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2013年5月の18件の記事

2013年5月31日 (金)

山本弘「トワイライト・テールズ」角川書店

「文明社会の人って、いろんな迷信にとらわれてるんですね」
  ――怪獣無法地帯

【どんな本?】

 特撮大好きなヲタク気質丸出しのSF作家・山本弘が、その濃い趣味を全開にして送る怪獣SFシリーズMM9の番外短編集。時代は現代。この世界では、ときおり怪獣が出現し、巨大なものは大きな被害をもたらす。特に怪獣の被害が多い日本では、気象庁特異生物対策部こと気特対が怪獣への対策を担当し、奮闘していた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年11月30日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約320頁。8.5ポイント46字×19行×320頁=約279,680字、400字詰め原稿用紙で約700枚。長編小説としてはやや長め。ライトノベルで鍛えた著者だけあって、文章は抜群の読みやすさ。SFとはいっても、小難しい理屈はあんまり出てこない。つまりは怪獣物なんで、意味がわかんなくても「なんか難しい事を言ってるな」程度に流して楽しめばよいです。

【どんな話?】

 現代の地球。この物語の世界は、我々の世界と少しだけ違う。ときおり、怪獣が出現するのだ。特に日本は怪獣の本場であり、異様に怪獣の出現頻度が高い。その対策として、政府は気象庁に特異生物対策部こと気特対を設立し、怪獣に対応してきた。

【収録作は?】

生と死のはざまで / 初出:雑誌「ザ・スニーカー」2010年10月号
 
 県道沿いにある、四階建てのショッピング・センターの瓦礫の上に、ドラゴンのような怪獣が弱ってうずくまっている。尻尾まで入れた全長は60m近く、「ガイバーン」と命名された。周囲は田園で見晴らしがよく、自衛隊の戦車や自走砲も準備万端に整った。しかし、今は攻撃できない。瓦礫の下、地下食品売り場に、生存者が確認された。自衛隊員一名と、男子高校生一名。閉じ込められた彼らを救出するまでは、攻撃できないのだ。
 
 怪獣災害を、普通の被災者の視点で描いた作品…なんだが、実にイタい。瓦礫の山に閉じ込められた男子高校生ってのが、そりゃ山本弘だもの、爽やかなスポーツマンであるはずもなく。陸上自衛隊は冒頭から大サービスで、王者90式戦車・87式自走高射機関砲・96式装輪戦闘車などが勢ぞろい。
夏と少女と怪獣と / 初出:雑誌「ザ・スニーカー」2010年12月号
 
 アメリカ、モンタナ、2004年の夏。11歳だった僕は、タリーと出遭い、恋を知った。テキサスから来た彼女は、今でも写真の中で微笑んでいる。そして、古びた一枚の新聞。
  <フラットヘッド湖の怪獣、少女を殺す?>
 
 うはは。タリーでピンときた。ええ、もちろん、あの大作家の傑作。11歳の少年と少女、夏の淡い恋、そしてみずうみ。元ネタを知っていれば、当然、悲劇の予感が頭をよぎる。と思って読み進めると、他にもネタが。そうか、アレをこう使うかw。「古いモノクロ映画」ってのは、コレかな?とすっと、フラットヘッドってのは、テリー・ビッスンかしらん…などと詮索していくと、キリがない。
怪獣神様 / 初出:雑誌「ザ・スニーカー」2011年2月号、4月号
 
 タイ北部ウッタラディット県の村。学校をサボり湖のほとりにいた14歳の少女、シリヤムの目の前に、それは空からゆっくりと降りてきた。あまりの大きさ・あまりの異様さに唖然とし、着水の衝撃で崖から落ちかけたシリヤムに手を差し伸べたそれは、彼女に語りかける。
 <私はゼオー。惑星ボラージュから来た>

 けっこう前からタイの北部、特にチェンマイは美人が多いと言われ、出稼ぎでバンコクの水商売で働く女性の多くはチェンマイ出身と名乗るそうな。日本だと秋田美人みたいな感じかな?巨大で強い力を持ち、知性を備えた宇宙怪獣と、孤独な少女の出会い。だが、この世界では怪獣は災害と認識され、実力で排除すべき対象だった…
怪獣無法地帯 / 初出:書き下ろし
 
 1968年3月、アフリカ、コンゴ共和国北東部、リクアラ地方。ジャングルを逃げ惑う三人の男女。金髪の優男アラン・ピロッツ、髭ヅラのジム・ケイザー、そして30ほどの女アネット・モーリス。三人を追うのは、コモドオオトカゲを10倍に拡大したような怪物ングマ・モネネ。追いつめられた彼らは、奇妙なコンビに助けられる。ゾウ並みの大きさの類人猿ンボンガと、半裸の金髪美女マリオン・ヤンクだ。マリオンとンボンガは息のあったコンビネーションを見せ…

 まさしく怪獣バトルロイヤル。美女と巨大類人猿といえば、当然連想するのはキングコング。映画じゃニューヨークで大暴れするキングコング、考えてみりゃ、彼は別にヒトに危害を加えたわけじゃなく、単にヒトの身勝手で拉致されたわけで、そりゃ暴れたくなるわなあ。怪獣物のルーツともいえる作品をネタに持ってくるだけあって、作中もジャングルを舞台にやりたい放題。古典的な名作から禁断の作品までネタを詰め込みつつ、人間同士の社会の対立も描いてゆく。

 日本を舞台に気特対が活躍する本編に対し、この短編集ではあまり気特対は出てこない。また、本編では災害であり実力で排除すべき存在として描かれる怪獣が、微妙に立ち位地を変えているのも読みどころ。また、MM9としては番外編のためか、マニアックなネタが方々に散らばっていて、ヲタクとしての濃さが厳しく試される…けど、あまり気にせず怪獣物語として楽しむのが王道の読み方でしょう。

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2013年5月30日 (木)

司馬遷「史記 五 世家 上」明治書院 新釈漢文大系85 吉田賢抗著

「わしの墓の上に梓の木を植えよ。梓は生育は早いから、成長して呉王の棺桶を造るに役立つだろう。わしの眼をえぐって呉の都の東門に置いてくれ。越が呉を滅ぼすのを見られるように」
  ――呉太伯世家第一より伍子胥の遺言

【どんな本?】

 中国の前漢の武帝の時代、紀元前91年頃に司馬遷が著した歴史書「史記」。司馬遷は「太史公書」と名付け、夏・殷・周の各朝から春秋・戦国の騒乱、秦の勃興・楚漢戦争を経て漢の武帝の時代までを扱う。人物を中心とした歴史観に基づく紀伝体という構成が特徴で、大きく以下の5部に分かれる。

  1. 十二 本紀 黄帝から漢の武帝までの歴代王朝の君主
  2. 十  表   年表
  3. 八  書   礼楽・刑政・天文・貨殖など法制経済史
  4. 三十 世家 君主を取り巻く王侯
  5. 七十 列伝 他の有名人の人間像

 世家は周王朝の文王・武王から漢の武帝の時代までの、各国の王家・諸侯の勃興を扱う。明治書院のシリーズは、漢語の原文と読み下し文・現代語訳の通釈・わかりにくい言葉を説明する語釈に加え、研究者により解釈が分かれる部分は余説として他の学説も収録するなど、研究所として充実した内容となっている。このシリーズの世家は上・中・下の三巻で、上巻は主に春秋・戦国時代の諸国の盛衰を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 Wikipedia によれば、原書の成立は紀元前91年ごろ。明治書院版は1977年9月20日初版発行。私が読んだのは1992年9月20日発行の14版。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約403頁。9ポイント54字×21行×419頁=約457,002字、400字詰め原稿用紙で約1143枚。長編小説なら2冊分ちょいだが、私は漢文と読み下し文は読み飛ばしたんで、実際に読んだのは半分程度。

 史記は今まで列伝→本紀と読んできたが、さすがに世家は手ごわい。理由は三つ。

  1. 本紀は帝や皇の盛衰を扱っているため歴史全体の流れが見える。列伝は人物に焦点を当てるので、キャラ萌えでしのげる。世家は主に春秋・戦国の各国の王や諸侯を扱うので、位置的に中途半端な感がある。
  2. とまれ著者のせいばかりでなく、そもそも扱う春秋・戦国時代は諸国が乱立しており、歴史の流れも複雑に乱れていて、把握するのが難しいのだ。
  3. 加えて、当時は「西暦」や「皇紀」などの便利な暦がない。だから年を表すにも「呉王の九年」とか「恵公の二年」とか、国によって表記が違う。

 上巻では主に春秋・戦国時代を、各国の視点で描く。そのため、何度も同じ時代を扱ったり、同じ人物がアチコチで登場したりする。これがクドくもあるが、「おお、また来たか」的な懐かしさを感じたりもする。

【構成は?】

 世家解説
呉太伯世家第一
齊太公世家第二
魯周公世家第三
燕召公世家第四
管・蔡世家第五
曹叔世家附
陳・杞世家第六
衛康叔世家第七
宋微子世家第八
晉世家第九
 戦国七雄時代略図

 世家の全体としては時代に沿った構成だが、この巻では春秋・戦国時代の各国の歴史の感が強い。各部はそれぞれ以下6つの項目からなる。読みやすいように、本文を10行~30行程度で区切り、その後に和訓や通釈をつける構成。

  1. 解説:各部の冒頭にあり、要約や位置づけなどを示す。
  2. 本文:漢文。
  3. 和訓:読み下し文。
  4. 通釈:現代日本語に訳した文章。
  5. 語釈:本文中のまぎらわしい語・難しい語や、関連知識が必要な語の解説。
  6. 余説:解釈に複数の学説がある場合、通釈で採用しなかった説を述べる。

【感想は?】

 退屈な部分もあるし、面白い部分もある。

 「○○は立って?年で没した。その子の□□が立った。□□は?年に没して、その子の△△が立った」みたいな記述が続く所もあって、こういう部分は読んでて退屈ではあるけれど、国そのものは平穏だったんだろうなあ、と思う。案外と本物の名君ってのは、こういう風に歴史書じゃアッサリ片付けられちゃうんじゃなかろか。だって乱世にあって、戦争も飢饉も特筆すべき大事件もないんですぜ。優れた政治って、そういうもんじゃね?

 各国のルーツがわかるのも、世家の特徴。呉は周の血筋。斉は太公望の系統。魯も周の血筋。武王の弟・周公の末裔。燕は周公の時代の三公のひとつ召公の家系。栄は殷の庶子・微子開に始まる。晉は周の武王の子で成王の弟・唐叔虞が開祖。こう見ると、春秋・戦国と言いつつ、つまりは周王室の末裔どうしの争いだよなあ。

 当事の国ごとに盛衰を語るので、同じ時代を異なった視点で何度も見ることになる。だもんで、同じ人物が何度も登場する。これは史記全体を通じても同じで、冒頭の引用の伍子胥(→Wikipedia)とかは、列伝の伍子胥列伝第六で主役を務める悲劇の人。

 特に諸国を巡る人は登場回数が多く、例えば呉太伯世家第一に登場する季札(季子)は賢人として描かれ、諸国を訪問している。今で言う外交使節だね。ところが面白いことに、彼が訪れた国は、その後、クーデターなど何かしらの変事に襲われている。…って、もしかして…

 登場回数が多いのは重耳(→Wikipedia)も同じ。この本の構成だと彼は末尾近くで主役を務め、各員の記述が比較的あっさりしているのに対し、彼の伝記は最大の字数を割いていて、この巻のハイライトだろう。文公として名高い彼だが、名を上げるまでのエピソードは意外と情けない。

 晋の献公の公子で若い頃から多くの師に学び人望も厚かったが、献公の妾・驪姫が自分の子を王にしようと謀り、重耳43歳の時に五人の仲間と国を出て、いったん狄に落ち着き嫁さんを貰い12年、ところが追っ手が迫ってきたんで、大国・斉に身を隠そうとして妻に言う。「25年待って帰らなかったら嫁に行ってくれ」。嫁さん答えて曰く。

「25年経ったころには、わたしの墓の上に植えた柏も大きくなっていましょう。でも、わたしはあなたをおまちいたします」

 女運には恵まれた人らしく、斉でも公女といい仲になるが、斉もヤバくなる。「ここで安穏と暮したい」と日和る重耳に公女は「仲間はあんたを頼ってる。国じゃ家来が苦労してる。女に溺れて日和るとは恥ずかしい」とハッパをかけ、酔い潰して車に乗せ国に帰す。仲間と冒険の旅に出て故国へ凱旋という、冒険物語の黄金パターン。歳がアレだからライトノベルになりにくいのが難w

 ブログのネタとして巧く料理すればイケそうなのが、宋微子世家第八で殷の旧臣・箕子が開祖・微子開に伝える鴻範九等。

「鴻範九等の大法とは、一に五行、二に五事、三に八政、四に五紀、五に皇極、六に三徳、七に稽疑、八に庶微、九に五福六極で…」

 鴻範九等の内容はともかく、語り方が巧い。つまり、モノゴトを説明する際の手順が洗練されてるのだ。ブログの記事でも、「国を治める9つの法則」みたく数字で「幾つ」と書かれると、「お、なんか面白そう」とか思うでしょ。また、箇条書きにして、最初に全体を俯瞰する構図を示し、次に各項目を細かく説明していくのも上手な工夫。項目数を明記してるんで、思い出すときも指折り数えればいい。中国って標語とかにやたら数字を使いたがるけど、こういう時代からの智恵なんだろうなあ。

 ここで気になったのが、庶微。温暖や降雨の多寡など、天候や天変地異を君主の徳の結果と論じている点。「治水や営林で多少の防災はできても天候は無茶じゃね?」と現代人は反射的に思っちゃうけど、「当事の人はそう考えていた」とも読める。

 「降雨の多寡や寒暖などの自然現象を、為政者の良し悪しと結び付けて考える傾向が、ヒトにはある」と解釈すると、現代の先進国の有権者も、案外と本能的な部分では同じ感覚を引きずってるんじゃなかろうか。あまりに迷信めいてるから口に出しては言わないけど、無意識的にそう感じてる部分は、結構ある気がする。

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2013年5月28日 (火)

SFマガジン2013年7月号

「そうね。あんまりいい人じゃなかった。でも、女優になりたいという願いは責められない。けっきょく、役者っていうのは、世界でいちばん報酬の大きな職業なんだから。あなたはどうなの、エミリー? 女優になりたい?」
――コニー・ウィリス「エミリーの総て」

 280頁の標準サイズ。今月は「ブラックアウト」「オールクリア」二部作完結記念としてコニー・ウィリス特集と、「攻殻機動隊ARISE」上映開始記念として攻殻機動隊特集。小説は先月に続き野阿梓「偽アカシヤ年代記」第2部後編、そして待ってました久しぶりの菅浩江「天の誉れ」。

 コニー・ウィリス第一弾「エミリーの総て」 All About Emily 大森望訳。三度もトニー賞を獲得しブロードウェイの伝説とまで言われる大女優クレア・ハヴィランド。けど、クリスマスを明後日に控えてるってのに、氷雨の中ラジオシティ・ミュージックホールの前で通行人に声をかけている。どうしてこうなった?そりゃマネージャーのトランスと、映画「イヴの総て」のせい。
 コニー・ウィリスお得意のクリスマス・ストーリー。往年の名画や名舞台のトリビアがギッシリ詰まってるんで、名画ファンにはたまらない作品。コニー・ウィリスお得意の手法でソープオペラばりに饒舌な女性を語り手に、テンポのいい文章でポンポンと話が進む。重要なネタのロケッツ(The Rockettes)は幾つか Youtube に挙がってる(12 Days of Christmas featuring the Rockettes | Radio City Christmas Spectacular)。いい時代だなあ。「さすが職人、あざとい」などと思いながらも、最後の数行は涙でなかなか読めなかった。ラブライブ!やアイドルマスターなど、「憧れに向かって突っ走る女の子」が好きな人は必読。通勤電車の中でポロポロ泣いて醜態を晒せ。

