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2013年5月30日 (木)

司馬遷「史記 五 世家 上」明治書院 新釈漢文大系85 吉田賢抗著

「わしの墓の上に梓の木を植えよ。梓は生育は早いから、成長して呉王の棺桶を造るに役立つだろう。わしの眼をえぐって呉の都の東門に置いてくれ。越が呉を滅ぼすのを見られるように」
  ――呉太伯世家第一より伍子胥の遺言

【どんな本?】

 中国の前漢の武帝の時代、紀元前91年頃に司馬遷が著した歴史書「史記」。司馬遷は「太史公書」と名付け、夏・殷・周の各朝から春秋・戦国の騒乱、秦の勃興・楚漢戦争を経て漢の武帝の時代までを扱う。人物を中心とした歴史観に基づく紀伝体という構成が特徴で、大きく以下の5部に分かれる。

  1. 十二 本紀 黄帝から漢の武帝までの歴代王朝の君主
  2. 十  表   年表
  3. 八  書   礼楽・刑政・天文・貨殖など法制経済史
  4. 三十 世家 君主を取り巻く王侯
  5. 七十 列伝 他の有名人の人間像

 世家は周王朝の文王・武王から漢の武帝の時代までの、各国の王家・諸侯の勃興を扱う。明治書院のシリーズは、漢語の原文と読み下し文・現代語訳の通釈・わかりにくい言葉を説明する語釈に加え、研究者により解釈が分かれる部分は余説として他の学説も収録するなど、研究所として充実した内容となっている。このシリーズの世家は上・中・下の三巻で、上巻は主に春秋・戦国時代の諸国の盛衰を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 Wikipedia によれば、原書の成立は紀元前91年ごろ。明治書院版は1977年9月20日初版発行。私が読んだのは1992年9月20日発行の14版。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約403頁。9ポイント54字×21行×419頁=約457,002字、400字詰め原稿用紙で約1143枚。長編小説なら2冊分ちょいだが、私は漢文と読み下し文は読み飛ばしたんで、実際に読んだのは半分程度。

 史記は今まで列伝→本紀と読んできたが、さすがに世家は手ごわい。理由は三つ。

  1. 本紀は帝や皇の盛衰を扱っているため歴史全体の流れが見える。列伝は人物に焦点を当てるので、キャラ萌えでしのげる。世家は主に春秋・戦国の各国の王や諸侯を扱うので、位置的に中途半端な感がある。
  2. とまれ著者のせいばかりでなく、そもそも扱う春秋・戦国時代は諸国が乱立しており、歴史の流れも複雑に乱れていて、把握するのが難しいのだ。
  3. 加えて、当時は「西暦」や「皇紀」などの便利な暦がない。だから年を表すにも「呉王の九年」とか「恵公の二年」とか、国によって表記が違う。

 上巻では主に春秋・戦国時代を、各国の視点で描く。そのため、何度も同じ時代を扱ったり、同じ人物がアチコチで登場したりする。これがクドくもあるが、「おお、また来たか」的な懐かしさを感じたりもする。

【構成は?】

 世家解説
呉太伯世家第一
齊太公世家第二
魯周公世家第三
燕召公世家第四
管・蔡世家第五
曹叔世家附
陳・杞世家第六
衛康叔世家第七
宋微子世家第八
晉世家第九
 戦国七雄時代略図

 世家の全体としては時代に沿った構成だが、この巻では春秋・戦国時代の各国の歴史の感が強い。各部はそれぞれ以下6つの項目からなる。読みやすいように、本文を10行~30行程度で区切り、その後に和訓や通釈をつける構成。

  1. 解説:各部の冒頭にあり、要約や位置づけなどを示す。
  2. 本文:漢文。
  3. 和訓:読み下し文。
  4. 通釈:現代日本語に訳した文章。
  5. 語釈:本文中のまぎらわしい語・難しい語や、関連知識が必要な語の解説。
  6. 余説:解釈に複数の学説がある場合、通釈で採用しなかった説を述べる。

【感想は?】

 退屈な部分もあるし、面白い部分もある。

 「○○は立って?年で没した。その子の□□が立った。□□は?年に没して、その子の△△が立った」みたいな記述が続く所もあって、こういう部分は読んでて退屈ではあるけれど、国そのものは平穏だったんだろうなあ、と思う。案外と本物の名君ってのは、こういう風に歴史書じゃアッサリ片付けられちゃうんじゃなかろか。だって乱世にあって、戦争も飢饉も特筆すべき大事件もないんですぜ。優れた政治って、そういうもんじゃね?

