司馬遷「史記 二 本紀 下」明治書院 新釈漢文大系39 吉田賢抗著
力は山を抜き氣は世を葢ふ。時利あらず騅逝かず。
騅の逝かず奈何かす何き。虞や虞や若を奈何せん。
――項羽本紀第七
【どんな本?】
中国・前漢の時代、司馬遷が著した歴史書「太史公書」、後に「史記」と言われ正史の第一となった。歴代君主を扱った本紀・年表の表・法経済史を扱う書・王侯を扱う世家・その他の有名人を扱う列伝からなる。本書は、歴代君主を描く本紀の後半で、一代の覇王・項羽に始まり漢の高祖・劉邦から著者の時代の孝武帝までを収録する。
特に冒頭の「項羽本紀第七」は長い史記の中でも名文の呼び声高いクライマックスであり、乱世に躍り出た若き英雄の短くも鮮烈な生涯と、哀切漂う四面楚歌の場面は古今の多くのファンを泣かせている。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
史記の成立は紀元前91年頃、漢の孝武帝の時代。明治書院のシリーズは1973年4月20日初版発行。私が読んだのは1988年10月1日発行の9版。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約330頁。9ポイント54字×21行×330頁=約374,220字、400字詰め原稿用紙で約936枚だが、現代日本語訳だけなら、分量はその1/3程度。
明治書院のシリーズは、原文のほか、読み下し文・現代日本語文はもちろん、解釈の難しい/紛らわしい語を解説する語釈・解釈に複数の学説がある部分には余説を掲載するなど、研究書として充実した内容。現代に本文だけを拾い読みするなら、文章はあまり難しくない。
ただ、紀伝体という構成で、各巻の主人公を中心に書いているため、本紀だけを読んだのでは、その周囲の人物が見えてこない。また、項羽本紀と高祖本紀で記述がカブる部分もある。本紀・世家・列伝を複数回読んで、やっと史記の本当の味がわかるんだろう。
【構成は?】
項羽本紀第七
高祖本紀第八
呂后本紀第九
孝文本紀第十
孝景本紀第十一
孝武本紀第十二
戦国七雄時代略図/本紀索引
原則として時代順。最後の「孝武本紀第十二」は、後世の者が補ったという説がある。司馬遷は本書を孝武帝に奏上したが、その記述が帝の怒りに触れ孝武本紀第十二は葬り去られた。これを見越した司馬遷は予め複製を作って隠し、後世の者が世に出した、とされる。
明治書院のシリーズだと、各部は以下6つの項目からなる。読みやすいように、本文を10行~30行程度で区切り、その後に和訓や通釈をつける構成。
- 解説:各部の冒頭にあり、要約や位置づけなどを示す。
- 本文:漢文。
- 和訓:読み下し文。
- 通釈:現代日本語に訳した文章。
- 語釈:本文中のまぎらわしい語・難しい語や、関連知識が必要な語の解説。
- 余説:解釈に複数の学説がある場合、通釈で採用しなかった説を述べる。
【感想は?】
やはりハイライトは冒頭の項羽本紀。秦の悪政が民の怨嗟を買い世が乱れた時、24歳で立ち、その知略と猛勇で天下を席巻しながら、諸侯の離反を受け31歳で没する鮮烈な生涯は、長大な史記の中でもひときわ輝いている。歴史書のはずだが物語としての面白さも抜群で、一代の英雄の彼が絶体絶命の危機で詠む「垓下の歌」は、中国史の名場面として今後も数限りなく映画やドラマで演じられるだろう。
確かに敵に対しては残忍であり、また己の才を頼み配下の誰よりも優秀な点では、ライバルの劉邦と対照的だ。が、事あるごとに自らが走り戦場を席巻する軽快な機動力と破壊力は、まさしく武神の化身と言える。著者の司馬遷も最後の一文で項羽を批判してはいるが、それまでの力の入った名文の数々は、どう見ても項羽を賛美しているとしか思えない。今風に言えばツンデレ。