 第二弾「ナイルに死す」 Death on the Nile 大森望訳。エジプトに向かう飛行機の中の三夫婦。ゾーイはガイドブックを朗読し、その夫の寝こけてる。ムカつくのはリッサ。夫が呑んだくれてるスキにわたしの夫ニールに色目を使ってしなだれかかる。ニールも何を考えてるのか、甲斐甲斐しくリッサの世話をやく。飛行機は雲の中で…
 アガサ・クリスティーの「ナイルに死す」を題材にした、不気味な物語。読んでて「おや?」と思うのが、男性を示す際に「…の夫」って表現を使っている点で、主人公の夫いのニール以外は名前が出てこない。小技ではあるけど、なかなか挑発的な書き方だ。もしかしてクリスティの「ナイルに死す」もそうなのかな?いやクリスティは「春にして君を離れ」しか読んでないんで。

 菅浩江「天の誉れ」。近未来を舞台に、最先端技術を使い美容と医療を統合したサービスで大旋風を巻き起こす、コスメディック・ビッキー社を中心に描く連作シリーズの最新刊。コスメディック・ビッキーのシンボルでもあるモデル・山田リルは悲劇に襲われた。注目を集めるリルだが、なかなかコンタクトは難しい。そこに、元同級生の簑原詩衣がリルとの面会が叶う。男性向けバラエティ雑誌<ウオミニ>編集長の加藤は、そこに食いつき…
 長いシリーズも、ついに次回で完結(9月号の予定)。今まで目的も正体もイマイチ不明だったコスメディック・ビッキー。その中枢に位置するシンボル・キャラクターの山田リルを登場させ、謎の核心へと迫っていく。まあ、アレです、見てくれを気にするのは女性ばかりってワケじゃなく、男だって鬘や増毛法のCMを見ればお分かりのように…。初めてネクタイを締めた時は、やっぱり気持ちがシャンとしたし。

 巻頭カラー「未来はボクらがつくるんだ!」特集。日本SF作家クラブが協力してるだけあって、デザインは斬新。驚いたのは「真空飛行船」。やぱり、アイデア自体はあるんだなあ。素材は謎だけど。カーボンの一体成型?

 縣丈弘 Media Showcase/DVD、最初の「ザ・フューチャーズ 漂流宇宙船/未来裁判」。「遺伝子疾患にかかり、宇宙に追放された奇形の人々のもとに地球から使節が訪れる。地球で蔓延する病気の治療に彼らの血が必要」って設定、小川一水の「天冥の標」の救世群に…

 攻殻機動隊特集。黄瀬和哉総監督インタビュウは、このシリーズへの押井守の影響力の大きさをつくづく感じさせる内容。シリーズ・ガイドでは、時田シャケのタチコマ愛が可愛い。こういう、「何か特定の人物・ガジェットへの偏愛」って、大好きだ。タチコマは、巨大クモっぽい図体に対し、可愛い声と性格のミスマッチが魅力だよなあ。

 SENCE OF REALITY は金子隆一のドリームマシンで紹介してる研究が…。つまりは人の夢を記録しようって研究の初期段階なんだけど、「男性の被験者三人がレム睡眠に入ったらすぐに叩きおこし」って、ヒデえw。被験者は寝つき・寝起きのいい人たちなんだろうなあ。

 堺三保のアメリカン・ゴシップ、いきなり「今やアメリカではレンタルビデオ&DVD産業は瀕死の状態」と衝撃的な出だし。ネット配信がシェアを食ってるって事らしい。国土の広さの違いもあるし、日本じゃどうなんだろう。とまれ、配信会社がオリジナル・ドラマを作ってて、これがマニアックな内容に走れるって話は、ちと考えてしまう。書籍の魅力の一つは、案外と過激な描写も許されちゃう点にあって、その辺が共通してるなあ、などと思いつつ、下手に成長すると丸くなって面白さが薄くなるのは、テレビの深夜番組がゴールデンに進出した時のアレみたいな。

 「ヨハネスブルグの天使たち」刊行記念の宮内悠介インタビュウ。表題作は衝撃的だったなあ。この人の参考文献で「テロリストの軌跡 モハメド・アタを追う」を読んだ。ルーシャス・シェパードの「戦時生活」なんて懐かしい名前も出てきて感激。DX9の姿、最初は初音ミクだと思ったんだ が、ミクダヨーだったら…やめよう、危険だ。

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2013年5月24日 (金)

ジュディス・L・ハーマン「心的外傷と回復 増補版」みすず書房 中井久夫訳 小西聖子解説

 一般に思い込まれている「虐待の世代間伝播」に反して、圧倒的大多数の生存者は自分の子を虐待もせず放置もしない。多くの生存者は自分の子どもが自分に似た悲しい運命に遭いはしないかとしんそこから恐れており、その予防に心を砕いている。

【どんな本?】

 戦場で生死の境をさまよった将兵,保護者からの虐待から生き延びた子供,収容所などで監禁・拷問された人,強姦の被害に遭った女性など、極限状況を潜り抜けた場合、人は精神の安定を失い、時として奇矯と思える行動に走ることがある。一般に心的外傷(PTSD、→Wikipedia)と呼ばれる現象だ。

 それは歴史的にどのように認識・研究され、どのような対応がなされてきたのか。どんなメカニズムで、どんな症状を示すのか。どんな状況が症状を引き起こすのか。回復にはどんな治療や看護が必要で、どんな段階を経るのか。

 豊富な症例と研究例に基づいて、主に治療や看護・支援に携わる者に向け、現代のPTSD研究・臨床の状況を俯瞰し、同時に倫理的・政治的な姿勢を鼓舞する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は TRAUMA AND RECOVERY revised edition, by Judith Lewis Herman, M. D. , 1992。日本語版は1999年11月25道発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約393頁。9ポイント43字×19行×393頁=約321,081字、400字詰め原稿用紙で約803枚。長編小説なら長め~2冊分に少し足りない程度。

 レイアウトが独特で、頁の上1/4~1/5ぐらいが別欄になっていて、各頁に1~3個、本文の要約みたいな短文を掲載してある。軽く長し読みするには便利なんだろうけど、本文をじっくり読もうとすると、微妙にリズムが崩れるんだよなあ。

 専門家向けの本ではあるが、訳者は一般向けにも気を使っているようで、できるだけ専門用語は控える工夫をしている。が、それでも解離(→Wikipedia)や多重人格障害(→Wikipedia)など専門用語は残り、内容の深刻さも手伝って、読み通すには相応の覚悟と工夫が要る。

 症状を引き起こす原因として、一見関係なさそうな従軍経験と強姦被害だが、「自分じゃどうしようもない危機的状況」って点は同じであり、症状も似た感じだし、世の中で生きる時に感じる難しさも似たようなモンだ。特に後半では全ての原因に共通する用語を使った説明がなされる。例えば「グループ」、これは似たような体験をした人が集まり話し合う集団を示す。

 こういう一般的な言葉はモノゴトを正確に伝えるのには向いているが、ヒトの頭には入りにくい。もっと具体的な言葉で説明してくれないと、ピンとこない。そこで読者が軍ヲタなら、これを「退役軍人会」や「戦友会」と読み替えよう。社会運動に興味がある人なら、「○○被害者の会」や「○○被災者の会」でもいい。あなたが感情移入しやすい互助組織・団体を「グループ」に代入すると、本書はグッと切実なメッセージを伝えてくる。

【構成は?】

 謝辞/序
第一部 心的外傷障害
 第一章 歴史は心的外傷をくり返し忘れてきた
  ヒステリー研究の英雄時代/戦争(外傷)神経症/性戦争の戦闘神経症
 第二章 恐怖
  過覚醒/侵入/狭窄/外傷の弁証法
 第三章 離断
  損なわれた自己/易損性と復元性/社会的支援の効果/社会の役割
 第四章 監禁状態
  心理学的支配/全面降伏/慢性外傷症候群
 第五章 児童虐待
   虐待的環境とは/ダブルシンク/二重の自己(ダブル・セルフ)/身体への攻撃/子どもが成人すると
 第六章 新しい診断名を提案する
  誤ったレッテル貼りとなる診断/新概念が必要となった/精神科患者としての被害経験者
第二部 回復の諸段階
 第七章 治癒的関係とは
  外傷性転移/外傷性逆転移/治療契約/治療者へのサポート・システム
 第八章 安全
  問題に名を与える/自己統制の回復/安全な環境を創る/第一段階を完了するには
 第九章 想起と服喪追悼
  ストーリーを再構成する/外傷性記憶を変貌させる/外傷性喪失を服喪追悼する
 第十章 再結合
  たたかうことを学ぶ/自分自身と和解する/他者と再結合する/生存者使命を発見する/外傷を解消させる
 第十一章 共世界
  安全のためのグループ/想起と服喪追悼のためのグループ/再結合のためのグループ
 付 外傷の弁証法は続いている
   解説(小西聖子)/訳語ノート/訳者あとがき/原注/人名索引/事項索引

【感想は?】

 重たい。物理的にも、内容的にも、経済的にも(税抜き¥6,800)。

 冒頭は、被害者より、それに対する社会の反応から始まる。これが怖い。世間は、どう反応するか。同情して手を差し伸べる?うんにゃ。「これを意識から排除することである」。つまり、「んな残酷な事が本当のワケないじゃん、責任のがれしたくてフカしてるんだろ」的な対応だ。

 大抵の人は、面倒くさいんで傍観の立場をとる。ところが、ここで著者は読者の退路を絶つ。傍観は、加害者に都合がいいのだ。「この争いの中で中立的位置を維持することは倫理的に不可能である」と。そして、ヒステリーの原因と治療を巡る精神医学の歴史的な経緯の中で、フロイトの画期的な発表と、それに対する世間の憎悪に満ちた反発、そしてフロイトの転向のエピソードを紹介し、この問題は政治的なモノである由を明らかにしていく。

 そうやって、著者は読者を倫理的・政治的な争いに引きずりこむ。実際、この本を巡っては、同意と反発、双方の陣営ともに強烈な敵意に満ちた論争になっていて、一種の宗教戦争に似た雰囲気がある。覚悟しよう。

 さて。ここで面白いのが、ヒステリーという女性特有に思われる症状が、男性の戦争神経症とソックリである点。第一次世界大戦・第二次世界大戦、そしてベトナム戦争を経て、戦争神経症は世間に認知され、そして児童誘拐の被害者やヒステリーとの共通性も明らかになっていく。

 全体は二部構成だ。前半は心的障害の症例を語り、後半は回復を語る。いずれも、「心的外傷」という形で、男性に多い戦争神経症と、女性に多い強姦被害を並列に語っている。著者はフェミニストを自認しているが、どうもソレは単純な「女性解放」的な意味合いより、性差を超えた「傷つき苦しむ者への共感」を多く含んでいるように感じる。

 アメリカでPTSDが広く認知されたのはベトナム戦争であり、ソ連(ロシア)ではアフガン戦争だった。双方の共通点は、他国で戦って負けた戦争である点だ。勝った戦争じゃ世間は復員兵をもてはやすが、負けた戦争では冷たくあしらう。そう、映画「ランボー」のように。その理由を、本書は見事に要約している。

…被害者を取り巻く社会の人々は外傷の予後に影響力がある。周囲からの支持的な反応は事件の打撃力を和らげ、逆に否定的、敵対的な反応はダメージに上乗せされて外傷症候群を重症化するだろう。

 復員後の冷たい世間の反応が復員した将兵の症状を悪化させ、表面化して社会問題と化した。復員兵に冷たかったのは第二次世界大戦後の日本も同じなのだが、世間もそれどころじゃなかった。この本ではグループ、つまり似たような体験をした人々が集まって話し合う組織・集団を適切に運営すれば回復に役立つとしている。日本の多くの戦友会(→Wikipedia)も、親睦を目的としながら、陰では互いの心を支えあう重要な役割を果たしているんじゃなかろか、などと思ってしまう。こんな記述もあるし。

友だちというのは午前四時に電話をかけて<ぼくは今45口径のピストルを口に突っ込みそうな気がする>と話せる奴のことだ。(略)わかってもわうにはやはりベトナム帰還兵でなくちゃ。(略)これでどーっと気がゆるみ、ほーっとするね。

 ややこしいのが、「助けの必要を認めることが被害者の敗北感をつのらせることもある」点。語ることは回復の助けにもなるんだが、同時に誇りを傷つけかねない。そこで大義名分が必要になる。この本に何回か名前が出てくる小説家のティム・オブライエンなどは、それを巧く整合させている例だろう。

 最近の精神医学は薬物を積極的に使う方向みたいで、本書も終盤近くでその効用を認めている。が、それでも回復には長い時間がかかる事と、また政治的な問題である点もくり返し強調される。症状が治療に当たる人に「伝染」する話も出てきて、素人が下手に手を出すと事態を悪化させかねない。

 悲惨な境遇の人が次々と出てくるので、はっきり言って不愉快な本だ。だからといって、もっともらしい理屈で正当化し「この本は悪い本だ」などと不愉快な気分を正当化するのも、子供じみている。あまりに深入りすると気分が滅入るので、共感能力の豊かな人は、充分に心身の調子を整えて挑もう。

 それと。軍ヲタなら、従軍記の読み方が変わるかもしれない。

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2013年5月22日 (水)

エフライム・ハレヴィ「モサド前長官の証言 暗闇に身をおいて」光文社 河野純治訳

 優れた情報(インテリジェンス)を入手する必要性は明白であり、いまさら強調する必要はあるまい……唯一つけくわえることがあるとすれば、すべてをできるかぎり秘密にしておくことである。その種の企ての成否は秘密を保てるかどうかにかかっている。どんなに周到に計画を立て、どんなに有利に事を運べそうな状況だとしても、秘密を保持できぬ者は敗北する。
  ――ジョージ・ワシントン

【どんな本?】

 副題は「中東現代史を変えた驚愕のインテリジェンス戦争」。

 諜報組織としてはCIA・KGB・MI6と並ぶ名声を誇り、その優れた手腕と共に、往々にして強引なやり口で悪名も高いイスラエルのモサド。長くモサドに勤務し、一時はEU駐在大使を務めた後、モサド長官を務めた著者による回顧録であり、主に1973年のヨム・キップール戦争(第四時中東戦争)以後のイスラエル外交の裏面史である。

 イラン・イラク戦争,第一次インティファーダ,イラクのクゥエート侵攻と湾岸戦争,オスロ合意,そして9.11からイラク戦争を経て、2005年のイスラエル軍のガザ撤退までの中東の激動を、イスラエルの視点で描く異色の現代史。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は MAN IN THE SHADOWS ; Inside the Middle East Crisis with a Man Who Led the Mossad, by Efraim Halevy, 2006。日本語版は2007年11月30日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約419頁+佐藤優の解説13頁+訳者あとがき2頁。9.5ポイント43字×18行×419頁=約324,306字、400字詰め原稿用紙で約811枚。長編小説なら長め~2冊分ぐらい。

