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2013年3月27日 (水)

R・A・ラファティ「昔には帰れない」ハヤカワ文庫SF 伊藤典夫/浅倉久志訳

 彼は一党の最後のひとりといてよかった。
 何だと?偉大な個人主義者の最後のひとりか?今世紀の真に創造的な天才の最後のひとりか?まったき先駆者の最後のひとりなのか?
 ちがうちがう。彼は最後のドジ、まぬけ、うすのろ、阿呆だったのだ。
  ――最後のユリーマ

【どんな本?】

 レイフェル・アロイシャス・ラファティ、アメリカのSF作家。その作風は田舎の法螺話風だったり、神話風だったり、意味不明だったりするが、ほぼ唯一無二のスタイルであり、その作品は読者に強烈な印象を残す。この作品集は、ベテラン翻訳家の伊藤典夫と浅倉久志がタッグを組んだ、日本オリジナルの短編集であり、ラファティの作品では比較的にわかりやすい作品を多く含んでいる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年11月25日発行。文庫本縦一段組みで本文約441頁+伊藤典夫の解説11頁。9ポイント39字×16行×441頁=約275,184字、400字詰め原稿用紙で約688枚。長編小説ならちょい長め。

 ベテラン翻訳者の仕事だけあって、文章は翻訳物のSFとしては読みやすい部類。また、作風も基本的にホラ話なので、小難しい理科っぽいネタが出てきたら「なんかハッタリかましてるな」と思って結構。キリスト教、それもカトリックの影響を強く受けた作品が多いので、キリスト教関係に詳しいと、更に楽しめる。

