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2013年4月 2日 (火)

松浦晋也「スペースシャトルの落日 失われた24年間の真実」エクスナレッジ

本書が目指す結論を言おう。

  • スペースシャトルは宇宙船として巨大な失敗作である。コンセプトから詳細設計に至るまで無理とムダの塊だ。
  • シャトルの運行が続いた結果、宇宙開発は停滞した。
  • スペースシャトルに未来があるとだまされた世界各国は、シャトルに追従し、結果として宇宙開発の停滞に巻き込まれた。

【どんな本?】

 既に退役したスペースシャトル(→Wiipedia)。当初は「再利用可能で安上がり、年間50回の打ち上げが可能」と夢のような計画だったが、実際には問題が次々と起こり打ち上げは延期に次ぐ延期となり、年間の最高打ち上げ回数は1985年の50回止まりだった。

 どこが間違っていたのか。なぜこんな事になったのか。そして、今後の宇宙計画はどこに向かうべきなのか。技術面・経済面・そして政治的側面など様々な視点でスペースシャトル計画を見直し、失敗の原因を追究すると共に、その失敗を生み出した米国の航空宇宙産業・宇宙計画を巡る政治的な力学を解明すると共に、初心者向けにロケットの技術的な概要も解説する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2005年5月15日初版発行。今はちくま文庫から増補された文庫版が出ている…が、なんと目録落ちで残りはたったの400冊(→著者による告知)。在庫は僅少、ご興味のある方はお急ぎを。私が読んだのは単行本ハードカバーで縦一段組み、本文約230頁に加え著者あとがき3頁+笹本祐一の解説4頁。9.5ポイント42字×16行×230頁=約154,560字、400字詰め原稿用紙で約387枚。長編小説なら短め。

 文章は素直で読みやすい。内容的にも、一般向けであり、かなりとっつきやすく、力学の数式や化学式は全く出てこない。最も多く出てくる数字はお金の額。

【構成は?】

 序章 二度と間違えないために
第一章 スペースシャトルとはこんなもの
第二章 スペースシャトルが起こした事故
第三章 そもそも間違っていた設計コンセプト
第四章 世界中が迷惑し、だまされた
第五章 シャトル・ダメージから再起するために
 あとがき/解説――長く険しい道 笹本祐一

【感想は?】

 変化の激しい最先端技術の中でも、特にここ数年の宇宙開発はスペースシャトルが退役し「はやぶさ」が帰還するなと、一つの曲がり角だった感があり、さすがに本書はやや古くなったかな、という気もする。というか既に増補版が出ているので、出来ればそっちを読んだ方がいい。在庫僅少だけど。

 とはいえ、本書の内容の細かい部分は更新が必要だとしても、根本的な部分は今でも変わらない。ひとつは合衆国の宇宙開発が合衆国の政治の影響を強く受けること、もうひとつは技術開発の方向性だ。

 鳴り物入りで登場したスペースシャトルだが、実際に数字を見ると、やってる事は結構ショボい。アポロ宇宙船は38万キロ彼方の月まで人を往復させた(しかも月で離着陸までやってのけた!)のに対し、スペースシャトルはせいぜい高度500km。この数字を見ただけでも、「ならアポロを打ち上げたサターンで良かったんじゃね?」と思うだろう。まさしく、ソレを著者は主張している。

「再利用」という基本コンセプトが、スペースシャトルを巡るすべての失敗の根源にあると言っていいだろう。再利用という間違ったコンセプトを実現するために、間違った技術が適用されることになったのだ。

 基本的な方向性が間違っていた、そのためにイロイロと小細工して繕ったけど無理でした、そういう論調である。実際には細かい設計の問題を挙げつつ、根源に迫る、そういう形を取っているが、普通に読んでいけば「きっとこう言いたいんだろうなあ」というのが、自然と伝わってくる。

 なんたって、ヒトを乗せるのだ。再利用可能とは言っても、部品の劣化はある。それをイチイチ検査し、問題があれば取替え、安全性を確認しなきゃいけない。しかも、再利用可能としたことで、複雑さが大きく増えた。

 最も判りやすいのが、「翼」だ。アポロの場合、地球への帰還船は円錐形のカプセルだった。単純に落っこちてきて、パラシュートでブレーキをかけ、海に着水して浮き袋で浮かぶ。カプセルの形は単純だし、小さいんで、設計も単純になる…などと言ったらNASAの人に怒られそうだけど、あくまでもスペースシャトルと比べた場合の話。

 ところがシャトルは翼がある。これを使うのは帰還時のほんの数分だけで、後の時間はお荷物でしかない。形が複雑になり、空気抵抗も増す。大気圏突入時は秒速10kmぐらいの超高速で、機体周辺は灼熱地獄になる。だからボディ全体を耐熱材で覆うんだけど、形が複雑なら覆うのが難しくなる。「んな面倒な事しないでパラシュートでいいじゃん」と、著者は身も蓋もない指摘をしている。

 といった技術的な側面に加え、心理的な洞察も面白い。「帰還時はエンジンなしのグライダーでいいじゃん」と割り切れたNASAが、なぜ翼では割り切れなかったのか。

 そもそもスペースシャトルは、安上がりを売り文句にしていた。が、結果はバカ高になった。これを巡る政治的な分析も鋭い。大雑把に三行にまとめると…

議会「お金ないからNASAの予算を減らすよ」
NASA「繰り返し使える安上がりなシャトルにします」
議員「俺の州の工場を閉じたら支持者が失業する、仕事よこせ」

 どないせえちゅうねん。
 などと政治的な話の圧巻は、「第四章 世界中が迷惑し、だまされた」「第五章 シャトル・ダメージから再起するために」。ここで展開する国際宇宙ステーションISS(→Wikipedia)を巡る合衆国の思惑と各国の対応は圧巻で、寒気すらおぼえる。何より、根本的な構図は今も変わっていない。

 技術的な面では一般向けとして突っ込んだ話は少ないものの、冒頭から「オービターは地球を回る軌道に着いたら、まずペイロード・ベイの扉を開いて、ラジエーターを動作させなくてはならない」とか、素人には拾い物もチラホラ。ロシアのソユーズの設計思想とかは、いかにもロシアな発想が伝わってくる。

 「今あるもの」を掻き集め実績のある枯れた技術で堅い設計をするか、飛躍を目指し根底から設計を見直すか。エンジニアはしょっちゅう決断を迫られ、たいていは納期の制約で前者を選ぶ。そういう事が度重なると、たまには冒険もしたくなる。前者で成功したのが Linux なら、後者の例は Macintosh だろう。

 宇宙開発の方向性には様々な意見があって、中には「そもそも有人宇宙飛行そのものが無駄」なんて人もいる。予算も実績も少ない日本としては、先導者であるアメリカの実情を把握しつつ、巧く生き延びる方策を探らなきゃいけない。スペースシャトルを題材にとりながら、現在の宇宙開発の勢力図も把握できる本だった。

 繰り返すが、今から読むなら文庫の増補版がお勧め。在庫は少ないので、お急ぎを。

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