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2013年6月 6日 (木)

デーヴ・グロスマン「戦争における[人殺し]の心理学」ちくま学芸文庫 安原和見訳

「おぞましさのあまり目をそむけたくなる部分があるからといって、その営為について考えまいとしてもむだである。いや、むだどころか有害でさえある」
  ――カルル・フォン・クラウゼッツ

「ロジャー、いまのことばから察するに、ベトナムで人を殺したという事実を背負って戻ってきたわけだ。それがいちばんつらいことだったのかな」
「まあね。半分はね」
「それで、残りの半分は?」
「帰ってきても、だれもわかってくれなかったことさ」

第二次世界大戦中、米陸軍准将S・L・A・マーシャルは、いわゆる平均的な兵士たちに戦闘中の行動について質問した。その結果、まったく予想もしなかった意外な事実が判明した。敵との遭遇戦に際して、火線に並ぶ兵士100人のうち、平均してわずか15人から20人しか「自分の武器を使っていなかった」のである。しかもその割合は、「戦闘が一日じゅう続こうが、二日三日と続こうが」つねに一定だった。

【どんな本?】

 つまるところ、戦争とは殺し合いだ。軍は敵を殺すために兵を集め、鍛え、前線に投入する。戦記物では、偉大な勝利を掴んだ将の話もあるし、戦死または負傷した兵の話もある。その兵の心の中では、何が起こっているのか。

 この本は、意外な事実で幕を開ける。「第二次大戦中、米陸軍の前線の兵のわずか15~20%の兵しか発砲していない」と。これが朝鮮戦争では55%に上がり、ベトナムでは90~95%に上がった。撃たなければ撃たれる生死の境で、なぜ撃たないのか。撃つ者と撃たない者は、何がどう違うのか。米軍はどうやって発砲率を上げたのか。その代償は何か。

 米国陸軍に23年間奉職して兵卒から中佐にまで昇進し、レンジャー部隊・落下傘部隊の資格を持つたたたきあげの軍人であり、また心理学者・歴史学者でもある著者が、戦争を「組織的な殺し合い」として捉え、人が人を殺す際の心理を分析し、なぜ殺す/殺さないのか・どうすれば殺せるのか・殺した人の心はどう変わるのかなど、人の心の深層を探り、その理論で軍のしくみや慣習、また現代社会の問題点を照らし出す、過激で衝撃的な本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ON KILLING, by David A.  Grossman, 1995, 1996。日本語版は1998年7月21日原書房より単行本で刊行、ちくま学芸文庫版は2004年5月10日第一刷発行。文庫本縦一段組みで本文約487頁+訳者あとがき3頁。8.5ポイント40字×18行×487頁=約350,640字、400字詰め原稿用紙で約877枚。長編小説ならやや長め。

 文章は比較的こなれていて読みやすい。軍事系の本だが、特に歴史や兵器の前提知識も要らない。「第二次世界大戦は日独伊 vs 米英ソ」「ベトナム戦争は北ベトナム vs 南ベトナム&米」程度で充分。あえて言えば、単位系がヤード・フィートって事ぐらいか。

【構成は?】

 献辞/謝辞
 はじめに
第一部 殺人と抵抗感の心材 【セックスを学ぶ童貞の世界】
 第1章 闘争または逃避、威嚇または降伏
 第2章 歴史に見る非発砲者 
 第3章 なぜ兵士は敵を殺せないのか
 第4章 抵抗の本質と根源
第二部 殺人と戦闘の心的外傷 【精神的戦闘犠牲者に見る殺人の影響】
 第5章 精神的戦闘犠牲者の本質――戦争の心理的代価
 第6章 恐怖の支配
 第7章 疲憊の重圧
 第8章 罪悪感と嫌悪感の泥沼
 第9章 憎悪の嵐
 第10章 忍耐力の井戸
 第11章 殺人の重圧
 第12章 盲人と象
第三部 殺人と物理的距離 【遠くからは友だちに見えない】
 第13章 距離――質的に異なる死
 第14章 最大距離および長距離からの殺人――公開も自責も感じずにすむ
 第15章 中距離・手榴弾距離の殺人――「自分がやったかどうかわからない」
 第16章 近距離での殺人――「こいつを殺すのはおれなんだ。おれがこの手で殺すんだ」
 第17章 刺殺距離での殺人――「ごく私的な残忍性」
 第18章 格闘距離での殺人
 第19章 性的距離での殺人――「原初の攻撃性、解放、オルガスムの放出」
第四部 殺人の解剖学 【全要因の考察】
 第20章 権威者の要求――ミルグラムと軍隊
 第21章 集団免責――「ひとりでは殺せないが、集団なら殺せる」
 第22章 心理的距離――「おれにとってやつらは畜生以下だった」
 第23章 犠牲者の条件――適切性と利益
 第24章 殺人者の攻撃的要因――復讐、条件づけ、2パーセントの殺人嗜好者
 第25章 すべての要因を盛り込む――死の方程式
第五章 殺人と残虐行為 【ここに栄光はない、徳もない】
 第26章 残虐行為のスペクトル
 第27章 残虐行為の闇の力
 第28章 残虐行為の罠
 第29章 残虐行為のケーススタディ
 第30章 最大の罠――汝の行いとともに生きよ
第六部 殺人の反応段階 【殺人をどう感じるか】
 第31章 殺人の反応段階
 第32章 モデルの応用――殺人後の自殺、落選、狂気の確信
第七部 ベトナムでの殺人 【アメリカでは兵士たちになにをしたのか】
 第33章 ベトナムでの脱感作と条件づけ――殺人の抵抗感の克服
 第34章 アメリカは兵士になにをしたのか
        殺人の合理化――なぜベトナムでうまく働かなかったのか
 第35章 心的外傷後ストレス障害とベトナムにおける殺人の代償
 第36章 忍耐力の限界とベトナムの教訓
第八部 アメリカでの殺人 【アメリカでは子供たちになにをしているのか】
 第37章 暴力のウイルス
 第38章 映画に見る脱感作とパブロフの犬
 第39章 B・F・スキナーのラットとゲームセンターでのオペラント条件づけ
 第40章 メディアにおける社会的学習と役割モデル
 第41章 アメリカの再感作
  訳者あとがき

