溝口敦「暴力団」「続・暴力団」新潮新書
暴力団は今曲がり角におます。このまま存続できるのか、それとも大きく体質を変えて生き残りを図るのか。
ちょっと物の分かった暴力団の組員なら、ほとんど悲観的な見通しを語ります。
「お先真っ暗!」「将来性はゼロとちがいます?」
――「暴力団」まえがき より
【どんな本?】
芸能界や建築業界との癒着が問題視され、嫌われ恐れられると同時に、屈折した憧れも持たれる暴力団。バブルの頃は地上げで幅をきかせていたようだが、暴力団対策法などの締め付けが効いたのか、最近は高齢化が囁かれ、あまり派手な話題にはならない。
そもそも、暴力団とは何者か。彼らはどうやって稼いできたのか。今はどうやって稼いでいるのか。どんな暴力団があるのか。組の組織はどうなっているのか。どんな者がどんな形で暴力団に入るのか。組に入った後は、どうやって出世するのか。海外の犯罪組織とはどう違うのか。なぜ刺青したり指を詰めるのか。そして、市民は彼らにどう対応すべきかなど、「暴力団」では、現代の暴力団の実態を描く。
2004年から2011年にかけて、各自治体が暴力団排除条例(→Wikipedia)を制定・施行し、暴力団の立場は大きく変わった。福岡では凶暴化した暴力団が、相次いで事件を起こしている。暴力団対策法(→Wikipedia)があるのに、なぜ条例が必要なのか。条例により、暴力団の立場はどう変わったのか。警察は暴力団にどう対応しているのか。そして、暴力団は、今後どう変わってゆくのか。「続・暴力団」では、暴力団対策法/暴力団排除条例の影響を受け、大きな曲がり角を迎えた暴力団の現在を報告し、また「半グレ集団」など新たに勃興した反社会的組織もあわせ、警察の思惑と今後の展望を予見する。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
「暴力団」は2011年9月20日発行。新書版で縦一段組み、本文約182頁+あとがき6頁。9.5ポイント39字×15行×182頁=約106,470字、400字詰め原稿用紙で約267枚。「続・暴力団」は2012年10月20日発行。新書版で縦一段組み、本文約200頁+あとがき3頁。9.5ポイント39字×15行×200頁=約117,000字、400字詰め原稿用紙で約293枚。いずれも小説なら中編に該当する分量だろう。
文章はこなれていて読みやすく、スイスイ読める。あの世界は「シノギ」など業界用語?が発達しているが、そういった言葉も丁寧に説明していて、特に前提知識はいらない。時おり法律が絡んでくるが、それも著者がくだいた言葉で解説してくれる。かなりハードな取材に基づいているはずなのに、軽く読めてしまうのが却って困るぐらい。
【構成は?】
暴力団
まえがき
第一章 暴力団とは何か?
第二章 どのように稼いでいるか?
第三章 人間関係はどうなっている?
第四章 海外のマフィアとどちらが怖いか?
第五章 警察とのつながりは?
第六章 代替勢力「半グレ集団」とは?
第七章 出会ったらどうしたらよいか?
あとがき
続・暴力団
まえがき
第一章 組長・幹部たちはどう語るのか?
第二章 法律でどこまで守られるか?
第三章 出会ったら、どうすればよいか?
第四章 芸能界はまだ蝕まれているか?
第五章 警察は頼りになるか?
第六章 暴力団は本当になくなるのか?
第七章 どうやって生き延びていくのか?
