チャールズ・ペレグリーノ「ダスト」ソニー・マガジンズ 白石朗訳
六百億の口と二千四百万億対の足の動きがいきなりペースを速めた。手と口を所有する生物は、いま自分たちの仲間の数がこの数千年間なかったほど増えていることを知らなかったし、その理由を理解する手段のもちあわせもなかった。微妙なバランスを保つ自然の作用が壊れたのだ――またしても。
【どんな本?】
海洋学者としてタイタニック号の探査に参加し、恒星間宇宙船を設計し、マイケル・クライトンの「ジュラシック・パーク」にアイデアを提供するなど多方面で活躍する科学者が描く近未来パニックSF巨編…に見せかけた、博覧強記のトリビアと最先端科学のニュースに支えられた、直球ド真ん中の王道サイエンス・フィクション。「SFが読みたい!2000年版」でも海外編の9位に食い込む活躍を見せた。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は DUST, by Charles Pellegrino, 1998。日本語版の単行本は1998年11月30日初版第1刷発行。今はヴィレッジブックスから上下巻で文庫版が出ている。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約614頁+著者あとがき「リアリティ・チェック」35頁+金子隆一の解説6頁。9ポイント45字×19行×614頁=約524,970字、400字詰め原稿用紙で約1313枚。普通の長編小説2~3冊分の大ボリューム。
文章は翻訳物のわりに比較的読みやすい。内容はまさしく「科学者の書くSF」そのもので、物理学・生物学・天文学・有機化学・原子力工学・材料工学などに最近の成果がギッシリ詰め込まれているものの、意外とすんなり頭に入ってくる。中学校卒業程度の理科の基礎が出来ていれば、充分に読みこなせるだろう。
【どんな話?】
六千五百万年前。大絶滅を辛うじて生き延びたダチョウ恐竜の親子は、奇妙な黒い河に出あった…いや、それは河ではなかった。生きた液体のように蠢き、たちまち親子を飲み込んでいく。
現代のアメリカ、ニューヨークのロングアイランド。ビーチでイチャつくカップルに、黒い砂の絨毯が襲い掛かる。これが惨劇の始まりだった。絨毯は島の内部へと侵攻を続け、公園で騒ぐ少年たちを包み込む。そして、近隣の住宅へと侵入し、その住民たちも餌食となった。このニュースに全米が騒然となったが、それは惨劇の序曲に過ぎなかった。
【感想は?】
これぞSF、いやサイエンス・フィクションの王道。あらゆる現代科学の成果をたっぷりと詰め込み、かつ迫力満点の娯楽小説に仕立て上げた、理科が大好きな少年や元少年たちに送る珠玉の宝物。ただし、潔癖症の人には、かなり辛い小説かも。
序盤はありがちなパニック物に見える。黒い謎のカーペットが人々を襲い、喰らいつくしていく。その正体は、プロローグでほのめかされる。書名の「ダスト(埃)」と、「六百億の口と二千四百万億対の足」。この二つがあれば、「何かの小さな生き物の群れ」だと見当がつくだろう。その予想は当たりだ。
「埃」だ。ちょっとした小さな隙間にも入り込んでくる。それが人口密集地帯のニューヨークで大発生すれば、そりゃ大騒ぎだ。実際、すぐにロングアイランドは閉鎖され、パニックが発生する。この「埃」との対決が主題になるのか、と思いきや。
「埃」の正体は、早い段階で明らかになる。それがナニか、日頃はどんな所で生きているのか、何を食べているのか、そして生態的にはどんな役割を果たしているのか。これが判明した時、潔癖症の人はパニックに陥るかもしれない。
が、問題は、それが大発生した原因。全編を通したテーマはむしろこっちで、やがては恐竜絶滅の謎に迫りつつ、天文学の話にまで発展していく。
恐竜絶滅の原因は諸説諸々百家争鳴で、今は巨大隕石(または小惑星)衝突説が主流だろう。これを解説した講談社ブルーバックスの「恐竜はなぜ絶滅したか」は、科学解説書としちゃ10年に一冊レベルの傑作なんで、是非およみ頂きたい。いやなんで関係なさそうな本を紹介するかというと…