 文章そのものは、翻訳物のノンフィクションとしては、こなれていて読みやすい。ただし、内容は多くの日本人に馴染みのない中東問題であり、インティファーダ(→Wikipedia)やオスロ合意(→Wikipedia)などパレスチナ問題関連や、リクード(→Wikipedia)などイスラエルの内政と最近の歴代首相、そしてナセルやハーフェズ・アル・アサドなど少し前のアラブ諸国の指導者を知らないと、少々キツいかも。何人かのアラブの指導者は代替わりしている上に、「アラブの春」で退場た人もいるから、ややこしい。また、PLOの指導者が「アブ・マーゼン」の名で出てくるが、今は「ファタハのマフムード・アッパス(→Wikipedia)」の名で知られている。ちょいとアラブ各国の首脳を整理しておこう。この本に登場するのは、赤い字の人。

  • ヨルダン国王:フセイン一世(→Wikipedia)→アブドラ二世(→Wikipedia)
  • エジプト大統領:ガマル・アブデル・ナセル(→Wikipedia)→アンワル・サダト(→Wikipedia)→ホスニ・ムバラク(→Wikipedia)→ムハンマド・フセイン・タンターウィー(→Wikiipedia)→ムハンマド・ムルシー(→Wikipedia)
  • シリア大統領:ハーフェズ・アル・アサド(→Wikipedia)→バッシャール・アル・アサド(→Wikipedia)
  • モロッコ国王:ハッサン二世(→Wikipedia)→ムハンマド六世(→Wikipedia)

【構成は?】

 序章 闇の外へ
第1章 イラン・イラク戦争の終結
第2章 戦争への秒読み
第3章 湾岸戦争の足跡、その光と影
第4章 中東紛争に対する国際的関心
第5章 プロフェッショナル・レベル――平和維持の第三の要素
第6章 イスラエル・ヨルダン和平条約
第7章 和平条約締結までの三ヶ月
第8章 さまざまな指導者と国の思い出
第9章 時代の変化と優先事項の変化
第10章 メシャル事件
第11章 新長官の最優先事項
第12章 傲慢、尊大、自信過剰
第13章 新時代の到来――国家間の仲介役としての諜報員
第14章 情報の政治的操作
第15章 シャロンの功績
第16章 責任を負うことと責めを負うこと
第17章 現在の新たな視点
第18章 外交――可能なことを実行する技術 諜報――不可能事を達成する技能
 謝辞/解説/訳者あとがき

【感想は?】

 元モサド長官の著作だが、007やスパイ大作戦な内容は、ほとんど、ない。大半は、表に出ない外交特使としてイスラエルの外交に携わる者の視点で見た、イスラエル外交史または中東情勢だ。

 イスラエルは難しい立場にいる。小さい国土で周囲を敵に囲まれ、友好的なのは大西洋の彼方のアメリカだけ。国際的にもパレスチナ問題で非難される状況であり、国連もアテにならない。そもそも建国からして凄まじい。産声を上げた途端に第一次中東戦争(→Wikipedia)で四方から袋叩きにされ、実力で生き延びた国である。

 それだけに、良くも悪くも「なりふりかまわない国」という印象がある。特にハマスなどの敵対勢力に対しては暗殺など手段を選ばない側面もあるが、反面、国土と人口の割りに周囲の軍事大国と対等以上に渡り合うあたり、外交・軍事・諜報においては異様に優秀と思われている。

 難しい立場なのは周辺の国も同じで、例えばエジプトはナセル時代のソ連一辺倒からサダトがアメリカへ接近し始め、同時にイスラエルに対しても柔軟な姿勢を示し、パレスチナ問題への直接の関与を避け始めた。湾岸諸国は軍事的に完全にアメリカに依存している。シリアはソ連(ロシア)との連携を継続しているが、イスラエルとの直接的な武力衝突ではなく、ハマスやイズボラを通じた間接的な手段へ切り替えた。

 が、いずれも、自国内では反イスラエルの言動を続けている。その方が権力維持に都合がいいのだ。国民はイスラエルに反感を持っているし、ガス抜きの意味もある。かといって、国際的な立場でイスラエルに敵対的な行動を示すと、後ろ盾であるアメリカが怖い。

 イスラエルは、この矛盾につけこむ。そこで、外交特使である著者が登場するのである。公式なチャンネルで交渉している事がバレたら、お互いに困る。モサドがコッソリ接触したのなら、最悪の場合は著者を悪者に仕立て上げれば済む。

 そんな状況で、意外な存在感を発揮しているのが、ヨルダンのフセイン国王。周辺国の中では穏健派と目され、軍事・外交的にもアメリカとの縁が深い。周辺では最も多くのパレスチナ難民を受け入れている。口先ではパレスチナへの支援を叫びながら、実質的には武器以外の支援をしないアラブ諸国の中では、実質的に最も多くのパレスチナ人を救っている国でもある。

 しかし、皮肉な事に、それが王家の存続を危険に追いやってもいる。国内の中でパレスチナ人の数が増えたため、世論は反イスラエルの論調が強くなり、1970年には煮え切らない王家に業を煮やしたPLOが王家打倒を目論み、黒い九月事件(→Wikipedia)を引き起こした。以来、現在に至るまで、イスラエルと王家は利害の共通点が多い。

 とはいえ、お互いに譲れない点もある。エルサレムだ。イスラエルにとってエルサレムは首都であり、イスラエルが統治すべき土地である。王家はエルサレムの庇護者を自認し、あくまで王国への帰属を主張する。まあ、結局は、「今は棚上げにしようや」って結論に落ち着くんだけど。

 そこに持っていくためには、お互いの話し合いが必要だ。だが、公式のイスラエルの外交官が出張ると、反イスラエル感情の強いヨルダンでは、王家の顔を潰してしまう。そこで、著者が暗躍するのである。

 政治の裏側を扱った本だけに、内容も政治的だ。私が読んだ印象だと、著者の視点はイスラエルの右派に近い。同時に、諜報と外交の世界で揉まれたためか、利便主義的でもある。つまり、正義より利益を優先する立場だ。そういった立場で見た、周辺諸国の分析は示唆に富む。例えばサウジ。

サウジの伝統政策の根底にはつねに、王国の繁栄は「金で買える」という前提があった。

 うはは。イメージぴったし…って、笑ってる場合ではない。なんたって世界トップの原油輸出国だ。今だって我が国の原油輸入の30%以上を依存している国なのだ(→帝国書院 原油の生産トップ10と日本の輸入先)。カタールはしたたかな八方美人、シリアはソ連(ロシア)べったり。

 パレスチナは外交的な修辞にまぶしつつ、基本的に罵倒のみ。「(外交)チャンネルの数が多すぎて、その有効性や確実性がひじょうに疑わしかった」。特にアラファトは「金に汚い大嘘つきで、アラブ諸国からも呆れられている」と散々。逆にアメリカに対しては「逆らっちゃいけない」と従順だが、これはイスラエルの立場を考えると仕方がないか。

 他にも、選挙で選ばれる政治家と長く同じ任務に携わるプロフェッショナルの役割を考察したり、9.11を招いたアメリカの諜報体制の問題点を指摘したり、最近の欧州のイスラム系移民の問題を指摘したりと、なかなか刺激的。特に、中東における北朝鮮が果たしている武器供給元としての役割などは、意外と知られていないだけに、重要な情報だろう。

 日本にとって中東は石油の供給源であり、北朝鮮の資金源でもある。本書の終盤で語られる9.11後の世界情勢は、我が国も否応なしに巻き込まれつつある。書名から連想する諜報関係より、外交と世界情勢の面で収穫の多い本だ。

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2013年5月20日 (月)

チャールズ・ペレグリーノ「ダスト」ソニー・マガジンズ 白石朗訳

 六百億の口と二千四百万億対の足の動きがいきなりペースを速めた。手と口を所有する生物は、いま自分たちの仲間の数がこの数千年間なかったほど増えていることを知らなかったし、その理由を理解する手段のもちあわせもなかった。微妙なバランスを保つ自然の作用が壊れたのだ――またしても。

【どんな本?】

 海洋学者としてタイタニック号の探査に参加し、恒星間宇宙船を設計し、マイケル・クライトンの「ジュラシック・パーク」にアイデアを提供するなど多方面で活躍する科学者が描く近未来パニックSF巨編…に見せかけた、博覧強記のトリビアと最先端科学のニュースに支えられた、直球ド真ん中の王道サイエンス・フィクション。「SFが読みたい!2000年版」でも海外編の9位に食い込む活躍を見せた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は DUST, by Charles Pellegrino, 1998。日本語版の単行本は1998年11月30日初版第1刷発行。今はヴィレッジブックスから上下巻で文庫版が出ている。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約614頁+著者あとがき「リアリティ・チェック」35頁+金子隆一の解説6頁。9ポイント45字×19行×614頁=約524,970字、400字詰め原稿用紙で約1313枚。普通の長編小説2~3冊分の大ボリューム。

 文章は翻訳物のわりに比較的読みやすい。内容はまさしく「科学者の書くSF」そのもので、物理学・生物学・天文学・有機化学・原子力工学・材料工学などに最近の成果がギッシリ詰め込まれているものの、意外とすんなり頭に入ってくる。中学校卒業程度の理科の基礎が出来ていれば、充分に読みこなせるだろう。

【どんな話?】

 六千五百万年前。大絶滅を辛うじて生き延びたダチョウ恐竜の親子は、奇妙な黒い河に出あった…いや、それは河ではなかった。生きた液体のように蠢き、たちまち親子を飲み込んでいく。

 現代のアメリカ、ニューヨークのロングアイランド。ビーチでイチャつくカップルに、黒い砂の絨毯が襲い掛かる。これが惨劇の始まりだった。絨毯は島の内部へと侵攻を続け、公園で騒ぐ少年たちを包み込む。そして、近隣の住宅へと侵入し、その住民たちも餌食となった。このニュースに全米が騒然となったが、それは惨劇の序曲に過ぎなかった。

【感想は?】

 これぞSF、いやサイエンス・フィクションの王道。あらゆる現代科学の成果をたっぷりと詰め込み、かつ迫力満点の娯楽小説に仕立て上げた、理科が大好きな少年や元少年たちに送る珠玉の宝物。ただし、潔癖症の人には、かなり辛い小説かも。

 序盤はありがちなパニック物に見える。黒い謎のカーペットが人々を襲い、喰らいつくしていく。その正体は、プロローグでほのめかされる。書名の「ダスト(埃)」と、「六百億の口と二千四百万億対の足」。この二つがあれば、「何かの小さな生き物の群れ」だと見当がつくだろう。その予想は当たりだ。

 「埃」だ。ちょっとした小さな隙間にも入り込んでくる。それが人口密集地帯のニューヨークで大発生すれば、そりゃ大騒ぎだ。実際、すぐにロングアイランドは閉鎖され、パニックが発生する。この「埃」との対決が主題になるのか、と思いきや。

 「埃」の正体は、早い段階で明らかになる。それがナニか、日頃はどんな所で生きているのか、何を食べているのか、そして生態的にはどんな役割を果たしているのか。これが判明した時、潔癖症の人はパニックに陥るかもしれない。

 が、問題は、それが大発生した原因。全編を通したテーマはむしろこっちで、やがては恐竜絶滅の謎に迫りつつ、天文学の話にまで発展していく。

 恐竜絶滅の原因は諸説諸々百家争鳴で、今は巨大隕石(または小惑星)衝突説が主流だろう。これを解説した講談社ブルーバックスの「恐竜はなぜ絶滅したか」は、科学解説書としちゃ10年に一冊レベルの傑作なんで、是非およみ頂きたい。いやなんで関係なさそうな本を紹介するかというと…

 恐竜絶滅の謎を追う話は、この本の面白さと共通する部分がやたらと多いのだ。地層の中にイリジウムを大量に含む薄い層がある、という話から惑星の生成に話が向かい、やがては思いもよらぬ大規模な問題へと話が発展していく。この本でもプロローグは恐竜が「埃」に襲われる場面だ。恐竜絶滅の謎と、「埃」に密接な関係を持たせ、ストーリー上も重要な意味を持ってくるのだ。

 その持たせ方が、いかにも科学者らしい説得力に満ちたものなのが、この本の面白さ。読み終わった読者に対し、巻末で「リアリティ・チェック」として、本書内で扱ったアイデアについて、いちいち創作か現実のネタかを明かしてるのも、嬉しいサービス。こういったサービスは、ロバート・L・フォワードなど科学者でもある作家が時折やってくれるんだが、ペレグリーノはかなり徹底して記述してるのが「こだわり」を感じさせる。

 などのサイエンスな話はもちろん面白いし、エンジニアリングの話もワクワクする。ガジェットの主役は、やはりブルーピース号だろう。ヘリウム式の飛行船で、アマゾンの熱帯雨林の樹海を飛ぶために作られた。ちなみにこの話、リアリティ・チェックには出てこないが、樹幹部の探索に熱飛行船を使ってるのを参考にしたんだろう(→リチャード・プレストン「世界一高い木」)。

 飛ぶモノだがら、素材は軽くて強くなきゃいけない。これの解決案が、これまたビックリ。エンジンとそのエネルギーも、ちょっとワクワクする。しかも、なんと日本製の小型潜航艇まで搭載してる。こういう、「空飛ぶ乗り物に潜水艦を搭載する」ってのが、なんでこんなにワクワクするんだろう。きっとサンダーバード2号のせいだ。

 空飛ぶ乗り物は他にも幾つか出てくるんだけど、微妙に時代を感じさせるのが空母ニミッツ搭載のF-14トムキャット(→Wikipedia)。執筆当時は世界で最も強い海軍機で、可変後退翼がカッコよかった。残念ながら今はF/A-18ホーネット(→Wikipedia)に交代しちゃったけど。可変後退翼は整備が難しくて、一回飛んだら72時間の整備が必要って噂もあった。真偽は不明。

 人間ドラマとしては、やはり科学者が主役を勤める。「埃」への対策はなんとかなっても、ソレが大量発生した根本原因が大変。また、著者のお茶目が炸裂してるのが、ドクター・ビル・シャット。リアリティ・チェックで、「さいごに本人が原稿を見たときには実在の人物だったようだ」。ナニやっとんじゃい。このドクター・ビルが担当する生物が、これまた我々がよく見かける馴染み深いシロモノで…。

 って、人物を紹介するつもりが、ついつい他の生き物のネタになっちゃうのは、やっぱり作品のカラーがそうだから、なんだろうなあ。

 人物で最も強烈な印象を残すのは、ジェリー・シグモンド。「主な登場人物」に曰く「ラジオトーク番組の元ホスト」。どんなトークかというと、科学者を「アインシュタインども」「猿の生き血をすする吸血鬼」と呼び、なかなか楽しい陰謀論を聞かせてくれる。うん、まあ、こういう類の人って、周期的に流行るんだよなあ。具体的なモデルがいるのかも知れないけど、似たようなタイプの有名人は、どこの国にもいるから、何とも。

 「埃」の大量発生から始まった物語は、意外な原因が明らかになると共に、我々が感じている世界と、現実の世界との大きな違いを明らかにしていく。存外、この物語のテーマは「そんなに嫌わなくたっていいじゃないか」かも。科学は、いつだってセンス・オブ・ワンダーの宝庫だ。

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2013年5月19日 (日)

Aural Moon で日本語の女性の歌声が

 ほけっと iTunes のラジオで Aural Moon を聴いてたら、なんかいきなし日本語の女性の綺麗な声が、と思ったら、ちょっとヘン。暫く聴いてると…

 これ、歌ってるの、初音ミクじゃね?

