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2013年4月 5日 (金)

ロドリク・プレークウエスト「アフガン侵攻1979-89 ソ連の軍事介入と撤退」白水社 河野純治訳 1

「われわれはあなたがたに会えてうれしい。しかし、できるだけ早くこの国から出て行ったほうがいい」

【どんな本?】

 1979年12月、ソビエト連邦はアフガニスタンに侵攻、現大統領のハフィズラ・アミンを殺し、バブラク・カルマルを大統領に据える。世界各国がソビエトの侵略に抗議し、幾つかの国はモスクワ・オリンピックをボイコットした。山岳地帯に潜むムジャヒディンのゲリラ戦術にソ連軍は苦戦し、疲弊したソビエト連邦は崩壊へと向かう。

 アフガニスタンとは、どんな所か。どんな目的でソビエトはアフガニスタンに侵攻したのか。開戦当時、ソ連はどんな計画だったのか。ソ連軍の内情はどんなものか。軍内の生活は西側とどう違うのか。侵攻はソ連にどんな影響を与えたのか。従軍した将兵は戦争をどう見ているか。赤軍を撃退したムジャヒディンとは何者か。ムジャヒディンはどう戦ったのか。なぜソ連は負けたのか。スティンガー・ミサイルは、どの程度の効果があったのか。

 元英国軍事情報員であり、1988年~92年にはモスクワ駐在大使を務めた著者が、膨大な取材とソ連崩壊に伴い公開された文書により再現する、ソ連から見たアフガニスタン侵攻のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は AFGANTSY : The Russians in Afghanistan 1979-89, by Rodric Braithwaite, 2011。日本語版は2013年2月10日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約404頁に付録いろいろ。9ポイント46字×20行×404頁=約371,680字、400字詰め原稿用紙で約930枚。長編小説なら2冊分ぐらい。

 翻訳物の軍事物としては、文章は比較的に読みやすい部類。距離や重さなどの単位はメートル法なのは嬉しいが、金額がルーブル単位なのはちと辛い。また、軍の規模を示す際に「○個師団」とか出てくるんだが、軍事に詳しくないとわからない上に、国と時期により師団の規模が違ったりする。Wikipedia によると「6千人から2万人」だとか。組織の単位としちゃ大きい方から 師団>旅団>連隊>大隊。また、「自動車化狙撃(師団|連隊)」とかが出てくるが、ソ連の「狙撃~」は西側の「歩兵~」に該当する(→Wikipediaの自動車化歩兵)。

【構成は?】

  凡例
  プロローグ
第1部
 第1章 失われた楽園
 第2章 悲劇の始まり
 第3章 介入の決断
 第4章 大統領宮殿急襲
 第5章 余波
第2部 戦争の惨禍
 第6章 第40軍出撃
 第7章 国づくり
 第8章 軍隊生活
 第9章 戦闘
 第10章 荒廃と失望
第3部 長いお別れ
 第11章 帰郷
 第12章 橋への道
 第13章 戦争は続く
 第14章 英雄にふさわしい土地
  エピローグ
  付録1 略年表
  付録2 第40軍団の戦力組成
  付録3 七者連合とその指導者たち
  付録4 インドシナ,ヴェトナム,アルジェリア,アフガニスタンの比較
  謝辞/訳者あとがき/写真クレジット/参考文献/出典について/原注/人名索引

 記述は原則として時系列順。冒頭で軽くアフガニスタンの歴史と軍事・政治状況を説明しているので、無理なく本書の内容に入っていける。第13章以降で、従軍した将兵の戦後まで記してるのは異色だが、同時に著者の視点を示してもいる。

【感想は?】

 ソ連のアフガニスタン戦争を扱った本という独特の視点であるためか、いろいろとレアな収穫が多い。期待通り、鉄のカーテンの向こうソビエト関連が垣間見え、ソビエトの勢力図・ソビエト軍の内情・ソ連の民衆の生活が伺えるのが嬉しい。ロシア、特にモスクワあたりの情報は比較的に手に入りやすいけど、中央アジア近辺は滅多にわからないし。