あとがき
【感想は?】
「暴力団」は基礎編、「続・暴力団」は「最新情報編」。多少内容がカブっている部分はあるが、日本のヤクザの状況をザッと知るには、わかりやすくて手ごろな本。ズブの素人を読者に想定して書いた本らしく、構成や内容も丁寧で、サービスも充分。なんたって、「暴力団」のまえがきの〆が「とりわけ怖いもの見たさの読者は大歓迎です」。
まえがきの冒頭から、原題の暴力団が置かれている厳しい状況が明らかになる。なんとなく「景気が悪いと裏社会が栄える」と思っていたが、現実は逆らしく、地価が上がらないから地上げの仕事もないそうな。もちろん薬物の密輸・密売もおししいシノギ。これの怖い所が、需要供給資本主義の原理が働いちゃう所。
締め付ける→供給が減る→価格が上がる→単位あたりの儲けが増える→美味しい→新しい手口を開発する
イタチごっこになっちゃてるわけ。
昔のヤクザはテキ屋・博徒・愚連隊の三種があった、ってのも面白い。テキ屋はフォーテンのトラさんで、お祭りとかで屋台を出す人。博徒は賭場を開く人で、愚連隊は、まんま暴力集団。今はあんまし違いがないっぽくて、これを著者は「犯罪のデパート」と評している。
この「犯罪のデパート」が日本のヤクザの特徴。これがフランスあたりだと、麻薬なら麻薬組織、誘拐なら誘拐組織と、犯罪ごとに組織が特殊化してるとか。こういった海外情勢も本書の凄い所で、なんと香港の三合会(トライアド、→Wikipedia)にまで取材している。よくコンタクトできたなあ。ここで語られる香港の黒社会と日本のヤクザの違いは衝撃的で、「犯罪組織もイロイロだなあ」と考えさせられる。
ヤクザばかりでなく、六本木を根城にした関東連合などの「半グレ集団」を扱っているのも本書の特徴。昔は暴走族は暴力団構成員の供給源の一つだったのが、肝心の暴力団そのものが高齢化して…と成立の過程から始まり、彼らのシノギから組織の実態、そして警察の対応まで解説している。
「続・暴力団」では、最新暴力団事情といった感がある。中でも暴力団対策法・暴力団排除条例が大きなテーマとなり、著者のメッセージも繰り返し述べられる。曰く「暴対法では暴力団を合法と認めている、これはおかしい、さっさと非合法にして壊滅させろ」と。
とまれ暴力団排除条例が暴力団には大きなダメージを与えているのは確かで、福岡の騒ぎもその結果だとか。つまりは追いつめられた暴力団が生き残りをかけて必死に反撃している、警察しっかりせんかい、と。警察についても多くの紙面を割いているのも「続・暴力団」の特徴で、よりメッセージ性の強い内容となっている。
最新情報だけあって、話題になった島田伸介の引退など芸能界の話が多いのも「続・暴力団」の特徴。「厳密に暴力団排除条例を適用したら紅白歌合戦の演歌勢は壊滅」などと刺激的な話も出てくる。かと思えば、宗教団体との関係も出てくるのが面白い。ヤクザなら神棚があって神道系かと思いきや、なんと欧米や韓国系の新興キリスト教と言うから、アレか?他にも鶴の話が「暴力団」では出てきたり。
他にもイタリアの司法とマフィアの壮絶な抗争など、内容はエキサイティングでサービス満点。敢えて文句をつけるなら、取材の苦労話をもう少し入れても良かったんじゃないかと思う。明らかに身の危険がある剣呑な雰囲気の取材に基づく場面が何度も出てくるのに、あまりにあっさり語っちゃっていて、少し考えないとネタの有り難味がわからなかったりする。ネタがネタだけに迂闊な事は書けないだろうし、ジャーナリストとしてソースやルートを守る必要もあるんだろうけど、ちともったいない。
【関連記事】
| 固定リンク
「書評:ノンフィクション」カテゴリの記事
- サイモン・マッカシー=ジョーンズ「悪意の科学 意地悪な行動はなぜ進化し社会を動かしているのか?」インターシフト プレシ南日子訳(2024.08.25)
- マシュー・ウィリアムズ「憎悪の科学 偏見が暴力に変わるとき」河出書房新社 中里京子訳(2024.05.31)
- クリフ・クアン/ロバート・ファブリカント「『ユーザーフレンドリー』全史 世界と人間を変えてきた『使いやすいモノ』の法則」双葉社 尼丁千津子訳(2024.04.22)
- デヴィッド・グレーバー「ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論」岩波書店 酒井隆史・芳賀達彦・森田和樹訳(2023.12.01)
- 「アメリカ政治学教程」農文協(2023.10.23)
コメント