 ちょいと iTunes を覗くと、ミュージシャンは Vermilion Sands、曲は Innisfree。検索すると、Youtube で見つかった→Vermilion Sands - Innisfree (Spirits of the Sun, 2013) 。バンド名は、どう見てもJ・G・バラードのアレですね。

 Vermilion Sands は日本のバンドで、オフィシャルの web サイトもあった→ヴァーミリオン・サンズ。 Innisfree はアルバム Spirits Of The Sun 収録。

 ニコニコで聴くボーカロイド曲はテクノとかハウスっぽいのが多くて、ちと苦手だったんだけど、こういうシンフォニック系はミクさんの澄んだ声によく似合う…というか、私の感性が最近の高速なリズムに追いついていけないんだろうなあ。SFとプログレは、意外なところに潜んでいる。

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2013年5月18日 (土)

あなたのココログのランキングを予想

アクセス数:

あなたのランキングは?位ぐらいでしょう

使い方:

  • 上の「アクセス数」に、一日のアクセス数を入力します。
    使えるのは半角数字のみ。全角数字を入れると変な結果になります。
  • 「予想」ボタンを押すと、予想ランキングが出ます。

よくある(と思われる)質問

  • Q:当たるの?
    A:たいていハズれます。
  • Q:うまく動かないんだけど?
    A:そういう事もあります。
  • Q:ウイルスとか入ってない?
    A:JavaScriptなんでソースを見てください。
  • Q:晩御飯は何がいい?
    A:
    ハンバーグ
    が食べたい。

手口の元は「半分以上のブログはアクセス数30以下,50以上は2割,100以上は1割」を検証を見てください。

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2013年5月17日 (金)

久門易「今日からデジカメがうまくなる」ソフトバンク新書008

 どのようなデジカメでも、覚えておくべき基本の操作はたった5つだけ。これらをマスターすれば、カメラの操作に関してはプロなみのテクニックを身につけたも同然です。そのうえで、撮影の目的や被写体によって異なるポイントをしっかり押さえるだけで、うまい!と思える、人に見せてほめられる写真が撮れるようになります。

【どんな本?】

All プロ・カメラマンによる、ズブの素人むけ写真撮影入門。

 昔のフィルム・カメラに比べ、最近のデジタルカメラは機能が豊富だ。そして、何枚撮ってもフィルム代は要らない。だが、いくら機能が豊富でも、分厚いマニュアルは見るだけで読む気が失せるし、読んでもイマイチ意味がわからない。そんな面倒くさがり屋で機械オンチな人に向け、ポイントを絞ってわかりやすく解説した、デジタル・カメラで綺麗な写真を撮るコツを具体的に教えてくれる親切で便利な本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2006年4月26日初版第一刷発行。変化の速いデジタル物だが、意外と今でも充分に通用する内容。ソフトカバーの新書で本文約192頁+あとがき2頁。9.5ポイント38字×14行×192頁=約102,144字、400字詰め原稿用紙で約256枚だが、サンプルの写真を豊富に掲載しているので、実際の文字数は7~8割ほど。小説なら中編ぐらいの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も初心者向けで、特に前提知識は要らない。必要なのは、下手な写真を撮った経験だけ。

【構成は?】

 まえがき
第1章 なぜ下手な写真しか撮れないのか?
第2章 5つのポイントを押さえればデジカメは使いこなせる
第3章 うまいと言われる写真を撮る方法
第4章 写真を「魅せる」方法
第5章 間違いだらけのカメラ選び
 あとがき

【感想は?】

 本書の想定読者は、以下3つの条件を全て満たす人。

  1. デジタル・カメラを持っている
  2. 写真やカメラについては「撮りたいものに向けシャッターを押せば写真が撮れる」ぐらいしか知らない
  3. もうちょっと上手に写真を撮りたいと思う

 悲しいことに私も条件を満たしている。腕前は、この記事の一番下の写真を見て欲しい。多少なりとも写真を知っている人なら「うわヒドい」と絶句するだろう。ちなみに持ってるカメラは Nikon COOLPIX S600。えっと、何世代前だ?

 そんな人向けに、この本がある。登場するデジタル・カメラは、一眼レフとコンパクト・カメラの両方。違いを大雑把に説明すると、高価(5万円以上)で大きいのが一眼レフ、安くて小さいのがコンパクト・カメラ。プロやマニアが持ってるのが一眼レフ、私やあなたが観光地で記念撮影に使うのがコンパクト・カメラ。

 内容の多くは、コンパクト・カメラに割かれている。写真というとレフ板や望遠レンズなど高価な機材が要りそうだが、この本に出てくるのはせいぜい千円の三脚ぐらいで、あとは背景用の色紙や100円ショップの造花ぐらい。つまりは徹底的に素人向けでお手軽な写真の入門書なのだ。内容は、大きく分けて以下の4つ。

  1. カメラの機能と、その意義
  2. 腕をあげるために心がける点
  3. 具体的な対象・目的別の撮影のコツ
  4. プロ・カメラマンの仕事の真相など

 カメラの機能と使い方はマニュアルを見ればわかるが、その機能のナニが嬉しいのか、素人にはわからない。この本は、5つの機能に絞り、その原理から効果、そして「どんな時にどんな目的でどんな風に使うのか」を懇切丁寧に教えてくれる。たった5つってのが嬉しい。曰く。

  1. 露出補正で明るさを調整しよう
  2. なるたけストロボ(フラッシュ)は使わない
  3. 人の全身をカッコよく撮るには遠くから望遠で撮ろう
  4. マクロモード(接写、チューリップ印)や半押しでピントを合わせよう
  5. ホワイトバランスで色を調整しよう

 早速試したが、補正露出の効果は絶大。右の写真は上から補正露出-2・-1・0・+1・+2と変えたもの。つか今までマクロモードを知らなかった。ああ恥ずかしい。ちなみに同じ女性モデルでも、女性週刊誌に載る写真と青年誌に載る写真は肌の色が全然違って、一般的に女性誌は色白に調整してる。これ、たぶん、読者が好む肌の色の違いなんだろうなあ。

 上達のコツは、これも5ステップにまとめてある。

  1. カメラを使いこなそう
  2. 設定やアングルを変えて何カットも撮ろう
  3. 写したいものを大きく写そう、他は切れてもいいじゃないか
  4. 背景も気をつけよう、オシャレなモデルにはオシャレな背景
  5. 光に注意しよう

 デジタル・カメラだとフィルム代が要らないんで、いくらでも練習できるのが嬉しい。おまけに、撮ってすぐ確認できるし。「写したいものを大きく」ってのは、気がつかなかった。観光地で記念碑とかと一緒に写真を撮る時、記念碑が切れないよう気を使うけど、大事なのはモデルなんだよなあ。

 対象・目的別のコツは、とっても具体的。ちょっと目次から引用しよう。

人物を撮る:撮影時のポイント/被写体別アフドバイス
行事を撮る:結婚式・パーティー/音楽会・舞台/運動会/お祭り/花火・夜景/観光地での記念撮影
ものを撮る:さまざまな小物/絵画や版画などの平面物/料理/花
作品を撮る:ポートレート/風景・自然/スナップ/旅行/コンテストに入賞するコツ

 「観光地じゃまず風景だけを写し、その後に人をアップで撮ろう」とか、楽しい写真を撮る嬉しいコツを具体的に教えてくれる。「料理は切れてもいいからデッカク撮ろう」とか。Yahoo!オークションなどに出展している人は、「ものを撮る」必読。また、「子供を撮るには、まず子供に好きなポーズをさせ、後で大人が好きなポーズを撮ろう」とか、プロならではの気遣いも嬉しい。

 なんであれ、学ぶには実習が一番いい。だから、この本の最も適切な読み方は、こんな感じだろう。晴れて天気のいい日に、この本とカメラとカメラのマニュアルを持ち、動きやすい格好で戸外に出かけ、読みながらパシャパシャと実際に撮ってみるのだ。できれば、あなたの好きな人にモデルになってもらおう。その前に、カメラの電池とメモリの残量の確認を忘れずに。

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2013年5月16日 (木)

トム・ヴァンダービルト「となりの車線はなぜスイスイ進むのか? 交通の科学」早川書房 酒井泰介訳

マリオ・アンドレッティ「すべてコントロールできていると思えるならば、スピードが足りない」

ひと月に交通事故で死ぬ人の数は、9.11の犠牲者数よりも多い。この事件の後、さまざまな世論調査で、多くの市民がこうした事件の再発を防ぐためには多少の市民的自由の制限もやむなし、と答えている。一方、同じ合衆国大衆は、交通事故死者数を減らすための施策(制限速度の引き下げ、オービスの増設、飲酒運転テストの強化、携帯電話使用運転の罰則強化など)の導入には、いつも反対しているのである。

【どんな本?】

 なぜ渋滞が起きるのか。どうすれば渋滞を避けられるのか。道路を増やせば渋滞は減るのか。ロータリーと信号、どっちがいい?女性は運転がヘタ?トラックの運転は乱暴?自転車は歩道と車道、どっちを走るべき?自動車に乗ると性格が変わるのはなぜ?街路樹がある道路とない道路、どっちが安全?

 ここ数年、日本の交通事故死者数は減少の一途を辿っているが、それでも2012年には4411人が亡くなっている。犯罪被害に比べ交通事故の被害者は圧倒的に多いにも関わらず、あまり報道されない。

 どうすれば交通事故を減らせるかといった切実な問題に加え、渋滞を解消しドライブを快適にするにはどうすればいいかなど交通に関わる様々な事柄を、各国の交通管制者・自動車会社の開発者・道路設計者・保険会社など多彩な人々にインタビュウし、意外な実態を明らかにした一般向けの解説書であり、啓蒙書でもある。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は TRAFFIC : Why We Drive the way We Do ( and What It Says About Us ), by Tom Vanderbilt, 2008。日本語版は2008年10月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約435頁+訳者あとがき4頁。9.5ポイント43字×19行×435頁=約355,395字、400字詰め原稿用紙で約889枚。普通の長編小説2冊分に少し足りない程度の分量。

 翻訳物ではあるが、文章は比較的にこなれている。科学解説書だが一般的な読者を想定しており、数式などは出てこず、読みこなすのに特に難しい専門知識は要らない。

 敢えて言えば、むしろ必要なのは社会科の知識。といっても、一時停止や一方通行など小学校で習う程度の交通ルールを知っていれば充分で、自動車の運転経験があれば更にいい。また、アメリカ人の読者を想定した本なので、ニューヨークは地下鉄に代表されるように公共交通機関が発達しており、ロサンゼルスは渋滞の街であるなど、ハリウッド映画を楽しめる程度にアメリカの地理を知っていると楽かもしれない。当然、自動車が好きで欧米の車種に詳しい人は、別の楽しみもある。

【構成は?】

 プロローグ 私はなぜ高速上の工事区間でぎりぎりまで車線合流しなくなったのか
第1章 どうしてとなりの車線の方がいつも速そうに見えるのか?
     車に乗ることは、人の意識をどう混乱させているのか?
第2章 あなたが自分で思っているほどよいドライバーでない理由
第3章 路上で裏切る私たちの目と心
第4章 どうしてアリの群れは渋滞しないのか(そして人間はするのか?)
     渋滞対策としての協力行動
第5章 どうして女性は男性より渋滞を引き起こしやすいのか?
     (そして交通をめぐるその他の秘密)
第6章 どうして道路を作れば作るほど交通量が増えるのか?
     (そして、それをどうすればよいのか?)
第7章 危険な道の方がかえって安全?
第8章 交通が語る世界、あるいはご当地運転
第9章 スーパーボウルの日曜日にビールを飲んでいるフレッドという名の離婚した医者と
     モンタナの田舎でピックアップ・トラックに乗るべきでないのはなぜか?
 エピローグ ドライビング・レッスン
  訳者あとがき

【感想は?】

 道路交通という問題が、いかに歴史が古く、また多方面の最新学問を総動員する必要があるか、よくわかる本だ。と同時に、これだけ身近で切実であるにも関わらず、私を含めた人々がいかに無関心であるかを思い知らせてくれる。なんたって、最悪の場合は命を落とす危険すらあるのに。

 アメリカ人向けに書いた本であるので、日本では少し事情が違うが、それでも2012年には4411人が交通事故で亡くなっている。ちなみに日本の2012年の殺人事件件数は1030件。殺人事件で殺されるより、交通事故で死ぬ確率の方が4倍以上も多い。

 本書の中で、私が最も感心したのはドライブカム社。

 安全管理・品質管理では、「ハインリッヒの法則」が有名だ。曰く「重大な事故が1件に対し軽微な事故は29件、事故に至らぬ危機的状況が300件ある」。よって安全管理では、こう教える。「危機的状況を減らせば事故も減る」。1:29:300、この具体的な数値は業界・職種により異なるが、ピラミッド型である点は同じだ。

 なら、交通事故も同じではないか。そこで、ドライブカム社は小型カメラやセンサーを車に設置し、急ブレーキや急な方向転換をした前後10秒間の記録を保存し、報告書を出したりコーチしたりする。顧客はレンタカー会社やラスベガスのタクシー会社など。これを使ったアイオワの少年曰く。

「このシステムを欺く方法を見抜いたんだ。先を見て交通状況の変化を予測し、コーナーでは減速する。この手でもう一月もシステムが作動してないよ」

 道路状況も事故を減らす要因のひとつ。意外な事に、邪魔な路上駐車は、交通事故を減らしている可能性がある。邪魔だからドライバーはスピードを落とす。結果、重大な事故が減るのだ。劇的なのが、ロンドンのケンジントン・ハイ・ストリート。高級商業地区であり、景観のため標識やガードレールを取っ払い、歩道と車道の境をなくした。結果…

歩行者の死亡もしくは重大障害事故は60%も減少し、軽傷事故もそれに殉じた結果だった。

 なぜか。ドライバーは高速道路を「自動車の領分」と考え、トバす。商店街は「生活の場」と考え、自分は客人であると感じ、控えめな運転をする。標識など立てなくても、ドライバーには自分で判断するオツムがある。人から強制されるとムカつくが、自分で考えた結果なら素直に従う。なら、ドラーバーに考えさせよう、そういう理屈だ。

 など、個人の心理が大きく関わっている。だから交通情報は、奇妙な結果を引き起こす。渋滞発生のニュースがあれば、人はその道を避ける。結果、渋滞は回避され周辺の道が混んだりする。

 個人ばかりでなく、社会全体も安全に大きな関係がある。インドや中国は、無法地帯だ。英国の劇作家ケネス・タイナン曰く「無謀な暴走のような悪い運転は、民主主義の程度に反比例する」。もう一つ、面白い指摘がある。社会腐敗が少ない国ほど、交通事故も少ない。ここでは、フィンランドの罰金制度が面白い。要は所得が多い人ほど高い罰金を払うしくみ。

 自動車は社会格差も写し出す。自動車通勤が増えると渋滞が増え、バスも遅れがちになる。バス会社は費用が増え料金を上げる。しわ寄せは車を持たない貧乏人に回ってくる。「なら渋滞料金を取ってバス会社の補助金に回しバスの運賃を下げよう」と考えたのがロンドン。お陰でトラファルガー広場は復活した。

