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2013年6月 2日 (日)

エレン・ラペル・シェル「太りゆく人類 肥満遺伝子と過食社会」早川書房 栗木さつき訳

BMI = 体重(kg) ÷ 身長2(m)

「肥満は一兆ドル産業を支える病気ですから」  ――某バイオ企業役員

妊娠六ヶ月までに飢餓を経験した母親から生まれた子どもたちは、成人になると、八割以上が肥満になる傾向があるという、驚くべき事実があきらかになった。同様に驚くべきことに、妊娠七ヶ月以降に子宮のなかで飢餓を経験した、あるいは生後五ヶ月までに飢餓を経験した人々は、その四割が肥満になりにくい傾向を示した。

【どんな本?】

これからの薄着になる季節には、誰もが気になるおなかのタプタプ。おかげでダイエット産業は花盛りで、低炭水化物ダイエットなど食事を工夫するもの、ヨガやジョギングなどカロリー消費を増やすもの、なかには薬物や手術に頼る場合もある。

 一般に肥満は本人の性格やだらしない生活の結果と見なされる。だが、本当にそうなのだろうか。例えば、ウシやブタなど食肉用の家畜は品種改良で意図的に肥満した品種を作り出している。ヒトはなぜ太るのか。やせ薬は安全なのか。生活習慣で肥満は改善できるのか。なぜ太った人が増えたのか。体質か、生活習慣か、社会環境か。

 最先端の遺伝子科学から学校の自動販売機まで、科学の成果と社会の変化を洗い出し、ヒトが太る原因を追うと同時に、食品業界と医薬品業界の裏側を暴露する切実なノンフィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は THE HUNGRY GENE, by Ellen Ruppel Shell, 2002。日本語版は2003年8月15日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約314頁+訳者あとがき4頁。9ポイント45字×20行×314頁=約282,600字、400字詰め原稿用紙で約707枚。長編小説ならやや長め。

 文章は比較的にこなれている。特に前提知識は要らないので、内容そのものは中学生でも理解できるレベルだろう。注意すべきは一箇所だけ、第3章のobマウスとdbマウスの部分。さりげなく書かれているので読み飛ばしがちだが、以降の内容を理解するには重要な所なので、注意深く読もう。

【構成は?】

 はじめに――一1ドルの疾患
第1章 肥満大国アメリカ――外科手術に挑むナンシー
第2章 邪悪な人間は太る――肥満と偏見の歴史
第3章 肥満は生まれつきか――肥満と遺伝子
第4章 肥満研究最先端――謎の飽食因子をさがせ
第5章 飢え――フリードマン、ob遺伝子を発見する
第6章 臨床の例外――パキスタンのいとこたち
第7章 やせ薬の命にかかわる副作用――フェン・フェン療法の教訓
第8章 世界に広がる肥満という病――缶詰をあけはじめたコスラエ島民
第9章 健康は胎内から――飢餓にさらされた胎児と新生児の将来
第10章 欲望から手の届くところに――食品業界の思惑
第11章 正しい選択――肥満の波を押しとどめるには
 訳者あとがき

【感想は?】

 お腹のお肉が気になる人なら、書名だけで引き込まれるだろう。しかし、残念ながら、この本に具体的なダイエット法は出てこない。この本は、「太る原因」を探る本だ。その一部は遺伝であり、一部は母親の胎内を含めた育成状態であり、一部は社会環境であり、一部は食事内容であり、一部は生活習慣である。

 ではダイエットの役に立たないかというと、実はそうでもない。特に第10章と第11章。ここでは、アメリカのファストフード産業の活動と、生活の変化を挙げて、肥満の環境要因を数え上げていく。特にファストフード産業の部分を注意深く読めば、「太る食生活」が見えてくる。これを避ければ、ある程度の管理が可能になる…場合も、ある。

 そう、あくまでも、「管理できる場合もある」であり、生まれつきの体質で、太ってしまう人もいるのだ。この「体質」が複雑で、大きく分けて2つのケースがある。遺伝子に問題がある場合と、育成環境による場合。しかも、それぞれが複数の要因があるから、ややこしい。遺伝的な要因でも、少なくとも3種類以上の原因がある。

