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2013年4月15日 (月)

山口さやか・山口誠「[地球の歩き方]の歩き方」新潮社

 結局、バックパッカーの旅は、ひとり旅だけど一人じゃないのです。誰かと一緒に宿を探したり、観光したり、ご飯を食べたり、くっついたり離れたりしています。ずっと一人ではない。バックパッカーには学生も大人もいて、いろんな国のいろんな人と出会うのですが、同じ旅をする人だと思うと、なぜか話が通じました。

【どんな本?】

 海外旅行のガイドブックとしては、独特の地位を占める「地球の歩き方」シリーズ。パッと見ても判型が違うし、頁数がやたらと多く情報もダントツに充実している。特筆すべきはホテルや交通情報が充実している点で、またパスポートやビザの取り方まで、こと細かに紹介している。長期間、海外で自由な日程の旅行を楽しみたい者にとっては、必携品と言っていい。

 そんな「地球の歩き方」は、意外な経緯で成立したものだった。時は1970年代。学生運動が一段落し、企業は新入社員の確保に苦労する、明るい予感に満ちていた時代。

 この本は、ひとつのベンチャー・ビジネスが立ち上がり成長して成熟してゆく過程を描いたビジネス・ストーリーであり、強烈な個性が集まった創刊チームが暴れまわる活劇であり、当時は革新的な概念だった「自由旅行」を布教した教団の創世記であり、出版業界で一つのシリーズを起こす話であり、1970年から現代までの日本の海外旅行の変化を追ったルポルタージュであり、そして当然、長期の海外旅行者必携のガイドブック「地球の歩き方」の裏事情を描いたドキュメンタリーだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2009年11月20日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約300頁+あとがき3頁。9ポイント45字×19行×300頁=約256,500字、400字詰め原稿用紙で約642枚。長編小説ならやや長め。ノンフィクションとはいえ、そこはテーマが「地球の歩き方」。文章の多くは語りかける口調で親しみやすく、読みやすい。

【構成は?】

 序章 ボクらの旅を、みんなへ
第一章 「自由旅行」の原石
第二章 「自由」を仕掛ける
第三章 「地球の歩き方」の創刊
第四章 みんなで作るガイドブック
第五章 シリーズ化への道
第六章 プラザ合意の波に乗って
第七章 トップシェアの孤独
第八章 世代交代のとき
 終章 新しい歩き方へ
  附 もうひとつの歩き方――表紙の30年
   あとがき/年表

【感想は?】

 はい、お世話になりました、「地球の歩き方」。海外旅行に行く時は、必ず買い求めます「地球の歩き方」。だって、どのガイドブックより詳しいんだもん。観光旅行に限らず、出張の際も便利なんだよね。ご当地の安くて美味しい定食屋や、バス・地下鉄などの公共交通機関の使い方まで載ってるし。

 ちょっとしたノウハウが載ってるのも嬉しかった。例えば、駅でのチケットの買い方。予め紙片に「いつ・どこまで・何等の席を・何人分・片道or往復」を書いといて、ソレを窓口で差し出せばいい。英語が苦手な私も、これでスムーズに席が取れた。パスポートもビザも国際免許も自分で取ったんだぜい、えっへん←その程度で威張るな

 国内旅行のガイドブックでも、これほど情報が充実したシリーズは滅多にあるまい。私がビザを自力で取ったのも、「地球の歩き方」のお陰。幸い当時は比較的時間が自由に使える状況だった上に、「地球の歩き方」に通呈する哲学「なるたけ自分でやってみよう」に感化されたため。

 そんな「地球の歩き方」の成立過程が、実に意外。そもそも、「ガイドブック」を創るのが目的では、なかったのだ。とある事業のスピンアウトとして「地球の歩き方」の原型ができあがり、流通に乗っていく。この事業の方向性も、記念すべき商業出版「地球の歩き方」第一弾の企画も、当時としてはとんでもない常識外れ。これをやってのけた四人組、安松清・西川敏晴・藤田昭雄・後藤勇の蛮勇と、それを許したダイヤモンド・ビッグ社の度量もたいしたもの。旅行業界・出版業界の Gang of Four とでも言うか。

 「地球の歩き方」のもう一つの特徴が、読者からの投稿が豊富に載っていること。これまた長期シリーズが持つセールス・ポイントの一つで、やっぱり「信者」がつくんだよねえ。ええ、私もその一人です。これが載るようになった過程もまた、この四人ならでは。

 なぜ信者がつくかというと、「地球の歩き方」にはわかりやすい教義があるから。それは、自由旅行。それまで、海外旅行と言えば旅行代理店が企画するパッケージ・ツアーが常識で、ビザはもちろん列車のチケットやホテルは予め日本で予約しておくものだった。

 これを、「地球の歩き方」がひっくり返す。「一流ホテルは無理だけど安宿ならいつでも泊まれるよ」「自分でチケットを買うのもいい経験だよ」「地元の定食屋でメシ食ってみようよ」と。そうなった根底は、やっぱり創刊者たちの趣味。好きなんだ、この人たちは、自由旅行が。「もっと若い人たちに色んな経験をして欲しい、自由な旅行の楽しさを知ってもらいたい、つか俺はアメリカが/ヨーロッパが/インドが好きなんだあぁーっ!」という、考えようによってはとっても我侭でビジネスパーソンらしくない想い。

 とまれ、好きでやってる事だけに、自然と熱意が入る。その熱意はスタッフや読者にも伝染し、「地球の歩き方」シリーズの内容を充実させてゆく。だが二次感染・三次感染と広がっていくうちに、次第に教義は変質し、また様々な分派が生まれてゆく。

 などといった「教団」の興隆の課程ももちろん面白いが、同時に素人が出版業界に殴りこみをかける話でもあり、初めて自分が手がけた本が書店に並んだ時の感激なども初々しく描かれている。書籍ならずとも、自分が関わった商品が初めて店頭に並んだ時の気持ちは、多くの社会人が共感するだろう。

 海外旅行に対する人々の関心も、世相により変わっていく。沢木耕太郎の「深夜特急」・蔵前仁一の「ゴーゴー・インド」、そして猿岩石など、ときおり訪れるブームも手伝って、読者層も変わる。が、同時に「地球の歩き方」が、海外旅行者の層を変えてしまった面もある。編集部も世代が変わり、シリーズが大ききなるにつれ編集方針も転換を余儀なくされる。これが古くからのファンには裏切りに見え…

 終章では、久しぶりに再開した四人の会話が、各員の個性丸出しでやたらと楽しい。それぞれ長い経験を積んで丸くなってる筈なのに、昔と同じ面子が集まると、当時と同じ気持ちになっちゃうんだろうなあ。

 表紙の人物に顔がない理由など、裏話もたっぷり。海外旅行が好きな人、70年代~90年代に青春を送った人、そしてもちろん「地球の歩き方」の愛読者なら、きっと楽しめる。そして、もう一度、長い旅行に行きたくなるだろう。最新版の「地球の歩き方」を持って。

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