 ドライバーなら「渋滞料金なんてとんでもない」と怒るだろうが、ちゃんと理屈はあるのだ。経済学で有名な共有地の悲劇(→Wikipedia)だ。無料の公共財は徹底的に利用しつくされ枯れる。妥当な料金を設定すれば悲劇は避けられる。道路がタダだから可能な流通量が浪費される。需要供給の原則にてらし、混んでる時は高い通行料を取れば妥当な流量になる。

 などと面白いエピソードが満載な上に、この本の面白いのは、豊富な参考文献の紹介のしかた。注が見開きの左頁にあって、そこに引用元が書いてある。これがまた美味しそうな本ばかりで、思わずメモを取ってしまった。以下は、是非読んでみたい。つか「ハインリッヒ産業災害防止論」を読んでなかったのは不覚。

  • デーヴ・グロスマン「戦争における[人殺し]の心理学」筑摩書房 安原和見訳
  • H・W・ハインリッヒ「ハインリッヒ産業災害防止論」海文堂 総合安全工学研究所訳
  • リチャード・ワイズマン「運のいい人、悪い人」角川書店 矢羽野薫訳
  • マイク・スタドラー「一球の心理学」ダイヤモンド社 長谷川滋利・三本木亮訳
  • エドワード・O・ウィルソン「社会生物学」新思索社 村上昭一ほか訳

 機械テクノロジー、複雑系、流体力学、生理学、心理学、経済学、社会学など多様な視点で交通を眺め、オスカー賞当日のロサンゼルスの交通事情などゴシップも満載して読者の興味をひきつつ、安全運転のコツも教えてくれる。科学と人の心が交錯した所に生まれた、現代ならではの楽しく役に立つ本。

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2013年5月14日 (火)

笹沢佐保「木枯し紋次郎 下 長脇差一閃!修羅の峠道」光文社文庫

婿どの死んだ
赤子も死んだ
春を眺めて鶯が
ほう法華経と鳴きまする
  ――唄を数えた鳴神峠

【どんな本?】

 ミステリ・サスペンスを中心にヒット作を量産した昭和後期の娯楽作家・笹沢佐保の代表作であり、テレビドラマも大ヒットした傑作時代小説シリーズ・木枯し紋次郎の既刊15巻より20編を選び、上下巻に編纂した傑作選。

 時は大飢饉に襲われた天保年間。上州新田郡三日月村の貧しい農家に生まれ育った紋次郎だが、慕う姉のお光が嫁ぎ先で亡くなった事をきっかけに10歳で村を出奔し、30歳ほどになった今は無宿の渡世人として各地をさすらう日々。

 左頬の切り傷、錆朱色の鞘の長脇差、そして常にくわえた長い楊枝が目印の凄腕の渡世人、人呼んで木枯し紋次郎。いつかは野垂れ死ぬ運命と己の人生を見定め、余計な面倒ごとに巻き込まれぬよう人との関わりを避けての旅烏だが、凄腕の噂は渡世人の世界に鳴り響き、すれ違う渡世人たちを中心に否応なく波風を立ててゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 以下、巻末の「初出誌・出典一覧」より。

湯煙に月は砕けた 小説現代 1971年5月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 1 1997年1月20日
一里塚に風を絶つ 小説現代 1971年9月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 2 1997年2月20日
土煙に絵馬が舞う 小説現代 1971年12月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 2 1997年2月20日
噂の木枯し紋次郎 小説現代 1972年2月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 3 1997年3月20日
雪灯篭に血が燃えた 小説現代 1972年4月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 3 1997年1月20日
海鳴りに運命を聞いた 別冊小説現代 1972年9月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 5 1997年5月20日
駆入寺に道は果てた  小説現代 1972年11月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 5 1997年5月20日
唄を数えた鳴神峠 小説現代 1973年6月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 7 1997年7月20日
雷神が二度吼えた 小説現代 1976年9月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 11 1997年11月20日
お百度に心で詫びた紋次郎 小説現代 1977年1月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 11 1997年11月20日

 光文社文庫の傑作選・上下巻は、上巻2012年1月20日初版第1刷発行、下巻2012年2月20日初版第1刷発行。下巻は文庫本縦一段組みで本文約 565頁+山前譲の編者解説7頁。9ポイント39字×17行×565頁=約374,595字、400字詰め原稿用紙で約937枚。普通の長編小説2冊分の 分量。

 量こそ多いものの、そこはベストセラー作家・笹沢佐保。文章は抜群の読みやすさだし、歴史の知識に疎い一般読者への配慮も至れり尽くせり。例えば単位系は当事の寸や里とメートル法を併記して雰囲気を守りつつ読者の理解を助けているし、当事の制度や社会背景もキッチリ説明してある。テレビドラマの時代劇を楽める人なら、充分に読みこなせる。まあ、あまり明るいお話じゃないんで、若い人には向かないけど。

【どんな話?】

 時は天保、大飢饉の時代。関東近辺で凄腕と噂される無宿の渡世人がいた。痩せた長身に伸びた月代、無表情な青白い顔で左頬に刀傷。腰には錆朱色の長脇差、口にくわえた長い楊枝を鳴らせば冬の夕暮れの木枯しの音がする。その名も上州無宿・木枯し紋次郎。

【感想は?】

 時代小説として異色な点は前の記事にも書いた。主人公が底辺のアウトローであること、旅に生きる無宿者であること。下巻では、旅に生きる者のさだめが、ヒネった形で強調される作品が多い。

 なんたって、最初の「湯煙に月は砕けた」から、珍しく温泉宿に長逗留している。道中、暴れ馬に踏まれそうになった娘・お市を助けた際に右膝の皿を割り、彼女の実家の湯宿・信田屋で静養する羽目になった。それまで何度も野宿の場面が出てくるだけに、温泉宿で静養する紋次郎ってのが、かなり意外。これだけでも「つかみはOK」だろう。

 「土煙に絵馬が舞う」では、飢饉に加え鉄砲水の土砂で田畑を埋められ、それでも土地にしがみつく百姓が描かれる。

「おらたちには、行くところがねえ。ご先祖さまが残してくれたこの土地で、死ぬほかはねえだよ」

 旅での野垂れ死にを覚悟している紋次郎と、行くところがないと諦めてる百姓が、綺麗に対照をなしている。
 更に、最後の「お百度に心で詫びた紋次郎」では、九十九里沿いで紋次郎が慣れぬ野良仕事に精を出す場面まであったりして、これもちょっとしたサービス・シーンだろう。無宿者が、そんな定住生活をどう感じるかというと…

「…極楽です。今夜の野宿する場所、明日の路銀、追ってくる足音、何かが待ち受けている気配と、そんなことは何一つ心配せずにもすむ。腹をすかせることもないし、雨露に濡れることもない。屋根の下の床の上で、枕を高くして眠ることができるんですからね」

 などと定住生活の場面がある分、かえって紋次郎の旅の暮らしの厳しさが引き立つ。「一里塚に風を絶つ」では、川魚の酢漬けにあたって苦しむ紋次郎で幕をあける。食あたりで苦しんでる時だって、無宿人は布団に包まることすらできない。野原に寝転び病が過ぎるのを待つか、野垂れ死ぬか。

 とまれ、世間でそこまで覚悟を決めた者など、滅多にいない。それだけに、人から恩を受けた際のやりとりも、かなりトンチンカンな形になる。こういう、偏屈者の感覚が巧く出ているのも、木枯し紋次郎の読みどころ。

 などとロード・ノベルとしての面白さもあるこのシリーズだが、ロード・ノベルとしてもちょっとした特徴がある。いわゆる都会が滅多に出てこないのだ。なんたって、江戸が出てこない。島抜けのお尋ね者の上に、なまじ凄腕として名を馳せてるから、都会には近づきにくいんだろうか。

 そのかわり、群馬・千葉・埼玉・神奈川など関東地方をはじめ、静岡・山梨など近辺のちょっとした宿場町や寒村が頻繁に出てくるのも、土地勘がある人には楽しいところ。各編の冒頭には簡単な地図があるのは、編集者のサービスだろうか。ロード・ノベルの面白さをよくわかってらっしゃる。

 ミステリも手がける著者だけに、気がかりな謎で読者を惹きつけるストーリーも、このシリーズの持ち味。「噂の木枯し紋次郎」では、出だしから木枯し紋次郎が倒れるという驚愕の展開。上巻でも冴えた「意外な真相」の仕掛け、下巻では「雪灯篭に血が燃えた」が、短編ならではの切れ味がいい。

 師走の信州、雪景色。宿人足に絡まれた拍子に、うっかり長脇差の鐺を女にぶつけてしまった紋次郎。自分の不始末と侘びながら、女・お春をおぶっていく道中、彼女から妙な噂を聞く。

「昨夜妙なことがあったんですよ。海野宿にとめてあった塩の荷駄五十頭のうちの二頭の背中から、六票俵が四俵消えちまったんだそうで」

 といったミステリらしい謎もあれば、出てくる人物にもキチンとオチがついてくる。このオチの付け方が、これまた紋次郎の世界に相応しく哀しみが漂うものばかり。

 最後に。木枯し紋次郎の決め台詞といえば「あっしには関わりのねえことで…」だが、意外とこの傑作選には一回しか出てこない。これはテレビドラマを作る際に、スタッフが気に入って定番にしたんだろうなあ。

 そうそう、忘れちゃいけない。テーマ曲「だれかが風の中で」も Youtube で聞けます。

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2013年5月12日 (日)

笹沢佐保「木枯し紋次郎 上 生国は上州新田郡三日月村」光文社文庫

どこをどう旅して歩いても、所詮は昨日の続きで今日がある。美しいとか面白いとかいうことには、まったく縁がないのだ。どこにいようと、同じだった。そこには、どうでもいい自分がいるだけであった。
  ――赦免花は散った

【どんな本?】

 ミステリ・サスペンスそして時代小説と多方面で活躍した昭和のベストセラー作家・笹沢佐保の代表作であり、テレビドラマも大ヒットした時代小説シリーズ・木枯し紋次郎の全15巻より、20編を選んだ傑作選・上下巻。

 大飢饉に襲われた天保年間(→Wikipedia/天保の大飢饉)。どこの一家にも属さず仲間も持たず、長楊枝をくわえ一人で旅を続ける凄腕の渡世人・紋次郎。過去も希望も捨て、人との関わりを避ける紋次郎だが、浮世のしがらみは否応なしに紋次郎を巻き込んでゆく。

 貧しい農民の子に生まれ、己と長脇差(どす)だけを頼みとする紋次郎の目を通し、食うために必死の農民や、そこからさえもはみ出してしまう渡世人たちのドラマを通し、底辺で足掻く人々の凄絶な生き様を描く傑作連作短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 以下、巻末の「初出誌・出典一覧」より。

赦免花は散った 小説現代1971年3月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 1 1997年1月20日
童歌を雨に流せ 小説現代1971年6月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 1 1997年1月20日
川留めの水は濁った 小説現代1971年10月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 2 1997年2月20日
木枯しの音に消えた 小説現代1972年3月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 3 1997年3月20日
女郎蜘蛛が泥に這う 小説現代1972年7月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 4 1997年4月20日
夜泣石は霧に流れた 小説現代1972年10月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 5 1997年5月20日
上州新田郡三日月村 小説現代1973年2月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 6 1997年6月20日
命は一度捨てるもの 小説現代1975年8月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 8 1997年8月20日
年に一度の手向草 小説現代1976年12月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 11 1997年11月20日
生国は地獄にござんす 小説現代1978年3月号 / 光文社文庫 木枯し紋次郎 13 1998年1月20日

 光文社文庫の傑作選・上下巻は、上巻2012年1月20日初版第1刷発行、下巻2012年2月20日初版第1刷発行。上巻は文庫本縦一段組みで本文約557頁+山前譲の編者解説7頁。9ポイント39字×17行×557頁=約369,291字、400字詰め原稿用紙で約924枚。普通の長編小説2冊分の分量。

 ベストセラー作家だけあって、文章は抜群の読みやすさ。当事の時代背景や社会制度なども、素人にわかりやすく文中で解説しているため、特に前提知識は要らない。水戸黄門や暴れん坊将軍などTVの時代劇がわかるなら、小学生でも充分に楽しめる。また距離や重さなどの単位系も、里や寸など当事の単位系と現代のメートル法を併記している新設設計。敢えて言うなら「明け六つ」などの時刻表現。これはWikipediaの時刻などが参考になる。

 長いシリーズ物は、どこから読み始めていいのか迷うのが難点だが、このシリーズは、その辺も充分に配慮してある。シリーズ通じての登場人物は紋次郎一人であり、しかも紋次郎の設定については全ての短編で必要充分な説明がなされており、どの作品から読み始めても楽しめる構造になっている。これもベストセラー作家ならではの気配りだろう。

【どんな話?】

 時は天保、大飢饉の直後。上州の貧しい農家に生まれ10歳で家を出て以来、渡世人として一人で旅を続ける男。長身でほりの深い顔立ち、左頬に刀傷の跡が一筋。歳の頃は30ほど、旅の埃にまみれ不器用に繕った跡が多い道中合羽に、やはり破れた三度笠。口にくわえた長楊枝が特徴の、凄腕の渡世人、人呼んで木枯し紋次郎。人との関わりを避け、目的もなく旅に生きる紋次郎だが、彼の意思に関わりなく騒動に巻き込まれ…

【感想は?】

 娯楽小説としては文句なしに一級品。終電車の中で読んでたら、夢中になって乗り過ごし、タクシーを拾う羽目になった。紋次郎に影響され歩いて帰ろうとも思ったが、すぐに挫折したのが我ながら情けない。

 時代小説としては、色々と異色な作品だ。なんたって、主人公は貧農の倅。侍じゃない。渡世人といえば聞こえはいいが、つまりはチンピラの浮浪者である。仲間と組むでもなく一家を構えるでもなく、たった一人でひたすら旅を続ける。長身のイケメンではあるが、どうしようもないビンボで着る物も汚れている。つまりは社会の底辺の出身であり、そこからさえはみ出してしまった人間だ。

 そういう立場の人間を主人公に据えた作品だけあって、視点も「社会制度の矛盾」とか高い所から見下ろす作品ではない。底辺でかつかつで生きていながら、そこに飢饉やならず者が襲い掛かってくる。腕っ節が強ければ他の者を食らい、弱ければ食い物にされる。そういう世界。

 そんな世界に生まれた貧農の子供が、紋次郎だ。その子供時代も壮絶だが、そんな生まれ育ちで固めた彼の生き方も悲壮そのもの。過去を捨て、住処を持たず、ただ一人で旅の中で生きていく。「人と関わりになるのを避ける」彼の生き方は無情なように見えるが、人を食いものにして生きる事は全く考えないあたり、無頼を気取りながらも人の心を捨てきれず、それでもなんとか世の中と折り合いをつけようとする、紋次郎なりの倫理観が伺える。

 とまれ、その倫理に殉じる紋次郎の人生は厳しい。人との関係を避けるために、定住はできない。ひたすら旅を続けるのである。旅ったって、江戸時代だ。徒歩である。ひたすら、歩く。しかも、紋次郎さん、健脚である。当事の旅行の日程は男で一日10里(約40km)ぐらいがせいぜいなのに、彼は早足で15~16里(60km~64km)は歩く。これを読むと、とにかく歩きたくなるから困る。

