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2013年5月 6日 (月)

篠田節子「仮想儀礼 上・下」新潮文庫

「実業の時代は、終わりました。これからは虚業の時代です。僕たちは、実業の方だけ向いていたから、何も思いつかなかった。でも僕らが起こすのは、虚業でいい」

【どんな本?】

 直木賞作家であり、またSFの優れた書き手でもある篠田節子による、現代日本を舞台にした傑作娯楽長編小説。2009年柴田錬三郎賞。

 元都庁のエリート職員・鈴木正彦と元編集者の矢口誠の失業者コンビが、ビジネスとして立ち上げた信仰宗教団体・聖泉真法会と、それに惹きつけられ群がる信者たち、そして彼らが起こす波紋に巻き込まれる者や自らの計画に巻き込もうとする者を通し、現代日本の新興宗教ビジネスを描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 単行本は2008年12月に新潮社より上下巻で刊行。私が読んだのは文庫本で2011年6月1日発行。上下巻縦一段組みで本文約618頁+587頁=約1,205頁に加え、長部日出雄の解説「人間と世界の根源に迫る傑作」8頁を収録。なお、解説は少しネタバレぎみなので、解説を先に読むクセのある人は要注意。9ポイント39字×17行×(618頁+587頁)=約798,915字、400字詰め原稿用紙で約1998枚。そこらの長編小説4冊分の大ボリューム。

 ボリュームこそ多いものの、そこは直木賞作家。読みやすさは抜群な上に、物語の吸引力も凄い。ややコミカルなほどスピーディーな冒頭から読者は一気に引き込まれ、波乱万丈の物語に翻弄されつつ最後までハラハラしながら読まされてしまう。

【どんな話?】

 都庁の前途有望なエリート職員でありながら、おだてに乗って原稿用紙四千枚を超えるゲーム・ブック「グゲ王国の秘宝」を書いたはいいが企画はポシャり、妻も財産も仕事すら失った桐生慧海こと鈴木正彦。彼をおだてた編集者の矢口誠もまた、職と家庭と住処を失っていた。世界貿易センタービルに飛び込む旅客機をTVで見た彼らに、再起の道がひらめく。「事業として宗教を営むんですよ、僕たちで」

 インターネットに教団・聖泉真法会のサイトを登録した途端に、若者からの相談メールが舞い込む。「グゲ王国の秘宝」を下敷きに、あちこちの宗教から切り貼りで教義をでっちあげながら応答をこなし、同時に教祖としての問答ノウハウを身に付けていく二人。やがて現実に施設を借りようという事になり…

【感想は?】

 表のテーマは、「宗教」。新興宗教をビジネスとして立ち上げ、続けていく。となれば、教義云々という小難しく哲学的な話になるか、冷笑的な醒めた態度で「騙し騙される者たち」になりそうだが、とんでもない。

 なにせ教祖の桐生慧海こと鈴木正彦が、元は都庁のエリート職員であり、現実的な智恵と優れたバランス感覚を持っている働き盛り。「ビジネスとしての宗教」と割り切り、あくまでも「コンテンツを売る経営者」という立場で教団を営んでいく。経営者としても比較的に良心的かつ長期的な視点を持っているのが笑える。

「カリスマを気取ってゲームみたいな教団を作る気はない。オカルトと脅迫はしない。悩みの解決と精神の安定、そうした宗教サービスに対する対価をお布施という形で受け取る。我々は、そういうまっとうな商売を立ち上げたはずだ」

 いや教義すらマトモに定まってない時点で「まっとうな商売」と言われても。とまれ、元は都庁で管理職として勤務していた者だけに、人を使うノウハウも心得てるし、様々な立場の住民との交渉の経験も豊富。あくまで「優秀なビジネスマン」の目で教団を見る彼の目は、冷静でありながらも、信者たちの立場と心情を思いやる気持ちも忘れていない…あくまでも、経営者と顧客、という関係を保ちながら、だが。

 と、教祖は一種のサービス業のつもりで始めた宗教ビジネス。ビジネスである以上、当然ながら収支計算も必要になってくる。施設を持つなら不動産が必要だし、その維持・管理にも人手がかかる。維持・管理と言えば難しそうだが、つまりは掃除やお茶出しは誰がどうやるか、という話。