恐竜絶滅の謎を追う話は、この本の面白さと共通する部分がやたらと多いのだ。地層の中にイリジウムを大量に含む薄い層がある、という話から惑星の生成に話が向かい、やがては思いもよらぬ大規模な問題へと話が発展していく。この本でもプロローグは恐竜が「埃」に襲われる場面だ。恐竜絶滅の謎と、「埃」に密接な関係を持たせ、ストーリー上も重要な意味を持ってくるのだ。
その持たせ方が、いかにも科学者らしい説得力に満ちたものなのが、この本の面白さ。読み終わった読者に対し、巻末で「リアリティ・チェック」として、本書内で扱ったアイデアについて、いちいち創作か現実のネタかを明かしてるのも、嬉しいサービス。こういったサービスは、ロバート・L・フォワードなど科学者でもある作家が時折やってくれるんだが、ペレグリーノはかなり徹底して記述してるのが「こだわり」を感じさせる。
などのサイエンスな話はもちろん面白いし、エンジニアリングの話もワクワクする。ガジェットの主役は、やはりブルーピース号だろう。ヘリウム式の飛行船で、アマゾンの熱帯雨林の樹海を飛ぶために作られた。ちなみにこの話、リアリティ・チェックには出てこないが、樹幹部の探索に熱飛行船を使ってるのを参考にしたんだろう(→リチャード・プレストン「世界一高い木」)。
飛ぶモノだがら、素材は軽くて強くなきゃいけない。これの解決案が、これまたビックリ。エンジンとそのエネルギーも、ちょっとワクワクする。しかも、なんと日本製の小型潜航艇まで搭載してる。こういう、「空飛ぶ乗り物に潜水艦を搭載する」ってのが、なんでこんなにワクワクするんだろう。きっとサンダーバード2号のせいだ。
空飛ぶ乗り物は他にも幾つか出てくるんだけど、微妙に時代を感じさせるのが空母ニミッツ搭載のF-14トムキャット(→Wikipedia)。執筆当時は世界で最も強い海軍機で、可変後退翼がカッコよかった。残念ながら今はF/A-18ホーネット(→Wikipedia)に交代しちゃったけど。可変後退翼は整備が難しくて、一回飛んだら72時間の整備が必要って噂もあった。真偽は不明。
人間ドラマとしては、やはり科学者が主役を勤める。「埃」への対策はなんとかなっても、ソレが大量発生した根本原因が大変。また、著者のお茶目が炸裂してるのが、ドクター・ビル・シャット。リアリティ・チェックで、「さいごに本人が原稿を見たときには実在の人物だったようだ」。ナニやっとんじゃい。このドクター・ビルが担当する生物が、これまた我々がよく見かける馴染み深いシロモノで…。
って、人物を紹介するつもりが、ついつい他の生き物のネタになっちゃうのは、やっぱり作品のカラーがそうだから、なんだろうなあ。
人物で最も強烈な印象を残すのは、ジェリー・シグモンド。「主な登場人物」に曰く「ラジオトーク番組の元ホスト」。どんなトークかというと、科学者を「アインシュタインども」「猿の生き血をすする吸血鬼」と呼び、なかなか楽しい陰謀論を聞かせてくれる。うん、まあ、こういう類の人って、周期的に流行るんだよなあ。具体的なモデルがいるのかも知れないけど、似たようなタイプの有名人は、どこの国にもいるから、何とも。
「埃」の大量発生から始まった物語は、意外な原因が明らかになると共に、我々が感じている世界と、現実の世界との大きな違いを明らかにしていく。存外、この物語のテーマは「そんなに嫌わなくたっていいじゃないか」かも。科学は、いつだってセンス・オブ・ワンダーの宝庫だ。
【関連記事】
| 固定リンク
「書評:SF:海外」カテゴリの記事
- エイドリアン・チャイコフスキー「時の子供たち 上・下」竹書房文庫 内田昌之訳(2022.04.25)
- ピーター・ワッツ「6600万年の革命」創元SF文庫 嶋田洋一訳(2022.04.13)
- アフマド・サアダーウィー「バグダードのフランケンシュタイン」集英社 柳谷あゆみ訳(2022.02.16)
- 陳楸帆「荒潮」新☆ハヤカワSFシリーズ 中原尚哉他訳(2021.10.21)
- ザック・ジョーダン「最終人類 上・下」ハヤカワ文庫SF 中原尚哉訳(2021.09.27)
コメント