 それだけ早足で歩いても、夜は野宿だったりする。宿にも泊まるけど、大抵は木賃宿の相部屋。今風に言えばドミトリーだ。かなりしんどい生活である。しかも、特に目的があるわけじゃない。一箇所に留まれないから旅をする、ただそれだけ。いつかはどこかで野垂れ死ぬ、それまでは旅を続ける、そう割り切っている。

 有名な親分さんの地元ならご厄介になる事もあるけど、その際の仁義がまた厳しい。こういった渡世人の世界は、史実と講談などを元にして著者が創造したものなんだろうけど、これもなかなか禁欲的で魅力的。はみ出し者の犯罪者集団でありながら、妙に礼儀 作法に煩く厳しい。そして業界内の情報ネットワークが発達していて、紋次郎の凄腕も鳴り響いている。こういう世界設定がキチンと出来ているのも、この作品の面白さの秘訣だろうなあ。

 そんな紋次郎の旅の連れとして有名なのが、長楊枝と長脇差。けれどもう一つ、明示はされていないが彼について回るものがある。

「腹八分目を決めておかねえと、ひもじいときに辛い思いを致しやすんで……」

 時は天保、飢饉の時代。しかもホームレスとあっては、生きていくだけで精一杯。必然的に、食えない時も多い。同じ時代小説でも、池波正太郎の作品は山椒の香り漂う上品な食べ物が多いのに対し、紋次郎が食べるのは雑穀の粥がせいぜいだ。Youtubeにテレビドラマ「木枯し紋次郎」のオープニングがあるんで、主役中村敦夫の食べ方を見て欲しい。学もなく行儀もなってない、貧農のガキがそのまんま育った男が急いでかっこむ様子が、よく出ている。

 そんな男の視点だけに、目に入るのも底辺の者ばかり。底辺同士で助け合っているなら、紋次郎も渡世人の世界に飛び込まなかっただろう。紋次郎の過去もそうだが、たまたま彼と同じ道を同じように歩く羽目になった男を描く「生国は地獄にござんす」が、これまた人間の悲しい性を巧く描いている。紋次郎の横を歩く忠七が、なぜ騒ぎになり警戒されるのか。

 誰もが貧しく苦しい時代の不条理と切って捨てたくなるが、今だって似たような事は、やっぱり起きているのである。誰だって死にたくないし、悪者にもなりたくない。そんな人間の皺寄せは、必然的に最も弱い者に行く。読者に楽しんで読んでもらう娯楽作品としての品質はキッチリと維持しながらも、ヒトの心の奥にある闇を鮮やかに照らす著者の手腕には、ひたすら脱帽するのみ。

 ミステリでも手腕を発揮した著者だけに、各編でキチンとオチを用意しているのも嬉しい。これまた連作短編小説のお手本そのもので、意外性を孕みながらも、紋次郎シリーズの色がちゃんと出ている。

 目的も希望も持たず、過去も将来も考えず、ひたすらに旅を続ける紋次郎。読み始めると、彼の未来が気になって仕方がない。

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2013年5月10日 (金)

司馬遷「史記 二 本紀 下」明治書院 新釈漢文大系39 吉田賢抗著

力は山を抜き氣は世を葢ふ。時利あらず騅逝かず。
騅の逝かず奈何かす何き。虞や虞や若を奈何せん。
   ――項羽本紀第七

【どんな本?】

 中国・前漢の時代、司馬遷が著した歴史書「太史公書」、後に「史記」と言われ正史の第一となった。歴代君主を扱った本紀・年表の表・法経済史を扱う書・王侯を扱う世家・その他の有名人を扱う列伝からなる。本書は、歴代君主を描く本紀の後半で、一代の覇王・項羽に始まり漢の高祖・劉邦から著者の時代の孝武帝までを収録する。

 特に冒頭の「項羽本紀第七」は長い史記の中でも名文の呼び声高いクライマックスであり、乱世に躍り出た若き英雄の短くも鮮烈な生涯と、哀切漂う四面楚歌の場面は古今の多くのファンを泣かせている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 史記の成立は紀元前91年頃、漢の孝武帝の時代。明治書院のシリーズは1973年4月20日初版発行。私が読んだのは1988年10月1日発行の9版。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約330頁。9ポイント54字×21行×330頁=約374,220字、400字詰め原稿用紙で約936枚だが、現代日本語訳だけなら、分量はその1/3程度。

 明治書院のシリーズは、原文のほか、読み下し文・現代日本語文はもちろん、解釈の難しい/紛らわしい語を解説する語釈・解釈に複数の学説がある部分には余説を掲載するなど、研究書として充実した内容。現代に本文だけを拾い読みするなら、文章はあまり難しくない。

 ただ、紀伝体という構成で、各巻の主人公を中心に書いているため、本紀だけを読んだのでは、その周囲の人物が見えてこない。また、項羽本紀と高祖本紀で記述がカブる部分もある。本紀・世家・列伝を複数回読んで、やっと史記の本当の味がわかるんだろう。

【構成は?】

項羽本紀第七
高祖本紀第八
呂后本紀第九
孝文本紀第十
孝景本紀第十一
孝武本紀第十二
 戦国七雄時代略図/本紀索引

 原則として時代順。最後の「孝武本紀第十二」は、後世の者が補ったという説がある。司馬遷は本書を孝武帝に奏上したが、その記述が帝の怒りに触れ孝武本紀第十二は葬り去られた。これを見越した司馬遷は予め複製を作って隠し、後世の者が世に出した、とされる。

 明治書院のシリーズだと、各部は以下6つの項目からなる。読みやすいように、本文を10行~30行程度で区切り、その後に和訓や通釈をつける構成。

  1. 解説:各部の冒頭にあり、要約や位置づけなどを示す。
  2. 本文:漢文。
  3. 和訓:読み下し文。
  4. 通釈:現代日本語に訳した文章。
  5. 語釈:本文中のまぎらわしい語・難しい語や、関連知識が必要な語の解説。
  6. 余説:解釈に複数の学説がある場合、通釈で採用しなかった説を述べる。

【感想は?】

 やはりハイライトは冒頭の項羽本紀。秦の悪政が民の怨嗟を買い世が乱れた時、24歳で立ち、その知略と猛勇で天下を席巻しながら、諸侯の離反を受け31歳で没する鮮烈な生涯は、長大な史記の中でもひときわ輝いている。歴史書のはずだが物語としての面白さも抜群で、一代の英雄の彼が絶体絶命の危機で詠む「垓下の歌」は、中国史の名場面として今後も数限りなく映画やドラマで演じられるだろう。

 確かに敵に対しては残忍であり、また己の才を頼み配下の誰よりも優秀な点では、ライバルの劉邦と対照的だ。が、事あるごとに自らが走り戦場を席巻する軽快な機動力と破壊力は、まさしく武神の化身と言える。著者の司馬遷も最後の一文で項羽を批判してはいるが、それまでの力の入った名文の数々は、どう見ても項羽を賛美しているとしか思えない。今風に言えばツンデレ。

 構成的にも、「本紀」は皇か帝を扱うはずなのに、項羽は王でありながら、本紀に名を連ねている。漢の祖の劉邦のライバル、いわばラスボスだから、強く大きく見せて、項羽を倒した劉邦を大きく見せるという政治的な意図もあるだろう。だが、本紀を通して読むと、やっぱり項羽の方がカッコいい。項羽と劉邦、どっちが人気あるのか検索してみたら、身も蓋もないを見つけて笑ってしまった。これも司馬遷の名文の影響だろう。

 最後の戦いに赴く項羽の言葉も、心に染みる。

兵を起こして八年、七十余戦にぶつかり、一度も負けず、天下を保有した。今ここに苦しむのは天が俺を滅ぼそうとするからで、俺が戦いで弱いからじゃない。

 これを司馬遷は「武力に頼り力で押さえつけようとするからイカンのだ」と批判しているが、項羽の本性が武人であって政治家ではないと考えれば、項羽の心情がジンジンと伝わってくる。ある意味、「コンテナ物語」のマルコム・マクリーンに通じるものがある。

 続く高祖本紀、これが帝に献上したとは思えぬほど酷い。いきなり「沛の停長になったが役人はみな高祖を軽蔑した」「酒と女を好み王婆さんと武婆さんの店でツケで飲んでた」である。誉めてるのは「人相がいい」とか「大蛇を切ったら老婆が『白帝の子である我が子が殺された』と泣いた」とか、オカルトめいた話ばかり。これ、「都合の悪い話はオカルトで誤魔化したんじゃね?」などと思いながら読むと、ハッタリが巧いだけのロクデナシに見えてくる。大蛇の話も「命令された人足が集まらないから集団脱走して酒かっくらって寝てた」結果だし。

 それでも天下を取れた理由を「戦じゃ韓信に負け計略じゃ張良に負け内政じゃ蕭何に負けるけど、俺はこの三人を使えるんだよ」と開き直ってる。つまりは適材適所の才があった、と。列伝の韓信の「陛下は兵に将たることはおできになりませんが、将に将たることはできます」と対応する、当事の劉邦の評価だろう。

 続く呂后本紀は、始終罵倒で埋め尽くされてる。劉邦が没した後、嫁さんが太后となり実家の呂氏が権力を独占、妬み深い太后はライバルを毒殺し密殺し暗殺する。劉邦に寵愛された威夫人への仕打ちは、既にホラーの域。などと悪口を散々並べた末に〆は「その身は閨房を出ることなく天下は安泰、罪人もあまり出ず人民の生活の質はよくなった」と評価をひっくり返している。確かに太后が苛めたのは劉氏の系列ばかりで人民じゃないんだよなあ。

 呂氏の横暴に諸侯が連携して対抗し、押し立てたのが孝文帝。寛大な善政を敷いて民には税や刑を免じ、倹約に励み自ら質素な生活に甘んじ、事あるごとに「わが不徳」と己を顧みる謙虚で高潔な人物に描かれる。これも意地悪な目で見ると、諸侯の支持あっての帝だから、あまり強い権限を持たなかったんじゃないか、などと思ったり。配下の者にとっては、都合のいい帝だし。

 孝景本紀はあっさりと星の運行や火事など淡々と事実を記すのみ。そして今上の孝武本紀が、オカルト・マニアのボンクラ坊ちゃんに描かれている。「神人に会いたい」と憧れ胡散臭い方師を次々と取り立てては騙される。「この効験がどのようであるかは、已にみてきたとおりで、おのずから明らかである」とか、そりゃ帝の怒りを買うよ。

 とまれ、諸星大二郎や京極夏彦が好きな人には涎が出るほど美味しいネが盛りだくさんで、マニアなら是非読んでおきたいところ。「天主・地主・陰王・陽王・兵主・日主・月主・四時主の八神」とか、その手の怪しげなネタがてんこもり。

 稀代の覇王・項羽のカッコよさ、呂氏の横暴、賢帝の誉れ高い孝文帝の善政、そしてオカルト・マニアの孝武帝へと続く本紀の下巻は、戦乱の時代から平和・爛熟の時代への大きな動きも感じさせる。歴史のダイナミズムを感じると同時に、古典的な名場面のオリジナルでもあり、意外なオカルトの原典でもある。一見古臭いようだが、物語が好きな人には意外な発見の宝庫だ。ライトノベルと対照的な位置にあるようでいて、そのエピソードは今でも日本の漫画にアレンジされ使われている。漫画であれライトノベルであれ、クリエイターを目指すなら読んでおいて損はない。

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2013年5月 9日 (木)

ウラジミール・ソローキン「青い脂」河出書房新社 望月哲男・松本隆志訳

パステルナーク1号
御万光

 野原たちの御万光が
 大きく開けた空間に昇った
 導き人たちの御万光よ
 移ろいやすさの悲しみよ

【どんな本?】

 馴染みのないロシア作家の作品であり、かつ文芸雑誌<早稲田文学>掲載という多大なハンデを背負いながらも「SFが読みたい!2012年版」で注目作として取り上げられ、単行本として出版された後は「SFが読みたい!2013年版」ベストSF2012年海外編で第6位に食い込み、また第三回Twitter文学賞でも海外部門のトップに輝いた話題作。

 未来のロシアで文豪のクローンが生み出す「青い脂」を巡る騒動を、ロシア語・中国語・英語・造語など一見意味不明な言葉を散りばめた奇妙奇天烈な文体で、スカトロ趣味・変態性欲・突発的な暴力を過剰なまでに詰め込み、またスターリンやベリヤなど旧ソビエト連邦・ロシアの有名人を異様な性格付けで多数登場させ、バスティーシュと大量の挿話で彩った、現代文学の極北に位置する怪作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Голубое сало, Владимир Сорокин, 1999。日本語版は望月哲男・松本隆志訳で雑誌<早稲田文学>2010年2月~3月に掲載され、単行本は2012年8月30日に発行。単行本ソフトカバー縦二段組で本文約363頁+松本隆志の解説13頁+望月哲男の訳者あとがき5頁。9ポイント24字×21行×2段×363頁=約365,904字、400字詰め原稿用紙で約915頁。普通の長編小説なら2冊分。

 ズバリ、かなり読みにくい。日本語の文章が云々という以前に、原文が文章として壊れている、というか、様々な言語を取り混ぜた上に造語をまぶして意図的に壊した文章だからだ。ストーリーも気まぐれにアチコチ寄り道した挙句に斜め上にスッ飛んでいき、読者はついていくのがやっとだ。また、ロシアの文豪のパロディや歴史・政治の有名人が大量に登場するので、その辺に詳しいとより楽しめる。

 また、エロ・グロ・スカトロ描写が頻出するので、そっちの耐性も必要。

【どんな話?】

 2068年、ロシア。言語促進学者ボリス・グローゲルらは画期的な計画に携わっている。場所は尻を思わせる二つの巨大な円丘の間に隠された遺伝子研18。ここにロシア防衛省遺伝情報局で人工孵化した個体7体が届く。トルストイ4号、チェーホフ3号、ナボコフ7号、パステルナーク1号、ドフトエフスキー2号、アフマートワ2号、プラトーノフ3号。そして、彼らは成し遂げた…

【感想は?】

 変態だあぁぁーーっ!
 書いた人も、訳した人も、かなりの変態。いろんな意味で。よくもまあ、これだけ壊れた(というより壊した)文章を、日本語に訳したものだ。

 どれだけ変態かは、冒頭の引用で想像がつくと思うが、読むとそんなもんじゃない。性交っぽい場面は多数出てくるが、マトモな性交の場面は一つもない。これが実用に耐えるとするなら、その人はかなり鍛え抜かれた変態だろう。男女の性交は…えっと、2回ぐらい、あったかな?あとは自慰だったり男・男だったり男・モノだったり。なんだよ春季交合祭とか。

 スカトロ趣味もかなりなもので、放屁・放尿・脱糞はふんだんに出てくる。特に参ったのが作中作の「青い錠剤」。なんか綺麗っぽいタイトルだし、舞台はボリショイ劇場。主役二人のカップルは、劇場で潜水服に着替える。なぜかというと…。どうすりゃ、こんな事が思いつくのやら。

 序盤からロシアの文豪のクローンが出てくる事でわかるように、彼らの文学のパロディも作中作として出てくる。ふうん、ナボコフもロシア文学になるのか。ってのはおいといて。私はロシア文学なんてほとんど読んだ事がないんだけど、それぞれの作中作の出だしは、なんとなく各作家らしい雰囲気で始まる。

