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2013年5月14日 (火)

笹沢佐保「木枯し紋次郎 下 長脇差一閃!修羅の峠道」光文社文庫

婿どの死んだ
赤子も死んだ
春を眺めて鶯が
ほう法華経と鳴きまする
  ――唄を数えた鳴神峠

【どんな本?】

 ミステリ・サスペンスを中心にヒット作を量産した昭和後期の娯楽作家・笹沢佐保の代表作であり、テレビドラマも大ヒットした傑作時代小説シリーズ・木枯し紋次郎の既刊15巻より20編を選び、上下巻に編纂した傑作選。

 時は大飢饉に襲われた天保年間。上州新田郡三日月村の貧しい農家に生まれ育った紋次郎だが、慕う姉のお光が嫁ぎ先で亡くなった事をきっかけに10歳で村を出奔し、30歳ほどになった今は無宿の渡世人として各地をさすらう日々。

 左頬の切り傷、錆朱色の鞘の長脇差、そして常にくわえた長い楊枝が目印の凄腕の渡世人、人呼んで木枯し紋次郎。いつかは野垂れ死ぬ運命と己の人生を見定め、余計な面倒ごとに巻き込まれぬよう人との関わりを避けての旅烏だが、凄腕の噂は渡世人の世界に鳴り響き、すれ違う渡世人たちを中心に否応なく波風を立ててゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 以下、巻末の「初出誌・出典一覧」より。

湯煙に月は砕けた 小説現代 1971年5月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 1 1997年1月20日
一里塚に風を絶つ 小説現代 1971年9月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 2 1997年2月20日
土煙に絵馬が舞う 小説現代 1971年12月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 2 1997年2月20日
噂の木枯し紋次郎 小説現代 1972年2月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 3 1997年3月20日
雪灯篭に血が燃えた 小説現代 1972年4月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 3 1997年1月20日
海鳴りに運命を聞いた 別冊小説現代 1972年9月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 5 1997年5月20日
駆入寺に道は果てた  小説現代 1972年11月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 5 1997年5月20日
唄を数えた鳴神峠 小説現代 1973年6月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 7 1997年7月20日
雷神が二度吼えた 小説現代 1976年9月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 11 1997年11月20日
お百度に心で詫びた紋次郎 小説現代 1977年1月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 11 1997年11月20日

 光文社文庫の傑作選・上下巻は、上巻2012年1月20日初版第1刷発行、下巻2012年2月20日初版第1刷発行。下巻は文庫本縦一段組みで本文約 565頁+山前譲の編者解説7頁。9ポイント39字×17行×565頁=約374,595字、400字詰め原稿用紙で約937枚。普通の長編小説2冊分の 分量。

 量こそ多いものの、そこはベストセラー作家・笹沢佐保。文章は抜群の読みやすさだし、歴史の知識に疎い一般読者への配慮も至れり尽くせり。例えば単位系は当事の寸や里とメートル法を併記して雰囲気を守りつつ読者の理解を助けているし、当事の制度や社会背景もキッチリ説明してある。テレビドラマの時代劇を楽める人なら、充分に読みこなせる。まあ、あまり明るいお話じゃないんで、若い人には向かないけど。

【どんな話?】

 時は天保、大飢饉の時代。関東近辺で凄腕と噂される無宿の渡世人がいた。痩せた長身に伸びた月代、無表情な青白い顔で左頬に刀傷。腰には錆朱色の長脇差、口にくわえた長い楊枝を鳴らせば冬の夕暮れの木枯しの音がする。その名も上州無宿・木枯し紋次郎。

【感想は?】

 時代小説として異色な点は前の記事にも書いた。主人公が底辺のアウトローであること、旅に生きる無宿者であること。下巻では、旅に生きる者のさだめが、ヒネった形で強調される作品が多い。

