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2013年4月25日 (木)

チャイナ・ミエヴィル「言語都市」新☆ハヤカワSFシリーズ 内田昌之訳

「割れて修理してある、。そこが重要なのね」
「そのとおり。そうすることで、アリエカ人は、“割れて修理された岩みたいな”と言うことができる。彼らが言おうとしているなにかについて」

【どんな本?】

 21世紀英国SFを代表する俊英チャイナ・ミエヴィルによる、ローカス賞に輝く新作長編SF小説。遠未来、宇宙に進出した人類は、幾つかの異性種族に出遭い、共生している。赴任した辺境の惑星アリエカの居留地<エンバシータウン>で、先住のアリエカ人とのコミュニケーションを担当する新任の大使エズ/ラーは、着任早々に大騒ぎを起こし…

 異形のテクノロジー・異形の都市・異形のエイリアン・異形の文化・異形の宇宙。その中で生きる人類もまた、異形の生き方に適した異形の社会・異形の制度を発達させてゆく。「ペルディード・ストリート・ステーション」「都市と都市」で見せ付けたチャイナ・ミエヴィルの奔放な想像力が生み出す、重量級の本格SF長編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Embassy Town, by China Mieville, 2011。日本語版は2013年2月25日発行。新書版ソフトカバー縦二段組で本文約480頁、9ポイント24字×17行×2段×480頁=約391,680字、400字詰め原稿用紙で約980枚。普通の長編小説なら2冊分ぐらい。

 ズバリ、濃いSF者むけ。あまりSFに慣れない人には向かない。

 ベテランの翻訳者が手がけた作品ではあるが、かなりとっつきにくい。というのも、語られる世界があまりに異様であり、かつ複数の奇妙な社会・文化・テクノロジーが絡み合った物語であるため。特に、背景が全くわからない冒頭では、意味不明な単語がポンポンと出てくるので、ある程度「SFの読み方」を心得ていないと、数頁で投げ出す人もいるだろう。その分、苔の生えたSF者が渇望する「センス・オブ・ワンダー」は、ギッシリと詰め込んである。

【どんな話?】

 遠未来、辺境の惑星アリエカ。先住種族のアリエカ人は二つの器官から同時に音を出して会話する。独特のバイオ・テクノロジーを持つアリエカ人と興隆するため人類は居留地<エンバシー・タウン>を建設し、クローン人間二人のペアを<大使>として彼らとのコミュニケーションを実現していた。

 エンバシー・タウンで生まれ育ったアヴィス・ベナー・チョウは、幼い頃にアリエカ人の<直喩>になる。成長してアリエカを離れ宇宙に飛び出し、浮浪屋となってイマーに潜りながら、言語学者のサイルと結婚し、<エンバシー・タウン>に戻ってきた。同じ頃、エンバシー・タウンに着任した新任の大使エズ/ラーは、大使として異様なばかりでなく…

【感想は?】

 約480頁の大作だが、出だしの100~200頁ぐらいまでは、かなり難渋する。描かれる世界が凄まじく異様であり、それを、その世界で生まれ育った人物アヴィス・ベナー・チョウの視点で語る仕掛けのため。彼らには自然な表現でも、読者には奇妙な文章に見える。

 例えば、年齢や年月をキロ時で表現する仕掛け。地球の一年は8760時間だから、大雑把に10キロ時で一年ぐらいと見当をつけよう。なんでこうなのか、というと、その前の台詞で、なんとなく察しがつく。舞台は恒星間を航行する宇宙船の中、発話者は上級船員。

「おまえのくされ故郷の恒星のめぐりがどうだろうと知ったことか。おまえが何歳なのか教えろと言ってるんだ」
返事は“時”で。返事は主観時で――

 この台詞で、幾つかの背景がわかる。1)この物語では人類が多数の惑星に植民しており、公転・自転周期で年月を語るのはグローバルでないこと。 2)地球の「年」は廃れていること。 3)「主観時」という言葉から、どうやら超光速航行が実現しているらしいこと。 4)ことばづかいから、上級船員といっても、荒っぽい職種であること。

 と、こんな感じに、読者は一つの文章から多くの背景について読み取らなきゃならない。先の 4) は、小説を読みなれた人なら簡単に読み取れるだろうけど、1)~3)は、相応にSFを読んでないとわかりにくい。初心者には不親切だが、ある程度SFを読みなれた者にとっては、「うおお、この人わかってるじゃん!」ってな一種の倒錯した喜びが湧き上がってくる。