 例えばドフトエフスキー2号の作品「レシェトフスキー伯爵」は、やたらと文が長い。なにやら深刻な人間関係が展開されるんだろう…と思ったら。えっとですね、この作中作は、裕福で古くから続くロシア貴族の館で、上品かつ重厚な雰囲気で展開すると思って読んでみましょう。意味わかんないから←書評になってない

 プラトーノフ3号の作品は「指令書」。いきなり「肉片機関車」なんて意味不明な単語が出てくる。主人公は機関士のステパン・ブブノフと、彼の元に使わされた裁断工フョードル・サジョーギン。「無駄に止まってるほどの蒸気はない」なんて台詞から肉片機関車は蒸気で走るらしいと想像してると…

 やはり作中作で印象に残るのは、「水中人文字」。川の中を、松明を掲げて、大集団がシクロナイズト・スイミングする、というお話。なんだが意味不明だけど、北朝鮮のマス・ゲームとかを見てると、「あーゆー体制ならアリかな」などと思えてくるから怖い。

 後半に入ると、舞台は1954年のソ連に変わる。この世界じゃスターリンはまだ生きてて、後半の主人公を務める…のはいいが、とんでもない性格付けがなされてる。特にフルシチョフとの関係は…えっと、まあ、覚悟してお読みください、特に男性の読者は。

 1954年にスターリンが生きてる事でわかるように、後半の舞台は実際の歴史とはたいぶ違う世界。ではあるけど、ソ連・ロシアの有名人が、続々と登場してくる。「私は現代史に疎くて」って人も、大丈夫。大抵の人名には、ちゃんと訳注がついてるから。これをつらつらと見てると、やたら「○○事件で逮捕され獄死」とか「暗殺されている」とかの末路が多いのに気がつく。さすがソ連。

 この訳注も、訳者と編集者とデザイナーの執念の賜物。各見開きの左下についており、読者は頁をめくらずに済むので、とっても便利。その分、編集・校正には、凄まじく苦労したはず。ルビも多いし、編集作業は普通の単行本の数倍の手間がかかってるんじゃないかな。

 その訳注の量が、この本は半端ない。ほとんど全ての見開きに訳注があり、各見開きで平均すると4つぐらいになるんじゃないかな。この訳注の量が読みにくさの原因ではあるけど、訳注がなかったら、もっと読みにくい…というか、完全に意味不明だろう。ところが、その訳注が、これまた意図的に役立たずだったりするから、たまんない。例えば最初の訳注。「リプス」の訳注が…

2028年のオクラホマにおける核被災の後、ユーロアジア人たちの会話の中に現れた国際的罵倒。独断で放射線障害ゾーンに残り、25日にわたって放射線を浴びた死にゆく己の体の状態について詳細な実況放送を行った、USA海兵隊軍曹ジョナサン・リプスの苗字に由来する(巻末一覧より)。

 つまりは著者の創作なわけ。意味ありげな部分は無意味なネタで、そのくせ一見無意味そうな所じゃ政治的なジョークが紛れてて、かと思えば結局はスカトロ趣味のお下劣ギャグでエピソードが終わったり。

 正直、これを読み通すには、かなり性根を据えてかかる必要がある。我々が持つ「ロシア文学」の印象を徹底して破壊するという意味では、パンク・ロックに例えてもいいかも。ということで、ロシアン・パンク小説とでもしておこう。

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2013年5月 7日 (火)

八代嘉美「増補版 iPS細胞 世紀の発見が医療を変える」平凡社新書607

 …四つの遺伝子を組み込むことでできてくる細胞の集団は多能性をもっているということができる。マウス人工多能性幹細胞、iPS細胞の誕生であった。

【どんな本?】

 2012年、山中伸弥教授がノーベル生理学・医学賞の受賞をきっかけに大きな注目を浴びた人工多能性肝細胞 induced Pluripotent Stem cell ことiPS細胞。それは一体何なのか。何が嬉しいのか。なぜ、そんなに騒がれるのか。それまでは、どんな研究がなされていたのか。どんな困難があって、どうやってクリアしてきたのか。どんな理論に基づき、どんな技術に支えられているのか。話題のES細胞とは何が違うのか。

 そういった科学・技術的な側面に留まらず、医療・生命科学に伴う倫理の問題や、世界各国のES細胞・iPS細胞への取り組みと我が国の取り組みの比較、研究体制を支える政治・行政体制の現状と将来展望、そして適切な研究体制の提言など社会的な視点も交え、iPS細胞と再生医療研究の基礎から現状までを、現役の幹細胞生物学の研究者が素人向けに語る科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 初版は2008年6月に刊行。増補版は2011年9月15日初版第1刷。新書版縦一段組みで本文約247頁に加えあとがき4頁+増補版へのあとがき5頁。9ポイント40字×15行×247頁=約148,200字、400字詰め原稿用紙で約371枚。長編小説なら短め。

 文章そのものは一般向けとして相応に柔らかいのだが、かなり科学的に高度な内容にまで踏み込んでいるためか、新書としては結構歯ごたえのある内容となっている。とまれ、科学・医学的には免疫のしくみなどの基礎的な部分から丁寧に説明しているので、中学卒業レベルの生物学の知識があれば、充分に読みこなせるだろう。恐らく最も難しく、かつエキサイティングなのは「6章 iPS細胞が誕生した!」。ここはじっくり時間をかけて読み解こう。

【構成は?】

 はじめに
1章 “ES細胞”は生命の起源にさかのぼる
2章 細胞が先祖返りしないわけ
3章 なぜ身体は古びないのか?
4章 再生はいつも身体で起きている
5章 再生医療の時代へ
6章 iPS細胞が誕生した!
7章 再生医療レースのはじまり
8章 再生する力で人工臓器をつくる
終章 “知”がヒトを変えていく
増補1 iPS細胞研究の現在
増補2 オールジャパン体制へ向けて
 あとがき/増補版へのあとがき/キーワード索引

【感想は?】

 iPS細胞というホットな話を扱った本であり、一見時流に迎合した本のように思える。読み終えてみると、時代に迎合というより、時代のニーズにあった本、と表現したい。

 というのも。第6章までかけて、じっくりと科学・技術的な部分を素人向けに説明し、7章以降で研究体制や予想される応用分野などの現状・将来展望に加え、予算・法整備など産業・社会的な生臭いともいえる、だが多くの読者が強い興味を示す側面を、ギョーカイ人ならではの視点で詳しく紹介しているからだ。

 つまりはiPS細胞にまつわる話題を現役のギョーカイ人が多角的な視線で整理した本であり、科学・医学一辺倒の内容ではない。専門家が書いているだけに科学・医学的な部分はしっかりしており(と思う、検証できるほど私は詳しくないんだけど)、加えて社会的な部分も充実した、野次馬的な興味の読者には最高にフィットした本となった。

 話はまず胚性幹細胞 Embryonic Stem Cell ことES細胞から始まる。受精して暫く細胞分裂した受精卵から内部細胞塊を取り出し、これを培養したのが ES細胞だ。

 トカゲの尾は生え変わるし、プラナリアは体を二つにちょん切っても完全に再生する。でもヒトの腕は生え変わらない。ヒトの細胞は、「表皮になる」「筋肉になる」など一旦役目が決まったら、もう後戻りできないのだ。この「役目が決まる」のを分化と言う。何が役割を決め、役目が決まると何が変わるのか。

 役目を決めるのはアクチビンAというタンパク質の濃度だ。そして役目が決まると、遺伝子にメチル基がついて機能しなくなる。プログラムをコメント・アウトする感じかな?ES細胞はメチル基がつく前の状態のため、様々な組織になれるのである。

 便利なES細胞だが、問題もある。ヒトで使うには、ヒトの胚が必要なのだ。ヒトには免疫機構があるので、おいそれと他人の胚を使っても拒絶反応が起きて巧くいかない。倫理的な面でも議論があって、現在はちと扱いが難しい。普通の体細胞を使ってなんとかならんの?

 ってんで、iPS細胞が誕生する。この誕生過程で、実はES細胞が大きな役割を果たしていて、研究上は切り離せない関係である由がじっくり描かれている。

 ヒトの体細胞にOct3/4,Klf4,Sox2,c-Myc の四つの遺伝子を遺伝子組み換え技術で挿入したのがiPS細胞だ。面白いと思ったのは、遺伝子を無効化しているメチル基を取り去るのではなく、新たに活性している遺伝子を追加した、という点。遺伝子の配列そのものは、元と変わっちゃってるのですね。

 最後の c-Myc はがん化に関係している遺伝子である由は、新聞などでも盛んに報道された。この辺は増補で存分に扱われていて、代替手法が幾つか発見されている模様。もっと面白いのは、遺伝子を組み込む手法。山中教授はマウスのウイルスを使って核に遺伝子を組み込んだけど、これだと細胞の核そのものが変わってしまう。ちょっと不安でしょ?

 でも大丈夫。プラスミド(→Wikipedia)を使ったり、センダイウイルス(→Wikipedia)で有名なRNAウイルス(→Wikipedia)を使ったり、色んな方法が実験室では成功しているのだ。というか、遺伝子組み換えって核をいじる事だとばっかり思ってたけど、色んな方法があるのね。プラスミドが使えるなら、特定の部位にだけ特別の機能を持たせる、なんてのが可能なわけで、例えば遺伝子組み換え染髪料とかできそう…って、スケール小さいな俺。

 他にも幹細胞シートなど応用的な話題から筋肉痛の原因など医学的な内容、バチカンの声明に突っ込みを入れるなど政治・倫理に踏み込んだ部分など話題は幅広く豊か。オツムのテッペンが薄くなってる私としては、毛幹細胞のしくみが興味深々だった。

 なお、著者はSFマガジン2011年11月号にジェイムズ・ティプトリー・ジュニア論「男たちの知らない女の創生――細胞生物学をティプトリー的に読み解く」を寄稿するなど、相当に業の深いSF者でもある模様で、この本でもフランケンシュタインや十億年の宴、そして機動戦士ガンダムなど同じ業を背負う者の心をくすぐる単語がイースター・エッグよろしくアチコチに潜んでたりする。ニタニタしながらホットな話題に精通できる、おトクな本だった。

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2013年5月 6日 (月)

篠田節子「仮想儀礼 上・下」新潮文庫

「実業の時代は、終わりました。これからは虚業の時代です。僕たちは、実業の方だけ向いていたから、何も思いつかなかった。でも僕らが起こすのは、虚業でいい」

【どんな本?】

 直木賞作家であり、またSFの優れた書き手でもある篠田節子による、現代日本を舞台にした傑作娯楽長編小説。2009年柴田錬三郎賞。

 元都庁のエリート職員・鈴木正彦と元編集者の矢口誠の失業者コンビが、ビジネスとして立ち上げた信仰宗教団体・聖泉真法会と、それに惹きつけられ群がる信者たち、そして彼らが起こす波紋に巻き込まれる者や自らの計画に巻き込もうとする者を通し、現代日本の新興宗教ビジネスを描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 単行本は2008年12月に新潮社より上下巻で刊行。私が読んだのは文庫本で2011年6月1日発行。上下巻縦一段組みで本文約618頁+587頁=約1,205頁に加え、長部日出雄の解説「人間と世界の根源に迫る傑作」8頁を収録。なお、解説は少しネタバレぎみなので、解説を先に読むクセのある人は要注意。9ポイント39字×17行×(618頁+587頁)=約798,915字、400字詰め原稿用紙で約1998枚。そこらの長編小説4冊分の大ボリューム。

 ボリュームこそ多いものの、そこは直木賞作家。読みやすさは抜群な上に、物語の吸引力も凄い。ややコミカルなほどスピーディーな冒頭から読者は一気に引き込まれ、波乱万丈の物語に翻弄されつつ最後までハラハラしながら読まされてしまう。

【どんな話?】

 都庁の前途有望なエリート職員でありながら、おだてに乗って原稿用紙四千枚を超えるゲーム・ブック「グゲ王国の秘宝」を書いたはいいが企画はポシャり、妻も財産も仕事すら失った桐生慧海こと鈴木正彦。彼をおだてた編集者の矢口誠もまた、職と家庭と住処を失っていた。世界貿易センタービルに飛び込む旅客機をTVで見た彼らに、再起の道がひらめく。「事業として宗教を営むんですよ、僕たちで」

 インターネットに教団・聖泉真法会のサイトを登録した途端に、若者からの相談メールが舞い込む。「グゲ王国の秘宝」を下敷きに、あちこちの宗教から切り貼りで教義をでっちあげながら応答をこなし、同時に教祖としての問答ノウハウを身に付けていく二人。やがて現実に施設を借りようという事になり…

【感想は?】

 表のテーマは、「宗教」。新興宗教をビジネスとして立ち上げ、続けていく。となれば、教義云々という小難しく哲学的な話になるか、冷笑的な醒めた態度で「騙し騙される者たち」になりそうだが、とんでもない。

 なにせ教祖の桐生慧海こと鈴木正彦が、元は都庁のエリート職員であり、現実的な智恵と優れたバランス感覚を持っている働き盛り。「ビジネスとしての宗教」と割り切り、あくまでも「コンテンツを売る経営者」という立場で教団を営んでいく。経営者としても比較的に良心的かつ長期的な視点を持っているのが笑える。

「カリスマを気取ってゲームみたいな教団を作る気はない。オカルトと脅迫はしない。悩みの解決と精神の安定、そうした宗教サービスに対する対価をお布施という形で受け取る。我々は、そういうまっとうな商売を立ち上げたはずだ」

 いや教義すらマトモに定まってない時点で「まっとうな商売」と言われても。とまれ、元は都庁で管理職として勤務していた者だけに、人を使うノウハウも心得てるし、様々な立場の住民との交渉の経験も豊富。あくまで「優秀なビジネスマン」の目で教団を見る彼の目は、冷静でありながらも、信者たちの立場と心情を思いやる気持ちも忘れていない…あくまでも、経営者と顧客、という関係を保ちながら、だが。

 と、教祖は一種のサービス業のつもりで始めた宗教ビジネス。ビジネスである以上、当然ながら収支計算も必要になってくる。施設を持つなら不動産が必要だし、その維持・管理にも人手がかかる。維持・管理と言えば難しそうだが、つまりは掃除やお茶出しは誰がどうやるか、という話。

 収支としても、お茶や備品は何をどこから幾らでどれぐらい買うか、その価格はどう設定して利益率はどれぐらいか、どんな顧客が何をどれぐらい買うか。ビジネスとしてやっていくには、ご近所との関係も良好に保つ必要がある。世間にはオウムの地下鉄サリンの記憶も残っているし、新興宗教となれば変な目で見られかねない。

 こういった細々とした問題を描くにあたり、桐生はまさにハマリ役。どうやって宗教組織が利益を確保し費用を圧縮しているか、いちいちドラマ仕立てでわかりやすく教えてくれる。日本の宗教組織に付物の税金の問題も、中盤以降で重要な要素として絡んでくる。

 そういった「システムとしての宗教」と同時に、その宗教に関わる様々な人間模様も、この作品の大きな魅力。

 教祖の桐生が、頭じゃ虚業と割り切りつつも、基本的には気のいいオジサン。しかも行政の現場経験や管理職としての勤務を通じ、対人経験も豊富だ。彼の元に集まる信者たちを、あくまで顧客としてではあるが、それでも相手の立場と心情を理解した上で、カウンセラーとしての立場を維持しながらも、その悩みに寄り添っていこうとする。