 と同時に、アフガニスタンの軍事・政治・社会状況が見えるのもいい。一時的な政治勢力はニュース等でわかっても、その基盤となっている地方・民衆レベルの感覚はなかなか掴めない。また、周辺国、特にパキスタンの思惑が、かなり明確に見えてきて、現在のアフガニスタン状況の底にある事情が飲み込めてくる。なぜビンラディンがパキスタンにいたのか、とか。

 付録4にあるように、ソ連のアフガン侵攻は幾つかの点でベトナム戦争と似ている。機械化した正規軍が地元のゲリラ戦に負けた事、現地の支持が弱い傀儡政権を大国が支えた事、泥沼に嵌った事、戦場が農業中心の国であり、母国と文化も気候も全く異なっている事、そして悲しいことに帰還兵が暖かく歓迎されなかった事。

 違う所もある。最も大きいのは敵の組織だろう。ベトナムでは比較的に統一された組織が相手だったが、ムジャヒディンは「七者連合」と書かれるように群雄割拠だ。しかも、各勢力同士でも争っている。なんでソ連軍を撃退できたのか謎だが、結局は地元の住民の支持が得られたのが大きかったんだろうなあ。この対立は現在も残っているので、現在のカルザイ政権も基盤は危うそうだ。

 著者はソ連駐在の経験があるためか、あまり悪し様にソ連を罵ってはいない。アフガン侵攻を決めたブレジネフ政権には批判的で、ゴルバチョフには同情的。エリツィンには好意的じゃないけど、プーチンは比較的いい評価をしてる感じ。

 侵攻の背景には、アフガニスタンの共産主義勢力PDPAの内輪もめがある。地方の農村出身者が多く急進的なハルク派 vs 都市出身者が多く穏健派のバルチャム派。政権に就いても互いに粛清しあい、何回かの政権転覆の後、急進的なハルク派が勝ちアミンが権力を握る。毛沢東の中国に倣い強引な変革を進めようとするアミンは多くの敵を作り民衆の支持を失う。

 これを懸念したソ連は穏健なバルチャム派のバブラク・カルマルを政権に据え維持するため、アフガン侵攻を決めた。ところがカルマルもハルク派を粛清し始める。当初はソ連軍を歓迎した民衆も、居座られるのは好まず次第に敵に回る。当然、グルブディン・ヘクマティアルなどパシュトゥンの原理主義勢力やタジク人のマスードなど民族主義者などは、最初から共産主義勢力と戦っている。もともと、四面楚歌だったわけ。

 主導したのはKGB。軍の将軍たちの何人かは「兵力が足らん」と慎重だったが、「すぐ終わるさ」と甘く見たKGBと政治家が侵攻を決める。撤退についても、早くズラかりたいゴルバチョフに対し、「今帰られたら俺保たないよ」と泣きつくカルマルって構図になる。当初は歓迎した一部の民衆も、民家を見境なく爆撃するソ連・共産主義勢力を憎み始める。

 一部のソ連将兵は医療技能を活用して民衆の人身把握に努めるが、焼け石に水。この「医療技術で人身把握」はかなり有効な模様で、アレクサンドル・カルツェフのエピソードは興味深い。医療技術と薬を村人に提供し好評を得たカルツェフが誘拐される。周囲は心配するが、「地元のムジャヒディンの兄弟が誤って自分を撃ってしまったので、カルツェフに治療するよう求めていた」。

 別の顧問の話が、あの土地の複雑さを示している。アフガニスタン軍(ソ連が支援してる側)の戦車が地雷で転覆しアフガン人将校一人が死んだ。一週間後、一人の老人と四人の屈強な男が沢山の武器を抱えソ連人顧問を訪ねてくる。もてなす顧問に対し、彼らは「死んだ男は我々の兄弟だ。我々はムジャヒディン側にいる」と告げる。爆発現場を縄張りとする反政府勢力の指揮官の名を、顧問は男たちに教える。老人たちは顧問に礼を述べ、「復讐を果たしに行った」。そういう土地なわけです、あそこは。

 他にも興味深いエピソードがありすぎるんで、今日はここまで。たぶん次回で終わる…はず。

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