ダン・コッペル「バナナの世界史 世界を変えた果物の数奇な運命」太田出版 黒川由美訳
バナナの運命は何億という人々の運命でもある。この本を書いた目的は、バナナがいかに重要な食べ物であるか――そしていかにすばらしいものになりうるかを、できるだけ多くの人々に伝えるためである。
【どんな本?】
バナナは手軽だ。値段は手ごろだし、素手で皮をむけばすぐに食べられる。アスリートが急いで栄養補給するのに便利だし、パフェには欠かせない。日持ちしないけど、いつだってスーパーなどで売ってるし、熟して甘みが強くなったのが好きな人もいるだろう。
私たち日本人が日頃食べているバナナは、たった一つの品種「キャベンディッシュ」だけだ。これは、チャップリンが術って転んだ時の品種「グロスミッチェル」ではない。いつの間にか、流通するバナナの品種は変わっていたのだ。世界には千種を越えるバナナがある。食べられるのは実だけじゃないし、カレーに合うバナナだってある。
クリーミーで甘いバナナだが、その歴史は苦い。いくつもの政権がバナナに左右され、多くの人命を奪った。そして今、バナナそのものも大きな危機に瀕している。と同時に、アフリカでは、人の命をつなぐ重要な作物ともなっている。
手軽で黄色くてちょっとユーモラス。そんなバナナの、意外な歴史と現状を語る、社会と科学の美味しいドキュメンタリー。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は BANANA : The Fate of the Fruit That Changed the World, by Dan Koeppel, 2008。日本語版は2012年1月27日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約324頁。9.5ポイント44字×17行×324頁=約242,352字、400字詰め原稿用紙で約606枚。長編小説ならやや長め。
翻訳物のドキュメンタリーのわりに、文章は意外とこなれていて読みやすい。少しだけ生物学の話も出てくるが、あくまでも一般人を対象としているので、特に構える必要はない。小学校の理科をマスターしていれば、充分についていける。ただ、日本人には馴染みの薄い中南米の国名が頻繁に出てくるので、Google Map か地図帳があると便利かも。
【構成は?】
世界一、つつましい果実
第1部 バナナの系譜
1 そして神はバナナを造られた
2 バナナはこうして繁殖する
3 最初の農園
4 バナナの血脈
第2部 伝播
5 アジア
6 太平洋
7 アフリカ
8 アメリカ大陸
第3部 コーンフレークとクーデター
9 アメリカのバナナ
10 荒野を開拓する
11 なぜバナナの皮は人を笑わせるのか
12 バナナマン・サム
13 今日バナナはありません
14 人がバナナを作る
15 バナナ労働者虐殺事件
16 非人間的な共和国
17 商売をたたき直す
第4部 どこまでも貪欲に
18 活用されない知識
19 純然たる科学
20 第二の戦線
21 戦時も休まず
22 ブランド・バナナ
23 グアテマラ
第5部 さようなら、ミッチェル
24 キャベンディッシュ
25 瓦解
26 新しいバナナの登場
27 変わらぬ不正
28 バナナかけるバナナ
29 救世主と目された男
30 ゴールデン・チャイルド
第6部 新しいバナナ
31 パナマから遠く離れた地で
32 敵を知る
33 岐路に立つバナナ
34 フランケン・バナナ
35 本質は変わらない?
