリスト教には疎くて…」ってな人は、買わずとも是非図書館で借りて読んでみて欲しい。理屈は分からなくても、絵や写真を見ればなんか分かった気になるし、何より迫力と説得力が大きく増す。また、近くパリやロンドンに観光旅行に行く予定があるなら、読むと行きたいところが増えるだろう。モノ書き志望なら、書き方をじっくり研究する価値あり。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月11日 (木)

司馬遷「史記 四 八書」明治書院 新釈漢文大系41 吉田賢抗著

 天の中空は北極星座である。その中の最も明るいのは太一といい、太一(の神)がいつもいるところである。その傍らの三星は三公といい、太一の子の一属ともいう。太一のうしろで曲がって列ぶ四つの星のうち最も端の大きな星が正妃で、他の三星は後宮のものたちである。
  ――天官書第五

【どんな本?】

 中国の前漢・武帝の時代、紀元前91年頃に司馬遷が著した歴史書「太史公書」、通称「史記」は、夏・殷・周の各朝から春秋・戦国の騒乱、秦の勃興・楚漢 戦争を経て漢の武帝の時代までを扱う。人物を中心とした歴史観に基づく紀伝体という構成が特徴で、大きく以下の5部から成る。

  1. 十二 本紀 黄帝から漢の武帝までの歴代王朝の君主
  2. 十  表   年表
  3. 八  書   礼楽・刑政・天文・貨殖など法制経済史
  4. 三十 世家 君主を取り巻く王侯
  5. 七十 列伝 他の有名人の人間像

 書は、礼書・楽書・律書・暦書・天官書・封禅書・河渠書・平準書の八書からなり、当事の思想・儀式・法制度などを伝えるもの。
 明治書院のシリーズは、漢語の原文と読み下し文・現代語訳の 通釈・わかりにくい言葉を説明する語釈に加え、研究者により解釈が分かれる部分は余説として他の学説も収録するなど、研究所として充実した構成を誇る。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 Wikipedia によると、原書の成立は紀元前91年ごろ。明治書院版は1995年5月20日初版発行。単行本ハード カバー縦一段組みで本文約311頁。9ポイント54字×21行×311頁=約352,674字、400字詰め原稿用紙で約882枚。長めの長編小説の分量だが、私は漢文と読み下し文は読み飛ばしたので、実際に読んだのは半分程度。

 中国の古典の香りを強く残した文体であり、慣れるまではかなりとっつきにくい。

【構成は?】

 例言
礼書第一
楽書第二
律書第三
暦書第四
天官書第五
封禅書第六
河渠書第七
平準書第八
 索引

【感想は?】

 「せっかく本紀・世家・列伝まで読んだんだから」ってんで、ついでに読んでみたが、これはかなり感触が違う。他は歴史上の事象を扱ったものだが、書は思想や法制度・儀式の様式や占いの次第を記述したものであり、研究の対象としての価値は高いが、書は一般向けの読み物じゃない。

 正直な感想は、「年寄りのクドい説教だな、こりゃ」だ。列伝などにも儒者が君主に長い説教をたれる部分があるが、書はそういう部分だけを集めた印象がある。

 とまれ、読む価値は、確かにある。あまり肯定的な意味合いではないけど、史記の書かれた当事のモノの考え方を、現代の思想と比べた、相対的な位置づけができ、史記全体に対する適切な距離感を養える。特に「天官書第五」。書の中でも長い部分だが、斜め読みしてみると、史記全体の印象がガラリと変わる。

 「つまり儒家思想や年寄りの説教って、そういうパターンなのね」と、理屈のこね方や非合理性の元凶が見えてくるのだ。ある意味、史記を含めた中国の古典や、その根底に流れる思想の、価値そのものをひっくり返しかねない、重要な意味を持つ部分である。

 「天官書第五」は、主に星の運行を中心として、雷・霞・虹・雲・蜃気楼などの自然現象と、その意味する所を述べた部分だ。

 星の運行そのものの記述は結構正確で、惑星の逆行などもキチンと法則を記述している。明確な区別はしていないが、水星・金星・火星・木星などの惑星と、北極星やシリウスなどの恒星は別扱いにしているところから見て、その二種は「なんか違う」と、当時から判別はちていたらしい。あ、当然ながら、世界観としては天動説に基づく模様。

 問題は、その後の解釈だ。つまりは星占いになってしまう。「月が歳星(水星)を掩うとその下に当たる土地は饑饉となったり、滅亡したりする」とか、ハッキリ言って世迷言である。まあ、当事の人に現代の天文学を求めるのは無茶に決まっているし、星の運行を観測しただけでも相当なものであるのは確かなのだが。

 それを、地上の政変や社会の動きと、関係付けて考えてしまうのが、問題の核心。本来は関係ないものを、関係があると誤解してしまう。思い込みを元に現実を観察するから、更に思い込みが強くなってゆく、そういう構造が史記や儒家思想を貫いている由が、「天官書第五」によって明らかになる。

 他の列伝などに出てくる説教も、似たパターンだ。説教する者は、思い込みに基づいて論を張り、その論を裏付ける事象を歴史上の記録から拾い集め補強する…そして、都合の悪い部分は無視すればいい。当事の人々に数値化や統計などの発想を求めるのは無茶な事はわかるが、同時に古典なるものの限界も示しているし、鵜呑みにしてはいけないという貴重な警告でもある。

 また、無知という事象の具体的なサンプルであり、ありがちなパターンも見いだせるだろう。ここでは、少なくとも二つのパターンが見て取れる。ひとつは既に説明したように、「関係ないものに関係があると思い込む」パターンだ。もう一つは、先のパターンの延長で、「制御できないものを制御できると思い込んでしまう」パターンである。なんの事はない、いわゆるトンデモ本にありがちな構造だ。