 そこで見えてくる、現代の宗教に惹きつけられる人々の姿が、この作品の裏のテーマだろう。

 明らかにメンヘラでお嬢様育ちの若い女・徳岡雅子,青森からの家出少女・サヤカ,髪を金髪に染め肌の荒れた娘・伊藤真美,斜に構えたオカルト・マニアの少年・竹内由宇太,家族への不満タラタラの主婦・山本広江,他の教団から道場破りに来る島森麻子,そして経営者の森田源一郎。

 あくまでカウンセラーのつもりで事業を立ち上げた桐生だが、彼の元に来る者の多くは、彼の想像を超えた悩みを抱えている。ただでさえ世間の宗教への目は厳しいのに、情緒が不安定な者を抱え込み、事件でも起こされたらたまったものではない。経営者の目線で「爆弾を抱え込んじまった」とボヤきつつも、桐生は…

 多くの宗教は、「家族を大事に」と諭す。まあ、中には「家族は悪魔だ」とたぶらかす先鋭的なのもあるけど、トラブルを厭い穏健派を目指す桐生は、比較的に保守的で穏やかな家庭重視の方向性を打ち出す…その方が、長続きしそうだし。ところが、その家庭が、どうしようもなく壊れていたら、どうすればいいのか。

 行き場が、ないのだ。それなりに自立できるオジサン・オバサンならともかく、若く手に職もなく世間も知らない子供たちは、どうすりゃいいのか。どこに行けばいいのか。

 こういう、普通の人間にはどうしようもない重い問題を抱えた者は、どうなるのか。そういった問題を抱えた者に対し、世知豊かな筈のオジサン・オバサンは、どう考え、どう対応するのか。雅子と広江の関係は、残酷極まりない。しかし、現実には実にありふれていて、よくある事なのだ。

 中盤から後半にかけて、この作品はそんな人間の業に迫っていく。女扱いの巧みさと軽さがウリの矢口、作家の夢を捨てきれない桐生、教団の時限爆弾・徳子。それぞれ重い業を背負っているが、最も光るのは業の塊のような男・井坂。卓越した文筆の才能を持ちながら、人としては完全な性格破綻者。それに加え爽やかな弁舌の才が備わっているもんだからたまらない。いかにも歩くトラブル・メーカーなこの男、爆弾娘たちとハチ合わせなんぞしたら大変な事に…

 新興宗教というキワモノ的な題材に、アクが強く個性豊かな人物を多く登場させ、ドタバタ的な軽さで始まった物語は、中盤の生臭い現実的な物語を経て、終盤では人の心の奥へと潜りこんでゆく。人間ドラマの娯楽作品として、ギョーカイの実態を描いた産業物として、そして「いま、そこにある問題」を突きつける社会派小説そして。いずれの側面でも、紛れもない傑作。

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2013年5月 3日 (金)

司馬遷「史記 一 本紀 上」明治書院 新釈漢文大系38 吉田賢抗著

 黄帝は少典の子である。性は公孫で、名は軒轅といった。生まれながらにして神のような霊妙な働きがあった。幼少の頃からものをいうことができ、からだの発育もよく、才智のひらめきがあった。少年時代から心根が敦厚、才気敏速、成人して聡明な人となった。
  ――五帝本紀第一

【どんな本?】

 「史記」は、中国の前漢の武帝の時代に、紀元前91年ごろに司馬遷が著した歴史書であり、正史の第一とされる。司馬遷がつけた書名は「太史公書」だが、後に「史記」と呼ばれるようになった。時代的には神話の五帝から前漢の武帝までを扱う。紀伝体と呼ばれる形式は司馬遷が創りあげたもので、人物を中心とした歴史観が特徴。

 明治書院のシリーズは現代日本語の訳文はもちろん、漢文の原文と読み下し文に加え、語釈として紛らわしいまたは難しい語について詳細な解説を掲載し、更に解釈に複数の学説がある部分には余説として他の学説も併記するなど、研究用として充実した内容を誇る。

 史記は以下5部からなり、本書は本紀の前半・第一~第六までを収める。

  1. 十二 本紀 黄帝から漢の武帝までの歴代王朝の君主
  2. 十  表   年表
  3. 八  書   礼楽・刑政・天文・貨殖など法制経済史
  4. 三十 世家 君主を取り巻く王侯
  5. 七十 列伝 他の有名人の人間像

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 Wikipedia によれば、原書の成立は紀元前91年ごろ。明治書院版は1973年2月25日初版発行。私が読んだのは1998年4月1日発行の26版。ハードカバー縦一段組みで本文約419頁。9ポイント54字×21行×419頁=約475,146字、400字詰め原稿用紙で約1,188枚。長編小説なら2冊分…だが、これは漢文・読み下し文・語釈などを含めた分量。私は通釈(現代日本語文の訳文)と余説だけを読み、本文と読み下し文と語釈は飛ばしたので、実質的な分量は1/3~1/2程度。

 いかにも専門書だが、通釈だけに限れば意外と読める。ただ、文書の構成として紀伝体であり、歴代君主に焦点をあてる形であるため、現代の感覚で読むと歴史の流れを掴むのは、ちと難しい。五帝から周の前半までは同時に存在する国家が二つぐらいなので比較的に楽なのだが、周が衰え多数の国が乱立する時代になると、視点を君主に固定した本紀の構成で全体を把握するのはかなり困難…というか、その辺は世家や列伝で補え、という事なんだろう。

【構成は?】

 史記解説/司馬遷の略年譜
三皇本紀
五帝本紀第一
夏本紀第二
殷本紀第三
周本紀第四
秦本紀第五
秦始皇帝本紀第六
 戦国七雄時代略図

 基本的に時代順。解説によると最初の「三皇本紀」は司馬遷の作ではなく、「唐の司馬貞の補撰」とのこと。各部はそれぞれ以下6つの項目からなる。読みやすいように、本文を10行~30行程度で区切り、その後に和訓や通釈をつける構成。

  1. 解説:各部の冒頭にあり、要約や位置づけなどを示す。
  2. 本文:漢文。
  3. 和訓:読み下し文。
  4. 通釈:現代日本語に訳した文章。
  5. 語釈:本文中のまぎらわしい語・難しい語や、関連知識が必要な語の解説。
  6. 余説:解釈に複数の学説がある場合、通釈で採用しなかった説を述べる。

【感想は?】

 最初の「三皇本紀」は唐の司馬貞が補ったもの、とされている。中国の建国神話は三皇五帝(→Wikipedia)で始まるのだが、史記には三皇がないので、格好をつけるためにとってつけたらしい。最初の皇・伏羲は「体は蛇のようであり、頭は人のよう」と化け物だが、母ちゃんの華胥は人間で、神人の足あとを踏んで身ごもり伏羲を生む。

 神話としては独特で、天地創造がない。いきなり「太皥庖犧氏は性を風といった」とくる。庖犧が生まれた時、既に地には人がいて社会を営み性を名乗っていたわけだ。とすると、昔の中国の人は、ずっと昔から世界は今と変わらずに存在してた、と考えていたんだろうか。

 史記の歴史観の根底には、「人が歴史を作る」という発想がある。人物を中心にしているのは、そのためだ。また、質素と徳を重んじる思想で、「王の徳が高ければ天地は自ずと治まる」みたいな感覚が貫かれている。とまれ、「徳」が何を示すのか、日本語の徳と同じと思っていいのか、この辺はちと悩む。思い上がらず先祖を祭り古の智恵に学び諌言を聞き入れ…みたいな感じ、かな?あと、法は少ない方がいい、ってのは納得。

 私は唯物史観に近いんで、司馬遷の記述を鵜呑みにせず、ちと斜に構えて読んだんだが、それでも得る所は多い。

 五帝本紀で、当事の君主や政府がなすべき職務がわかる。君主の基本は人事で、「誰に何をやらせるかを采配すること」。そして諸侯の貢物を決め、政情報告を聞き実地検分して褒賞を与える。先祖を祭る。そして最後に、跡継ぎを決める。

 政府としては、まず、治水。堤を作り水路を整備する。また暦を定め、「種まきと収穫の時を人民に教え授けた」。太陽の運行から夏至・冬至・春分・秋分を計ってるんで、基本は太陽暦?度量衝の統一も大事で、「音律・度・量・衝を同一にし」とある。音律が入ってるのが面白い。そして刑法を決め運用する。また、道路工事も政府の仕事。

 夏本紀では、最近になって伝説ではなく実在の可能性が浮かび上がった夏王朝。ここで興味深いのが、各州の風土記で、最後は大抵「黄河をさかのぼる」「黄河を通って都に入る」と、黄河が流通の重要な役割を担っていること。他にも泗水や揚子江などが水路として出てきて、水運の盛んな文明である由をうかがわせる。

 殷本紀~周本紀は、封神演義が好きな人には懐かしい名前が続出。殷の帝王・紂と彼をたぶらかす妲己、武王と太公望など。周の衰退も殷に似て、やっぱり悪女・褒姒が幽王をたぶらかす。彼女の生誕が、ファンタジーのネタとしてやたら美味しそう。

夏后氏の衰えた頃、宮廷に二匹の神龍が現れた。龍の口から出る沫を箱にしまうと、龍は消える。箱は夏・殷・周と受け継がれたが、誰も開けなかった。厲王の末年に箱をあけると沫が宮廷に溢れ、蜥蜴に化して後宮に入り込み、童女に出会う。彼女が年頃になると娘を生み、捨てた。

 宣王の時代に謡う童女がいる。「山桑の弓、箕木の矢房を売るものは周を滅ぼすだろう」。これを聞いた宣王は恐れ、該当する者を探し夫婦を見つけるが、逃げられる。逃げた夫婦は、捨てられた娘を見つけ、不憫に思い褒の国で育てる。美しく育った娘は褒姒の名で幽王に献上され寵愛される。笑わぬ褒姒を笑わせようと試みた幽王は…

 秦本紀だと、秦の起源が馬と妙に縁が深いのが面白い。殷の頃の中衍は帝の御者だし、周の造父も謬王の御者。孝王の頃の革は馬の繁殖に成功している。繆候と晋君の対決でも馬が重要な役割を果たす。秦は地理的に西にあるし、騎馬民族と交流があったんじゃなかろか。

 今までの王朝の交代が比較的に単純だったのに対し、周はダラダラと続き春秋・戦国を経て秦へと続く。殷も周も始祖の徳に諸侯が靡く形での天下統一なのに、秦は「首を24万はねた」とか残虐性を強調する記述が目立ち、武力による統一である由が強調される。

 本書ではこれを素直に解釈しちゃってるが、他にも幾つか解釈はできるんだよね。

  • 史記が成立したのは漢の時代。現王朝を持ち上げるために、前王朝の秦を悪役に仕立てた。
  • 一般に時代が古いほど記録は少なく口伝による。人は昔を美化する傾向があるので、古い王朝の成立事情も伝説として美化されているが、近年の秦王朝は記録も残り美化されていない。

 秦始皇帝本紀では「彗星が出た」「蝗虫が東方から飛来」「大飢饉があった」「黄河が洪水で、たくさんの魚が地上にあがった」と天変地異の記録も多く、意図的に秦を悪者に仕立て上げている感がある。徐市(徐福)伝説も少し出てきて、ファンタジー好きには美味しいネタ。

 語釈は読み飛ばしちゃったけど、蚕食など今でもよく使う言葉も史記が語源らしく、辞書マニアはじっくり読む価値があるかも。もちろん、十二国記や諸星大二郎が好きなら、是非読んでおきたいネタ本だったりする←結局ソレかい

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2013年5月 1日 (水)

iTunes:ライブラリに登録したラジオ局が聞けない/繋がらない時の対策

 iTunesでインターネット・ラジオを聴いている。いちいちラジオの一覧から選ぶのは面倒くさいんで、ラジオ局の一覧のプレイリストを作り、そこに気に入ったラジオ局を登録して整理した。登録方法はこちら→iTunesのラジオ局はプレイリストに登録しよう

 ところが、登録してしばらくすると、ラジオ局に繋がらなくなったりする。下のようなダイアログが出て、フリーズしたようになるのだ。A11

 ラジオ局が放送を止めちゃった場合もあるが、局は生きているのに繋がらない時もある。局が生きているなら、局のプレイリストのURLが変わっている可能性がある。特に、iTunes 内のラジオ局一覧からライブラリに登録した場合は、プレイリストのURLを書き換えると復活する時もある。以下に、その手順を示そう。

【環境】

OS:Windows 7 Home Premium Service Pack 1
iTunes:iTunes 11.0.2.25

【作業手順】

ラジオ局 Krautrock-World を例に説明しよう。

1.Internet Explorer や Firefox などのwebブラウザで、お目当てのラジオ局のサイトから、プレイリストのURLを得る。

  • 局のサイトは、局の名前から Google などで検索しよう。または、iTunes のラジオ局/プログレ,アニメ,サザンロック,局集を参考にしてくれると嬉しい。Krautrock-World の URL は、http://www.krautrock-world.com/ だ。下のスクリーン・ショットが Krautrock-World の先頭頁だ。クリックすると実寸大で表示する。赤丸は私が書き加えた。A21
  • ブラウザでラジオ局の頁を開き、そこからプレイリスト・ファイルを探す。ラジオ局 Krautrock-World だと、先頭頁の上のリンク Webradio で移動した先に、プレイリストがある。iTunes 用のプレイリストの拡張子は、大抵が .pls だ。
  • プレイリスト・ファイルの URL を得る。Krautrock-World には iTunes のアイコンが出ていないが、WinAmp のアイコンがあり、.pls を示している。Winamp のアイコンは二つあって、上が高音質(96kbps)で、下が標準音質(40kbps)だ。ここでは、高音質のプレイリストを貰おう。
    Firefox なら、WinAmp 96kbp/s を右クリックすると、プルダウン・メニューが出る。ここから、「リンクのURLをコピー(A)」を選ぶ。A31

2.iTunes のライブラリからお目当ての局を選び、URLを編集する。

  • iTunes を立ち上げ、ラジオ局を登録したプレイリストを開く。
    プレイリストから聴きたい(けど聴けない)ラジオ局を右クリックする。プルダウン・メニューが出るので、「プロパティ」を選ぶ。B11
  • ラジオ局の情報を示すダイアログが出る。上のタブから「概要」を選ぶ。
  • 概要の表示が出たら、右下のボタン「URLを編集(U)…」をクリックする。下のスクリーン・ショットの赤丸は私が書き加えた。B21
  • ダイアログ「URLを編集」が出る。上でコピーしたプレイリストのURLを、ここに貼り付けよう。B31
  • OKボタンを押すと、ダイアログ「URLを編集」が消え、ラジオ局の情報ダイアログに戻る。
  • ここでOKボタンを押すと、プレイリストに戻る。

3.お目当てのラジオ局を再生する。局をダブルクリックして、再生が始まったら成功だ。

【それでも再生できない時は?】

 残念ながら、上の方法でも巧くいかない場合がある。私が試した限り、巧くいったのは以下5個。

  1. Krautrock-World
  2. Aural Moon
  3. ioProgressive Rock
  4. laut.fm/progman
  5. RAKISTA RADIO!

 Stellar Attraction は、プレイリストの URL をコピー&ペーストしただけでは駄目だったが、Webサイトからプレイリストをダウンロードして iTunes に再登録したら再生できた。

 局によっては無くなっちゃったり、有料になったり、ライセンス関係で日本じゃ聴けない、なんてのもある。けっこう、動きの激しい世界なんだなあ。

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