 そんな感じに、最初の頃は、登場人物の把握やお話の流れに加え、行間から物語世界を読み取る作業を強いられる。これが銀河帝国などありがちな世界ならともかく、そこは異形を書かせたら他の追随を許さないチャイナ・ミエヴィル。宇宙論からして他に例を見ないマッドな発想を見せてくれる。

 この宇宙論だけでもSF者ならワクワク・ドキドキなのに、チャイナ・ミエヴィルはそれを軽く背景として使うだけなのが憎い(まあ、それはそれで重要な意味があるんだけど)。物語の多くは惑星アリエカ、それも人類の居留地エンバシー・タウンで展開する。

 書名が「言語都市」であることでわかるように、物語は「言語」が重要な鍵となる。ある意味、エイリアンとのファースト・コンタクト物のバリエーションだ。平穏に共存していたかに見える人類とアリエカ人(物語中では「ホスト」と表記される)が、ひとつの事件をきっかけに大騒動に発展する。騒動の陰には、どうやら人類とエイリアンのコミュニケーション・ギャップがあるらしい。

 二つの発声器官で同時に発音するアリエカ人と意思を疎通させるために、人類はクローン人間を用意して、同時にしゃべらせる。これが大使だ。今まではそうやって共存していたのだが…

 言語SFといえば、サミュエル・R・ディレイニーの「バベル17」や伊藤計劃の「虐殺器官」、山田正紀の「紙狩り」などの名作がある。いずれも「言語構造はと密接な関係がある」というアイデアをベースにしている。言語は、思考を表現するだけの道具ではなく、思考そのものに影響を与える、という発想。あながち、これは空想でもない。

 データベース・ソフトなどでアドレス帳を作る事を考えよう。どんな項目が必要だろうか?名前・住所・メールアドレス…。さて、私は住所は一つしかないけど、中には東京と大阪を行き来している人もいるだろう。すると、住所は単数ではマズい。メールアドレスも複数持つ人がいるだろうし、携帯電話もそうだ。

 この手のデータベース設計で、複数の要素があり得る項目を、単数だと思い込んで設計して痛い目を見た経験が、私には何度もある。これの原因の一つは日本語にある。日本語は単数と複数で名詞が変化しないので、つい単数だと思い込んでしまうのだ。まあ、最大の要因は私の不注意なんだけど。

 プログラミング言語でも、思考の方向性は影響を受ける。COBOLやFortranしか知らない者が、オブジェクト指向や再帰呼び出しを理解するのは難しい。そもそも、言語仕様で、そんな機能が定義してないし。OSのサービスを使う機能も言語処理系に組み込みなので、昔のプログラマはOSのサービスと言語の機能を混同していた。これを切り分けたのがC言語の偉大な所。

 Cでも無理すれば継承を実現できるけど、大抵ののCプログラマは、そんな事を考えない。これも言語が思考に影響を与えている例。で、COBOL/Fortran/Cなどの手続き型言語に慣れると、SQLが異様に見えてしまう。関係データベース問い合わせ言語のSQLは、関係代数に基づくので、基本の論理体系が手続き型と大きく違うのだ。でもって、述語論理に基づくPrologに慣れた人だと、案外と簡単にSQLに馴染んだりする。構造的には、Excelなどの表計算で、セルに式を入れるって操作も、発想は述語論理よりだったりする。

 などの言語SFとしての面白さは、物語の中盤から後半にかけて、どんどん盛り上がっていく。と同時に、惑星アリエカの異様な生態系も、この作品の読みどころのひとつ。

 「ペルディード・ストリート・ステーション」でチャイナ・ミエヴィルが見せた異形な者の描写が、異星に足を広げた甲斐あって、更にエスカレートしたシーンが続々と展開していく。基本的なトーンはシリアスでありながら、そのヴィジュアルの出鱈目さは、ついつい笑ってしまう。映像化するとしたら、やっぱりアニメだろうなあ。実写じゃ、ちょっと描ききれないと思う。ファンタスティック・プラネットが好きな人なら、きっと興奮するはず。

 ヴィジュアル・世界観ともに異様さが突き抜けているため、SF初心者にはとっつきにくいが、鍛えたSF者にはたまらない濃厚な世界が味わえる。あせらず、じっくり読もう。中盤以降の盛り上がりと終盤の怒涛の展開で、前半のモタツキの理由が否応なしに理解できるから。

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