 そういう目で見ていくと、「楽書第二」のエピソードはだいぶ印象が違ってくる。魏の文侯が孔子の弟子の子夏に尋ねる。「古楽な眠くなるけど、鄭や衛の新楽は眠くならない、なんで?」。子夏はイロイロと理屈をコネてるんだけど。

 現代だって、若い人は最近の曲に魅力を感じ、古い歌はつまらないと感じるだろう。年寄りは逆で、最近の曲はせわしなく軽薄と思い、「昭和の歌にはロマンがあったよなあ」と愚痴る。私は60年代~80年代の音が好きで、50年代は古臭く感じるし、最近のはついていけない。

 音楽ってのは、そういうものなのだ。つまり、「音楽の黄金時代はあなたが17歳の時」なのである。でも世の中は年寄りが威張ってるから、古いものの方が価値が高いとされるのである。特に中国の儒家思想は年配者を持ち上げるから、この傾向が強くなる。そう考えると、古いものをありがたがる儒家思想も、だいぶ印象が違ってくるだろう。

 なんか文句ばかりになっちゃったけど、後の「河渠書第七」や「平準書第八」は、意外と現代でも感心したくなる記述があttりするのが、史記の面白いところ。「河渠書第七」は治水の話で、運河を作る話が何回か出てくる。多大な費用はかかるが、洪水を防ぐと共に灌漑して農地を広げ、また水上の流通も発達するので国の発展に役立つ。「平準書第八」は経済政策の話で、「戦争は費用が嵩んで民が疲弊するよね」ってな話が出てくるのはわかるが、民間で貨幣を鋳造してたりするのも楽しいところ。また、官の職を金で買う話が多く出てきて、この辺は中国のお国柄がよく出ているなあ、などと思ったり。

 一般に教養として古典を学ぶ場合、現代科学に照らして非合理的に見える部分は省略する場合が多いけど、読み方によっては、そういう部分にこそヒトの本質が見て取れるし、その本を貫く思想の方向性もわかる。意地の悪い読み方になっちゃったけど、史記の思想や感覚は現代の中国にも脈々と流れているだろうし、我が国の文化にも大きな影響を与えている。「時代遅れだから」といって省略するには、あまりに惜しい貴重な部分だ。現代の感覚と当事の感覚を比べ、違和感を考察し、ヒトの不変な性質を見つけること、それもまた古典だからこそ持ちうる価値だろう。

 ちなみに、さすがに「表」までは読むつもりはないです。史記はこれで終わり。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月 9日 (火)

小川一水「天冥の標Ⅵ 宿怨 PART1・2・3」ハヤカワ文庫JA

 「すべてに付加価値と保険料を。優越せずに統治を」  ――宿怨 PART1

【どんな本?】

 気鋭のSF作家・小川一水が全10部の予定で送る、壮大な未来史シリーズ第六弾。

 時は25世紀末~26世紀初頭。人類は小惑星帯までに生活圏を広げ、多種多彩な国家や共同体が乱立しながら、ロイズ非分極保険社団を調整役または中心とした形で発展しつつあった。そんな中、<救世群>の少女イサリがプチ家出中に、スカウトの少年アイネイアと出遭う。その裏で、<救世群>は大きな計画を進めていた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 PART1は2012年5月15日発行、PART2は2012年8月25日発行、PART3は2013年1月25日発行。いずれも文庫本縦一段組みで、それぞれ本文約350頁・約384頁・約467頁に加え、4頁の年表と21頁の人物・用語集を収録。9ポイント40字×17行×(350頁+384頁+467頁)=約816,680字、400字詰め原稿用紙で約2042枚。長編小説4冊分の大ボリューム。

 ライトノベル出身の作家だけあって、文章はこなれていて読みやすい。内容は、科学・SF的にかなり考え抜かれ突っ込んだ設定で、好きな人なら身もだえする読み応えながら、理科が苦手な人でも「なんかスゴい事やってんだな」ぐらいに考えておけば充分に楽しめる仕掛けになっている。

 もうひとつ、このシリーズの優れた特徴として、時代的に不連続な点がある。今までⅠ部「メニー・メニー・シープ」からⅤ部「羊と猿と百掬の銀河」まで発表されているが、個々の部分はそれぞれに独立・完結しており、また必要な設定などは充分な説明があるため、どの部分から読み始めても楽しめる構成になっている。手に入れやすい巻から読んでいこう。完成時には星雲賞受賞は確実な傑作ですぜ。

【どんな話?】

 西暦2499年、人工宇宙群島スカイシー3を、レセプションで訪れた13歳の少女イサリは、もはや伝説となった「星のリンゴ」を求め脱走した…はいいが、いきなり遭難してしまった。そこは、気温が氷点下でブリザードが吹き荒れる原野だったのだ。気を失う寸前に、イサリは一人の少年アイネイア・セアキに救助される。アイネイアらは、スカウトの演習として、この節減を突っ切る行軍の途中だったのだ。戸惑うイサリを、彼らは親切に迎え入れる…充分に必要な配慮を払いながら。

【感想は?】

 ゴージャス。宇宙に広がる人類を描く物語として、細かい台詞から大きな設定まで、ありとあらゆる面白さがギッシリ詰まってる。

 今更になって気づいたんだが、彼の宇宙史は、かなり独特の社会を描いていて、これが実に理に適っている…気がするのだ。何が理に適っているといって、その社会形態だ。

 多くの人類は、小惑星帯を中心に大きく分散して住んでいる。またはガンダムのシリンダー群のように、人工的な住環境である。各居留地間は、大きな距離で隔てられている。核融合エンジンが実現されているとはいえ、移動には時として数ヶ月単位の時間がかかる。こういう状況で、人類はどんな社会を築くだろうか。

