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2013年6月11日 (火)

フェリクス・J・パルマ「宙の地図 上・下」ハヤカワ文庫NV 宮崎真紀訳

「子供のころ、宇宙人はきっとどこかにいるはずだと思いつめていた時期があった。話したっけ?」

【どんな本?】

 「時の地図」で颯爽と日本上陸を果たし喝采で迎えられたたスペインの作家フェリクス・J・パルマによる、「時の地図」の続編。前回のテーマ「タイムマシン」に続き、今回のテーマは「宇宙戦争」。そう、タコ型の火星人がロンドンを蹂躙するアレだ。

 「宇宙戦争」の大ヒットでベストセラー作家となったH・G・ウェルズと、ロンドンの自然史博物館の地下に静かに眠る異形のモノの会合を発端に、夢と冒険とロマンスがギッシリ詰まった物語が展開する、長編娯楽SF大作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は EL MAPA DEL CIELO, by Fe'lix J. Palma, 2012。日本語版は2012年11月25日発行。文庫本縦一段組みで上下巻、本文約461頁+448頁に加え訳者あとがき5頁。9ポイント41字×18行×(461頁+448頁)=約670,842字、400字詰め原稿用紙で約1678枚。そこらの長編小説なら3冊分の大ボリューム。

 翻訳物ではあるが、文章は日本語としてこなれていて読みやすい。内容もサービス満点の恋と冒険の娯楽物語なので、特に構える必要はない。随所に歴史や映画のネタが仕込んであるので、18世紀の欧米史や文学史に詳しいと、より楽しめる。もちろん、分からなくてもお話の面白さは充分に味わえるのでご安心を。

 また、前作「時の地図」の続編であり、前作の設定を受け継いだ物語だが、未読の読者でも楽しめる構造になっている…というか、どちらから読み始めても楽しめる。迷ったら、手に入れやすい方から読み始めるといいだろう。

【どんな話?】

 「タイム・マシン」に続く科学ロマンスの諸作が大当たりし、最近では「宇宙戦争」が話題を攫ったH・G・ウェルズ(→Wikipedia)。ところが、彼に断りもなく続編を書いた男ギャレット・P・サーヴィス(→Wikipedia)がロンドンを訪れ、あつかましくもウェルズとの接触を求めてきた。不愉快な気分で会合に臨んだウェルズを、明るく馴れ馴れしいサーヴィスは丸め込み、、ロンドンの自然史博物館の地下に眠る秘密を探る探索へと連れ出し…

【感想は?】

 これぞ娯楽の王道。博物館の地下に眠る秘密、閉鎖された極地でのサスペンス、血と肉と内臓が飛び散るホラー、圧倒的な力を持つ敵に立ち向かう智恵とアクション、ゴージャスな上流階級の社交界、代々受け継がれた秘宝、大英帝国の陰で暗躍する秘密組織、純情で不器用ながら深く大きな恋、そして幼い頃から心に秘めた夢。

 所々で著者が読者に語りかける、やや時代がかった小説作法も、ヴィクトリア朝の舞台にフィットしてるし、なによりサービス満点なこの物語に相応しい。

 などの娯楽物語を形作る大仕掛けとは別に、細かい仕掛けもアチコチに仕込んであるのが憎い。冒頭のウェルズとサーヴィスの会合と自然史博物館地下の潜入場面から、「この物語にはイースター・エッグが沢山隠してありますよ」とのメッセージを伝えてくる。

 まず、ギャレット・P・サーヴィスからして、実在の人物。また同時代のヴェルヌの名前も出てきて、ウェルズがヴェルヌの姿勢の違いがわかるのもファンには嬉しい。科学・技術・産業面での考証を充分に行い、SFではサイエンスに重点を置く冒険物語を得意としたヴェルヌに対し、ウェルズは社会風刺を重視した暗い物語が多い。両者共にSFの祖と見なされるが、当事のお互いは、あまり交渉がなかった模様。

 次のジェレマイア・レイノルズが主役を努める南極探検の場面も、いきなり大笑い。なんたって地球空洞説(→Wikipedia)だ。ここに登場するシムズも実在だったとは。もうひとりの重要人物、砲兵特務曹長アランも、好きな人ならピンとくるだろう。また、隊員募集のコピーは、明らかにアーネスト・シャクルトン(→Wikipedia)の名コピーを持ってきている。

「求む男子。至難の旅。
僅かな報酬。極寒。暗黒の長い日々。絶えざる危険。生還の保証無し。
成功の暁には名誉と賞賛を得る」

 ここで展開する閉鎖環境での戦いは、ホラーやサスペンス映画が好きな人なら大喜びだろう。

 続くニューヨークを舞台として幕を開ける第二部では、打って変わって華やかなロマンスが展開する。いつも不機嫌で気難しいエマ・ハーロウ嬢に、果敢なアタックを繰り返しては玉砕を繰り返すモンゴメリー・ギルモア。事業ではスゴ腕でブイブイ言わせてるギルモア君だが、色事に関してはからきし。彼とエマ嬢が繰り広げるスレ違いが連続するコントは、ラブコメの王道そのもの。経済界では辣腕を振るうギルモア君の、トンチンカンだがくじけない根性と、純情そのものの愛情に泣け、笑え。

 冒頭のウェルズとサーヴィスの会話から流れるもう一つのテーマ、そてはヒトが夢を見る力、物語が生み出す奇跡。これが後半に入ると、懐かしい人物の再登場をきっかけに、怒涛の流れとなって押し寄せる。

 たかが物語、所詮はお子様向けの荒唐無稽な御伽噺。けれど昔からヒトは伝説を伝え、英雄たちの戦いを語り、不思議な世界や魔法の道具に胸を躍らせてきた。子供だましと言われようが、SF者やファンタジーのファンはいい齢こいて夢をつむぎ、作家の大法螺を楽しんできた。ややコテコテの風味も、そんな人々に送る、夢と冒険とロマンスの大作に相応しい。

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