【感想は?】

 イヤ~な気分になる本だ。なにせ、人殺しの話なのだから。途中、ベトナムなどの戦場で敵兵を殺した兵が、その時の状況と気持ちを語る部分が、何度も出てくる。これが実に真に迫っていて、グロ耐性の少ない人は大きなダメージを受ける。

 だが、そこに本書の価値がある。読者は、なぜ嫌な気持ちになるのか。人が人を殺す事の、何が嫌なのか。ソコを、この本は掘り下げてゆく。もちろん、血や肉や骨のグロさも、ある。と同時に、人が人を殺す、そのタブー破りの残酷さに、ヒトは本能的に嫌悪感を持つのだ。

 本書は、序盤に、意外な事実を明らかにする。第二次世界大戦の米陸軍では前線の兵の15~20%しか発砲しなかった、と。他の兵はなぜ撃たなかったのか。嫌だからだ。人を殺すのが、嫌だからだ。しかも、撃った兵は、必ずしも敵兵を狙ったとは限らない。敢えて銃口を上に向け、狙いを外す者も多いのだ。

 などといったエピソードを積み重ね、「ヒトはヒトを殺すことへの強い嫌悪感がある」事を明らかにする。と同時に、嫌悪感を持たぬ小数の者の存在も。

 そう、本質的に大半の人は人を殺せないのだ。だが、それでは、戦争にならない。だから、軍は、あの手この手でヒトを殺せるようにする。では、どうすれば殺せるのか。どうすれば、ヒトを残虐行為に走らせる事ができるのか。第三部以降で、ヒトが組織的に残虐行為に手を染めるメカニズムを解き明かす。

 ここで出てくる古代エジプトの戦車やローマのファランクスの意外な利点。それは、戦争だけに利用去れているのではない。あらゆる差別やいじめや嫁いびりなど、暴力を伴わなくとも、理不尽な形で相手に不利益を与えるあらゆる行為をなす者が、ソレを利用している。そして、いじめが止めにくい理由、往々にして第三者が問題を軽視しがちな原因も。

 戦争に限れば、殺しやすくする手段の一つは「距離」だ。直感的にわかるように、遠いほうが殺しやすい。相手の姿が見えなければ、殺しの実感がわかず、殺しやすい。人が投擲兵器を開発した理由の一つがソレであり、無人攻撃機が恐ろしいのも、そのためだ。本書では書かれていないが、地雷や爆弾テロは時間的な距離を利用している、と考えていいだろう。

 それ以上に恐ろしいのが、社会的・心理的な手段だろう。グークなどと蔑称を使い、相手をヒトと思えなくする。命令を下す者と実際に手を下す者を湧け、互いが相手に責任をなすりつけられるようにする。「やらない奴はチキンだ」「みんなやってるんだ」と、集団で圧力をかける。

 だが、それでも罪悪感は残る。それを正当化するために、「アイツが悪いんだ」と被害者を悪者に仕立て上げる。自分一人でやるのは難しいが、「赤信号みんなで渡れば怖くない」。衆を頼み、被害者を更に痛めつける。更に罪悪感は募り、更なる正当化が必要になり…。そんな悪循環が、不利益を与える側に起き、現象はエスカレートしていく。

 では、第三者はなぜ問題を軽視しがちなのか。ここで私はあなたに問う。「あなたは、そうやって残虐性がエスカレートするメカニズムを知っていましたか?」

 知らない人が多いんじゃなかろか。そう、わかんないのだ。

多くの人は臆病なのではなくて、ただ人間の残虐性という事実に慣れていないのだ。そんなことは考えたこともなく(新聞やニュースで読んだり聞いたりしているのにまさかと思うかも知れないが)、いざとなるとどうしてよいかわからないのだ。

 ということで、酷い場合には「んな事あるわけねーだろ」と被害そのものを「なかった」事にしたがる。この本は戦争に焦点を絞っているが、ちょっと想像力を働かせれば、似たような構図はどこにでも見つかる。大きなものでは、かつての奴隷制や人種・宗教などあらゆる差別がある。身近なものでは、いじめや嫁イビリ、児童虐待だ。

 基本的に軍人が書いた本だから、将兵の立場に立って書かれている。ベトナムでは様々な手段で兵に人殺しというタブーを乗り越えさせたが、その代償も大きかった。「なぜ殺せないか」「どうすれば殺せるか」「その代償は何か」を分析し、組織的に残虐行為をする手口を暴く。悪用すれば危険な内容だが、知らなければ餌食にされるか、または知らぬ間に共犯者にされてしまう。あなたが悪を憎むのなら、少なくとも悪に手を貸したくなければ、その手口を知っておこう。

 なお、第八部では、米軍の使った方法を理由に暴力表現の規制を求めており、これにはかなりの説得力がある。私は違う意見だが、別記事で述べる。

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