 個々の住環境の中では、密接で直接的なコミュニケーションが交わされる。各住環境同士では、豊富な情報通信が行われるが、直接の行き来は難しい。そして、自然環境はいささか厳しいため、人も社会も、テクノロジーに大きく頼らなければならない。その結果、どうなるか。

 ジオンのように強力な中央集権国家?うんにゃ。ブルース・スターリングの機械主義者/工作者のように、テクノロジーやイデオロギーにより2派に別れいがみ合う?うんにゃ。もっと、もっとだ。

 個々の住環境は、独立性を高めてゆく。と同時に、高度なテクノロジーへの依存と活発な情報通信は、ある程度の外の世界との交流を促す。地球上とは全く違う住環境は、地上では思いもよらぬ倫理や文化を発達させるだろう…それぞれの住環境ごとに。

 結果、多種多彩な小国家や共同体が乱立しつつ、烏合離散を繰り返しながら、商業的には活発に交流する形になるだろう。宗教やイデオロギーで固まる集団もあれば、生活様式で集まる人々もいる。地上では大きな河川のほとりの平野部で都市が発達し権力の中心となるように、多くの人口を養える住み易い環境があれば、そこに人と財が集まり大きな権力が育つだろう。

 地の利を得て発達したのが、小惑星セレスを根城としたロイズ非分極保険社団。なんで保険会社が権力になるのかって?これが、イロイロとあるのだが…

 現代の地球は、やや人口過剰だが、もし人口が過小で、都市部に人口が集中する傾向が強く、かつ人々が国家間を自由に行き来できたら、どうなるだろう?人は、より住み易い国家へと流れてゆくだろう。では、住み易さとは?より安い税金、より安い物価、より高い収入、より多くの自由、より安全な生活。何に重点を置くかは人それぞれで、この「宿怨」でも、自由を最重視する人たちが出てくる。リバタリアンの末裔とでも言うか。

 保険会社は、安全・安心を提供する。一見、保険料を取って保証金を支払うだけのように見えるが、ちゃんと安全性の査定もしているし、時として安全確保のため積極的に動くこともある。ソマリア沖を通る商船やタンカーも保険に入っている。ソマリアの海賊は、保険会社の業績に大きな影響を与える。営利企業だから、払い戻しはしたくない。安全になればなるほど、保険会社は儲かるのだ。この辺、鳥井順の「イラン・イラク戦争」が、いい参考になる。戦争の趨勢が、ペルシャ湾を通るタンカーの保険料に強く反映しているのだ。

 また、加入者が多いほど保険会社は儲かる。経済が活発になり流通が盛んになれば、やっぱり儲かる。交通事故が減っても儲かるし、戦争が減っても儲かる。そして、ほぼ全ての産業が、保険に関係してくる。なら、政府と何が違う?

 対照的なのが、<救世群>。彼らは好きで<救世群>にいるわけじゃない。押し込められたのだ。彼らの行為とは何の関係もない、彼らには何の責任もない、単に運が悪かった、ただそれだけの理由で、ある日突然に住処を追われ、今までの行き方を断ち切られ、家族とも引き離され、<救世群>としての人生を強要される。

 ってな社会的な仕掛けと同時に、テクノロジーとサイエンスの楽しさと、活劇の面白さを両立させているのも、この作品の魅力。宇宙空間を舞台として、新兵器・新戦術が次から次へと登場し、息詰まる艦隊戦から、血しぶき飛び散る白兵戦まで、見所たっぷりのアクションが楽しめる。

 艦隊戦は、谷甲州が「航空宇宙軍史」で、かなり科学的に設定を詰めちゃった事もあり、少なくとも日本のSFじゃアレを越えるのが難しい状況が続いていた。が、小川一水は先の「アウレーリア一統」で見事な仕掛けを見せ、新時代の宇宙戦闘を復活させた。ここでもその腕は健在で、電子戦はもちろん、光学兵器から物理兵器まで使いどころを用意し、と同時にかつての帆船同士の戦闘や現代の潜水艦戦を思わせる、息詰まる読みあいの頭脳戦を復活させた。そう、ミサイルなどの物理兵器と、レーザーなどの光学兵器は、全く使い方が違ってくるのだ。

 白兵戦を復活させたのも嬉しい限り。「アウレーリア一統」は社会的な縛りだったが、ここでは物理的・戦略的・戦術的に白兵戦の必要性を納得させてくれる。しかも、ただの白兵戦じゃない。実はですねえ…

 そういう細かい配慮は、冒頭のイサリが遭難する場面から嬉しくなる仕掛けがドーンと出てくる。シリンダー型の住環境は、自転で人工的に擬似重力を発生させている。擬似なので、地上の重力とは働き方がイロイロと違う。彼女が河にハマる場面は、SF者が「これだよ、これ!」と叫びたくなるギミック。そうそう、違うんだよね、地上とは。

 などSFな面白さに加え、「お仕事小説」が得意な小川一水ならではの視点で、人間を描いてるのも、このシリーズの特徴。仕事が生き方になっちゃったのが、医師団(リエゾン・ドクター)。医師ってのは、「ヒポクラテスの誓い(→Wikipedia)」に象徴されるように、ある意味ギルド的な性格を持った職能集団でもあって。また、PART2に出てくる婦人服店員の台詞も、この著者らしい「お仕事」観に溢れてる。

「だと思った。じゃあひとつだけ。次に来るときはもっとまともに見立てさせて」

 これまた関係あるかどうか分からないが、メニー・メニー・シープ以来、重要な役割を担っている、羊。これ、遺伝的に面白い性質を持っていて。現在、家畜として飼われているムフロン種の染色体は54本なんだが、野生の羊は58本や56本の種もあって、しかも交雑可能だとか。以下、「品種改良の世界史 家畜編」より引用。