 収支としても、お茶や備品は何をどこから幾らでどれぐらい買うか、その価格はどう設定して利益率はどれぐらいか、どんな顧客が何をどれぐらい買うか。ビジネスとしてやっていくには、ご近所との関係も良好に保つ必要がある。世間にはオウムの地下鉄サリンの記憶も残っているし、新興宗教となれば変な目で見られかねない。

 こういった細々とした問題を描くにあたり、桐生はまさにハマリ役。どうやって宗教組織が利益を確保し費用を圧縮しているか、いちいちドラマ仕立てでわかりやすく教えてくれる。日本の宗教組織に付物の税金の問題も、中盤以降で重要な要素として絡んでくる。

 そういった「システムとしての宗教」と同時に、その宗教に関わる様々な人間模様も、この作品の大きな魅力。

 教祖の桐生が、頭じゃ虚業と割り切りつつも、基本的には気のいいオジサン。しかも行政の現場経験や管理職としての勤務を通じ、対人経験も豊富だ。彼の元に集まる信者たちを、あくまで顧客としてではあるが、それでも相手の立場と心情を理解した上で、カウンセラーとしての立場を維持しながらも、その悩みに寄り添っていこうとする。

 そこで見えてくる、現代の宗教に惹きつけられる人々の姿が、この作品の裏のテーマだろう。

 明らかにメンヘラでお嬢様育ちの若い女・徳岡雅子,青森からの家出少女・サヤカ,髪を金髪に染め肌の荒れた娘・伊藤真美,斜に構えたオカルト・マニアの少年・竹内由宇太,家族への不満タラタラの主婦・山本広江,他の教団から道場破りに来る島森麻子,そして経営者の森田源一郎。

 あくまでカウンセラーのつもりで事業を立ち上げた桐生だが、彼の元に来る者の多くは、彼の想像を超えた悩みを抱えている。ただでさえ世間の宗教への目は厳しいのに、情緒が不安定な者を抱え込み、事件でも起こされたらたまったものではない。経営者の目線で「爆弾を抱え込んじまった」とボヤきつつも、桐生は…

 多くの宗教は、「家族を大事に」と諭す。まあ、中には「家族は悪魔だ」とたぶらかす先鋭的なのもあるけど、トラブルを厭い穏健派を目指す桐生は、比較的に保守的で穏やかな家庭重視の方向性を打ち出す…その方が、長続きしそうだし。ところが、その家庭が、どうしようもなく壊れていたら、どうすればいいのか。

 行き場が、ないのだ。それなりに自立できるオジサン・オバサンならともかく、若く手に職もなく世間も知らない子供たちは、どうすりゃいいのか。どこに行けばいいのか。

 こういう、普通の人間にはどうしようもない重い問題を抱えた者は、どうなるのか。そういった問題を抱えた者に対し、世知豊かな筈のオジサン・オバサンは、どう考え、どう対応するのか。雅子と広江の関係は、残酷極まりない。しかし、現実には実にありふれていて、よくある事なのだ。

 中盤から後半にかけて、この作品はそんな人間の業に迫っていく。女扱いの巧みさと軽さがウリの矢口、作家の夢を捨てきれない桐生、教団の時限爆弾・徳子。それぞれ重い業を背負っているが、最も光るのは業の塊のような男・井坂。卓越した文筆の才能を持ちながら、人としては完全な性格破綻者。それに加え爽やかな弁舌の才が備わっているもんだからたまらない。いかにも歩くトラブル・メーカーなこの男、爆弾娘たちとハチ合わせなんぞしたら大変な事に…

 新興宗教というキワモノ的な題材に、アクが強く個性豊かな人物を多く登場させ、ドタバタ的な軽さで始まった物語は、中盤の生臭い現実的な物語を経て、終盤では人の心の奥へと潜りこんでゆく。人間ドラマの娯楽作品として、ギョーカイの実態を描いた産業物として、そして「いま、そこにある問題」を突きつける社会派小説そして。いずれの側面でも、紛れもない傑作。

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