 各国のルーツがわかるのも、世家の特徴。呉は周の血筋。斉は太公望の系統。魯も周の血筋。武王の弟・周公の末裔。燕は周公の時代の三公のひとつ召公の家系。栄は殷の庶子・微子開に始まる。晉は周の武王の子で成王の弟・唐叔虞が開祖。こう見ると、春秋・戦国と言いつつ、つまりは周王室の末裔どうしの争いだよなあ。

 当事の国ごとに盛衰を語るので、同じ時代を異なった視点で何度も見ることになる。だもんで、同じ人物が何度も登場する。これは史記全体を通じても同じで、冒頭の引用の伍子胥(→Wikipedia)とかは、列伝の伍子胥列伝第六で主役を務める悲劇の人。

 特に諸国を巡る人は登場回数が多く、例えば呉太伯世家第一に登場する季札(季子)は賢人として描かれ、諸国を訪問している。今で言う外交使節だね。ところが面白いことに、彼が訪れた国は、その後、クーデターなど何かしらの変事に襲われている。…って、もしかして…

 登場回数が多いのは重耳(→Wikipedia)も同じ。この本の構成だと彼は末尾近くで主役を務め、各員の記述が比較的あっさりしているのに対し、彼の伝記は最大の字数を割いていて、この巻のハイライトだろう。文公として名高い彼だが、名を上げるまでのエピソードは意外と情けない。

 晋の献公の公子で若い頃から多くの師に学び人望も厚かったが、献公の妾・驪姫が自分の子を王にしようと謀り、重耳43歳の時に五人の仲間と国を出て、いったん狄に落ち着き嫁さんを貰い12年、ところが追っ手が迫ってきたんで、大国・斉に身を隠そうとして妻に言う。「25年待って帰らなかったら嫁に行ってくれ」。嫁さん答えて曰く。

「25年経ったころには、わたしの墓の上に植えた柏も大きくなっていましょう。でも、わたしはあなたをおまちいたします」

 女運には恵まれた人らしく、斉でも公女といい仲になるが、斉もヤバくなる。「ここで安穏と暮したい」と日和る重耳に公女は「仲間はあんたを頼ってる。国じゃ家来が苦労してる。女に溺れて日和るとは恥ずかしい」とハッパをかけ、酔い潰して車に乗せ国に帰す。仲間と冒険の旅に出て故国へ凱旋という、冒険物語の黄金パターン。歳がアレだからライトノベルになりにくいのが難w

 ブログのネタとして巧く料理すればイケそうなのが、宋微子世家第八で殷の旧臣・箕子が開祖・微子開に伝える鴻範九等。

「鴻範九等の大法とは、一に五行、二に五事、三に八政、四に五紀、五に皇極、六に三徳、七に稽疑、八に庶微、九に五福六極で…」

 鴻範九等の内容はともかく、語り方が巧い。つまり、モノゴトを説明する際の手順が洗練されてるのだ。ブログの記事でも、「国を治める9つの法則」みたく数字で「幾つ」と書かれると、「お、なんか面白そう」とか思うでしょ。また、箇条書きにして、最初に全体を俯瞰する構図を示し、次に各項目を細かく説明していくのも上手な工夫。項目数を明記してるんで、思い出すときも指折り数えればいい。中国って標語とかにやたら数字を使いたがるけど、こういう時代からの智恵なんだろうなあ。

 ここで気になったのが、庶微。温暖や降雨の多寡など、天候や天変地異を君主の徳の結果と論じている点。「治水や営林で多少の防災はできても天候は無茶じゃね?」と現代人は反射的に思っちゃうけど、「当事の人はそう考えていた」とも読める。

 「降雨の多寡や寒暖などの自然現象を、為政者の良し悪しと結び付けて考える傾向が、ヒトにはある」と解釈すると、現代の先進国の有権者も、案外と本能的な部分では同じ感覚を引きずってるんじゃなかろうか。あまりに迷信めいてるから口に出しては言わないけど、無意識的にそう感じてる部分は、結構ある気がする。

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