西アジアのイラン高原ではアジアムフロンとウリアルの雑種集団が自然に形成されており、染色体数が54~58本までのさまざまな交雑種が生息している。中には、アジアムフロンとウリアルの交雑だけではあり得ない55本や57本の染色体数を持った雑種もみられる。

 なんというか、遺伝子的に柔軟なんですな。とすれば、アレがナニしてるのも、適切な選択でしょう。
 と、前の「羊と猿と百掬の銀河」では、大きく前面に出てきた彼ら。この「宿怨」では、更に大きな役割を担い、かつ、もっと驚きの仕掛けまで飛び出してくる。

 などの仕掛けの他に、冒頭の「イサリ」に代表されるように、人の命の繋がりを感じさせる大河歴史ドラマの面白さもアチコチにあって、そう、「星のリンゴ」とは…ってな事を書いてると、キリがない。読み始めたら止まらず、読み終えたら他の巻を読み返してしまい、いくら時間があっても足りなくなる、とっても困った作品。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月 8日 (月)

王様の耳はロバの耳2

 ブログの文章としては短すぎるが、膨らませると切れ味が鈍る、自分じゃ気の利いた文言だと思ってる短文PART2。PART1はこちら


自分は本を読まないが子には読書を強要する親は、
読書の習慣を身につけた子が親をどういう目で見ると思っているんだろう。

本を読まない親は、子にいい本を読ませようとする。
本を読む親は、子に面白い本を教える。

人は説教するのは好きだが、説教されるのは嫌いだ。
その程度のことすらわかっていない者が、「本を読め」などとと説教する。

人は説教するのは好きだが、説教されるのは嫌いだ。
そして、人は面白い事が好きだ。
人に本を読ませたければ、説教するより、「この本はこんなに面白いんだよ」と好きな本を紹介する方がいい。

「人は説教するのは好きだが、説教されるのは嫌いだ」
「ローマ法王を知らないの?何億人ものカトリックが喜んで説教されてるぞ」

本を読めば幾つかの真実を知る。
そしていつかは、本を読めば賢くなるというのは幻想だ、という真実にたどりつく。

「まだるっこしい表現すりゃ頭よさげな雰囲気になると思ってハッタリかましやがって。要はこうだろ。
『本を読んでもバカはバカだ。このブログの主が証拠』」

ヒトの脳はその処理能力に応じモノゴトを単純化して認識する。
世界が単純だと思ったら、それはあなたのオツムが単純だという事だ。

「子どもって意外とオトナ」なのではなく、「オトナって意外とコドモ」なのだ。
プレゼンテーションは、「聴き手が飽きっぽく落ち着きのない小学5年生だ」と考えて構成すると巧くいく。

星新一「目からウロコが落ちたのと、目にウロコが飛び込んだのは、どうやって区別する?」

スキー教室では、最初に転び方を教える。柔道なら、最初に受身を学ぶ。
つまり、最初に「上手な失敗のしかた」を身につけるわけだ。
とあるプログラミング講習では、最初に「暴走したプログラムの止め方」を教えた。

テニスで最初に覚えるのは、フォアハンドのストロークだ。上達すれば、空振りが減る。
だが、バックハンドを覚え始めると、空振りが増える。
なんであれ、「もう一段上」を目指す際は、一時的な成績の悪化を覚悟する必要がある。
上達するには、失敗を許容できる環境が必要だ。

どんなキャリアでも、人に経験豊富と思わせるには、失敗談を語るといい。

「病気は嫌だ」といくら言っても、病気はなくならない。
個々の病気の原因を調べ、治療法と予防法を探り、人類は病気を少しづつ克服してきた。
では、戦争を減らすには、どうすればいい?

ジェロルド・M・ワインバーグ「問題解決の第一歩は、問題の存在を認識することだ」

人は現実に対応するために法や制度を発達させてきた。
だが人は現実を完全にわかっているわけじゃない。だから法や制度は必ず不備がある。
たいてい、不備のツケは、社会で最も弱い者に回る。

ジョナサン・スウィフトが「ガリバー旅行記」で提案したイケメン税。
モテる奴ほど高い税を払う。ただしモテ度は自己申告。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月 5日 (金)

ロバート・ヤーハム「自然景観の謎」産調出版 ガイアブックス デイヴィッド・ロビンソン監修 武田裕子訳

プレートは大別すると、比較的年代が古く軽い花崗岩質で非常に厚い大陸プレート(シリカとアルミニウムを多く含み、シアルとも呼ばれる)と、薄いが密度が高く比較的新しい玄武岩質の海洋プレート(シリカとマグネシウムを含み、シマとも呼ばれる)の2種類となる。
  ――地球の構造 対流による移動

【どんな本?】

 河はなぜ蛇行するのか。グランド・キャニオンのような切り立った崖や谷は、なぜできたのか。富士山はなだらかな姿なのに、マッターホルンはなぜナイフの刃のように鋭くそびえているのか。草原にポツンとある巨岩は、どこから来たのか。なぜ泉が湧くのか。エアーズ・ロックやデビルズ・タワーは、どうやってできたのか。

 考えてみれば、地形とは不思議なものだ。河はまっすぐに流れればよさそうなもんだし、切り立った崖なんですぐに崩れて埋まりそうな気がする。様々な地形が、どのように始まり、どう発達して、どう出来上がり、そして将来はどうなるのか。イギリスの地形学者が多数のカラフルなイラストと写真で、地形の出来上がりを解説する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は HOW TO READ THE LANDSCAPE, by Robert Yarham, 2010。日本語版は2012年7月1日発行。単行本ソフトカバーで横組オールカラー255頁。185mm×138mmの独特の版型。イラストや写真が主体の本なので、文字の分量はあまり意味がない。

