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2013年4月 7日 (日)

「山海経 古代中国の神話世界」平凡社ライブラリー 高馬三良訳

獣がいる、その状は馬のごとくで白い身、黒い尾、一つの角、虎の牙と爪、声は太鼓の音のよう、その名は駮(はく)、これは虎・豹を食う。剣難をふせぐによろし。  ――第二 西山経より

【どんな本?】

 中国に古くから伝わる地理書…の体裁をとりながら、その内容は荒唐無稽で奇妙な国や人・魑魅魍魎を数多く収録し、奇書として扱われる。飛ぶ魚・人面の蛇・天馬など明らかに空想上の化け物がいるかと思えば、鸚鵡など実在の生物もおり、黄帝など神話上の存在も数多く登場する、古代中華UMA図鑑。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 解説および Wikipedia によると、成立には複数の年代の複数の著者が関わっている。第一の南山経~第五の中山経までは東周時代というから紀元前771年~紀元前256年。序をつけた郭璞(かくはく、→Wikipedia)は晋の時代、274年~324年の人。この訳本の原書は「山海経箋疏」、著者は郝懿行(かくいこう、→Wikipedia)1757年-1823年で清の時代の人。

 日本語版は1994年1月14日初版第1刷。文庫本縦一段組みで本文約170頁。9ポイント41字×15行×170頁=約104,550字、400字詰め原稿用紙で約262枚。小説なら中編の分量。

 元の漢文や読み下し文は収録せず、現代語訳の文章のみを収録する形態だが、それでもいにしえの薫り高い文体なので、ちと読み下すには骨が折れる。また、化け物の図版を多数収録しており、見とれているとなかなか前に進めない。

【構成は?】

 山海経序
(山経5書)
 第一 南山経/第二 西山経/第三 北山経/第四 東山経/第五 中山経
(海外4書)
 第六 海外南経/第七 海外西経/第八 海外北経/第九 海外東経
(海内4書)
 第十 海内南経/第十一 海内西経/第十二 海内北経/第十三 海内東経
(大荒4書)
 第十四 大荒東経/第十五 大荒南経/第十六 大荒西経/第十七 大荒北経
(補遺1書)
 第十八 海内経
  解説(高馬三良)
  解説――日本に渡った精霊たち 水木しげる

【感想は?】

 オタクの才が試される本。

 地理書のフリして奇怪な動植物や神、そして部族を紹介する本である。各UMAの記述は意外と淡白で、姿形と特徴を述べるだけ。冒頭の引用は駮を紹介する文だが、これだけで、特に物語がつくわけでもなく、すぐ次のUMAの紹介へと移っていく。

 解説を水木しげるが書いている事でもわかるように、伝奇物を書く作家・漫画家にネタ本としてよく使われる。私が思いつくだけでも、小野不由美・京極夏彦・諸星大治郎・佐藤史生が巧く使っていた。十二国記や孔子暗黒伝のファンなら、所々で「キター!」と叫ぶだろう。

 全体で五部に分かれており、読んでいて明らかに途中で著者が変わっているのがわかる。出だしの山経5書は比較的におとなしめで、適当に獣と鳥を混ぜたキメラや、手足や尾を増やした程度の馴染みやすいものが多く、人によっては退屈するかもしれない。これが海外4書あたりになると「変な人」が出てきて、かなりエンジンがかってくる。

貫胸国はその東にあり、そのひととなり胸に竅(あな)がある。交脛国はその東にあり、そのひととなり脛が交差する。不死の民はその東にあり、その人となり黒色で、不老不死である。

 こんな感じで、次から次へと変な国の変な人たちが紹介されていく。ただ、化け物を列挙するだけでほとんどエピソードめいたモノがないのだが、大荒4書になると多少は物語がつくようになり、かなり親しみやすい。

 やはり「さすが中国人」と思ってしまうのは、冒頭の山経5書からして、「その名は狌狌(しょうじょう)、これを食うとよく走る」とか「その名は鯥(ろく)。冬かくれて夏あらわれる。これを食うと腫疾(はれやまい)にならぬ」とか、「食べる」話が出てくる点。UMA見ていきなり食う事を考えるとは、さすが。

 山経5書はUMAの紹介のほか、一応は地理書として「山の北には鉄が多く」とか「麓には砆石(ふせき)が多い」とか「水中には黄金が多い」など地学的なネタもでてくる。また、「灌水ながれて北流し、禺(ぐ)水に注ぐ」なとど川の流れも書いているあたり、古代中国の水運の発達を伺わせる。

 各地の神の祭り方を書いてあるのも山経5書の特徴。神といっても日本の神とはかなり概念が違う模様で、「山の神の状(すがた)はみな鳥の身に竜の頭」と、明らかに人の形をしていない。中国の神と日本の神って、同じ字を使ってるだけで、実は概念から違うのかもしれない。

 どうも日本の神様というと天照大神を頂点に人型をしていて皇室の祖先なのだが、中国の黄帝(→Wikipedia)や女媧(→Wikipedia)も化け物の風体をしている。日本の神より、ネイティブ・アメリカンのトーテムに近い感覚かもしれない。ただ、中国の神は、守るだけではなく、時には祟るんだよなあ。

 東山経も別の著者の手が入ってる雰囲気で、各UMAに対し「これが現れると天下に洪水おこる」とか「おおいに旱(ひでり)する」とか「蝗(ばった)が災害をおこす」など、変異の前兆の役目を帯びてくる。珍獣の出現を変化の兆しと捉えるのは、なんか道教っぽいなあ。

 さて、「オタクの才が試される」だが。オタクの才とは何か。私は妄想力だと思うのですね。この本、個々の怪異の記述はあっさりしてて、見た人のエピソードなどはほとんど出てこない。だもんで、読者はこれを妄想で補う必要がある。どこまで妄想で物語を紡ぎだせるか、その能力が豊かなほど楽しめる本なのだ。例えば、大荒西経に、こんな記述がある。

玄丹の山あり、五色の鳥がいる、人面で髪あり。ここに青鳥・黄鷔(ごう)・青鳥・黄鳥あって、これらが集まるところ、その国ほろぶ。

 たったこれだけなんだけど、ちょっと想像してみよう。例えば漫画家のCLAMPだったら、これをどう料理するだろうか。車田正美だったら、どうするだろう。諸星大二郎なら?五色といいつつ、4種類しか出てこないし、青と黄だけなのも謎だ。「集まるところ、その国ほろぶ」って所から、どんな物語を想像するだろう。

 積極的に国を滅ぼすモノなのか、または災厄の象徴としての化け物なのか。はたまた、周辺の蛮族を象徴していて、各鳥は蛮族のトーテムを表しているのかも…などと考えると、未来を舞台にした群像劇になるんだろうか。

 など、妄想に浸りながら読むとキリがないし、あっさりした記述も味わいが出てくる。オタクの地力が試される、困った本だった。

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