【収録作は?】

 「昔には帰れないまでの」Ⅰ部と、「忘れた偽足」からのⅡ部に分かれていて、解説によるとⅠ部は比較的わかりやすい作品、Ⅱ部はヒネった作品が中心となっている。

素顔のユリーマ / Eurema's Dam / 伊藤典夫訳
 もの覚えの悪いアルバートは、何をやっても人に後れを取った。だが、彼には奥の手があった。機械を作り、それに代行させるのだ。学校では字を書く機械を作り、加減乗除をする機械を作り、更にそれを代数や二次方程式も解けるよう改造した。14蔡の時、自分のかわりに女の子と付き合う機械を作ったが…
 ハッカー必読。ハードウェアの人もソフトウェアの人も。ハッカーが便利なモノを作る動機ってのは、たいてい「面倒臭いなあ、これぐらい機械がやってくれてもいいじゃん」みたいな気持ちなわけで、アルバート君の気持ちもよく判る。「無能なもの、欠陥のあるものだけが発明するのだ」とか、名フレーズがいっぱい。
月の裏側 / Other Side of the Moon / 伊藤典夫訳
 ジョニー・オコナーは機械のように規則正しい生活をしている。毎晩おなじ時間におなじバス停で降り、同じ店で一杯飲んで、同じ時間に家につく。このバスに乗る人も、みなそれぞれ決まった時間に決まったバス停で降りる。だが、その日、ぼのブロンド娘はいつものバス停で降りなかった。
 いつもとは少しだけ違う道を辿り、オコナーが迷い込んだ世界は。皮肉が効いた掌編。
楽園にて / In the Garden / 伊藤典夫訳
 その衛星の一部の地域に、原生動物探知機は反応した。ばかりか、脊椎動物識別機・認識力走査機・超常知覚探知機まで反応した。スタークをキャプテンとする一行は、その天体の反応を示した一画へとリトル・プローブ号を向けた。彼らがそこに見たのは…
 カトリックの影響を強く受けたラファティならではの、50年代SF風味が懐かしい作品。最後のオチのキレが見事。
パイン・キャッスル / Pine Castle / 伊藤典夫訳
 その飲み屋は、やたらと暗かった。おまけに壁はざらざらで手に棘がささる。そうスティーヴン・ネクロスは愚痴る。失業中の曲芸飛行士、モリー・オロリーが宥める。「明かりがないくらいがちょうどいい明るさなのよ」。
 落ちる怖さ、蛇の怖さ、窒息の怖さ…。怖いことにも色々あるけど、最も怖いのは…。
ぴかぴかコインの湧きでる泉 / Bright Coins in Never-Ending Stream / 伊藤典夫訳
 町の人は、のろまで文なしの爺さんマシュー・クォインに閉口している。問題は、支払いの段になって、やたらと手間がかかるってことだ。おまけに、何度も繰り返される昔話がくどい。若い頃はピカピカの伊達男だったもんさ、と。今じゃ、それを聞くのは鳩やリスばかりだ。
 若い頃の自慢話がクドい上に、支払いのカウンターでやたらと手間取る爺さんって、そりゃ嫌われてもそうがない。なんで落ちぶれたのか、というと…
崖を登る / The Cliff Climbers / 伊藤典夫訳
 その崖を登ろうと挑戦した者は昔からいたようで、幾つかのメッセージが残っている。最初のものはリトル・フィッシュヘッドの手によるもので、「第三十六期の第三十六年にこの崖に登った」とある。
 これぞラファティの味。いかにもアメリカの田舎風の法螺話というか馬鹿話というか。
小石はどこから / Fall of Pebble-Stones / 伊藤典夫訳
 ビル・ソレルには困った癖がある。雨の後、19階にある自宅の窓から、小石を投げるのだ。ときおり、石は下の道を歩いている人にあたる。そして、いつもの警官が苦情を言いに駆け込んでくるのだ。
 これまたアメリカの田舎風の奇妙なお話。確かに、雨の後、家の軒下に出来た溝には小石が沢山つまっている。これはどこから来たのか、というと…
昔には帰れない / You Can't Go Back / 伊藤典夫訳
 ヘレンの亡き夫、ジョン・パーマーは骨や石くれを残して逝った。何十年もむかし、われわれが幼かった頃、ホワイト・カウ・タウンに出かけた時の思い出の品だ。ヘレンはムーン・ホイッスルを吹くのが巧かった。ホワイト・カウ・タウンは小さい町だった。
 仕掛けはやっぱりホラ話風だけど、オチはしんみりする。
忘れた偽足 / Old Foot Forgot / 伊藤典夫訳
 ドゥーク・ドクターの次の患者は、スファイリコス患者だ。病気にかからないはずの球体生物が言うには「わたしのなかに苦しんでいるものがあるのです。子どもの時分、一秒足らずのあいだ出して引っ込めた偽足のひとつが、怒って叫んで、もどりたいといいはるのです」
 やはり奇妙奇天烈な発想が展開するお話。ただのホラ話のような気もするけど、キリスト教関係の仕掛けがあるような気もする。
ゴールデン・トラバント / Golden Trabant / 浅倉久志訳
 パトリック・T・Kの店にやってきた男は、重そうな包みを抱えていた。男の抱え方で、パトリック・T・Kは、その中身と重さを見破った。鉄にしては重すぎる。プラチナにしては軽すぎる。男は、金塊を売りにきたのだ。早速、男は取引にかかった。「おれはもう売値を決めてある」
 その男、シルドは、どこから金塊を手に入れたのか。ハードボイルド風だけど、やっぱりラファティ味。
そして、わが名は / And Name My Name / 伊藤典夫訳
 クルディスタンの山地に、彼らは集まってきた。たいていのグループは七人で、または五人か九人だった。尾なし猿が、北極熊が、マンモスが、クロコダイルが、そして鯨が。世界中で、見えない動物にまつわる目撃報告や噂がとびかった。
 これぞラファティの本領。一見ばかばかしくて、でも神話っぽい。スケールが大きくて、終末感が漂うけど、決して悲劇的ではなく、妙な滑稽味があり、独特の世界観を感じさせる。
大河の千の岸辺 / All Pieces of a Rivershore / 浅倉久志訳
 金持ちのインディアン、レオ・ネーションは、何でも集めた。今、彼が凝っているのは、「世界一の長い絵」だ。友人のひとり、チャールズ・ロングバンクに、彼は語る。「サーカスや演芸場でよく見世物にされていた」。既にレオはおそまつな絵を20本と、まるきりちがう絵を3本手に入れていた。
 これまた、一見馬鹿馬鹿しいホラ話。今はあまり見ないけど、昔は日本でも、お祭りなどでは胡散臭い見世物小屋がよく出ていた。今でもあるのかなあ。
すべての陸地ふたたび溢れいづるとき / When All the Lands Pour Out Again / 浅倉久志訳
 三人の碩学が、重大な問題を話し合っている。ジョージ・ルーイル博士、ラルフ・アマース博士、ウィルバートン・ローマー博士。ルーイルは告げる。「はじめて起きたときも、いや、何度目に起きたときも、それは理解されなかった」「この世界と、その上を動きまわるすべてのものを一新する」
 でましたラファティの十八番、特異な能力を持つ数人のグループ。たぶんこの作品集の中で、最もカトリックの影響が濃い作品。私はオチの他にはアイルランドの蛇ぐらいしかわからなかったけど(→Yahoo!知恵袋)。
廃品置き場の裏面史 / Junkyard Thoughts / 浅倉久志訳
 ジャック・キャスの廃品置き場に、警察官のドラムヘッド・ジョー・クレスがきた。ジャック・キャスは乱杭歯で猪首で声の大きい、がさつで陽気な男だ。ジョー・クレスが追っているのは、上品なペテン師J・パーマー。確かにジャック・キャスの店には不審な事が多い。怪しげな品物が沢山あるし、盗品売買の嫌疑でしょちゅう逮捕もされる。
行間からはみだすものを読め / And Read the Flesh Between the Lines / 伊藤典夫訳
 バーナビー・シーン邸の古い空き部屋では、しばらく前から鳴動が続いていた。ジョージ・ドレイコス博士、ハリー・オドノヴァン、クリス・ベネデッィティの第一級の頭脳を持つ三人とわたしは、その古い部屋を調べてみた。二階の干し草置き場であり、物置小屋だ。
 「すべての陸地ふたたび溢れいづるとき」に続き、特異能力を持つ数人のグループが出演する作品。やっぱりカトリックの強い影響を感じるんだけど、詳しくないのでようわからんです。
1873年のテレビドラマ / Selenium Ghosts of the Eighteen Seventies / 浅倉久志訳
 テレビの発明者はドイツのパウル・ニプコーで1884年のことだとされる。だが、“セレン”ドラマの第一作は、1873年にオーレリアン・ベントリーが製作したのだ。わたしは彼の古いテレビドラマの受像機と親映写機を集めた。そして、奇妙な現象が…
 Google で検索すると、オーレリアン・ベントリーは見当たらないが、パウル・ニプコー(→Wikipedia)は実在の人物。物語は、残された13本のドラマについて語られ…。普通に読んでも充分に楽しめるし、オチのキレもいい。ただ、13って数字には何かの意味があるような気が…

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