 カラーのイラストや写真が中心の本であり、4コマ・マンガを見る雰囲気で、スルスルと頭に入っていく。

【構成は?】

 序文/はじめに
第1章 ランドスケープを理解する 地球/さまざまな作用
第2章 ランドスケープを読み解く
 高地のランドスケープ
 低地のランドスケープ
 海岸のランドスケープ
 カルスト地形
 その他のランドスケープ
 人工的なランドスケープ
第3章 地図からランドスケープを読む
 地図の種類/ナビゲーション
   用語解説/参考資料/索引

 原則として一つの見開きで一つの記事が完結する構成。説明の主体はイラストで、一つの地形が出来て崩れるまでを、カラーの4コマのイラストで解説するスタイルが中心。

【感想は?】

 やはり絵と写真の力は絶大。デビルズ・タワー(→Wikipedia)とかの奇妙な風景が、どうやってできたのか、たった4コマのイラストを見ただけで「おお!」と分かってしまった。

 頑張って文字で説明してみよう。

  1. 元は火山。そうだな、あんパンを想像して欲しい。アンコのかわりに溶岩が、パンのかわりに山の岩や土砂がある。
  2. やがて溶岩が冷えて花崗岩になる。
  3. 雨などで、花崗岩の周りの岩や土砂が洗い流される。
  4. 残った花崗岩が、デビルズ・タワー。

 ってのが、たった4コマのイラストを見るだけでわかる構成だ。実に嬉しい。

 さすがにデビルズ・タワーなどは、あまりに特異なので馴染みがないけど、湧水とかも考えてみれば不思議な現象だ。つまりは地下水脈が地表に露出したわけで、いわば自然のカナート(→Wikipedia)。そもそも地下水脈がなぜできるのかすら、私は知らなかった。要は、地層によって水を通す地層と通さない地層があって、通さない地層の上に水が溜まって地下水となるわけです。

 地層が均質でなく、色々な性質の地層が重なっているため、ヒトは井戸が使えるし、温泉に入れる。地殻運動のせいで日本は地震に見舞われるけど、同時に温泉がアチコチにある。SF読みとしては、異星を舞台とした作品や、テラフォーミングを題材にした作品を読む際に、参考になりそう。

 山によっては、南から登るルートと北から登るルートで傾斜や登坂の難しさが全然違う場合があるけど、この原因もイラスト一発でわかるから嬉しい。ようは断層なんだけど。激しい傾斜は断層で、緩やかな傾斜は、元は平らだった所。

 滝ができる過程も、イラスト一発でわかる。堅い岩石層とやわらかい岩石層の境目を、河が流れる。柔らかい岩石層はどんどん浸食され、滝つぼになる。滝つぼは水の勢いが大きいから、どんどん深くなる。たまに堅い岩石層も割れるんで、基本的に滝は上流の方へ移動してゆく…って、やっぱし文字で説明してもわかんないよね。

 マッターホルンとかの急峻な山は、氷河によって山肌が削り取られて形成されたもの。お皿に盛ったアイスクリームを、スプーンで端から削り取っていく感じかな?

 水や氷の力ってのは凄くて、海岸の崖や洞窟も水の力。この辺まで読んでて感じるのは、水の力って、基本的に正のフォードバックが効いてるな、って事。海辺の洞窟とかは、崖に押し寄せた波が、崖の弱い所を掘る形で始まる。掘れてくると、そこに波の力が集中して、更に洞窟を深くしてゆく。クッキーとかも、一旦ヒビが入ると、そこから割れていくでしょ。…って、例えが食べ物ばっかりだな、俺。

 天橋立みたいな砂嘴(さし)が出来るプロセスは、河と海流の相互作用によるもの。海流が運んだ石などが河口に溜まり、これが天然のテトラポットとなって砂も溜めてゆく。それがドンドン発達したのが、天橋立。

 石炭にも色々あるってのは知ってたけど、どう違うのかが分かったのも収穫。基本的に古い地層のモノほど高品質。つまりは堆積した植物が変化したものが石炭なんだけど、比較的に新しいのが泥炭。圧縮が進むと共に褐炭・石炭・無煙炭と高品質になっていく。品質のいい石炭は、基本的に深い所に埋まってる理屈になる。

 日頃、なんとなく見ている風景も、それができた過程にはちゃんと意味がある。その過程を考えると、散歩も楽しくなりそう。掲載している写真も、このまま壁紙にしたいくらい綺麗なのが多くて、これこそ電子書籍で出して欲しい。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月 4日 (木)

小野不由美「丕緒の鳥」新潮文庫

「意外に民もそうかもしれないわよ? あなたが哀れんでるおかみさんは、王がどうとかより、今日の料理は上手くいったとか、天気が良くて洗濯物がよく乾いたとか、そういうことを喜んで日々を過ごしているのかも」
  ――丕緒の鳥

【どんな本?】

 小野不由美が1992年(「魔性の子」を入れれば1991年)から書き継いできた、人気長編ファンタジー・シリーズ「十二国記(→Wikipedia)」の、12年ぶりの新作短編集。元は少女向けのレーベル講談社ホワイトハートで出版。根強い人気と充実した内容により講談社文庫でも刊行されたが、2001年の「華胥の幽夢」で中断、このたびめでたく再開となった。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2013年7月1日発行。文庫本縦一段組みで本文約397頁+辻真先の解説9頁。9ポイント39字×17行×397頁=約263,211字、400字詰め原稿用紙で約658枚。長編小説なら標準的な長さ。