構成的にも、「本紀」は皇か帝を扱うはずなのに、項羽は王でありながら、本紀に名を連ねている。漢の祖の劉邦のライバル、いわばラスボスだから、強く大きく見せて、項羽を倒した劉邦を大きく見せるという政治的な意図もあるだろう。だが、本紀を通して読むと、やっぱり項羽の方がカッコいい。項羽と劉邦、どっちが人気あるのか検索してみたら、身も蓋もない頁を見つけて笑ってしまった。これも司馬遷の名文の影響だろう。
最後の戦いに赴く項羽の言葉も、心に染みる。
兵を起こして八年、七十余戦にぶつかり、一度も負けず、天下を保有した。今ここに苦しむのは天が俺を滅ぼそうとするからで、俺が戦いで弱いからじゃない。
これを司馬遷は「武力に頼り力で押さえつけようとするからイカンのだ」と批判しているが、項羽の本性が武人であって政治家ではないと考えれば、項羽の心情がジンジンと伝わってくる。ある意味、「コンテナ物語」のマルコム・マクリーンに通じるものがある。
続く高祖本紀、これが帝に献上したとは思えぬほど酷い。いきなり「沛の停長になったが役人はみな高祖を軽蔑した」「酒と女を好み王婆さんと武婆さんの店でツケで飲んでた」である。誉めてるのは「人相がいい」とか「大蛇を切ったら老婆が『白帝の子である我が子が殺された』と泣いた」とか、オカルトめいた話ばかり。これ、「都合の悪い話はオカルトで誤魔化したんじゃね?」などと思いながら読むと、ハッタリが巧いだけのロクデナシに見えてくる。大蛇の話も「命令された人足が集まらないから集団脱走して酒かっくらって寝てた」結果だし。
それでも天下を取れた理由を「戦じゃ韓信に負け計略じゃ張良に負け内政じゃ蕭何に負けるけど、俺はこの三人を使えるんだよ」と開き直ってる。つまりは適材適所の才があった、と。列伝の韓信の「陛下は兵に将たることはおできになりませんが、将に将たることはできます」と対応する、当事の劉邦の評価だろう。
続く呂后本紀は、始終罵倒で埋め尽くされてる。劉邦が没した後、嫁さんが太后となり実家の呂氏が権力を独占、妬み深い太后はライバルを毒殺し密殺し暗殺する。劉邦に寵愛された威夫人への仕打ちは、既にホラーの域。などと悪口を散々並べた末に〆は「その身は閨房を出ることなく天下は安泰、罪人もあまり出ず人民の生活の質はよくなった」と評価をひっくり返している。確かに太后が苛めたのは劉氏の系列ばかりで人民じゃないんだよなあ。
呂氏の横暴に諸侯が連携して対抗し、押し立てたのが孝文帝。寛大な善政を敷いて民には税や刑を免じ、倹約に励み自ら質素な生活に甘んじ、事あるごとに「わが不徳」と己を顧みる謙虚で高潔な人物に描かれる。これも意地悪な目で見ると、諸侯の支持あっての帝だから、あまり強い権限を持たなかったんじゃないか、などと思ったり。配下の者にとっては、都合のいい帝だし。
孝景本紀はあっさりと星の運行や火事など淡々と事実を記すのみ。そして今上の孝武本紀が、オカルト・マニアのボンクラ坊ちゃんに描かれている。「神人に会いたい」と憧れ胡散臭い方師を次々と取り立てては騙される。「この効験がどのようであるかは、已にみてきたとおりで、おのずから明らかである」とか、そりゃ帝の怒りを買うよ。
とまれ、諸星大二郎や京極夏彦が好きな人には涎が出るほど美味しいネが盛りだくさんで、マニアなら是非読んでおきたいところ。「天主・地主・陰王・陽王・兵主・日主・月主・四時主の八神」とか、その手の怪しげなネタがてんこもり。
稀代の覇王・項羽のカッコよさ、呂氏の横暴、賢帝の誉れ高い孝文帝の善政、そしてオカルト・マニアの孝武帝へと続く本紀の下巻は、戦乱の時代から平和・爛熟の時代への大きな動きも感じさせる。歴史のダイナミズムを感じると同時に、古典的な名場面のオリジナルでもあり、意外なオカルトの原典でもある。一見古臭いようだが、物語が好きな人には意外な発見の宝庫だ。ライトノベルと対照的な位置にあるようでいて、そのエピソードは今でも日本の漫画にアレンジされ使われている。漫画であれライトノベルであれ、クリエイターを目指すなら読んでおいて損はない。
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