 なんたって、最初の「湯煙に月は砕けた」から、珍しく温泉宿に長逗留している。道中、暴れ馬に踏まれそうになった娘・お市を助けた際に右膝の皿を割り、彼女の実家の湯宿・信田屋で静養する羽目になった。それまで何度も野宿の場面が出てくるだけに、温泉宿で静養する紋次郎ってのが、かなり意外。これだけでも「つかみはOK」だろう。

 「土煙に絵馬が舞う」では、飢饉に加え鉄砲水の土砂で田畑を埋められ、それでも土地にしがみつく百姓が描かれる。

「おらたちには、行くところがねえ。ご先祖さまが残してくれたこの土地で、死ぬほかはねえだよ」

 旅での野垂れ死にを覚悟している紋次郎と、行くところがないと諦めてる百姓が、綺麗に対照をなしている。
 更に、最後の「お百度に心で詫びた紋次郎」では、九十九里沿いで紋次郎が慣れぬ野良仕事に精を出す場面まであったりして、これもちょっとしたサービス・シーンだろう。無宿者が、そんな定住生活をどう感じるかというと…

「…極楽です。今夜の野宿する場所、明日の路銀、追ってくる足音、何かが待ち受けている気配と、そんなことは何一つ心配せずにもすむ。腹をすかせることもないし、雨露に濡れることもない。屋根の下の床の上で、枕を高くして眠ることができるんですからね」

 などと定住生活の場面がある分、かえって紋次郎の旅の暮らしの厳しさが引き立つ。「一里塚に風を絶つ」では、川魚の酢漬けにあたって苦しむ紋次郎で幕をあける。食あたりで苦しんでる時だって、無宿人は布団に包まることすらできない。野原に寝転び病が過ぎるのを待つか、野垂れ死ぬか。

 とまれ、世間でそこまで覚悟を決めた者など、滅多にいない。それだけに、人から恩を受けた際のやりとりも、かなりトンチンカンな形になる。こういう、偏屈者の感覚が巧く出ているのも、木枯し紋次郎の読みどころ。

 などとロード・ノベルとしての面白さもあるこのシリーズだが、ロード・ノベルとしてもちょっとした特徴がある。いわゆる都会が滅多に出てこないのだ。なんたって、江戸が出てこない。島抜けのお尋ね者の上に、なまじ凄腕として名を馳せてるから、都会には近づきにくいんだろうか。

 そのかわり、群馬・千葉・埼玉・神奈川など関東地方をはじめ、静岡・山梨など近辺のちょっとした宿場町や寒村が頻繁に出てくるのも、土地勘がある人には楽しいところ。各編の冒頭には簡単な地図があるのは、編集者のサービスだろうか。ロード・ノベルの面白さをよくわかってらっしゃる。

 ミステリも手がける著者だけに、気がかりな謎で読者を惹きつけるストーリーも、このシリーズの持ち味。「噂の木枯し紋次郎」では、出だしから木枯し紋次郎が倒れるという驚愕の展開。上巻でも冴えた「意外な真相」の仕掛け、下巻では「雪灯篭に血が燃えた」が、短編ならではの切れ味がいい。

 師走の信州、雪景色。宿人足に絡まれた拍子に、うっかり長脇差の鐺を女にぶつけてしまった紋次郎。自分の不始末と侘びながら、女・お春をおぶっていく道中、彼女から妙な噂を聞く。

「昨夜妙なことがあったんですよ。海野宿にとめてあった塩の荷駄五十頭のうちの二頭の背中から、六票俵が四俵消えちまったんだそうで」

 といったミステリらしい謎もあれば、出てくる人物にもキチンとオチがついてくる。このオチの付け方が、これまた紋次郎の世界に相応しく哀しみが漂うものばかり。

 最後に。木枯し紋次郎の決め台詞といえば「あっしには関わりのねえことで…」だが、意外とこの傑作選には一回しか出てこない。これはテレビドラマを作る際に、スタッフが気に入って定番にしたんだろうなあ。

 そうそう、忘れちゃいけない。テーマ曲「だれかが風の中で」も Youtube で聞けます。

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