 ファンタジイ作品ではあるが、文章はむしろハードボイルドで、無駄な修飾語が少なく濃い。中国風の世界を舞台としているため、やたらと見慣れない漢字が多いが、ちゃんとルビがふってある。ジュニア向けのホワイトハートから新潮文庫に移ったためか、遠慮がなくなっている感がある。まあ、読者も齢を重ねてるから、ちょうといいのかも。

 長いシリーズの一編ではあるが、この短編集は番外編の感が強い。そのため、この作品を単独で読んでも充分に楽しめる。この世界の独特のルールも、それぞれ必要な分は作中で説明がある。シリーズ全体の物語の流れを掴まなくても、個々の短編は独立しているので、特に心配は要らない。その上で、シリーズを追いかけてきた読者には、「ああ、コレはアノ国の、この頃の話だな」と伝わる構成になっている。

【どんな話?】

 古代中国を思わせる世界にある十二の国には、それぞれ人型に変化できる麒麟がひとりづつ居る。麒麟は王を選び、また宰相として王を補佐する。国を 治める王や官僚・役人は仙となり不老長寿の恩恵に与る。王が道を誤る(失道)と、麒麟は病み国は妖魔が跳梁跋扈して荒れてゆく。王が倒れれば麒麟は再び王 を選ぶ。麒麟が倒れれば王も倒れ、新しい麒麟が生まれ王を選ぶまで国は荒れ続ける。王が道を誤らず長く治めれば国は富むが、短期で交代すれば荒廃が進む。 また、国境を越えた出兵は失道と見なされる。

 人は里木・野木から生まれるが、稀に流されて我々の世界に漂着する事がある。人を襲う妖魔も、なぜか里木・野木のそばでは襲わない。今、慶は新しい王が立ったが、偽王との噂もあり、国は荒れていた…

【収録作は?】

丕緒の鳥 / yom yom vol.6 2008年3月
 丕緒は、射儀に使う陶鵲を誂える羅氏で、下級役人だ。慶国は予王が崩御し,妹の舒栄が王を騙ったが、偽王だったらしく、新しい王が舒栄を下した。新王の登極にあたり、久しぶりに射儀が行われる。陶製の鵲を飛ばし、これを矢で射るのである。王の御前で行われる射儀だけに、相応しい工夫が求められる。だが、長く羅氏を務めた丕緒だが、心に思うところがあって…
 
 主人公は下級役人だが、民間企業でもいわゆる「現場」に近い人なら、丕緒の気持ちが痛いほど伝わってくるだろう。業績の悪化などで状況が厳しくなるほど上役のチェックは煩くなり、また現場を知らない役員が無茶な要求を出してくる。新しい企画を出して成功すると、次はもっと高い目標を達成せよとハードルが上がってゆく。言うだけなら楽だが、現場ってのは、そうそう無理が利くもんじゃない。
 しかも、これは恐らく著者が意図しなかった事だと思うのだが、最近の日本の「現場」は一時雇用の派遣さんが増え、ベテランの人が減っていく傾向にあり、熟練者のノウハウが失われつつあって、これまた本作の状況に似てたりする…ってn愚痴ってどうするw いや身につまされたもんで。
落照の獄 / yom yom 2009年10月
 北にある柳の国は、今までよく治まっていた。王は長く在位して法は整い、役人の腐敗にも厳しく対処していた。治安もよく、条文として死刑はあるが、王が厭うこともあり、ここ暫くは執行されていない。そこに現れた残酷な連続殺人犯・狩獺。小銭のために幼い子供を殺し、その小遣いを奪ったばかりでなく、他にも多くの人を無慈悲に殺めていた。重大な事件でもあり、地方の官では扱いきれず、瑛庚にお鉢が回ってきた。民は強く極刑を望むが、むやみな厳罰は弊害も多い。王の裁可を仰ごうにも、「司法にまかせる」の一声のみ。思い悩む瑛庚だが…
 
 死刑の是非を巡る、ディスカッション・ノベル。判断を任された瑛庚・如翕・率由の三人が、司法の立場としての死刑の是非を議論してゆく。この他に、瑛庚の妻の清鼻が民の意見を代表し、また大司寇の淵雅が国のタテマエを代表した意見を出す。板ばさみになった瑛庚・如翕・率由の三人も、一応は賛否に分かれているものの…って構造が見事。読者にも死刑の賛否両論があるだろうが、ここでは思い切り残酷で無反省の犯人を思い浮かべながら読むと迫力が増す。例えば付属池田小事件(→Wikipedia)の宅間守とか。
 それとは別に、長くシリーズに付き合った読者には、謎に包まれた柳の内情が少しだけわかるのも嬉しいプレゼント。法治国家として名高い柳だが、鋭い観察眼を持つ楽俊はタガの弛みを嗅ぎ取っており、賢いと思われた柳の王は果たして…
青条の蘭 / 書き下ろし
 王の不在により、荒れた国。都会では妖魔が人を襲い、村も人が絶え、子宝を願う人が絶え里木まで枯れる有様。雪が舞う中、荷物を抱え旅を急ぐ一人の男、標仲。彼が抱える物は、一本の丸太。枝が折れたあとにできた瘤の付け根に、青々とした葉がついている。
 ――立ち直るには、遅すぎたのかもしれない。
 ――この上の災禍は、全ての息の根を完全に止めるだろう。
 
 「丕緒の鳥」と同様に、下級役人の奮闘を描く物語。中で重要な役割を果たす山毛欅(ブナ)の生態が、今Wikipedia で調べたら「基本的に毎年不作」とか事実なのに驚いた。特に日本みたく起伏の激しい地形じゃ山林の役割は重要で、高度成長期には無茶な伐採による地すべりが多く報道された事もあった。また落ち葉は海へと流れ、漁業にも大きな影響を与えてたりする。
風信 / 書き下ろし
 蓮花の幸福な暮らしは、その日を堺に一変した。春の盛り、蓮花が十五歳の時。母や妹と屏風の張替えをしていた時に、事件が起きた。錯乱した予王は、全ての女に国外退去の命を下す。あまりの馬鹿馬鹿しさに民は楽観していたが、なんと兵が出動して女の虐殺を始めたのだ。命からがら逃れた蓮花は、奇妙な屋敷で奇妙な者たちと生活を始めるが…
 