36 出口を見いだすために
年表――バナナの歩み/訳者あとがき
【感想は?】
意外性に溢れている。博物学的にも、社会的にも。
いつも私が食べているバナナが、たった一種の「キャベンディッシュ」だけ、というのも意外だし、千を越える品種がある、というのも意外。木だと思ってたら草木(多年生植物)だし。種がないのにどうやって増えるかというと、「“吸芽”という、やはり球茎から伸びる新芽を利用して行われる」。キャベンディッシュは、みんなクローンなのだ。下手すっと最初の農耕はバナナかもしれなくて、「紀元前5000ごろ、世界でもきわめて早期に作られた(ニューギニアの)この小さな古代農園で、バナナが栽培されていたことが確認された」。今のバナナは中国南部~インドあたりが原産らしい。インドはバナナの本場で…
料理用のバナナもあれば、生食用のバナナもあり、市場に行けば、黄色や緑だけでなく、オレンジや茶色、赤褐色のバナナが入手できる。
インドにおけるバナナの食文化を知れば、皮をむいて中身を食べるというのは、初歩の初歩だということがわかるだろう。バナナはカレーやシチューに入れて調理されるし、多くの地域では、葉も皿として使用される。肉の代用として平たいコロッケにして食べることもある。
ウガンダで「マトケ」という言葉は食べ物とバナナの両方の意味がある。日本語の「ごはん」みたいなモンか。そのウガンダ、国民ひとりあたりのバナナの消費量が230kg。すげえ。日本のコメより愛されてる。
ところが、そのバナナ、今は極めて危険な状況にある。主な原因は二つ、パナマ病とシガトカ病だ。パナマ病は真菌、シガトカ病はアブラムシの一種が媒介するウイルスによるもの。問題は、バナナに種がないこと。みんなクローンだから、一株がやられると全部やられる。グロスミッチェルが姿を消した理由も、これ。
にも関わらず、安定して供給が続くのはなぜか。答えは簡単、土地を使い捨てにしているのだ。ジャングルを切り開いてプランテーションを作り、育て、収穫する。そして病気が流行ったら、次の土地へと移る。合衆国のユナイテッド・フルーツなどがやっていたのが、これ。労働環境もアレで、ゴタゴタが起きる。1928年10月、コロンビアで…
三万二千人の労働者が参加した大ストライキである。彼らは医療サービスや適切なトイレ用設備を要求した。賃金も、ユナイテッド・フルーツ社が所有する店でしか使えない紙切れでなく、現金で支払うよう求めた。
この結末を報告したのが、米国大使キャフェリー。
「謹んでご報告いたします」
「ボゴタにいるユナイテッド・フルーツ社の代表者から昨日知らされたところによると、コロンビア軍が殺害したストライキの参加者は千名を超えておりました」
ユナイテッド・フルーツ社、合衆国政府、コロンビア政府が一体となって事態にあたったわけ。グアテマラではCIAも出張って大統領ハコボ・アルベンスを追いつめる。この時の状況も凄い。「同社は、グアテマラの耕作可能地の70パーセントを占める160万ヘクタール以上の土地を所有していた」「バナナ会社の保有する土地の3/4以上が、休耕地だった」。
土地改革で休耕地を摂取する。代価は60万ドル。抗議するユナイテッド・フルーツ、「安すぎるだろJK」。切り返す政府「これは同社が提出する納税申告諸に基づいて算出した額」。折りしも合衆国はマッカーシー旋風が吹き荒れる最中。アルベンスにアカの烙印を押し、「1953年の半ば、米国のアイゼンハワー大統領は、CIAにアルベンス政権失脚工作の許可を与えた」。このあたりは、ティム・ワイナーの「CIA秘録」にも出てたような気がする。
諸々の原因はパナマ病やシガトカ病などの病気。品種改良で病気に強い品種を作ろうにも、なにせバナナには種がない。いや野性のバナナにはあるんだけど、キャベンディッシュにはないのだ。「一万本のバナナから、ようやく一粒の種がみつかる」。それでもなんとか一品種「ゴールド・フィンガー」を作り出す研究者フィル・ロウ。その味、著者は「ものすごく気に入った」。
味も感触もキャベンディッシュとは違う。果肉はキャベンディッシュよりぽってりと重く、それほどクリーミーではない。味は酸味があり、ブラジルのプラタと同じくらい酸っぱかった。
ああ、食べてみたい。
蒸気船の時代と異なり、現代は病気の蔓延速度も速い。パナマ病に強いはずのキャベンディッシュも、マレーシアで罹患し、被害は広がりつつある。ベルギーのバナナ研究者ロニー・スウェンネンなどは遺伝子組み換えなどで新種のバナナを開発し、ナイジェリアなどで効果をあげているが、国によっては消費者のアレルギーが遺伝子組み換え作物を拒む。タンザニアの実地試験場でのスウェンネンの体験談が面白い。
このとき、予想もしていなかった出来事があり、スウェンネンの試験は飛躍的に拡大することになった。バナナは非常においしく育ったので、地元農家が夜間にこっそりとプランテーションに忍びこんで手に届くものを奪いとると、自分の庭の畑に植えたのだ――この行為によって、スウェンネンが改良したバナナが非常に広く認知される結果となった。
ジャガイモと似てるね。そういえば、遺伝的な多様性を持たない品種が絶滅の危機に至り社会を揺るがしたのも、ジャガイモに似てる(→Wikipedia)。ヒトは、いつになったら歴史から学ぶんだろう。
読み終えて買い物に行ったら、思わず八百屋で目についたバナナを買ってしまった。低温で保存するほうが保つそうです。
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