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2013年5月31日 (金)

山本弘「トワイライト・テールズ」角川書店

「文明社会の人って、いろんな迷信にとらわれてるんですね」
  ――怪獣無法地帯

【どんな本?】

 特撮大好きなヲタク気質丸出しのSF作家・山本弘が、その濃い趣味を全開にして送る怪獣SFシリーズMM9の番外短編集。時代は現代。この世界では、ときおり怪獣が出現し、巨大なものは大きな被害をもたらす。特に怪獣の被害が多い日本では、気象庁特異生物対策部こと気特対が怪獣への対策を担当し、奮闘していた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年11月30日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約320頁。8.5ポイント46字×19行×320頁=約279,680字、400字詰め原稿用紙で約700枚。長編小説としてはやや長め。ライトノベルで鍛えた著者だけあって、文章は抜群の読みやすさ。SFとはいっても、小難しい理屈はあんまり出てこない。つまりは怪獣物なんで、意味がわかんなくても「なんか難しい事を言ってるな」程度に流して楽しめばよいです。

【どんな話?】

 現代の地球。この物語の世界は、我々の世界と少しだけ違う。ときおり、怪獣が出現するのだ。特に日本は怪獣の本場であり、異様に怪獣の出現頻度が高い。その対策として、政府は気象庁に特異生物対策部こと気特対を設立し、怪獣に対応してきた。

【収録作は?】

生と死のはざまで / 初出:雑誌「ザ・スニーカー」2010年10月号
 
 県道沿いにある、四階建てのショッピング・センターの瓦礫の上に、ドラゴンのような怪獣が弱ってうずくまっている。尻尾まで入れた全長は60m近く、「ガイバーン」と命名された。周囲は田園で見晴らしがよく、自衛隊の戦車や自走砲も準備万端に整った。しかし、今は攻撃できない。瓦礫の下、地下食品売り場に、生存者が確認された。自衛隊員一名と、男子高校生一名。閉じ込められた彼らを救出するまでは、攻撃できないのだ。
 
 怪獣災害を、普通の被災者の視点で描いた作品…なんだが、実にイタい。瓦礫の山に閉じ込められた男子高校生ってのが、そりゃ山本弘だもの、爽やかなスポーツマンであるはずもなく。陸上自衛隊は冒頭から大サービスで、王者90式戦車・87式自走高射機関砲・96式装輪戦闘車などが勢ぞろい。
夏と少女と怪獣と / 初出:雑誌「ザ・スニーカー」2010年12月号
 
 アメリカ、モンタナ、2004年の夏。11歳だった僕は、タリーと出遭い、恋を知った。テキサスから来た彼女は、今でも写真の中で微笑んでいる。そして、古びた一枚の新聞。
  <フラットヘッド湖の怪獣、少女を殺す?>
 
 うはは。タリーでピンときた。ええ、もちろん、あの大作家の傑作。11歳の少年と少女、夏の淡い恋、そしてみずうみ。元ネタを知っていれば、当然、悲劇の予感が頭をよぎる。と思って読み進めると、他にもネタが。そうか、アレをこう使うかw。「古いモノクロ映画」ってのは、コレかな?とすっと、フラットヘッドってのは、テリー・ビッスンかしらん…などと詮索していくと、キリがない。
怪獣神様 / 初出:雑誌「ザ・スニーカー」2011年2月号、4月号
 
 タイ北部ウッタラディット県の村。学校をサボり湖のほとりにいた14歳の少女、シリヤムの目の前に、それは空からゆっくりと降りてきた。あまりの大きさ・あまりの異様さに唖然とし、着水の衝撃で崖から落ちかけたシリヤムに手を差し伸べたそれは、彼女に語りかける。
 <私はゼオー。惑星ボラージュから来た>

 けっこう前からタイの北部、特にチェンマイは美人が多いと言われ、出稼ぎでバンコクの水商売で働く女性の多くはチェンマイ出身と名乗るそうな。日本だと秋田美人みたいな感じかな?巨大で強い力を持ち、知性を備えた宇宙怪獣と、孤独な少女の出会い。だが、この世界では怪獣は災害と認識され、実力で排除すべき対象だった…
怪獣無法地帯 / 初出:書き下ろし
 
 1968年3月、アフリカ、コンゴ共和国北東部、リクアラ地方。ジャングルを逃げ惑う三人の男女。金髪の優男アラン・ピロッツ、髭ヅラのジム・ケイザー、そして30ほどの女アネット・モーリス。三人を追うのは、コモドオオトカゲを10倍に拡大したような怪物ングマ・モネネ。追いつめられた彼らは、奇妙なコンビに助けられる。ゾウ並みの大きさの類人猿ンボンガと、半裸の金髪美女マリオン・ヤンクだ。マリオンとンボンガは息のあったコンビネーションを見せ…

 まさしく怪獣バトルロイヤル。美女と巨大類人猿といえば、当然連想するのはキングコング。映画じゃニューヨークで大暴れするキングコング、考えてみりゃ、彼は別にヒトに危害を加えたわけじゃなく、単にヒトの身勝手で拉致されたわけで、そりゃ暴れたくなるわなあ。怪獣物のルーツともいえる作品をネタに持ってくるだけあって、作中もジャングルを舞台にやりたい放題。古典的な名作から禁断の作品までネタを詰め込みつつ、人間同士の社会の対立も描いてゆく。

 日本を舞台に気特対が活躍する本編に対し、この短編集ではあまり気特対は出てこない。また、本編では災害であり実力で排除すべき存在として描かれる怪獣が、微妙に立ち位地を変えているのも読みどころ。また、MM9としては番外編のためか、マニアックなネタが方々に散らばっていて、ヲタクとしての濃さが厳しく試される…けど、あまり気にせず怪獣物語として楽しむのが王道の読み方でしょう。

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