 蓮花が暮らす嘉慶らの生態が、いわゆる理系のヒトなら悶絶したくなるような内容。市井人は「そんなモノ、何の役に立つの?」と聞くが、簡単に答えられるようなモンじゃ、ないんだよなあ。昔から数学者は変人と見られていたし、物理学者だって原爆が落ちるまでは「ケッタイな連中」扱い。工学は比較的に理解を得られやすいけど、最近は分野が細分化しちゃってる上に、「今、開発している技術」を説明するには、まず従来の技術を説明しなきゃいけないんだが、聞き手は長い演説を大人しく聞くほどヒマじゃない。覚えなきゃいけない事が山ほどあるんで、どうしても世間には疎くなる。フレッド・ワトソンの「望遠鏡400年物語」やデイヴィッド・E・ダンカンの「暦をつくった人々」あたりとあわせて読むと、感慨もひとしお。

 全般として、背景に「国家の危機」という大きな問題が背景にある。そこで各々の職分を果たすか、社会全体に目を向けるか。でもまあ、現実には結局「これしかできない」となったりする。

 十二国記シリーズ全体の中では、周辺的な役割の人々の物語が集まっている。評判は高いが長いシリーズだけに、手を出すのに躊躇する人もいるだろうが、そんな人が軽く味見するには最も適した本だろう。特にシリーズ初めの「月の影 影の海」は前半がかなり暗くて、慣れない人にはちょっと厳しかったりする。この作品集が気に入ったら、私は「図南の翼」を勧める。特に変態紳士なら必読…って、発売は今年の九月かあ。残念。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月 2日 (火)

司馬遷「史記 七 世家 下」明治書院 新釈漢文大系87 吉田賢抗著

「わしは、かつて百万の大軍を将軍で貴い身分であったが、しかし獄吏がこんなに権威のある貴さは今まで知らなかった」  絳侯周勃世家第二十七

【どんな本?】

 中国の前漢・武帝の時代、紀元前91年頃に司馬遷が著した歴史書「太史公書」、通称「史記」は、夏・殷・周の各朝から春秋・戦国の騒乱、秦の勃興・楚漢 戦争を経て漢の武帝の時代までを扱う。人物を中心とした歴史観に基づく紀伝体という構成が特徴で、大きく以下の5部から成る。

  1. 十二 本紀 黄帝から漢の武帝までの歴代王朝の君主
  2. 十  表   年表
  3. 八  書   礼楽・刑政・天文・貨殖など法制経済史
  4. 三十 世家 君主を取り巻く王侯
  5. 七十 列伝 他の有名人の人間像

 世家は周王朝の文王・武王から漢の武帝の時代までの、各国の王家・諸侯を扱う。明治書院のシリーズは、漢語の原文と読み下し文・現代語訳の 通釈・わかりにくい言葉を説明する語釈に加え、研究者により解釈が分かれる部分は余説として他の学説も収録するなど、研究所として充実した内容。このシリーズの世家は上・中・下の三巻で、下巻は主に秦の時代から陳渉の反乱・項羽と劉邦による秦の打倒を通し、楚漢戦争を経て漢が安定し、執筆当事の武帝の時代までを描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 Wikipedia によると、原書の成立は紀元前91年ごろ。明治書院版は1982年2月10日初版発行。私が読んだのは1990年9月20日発行の11版。単行本ハード カバー縦一段組みで本文約412頁。9ポイント54字×21行×412頁=約467,208字、400字詰め原稿用紙で約1168枚。長編小説なら2冊分ちょいだが、私は漢文と読み下し文は読み飛ばしたので、実際に読んだのは半分程度。

 中国の古典の香りを強く残した文体は、慣れるまではかなりとっつきにくい。また、大きく複雑な歴史の一部であり、背景が掴めないと、何が起きているのか、よくわからないかもしれない。全体を通じ儒教的な哲学が支配しているのも特徴で、今の感覚だと、人々の振る舞いはむしろファンタジーを思わせる。

【構成は?】

孔子世家第十七
陳渉世家第十八
外戚世家第十九
楚元王世家第二十
荊燕世家第二十一
斉悼恵王世家第二十二
蕭相国世家第二十三
曹相国世家第二十四
留侯世家第二十五
陳丞相世家第二十六
絳侯周勃世家第二十七
梁孝王世家第二十八
五宗世家第二十九
三王世家第三十
 戦国七雄時代略図/世家索引

 原則として時代順。明治書院のシリーズだと、各部は以下6つの項目からなる。読みやすいように、本文を10行~30行程度で区切り、その後に和訓や通釈をつける構成。

  1. 解説:各部の冒頭にあり、要約や位置づけなどを示す。
  2. 本文:漢文。
  3. 和訓:読み下し文。
  4. 通釈:現代日本語に訳した文章。
  5. 語釈:本文中のまぎらわしい語・難しい語や、関連知識が必要な語の解説。
  6. 余説:解釈に複数の学説がある場合、通釈で採用しなかった説を述べる。