 遺伝的な問題では、2匹のマウスが登場する。obマウスとdbマウスだ。いずれも遺伝子の異常で太っている。鍵はレプチン(→Wikipedia)だ。レプチンは「食うのをやめろ」という信号を出す。obマウスは正常なレプチンが作れない。だから食べ続ける。レプチンを注射したobマウスは劇的に痩せた。

 「ヒトとマウスは違う」と思われるかもしれない。第6章では、遺伝子異常でレプチンを作れない子供たちが登場する。彼女たちは、レプチンの投与で劇的なダイエットに成功する。

 では、レプチンは万能なのか。残念ながら違う。先の肥満マウスはodとdbがいて、odは痩せたがdbは痩せなかった。なぜか。dbマウスは、レプチンの受容体に異常があり、信号が受信できないのだ。他にも、食欲を抑制する脳内タンパク質POMC欠損による肥満の例が出てくる。これで少なくとも3つの事が判る。1.遺伝的に太る人もいる 2.太る遺伝要因は複数ある 3.万能の痩せ薬はない。

 もう一つの体質、育成環境も重要だ。冒頭の引用が示すように、胎児や嬰児の頃の栄養状況も重要な要素となる。だが妊婦の食べすぎもよくない。糖尿・肥満の母から生まれた子も、肥満になりやすいのだ。サウザンプトン大学医学研究審議会の環境疫学班長デイヴィッド・バーカー曰く「妊娠七ヶ月以降の女性に好きなだけ食べさせたら、けっして望ましい結果にはならない」。

 などの生来的なものもあるが、社会的な要因もある。第10章では、アメリカの食品産業の現状を暴き、その病理を告発してゆく。日本の生活習慣はアメリカから10~20年遅れて追随している感があるので、巧くやれば回避できる…のかなあ。ここで描かれているのは、バーガーキングなどのファストフード産業が、誰をターゲットとしているか、だ。標的は、子供。

 テキサスA&M大学でマーケティングを教えるジェイムズ・U・マクニール名誉教授曰く「家族の車を買うときに鍵を握るのは親かもしれないが、家族の食費の鍵を握るのは子どもである」。アルコン・マーケティング社アカウント・ディレクターのカレン・ピッチアーノ曰く「一家族が(バーガーキングの)店で支払う料金の平均は家族連れでない顧客の代金の3倍にあたる」。だからマクドナルドはオモチャを景品につけるのね。

 これが何で怖いかというと、食べ物の好みは「発達」するからだ。日本でも、年配者にはコーラを「薬っぽい」と嫌う人がいる。一般に子どもは辛いものが苦手だが、インドでは子どももカレーを食べる。ところが、子どもにメニューを任せると、甘いものばかりになる。大人もこれに引きずられるとマズい。

 他にも、レプチン発見に至る研究者ジェフリー・フリードマンとダグラス・コールマンの軋轢、胃切除という過激なダイエットに挑むナンシー・ライト、医薬品業界と医学界の癒着、極端な社会変化が島民の生活と体形を変えたコスラエ島、ステルス・マーケティングを駆使する痩せ薬など、読み所はいっぱい。お腹の肉が気になる人なら、読んで損はない。

 余談その1、私のダイエット法。

 何かを食べたら3分以上歯磨きする。歯磨き粉は使わない。たとえポテトチップひとかけらでも、必ず3分以上歯磨きする。歯磨き粉には研磨剤が入っていて、あまり磨きすぎると歯が磨り減る。だから歯磨き粉は使わない。3日ぐらい続けたら、歯にモノが挟まっていると不快に感じるようになる。でも歯磨きは面倒だから、間食が減り、食事をキチンと食べるようになる。一般に間食はお菓子で、脂肪と炭水化物の塊だ。栄養バランスやカロリーの管理が難しい。でも食事は管理しやすいから、野菜や海藻をたくさん食べよう。

 余談その2。簡単なBMI計算機をJavaScriptで作ってみた。身長と体重に半角の数字を入れて計算ボタンを押すとBMI値が出る。

身長: (cm)  体重: (kg) 

あなたのBMI値は

21

です。

普通

です。

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