【感想は?】

 最も長いのは最初の「孔子世家第十七」で、孔子の生涯を扱う。無冠の人ながら、人気と名声から世家としたんだろう。単に記述が多いだけでなく、余説も多いのが特徴。有名人だけに、研究も盛んなんだろう。史記では意外と人間臭く描かれてる。衛の霊公に用いられず「俺なら三年で成功するのに」と憤るあたり、血気盛ん。老いては易に凝るのも、年寄りとしちゃありがち。弟子の子路が葉の長官・葉公に孔子の人物を問われ答えなかった際、つけた文句は結構、傲慢な印象を受ける。「こう答えりゃいいのに」と教えて曰く。

「その人柄は、道を学んで倦むことがなく、人を教えて厭うことがなく、発奮しては飲食を忘れ、人を誨えては、楽しんで世の憂いを忘れ、老いの来るのを知らない」

 続く「陳渉世家第十八」は、秦の暴政に耐えかね起った陳渉の話で、会話中心の孔子と違いアクション全開。河北魚陽守備の行役に向かうが、大雨で道が塞がり間に合わない。遅れれば死罪だ。「どうせ死ぬなら」と仲間の呉広と共に決起、最初は勢いがよかったものの、秦の将・章邯(→Wikipedia)に敗れていく。この章邯、滅び行く秦にあって一瞬の輝きを見せる悲劇の名将で、なかなか印象深い。

 下巻のクライマックスは、劉邦の三人の功臣の蕭何・曹參・張良を描いた、「蕭相国世家第二十三」「曹相国世家第二十四」「留侯世家第二十五」。

 まず「蕭相国世家第二十三」、蕭何(→Wikipedia)。この人は文官で、内政と補給の担当。負け続きの劉邦に次々と物資と兵を送り、支えた人。項羽を倒した後の論考褒賞では、この人がトップの功績と評価される。「雨風に耐え戦った俺たちより、なんでアイツが…」と将たちが騒ぐあたりは、石田三成が戦国武将に不評を買うあたりを思い起こさせる。そんな蕭何でも、漢が安定してくると高祖の妬みを恐れて敢えて評判を落とすような真似をするあたりは、世の世知辛さか。

 飛んで張良(→Wikipedia)を描く「留侯世家第二十五」。この人も武勇というより智恵の人だけど、蕭何の内政に対し外交面での活躍が多く、軍師という位置づけ。太史公曰く「困難な事を容易な中で計らい、大事を些細なうちに処理しえた」。韓の宰相の子で、秦が韓を滅ぼしたのを恨み始皇帝の暗殺を試みるも失敗。

 逃亡中、橋の袂で老人にあう。爺いは端から靴を落とし偉そうに「拾え」と命じる。ムカつきながらも拾うと「履かせろ」と命じる。爺は「見所のあるやつ、五日後の早朝、ここに来い」。はたして五日後の夜明けに行くと爺は既に来ていて「遅い、また五日後な」。今度は夜明け前に行くと、やっぱり爺がいて「「遅い、また五日後」。今度は真夜中に行くと、後から爺が来て「これをやろう」と書物を渡す。それは太公望の兵書だった。老人の正体は…ってな感じに始まる。

 だが三人の中で最も気に入ったのは、曹參(→Wikipedia)。典型的な脳筋の軍人で、天才の韓信(→Wikipedia)に従い東奔西走、多くの軍功を挙げる。平定後は斉の丞相となるが、自分の脳筋をよく弁え、百を超える学者に政道を問うがまさしく百家争鳴。困った曹參、黄帝・老子の研究で名高い蓋公を招いて、丞相の正堂には彼を置き、自らは正堂を避けた。この策は当たり、賢相と評される。

 昔は蕭何と仲が良かったが、先の論考褒賞以来は気まずくなる。が、蕭何は死去の際、漢の丞相に曹參を推挙する。役についたはいいが、この爺さん、毎日酒をくらうばかりで仕事しない。諌めようと彼の屋敷を訪ねる者もいるが、曹參は「まあ飲め」。飲み干して何か言おうとすると、「もう一杯」。結局、何も言えず酔いつぶれて去る羽目に。

 仕事しない曹參に怒った孝恵帝、「俺が若いと思ってナメとんのか、仕事しろよ」とやんわり伝えるが…

曹參「陛下は聖徳武勇で高祖に敵いますか」
陛下「無理だな、そりゃ」
曹參「賢さで私が蕭何に敵いますか」
陛下「無理だな、そりゃ」
曹參「優れたコンビが法と制度を作りました。我々は、それを守ってれば巧くいきます」
陛下「わかった、休んでいなさい」

 一般にヒトは作るのを好み、維持するのを嫌う。自分の才が人に及ばないと素直に認める者は滅多にいない。己の無能を素直に認め、人の意見を容れる器量の大きい人、とも取れるが…

役人の官舎が、彼の部下の官舎に近かった。役人どもは毎日騒がしく宴会し、閉口した部下たちは曹參に騒音を聞いてもらう。ところが曹參、あろうことか酒を取り寄せ、一緒になって飲み騒ぎ始めた。

 なんてエピソードを読むと、実は単に飲んだくれの怠け者なんじゃないかって気もしてくる。なんにせよ、愉快な人だ。

 列伝→本紀→世家と読んできたが、全体を読み通すなら、やはり記述の順番どおりに本紀→世家→列伝の順がいいだろう。面白い所だけつまみ読みしたいなら、列伝が最も手に入れやすいし、物語としても連作の短編小説集のようで親しみやすいかも。

 全体を通して最も盛り上がるのは、本紀の「項羽本紀第七」。なんたって、ラスボスだし。強くて賢くてカッコいい乱世の英雄を、詩情たっぷりに描いた一編。次いで私が好きなのは、列伝の「淮陰侯列伝第三十二」。名将の呼び声高い韓信の物語で、背水の陣など現代の漫画でもアレンジされ使われる名場面が出てくる。また、世家では「楚世家第十」と「越世家第十一」が、呉と越の因縁の対決物語として面白い。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »