« ブライアン・グリーン「隠れていた宇宙 上・下」早川書房 竹内薫監修 太田直子訳 2 | トップページ | ダン・コッペル「バナナの世界史 世界を変えた果物の数奇な運命」太田出版 黒川由美訳 »

2013年2月28日 (木)

SFマガジン2013年4月号

「父は死んだ。母も。叔母は七年前に死んだ。それから、兄が霧を渡るのを見送って三年になるわ。あれは完璧な日だった。穏やかで晴れて。でも、兄はもどれなかった。あの日、川が不機嫌だと感じられたわたしにかわりに行ったのよ。本当だったら死んでいたのはわたしだった。そんなふうに理解している」
  ――キジ・ジョンスン「霧に橋を架けた男」後編 三角和代訳

 280頁の標準サイズ。今月の特集は「ベストSF2012」上位作家競作として、円城塔/チャイナ・ミエヴィル/長谷敏司/パオロ・バチガルピが登場。他に先月の続きでキジ・ジョンスン「霧に橋を架けた男」,樺山三英「無政府主義者の帰還」第三回完結編,そして草上仁「ドラゴンスレイヤー」。また誰か原稿を落と

 円城塔「コルタサル・パス」。21世紀のサンフランシスに出かけたぼく、イシュメイル。目的は、ある人物にインタビュウすること。同行者はクィ。同行ったって、コム経由なんだけど。コムってのはあれだ…って、まあいい。まあなんにせよ、ぼくとクィはコミュニケーションが取れてるんだから。
 「コムとはなにか」について、冒頭でいかにも円城塔らしい言葉遊びがあって、「ああ、そうだよな、この作家はこういう芸風だったよね」などと、もうすっかりお馴染みの風味になりつつあるなあ、この人。お話の方は、というと、どうも最近話題の「PC遠隔操作事件」を思い浮かべながら読むと、ちと切迫感があったり。タイミングがいいんだか悪いんだか。

 チャイナ・ミエヴィル「コヴハイズ」。ドゥーガンと娘は、木曜日の深夜、泊まったダニッチのB&Bから静かに抜け出し、コヴハイズへと車で向かう。そこは海辺。車を降り、見つからないよう注意しながら、進入禁止の標識の向うへと進む。もう少しだ。あと2~3時間で…
 「都市と都市」同様、トコトン馬鹿馬鹿しい話を、徹底して真面目に書いた話。ヴィジュアルだけなら、キン肉マンとかプリキュアとか、そーゆーレベル。ちょっとブラッドベリの往年の名作を思わせる雰囲気もあったりする。アクションな場面は、むしろトランスフォーマーか?

 パオロ・バチガルピ「小さき供物」。マヤ・オングは分娩台で、上下に分割されている。分娩台シートの上では、夫が手を握って励ましている。下は裸で、鎮痛剤と陣痛促進剤を流され、下腹を収縮させ、胎児は産道を下がってくる。マヤに予備分娩を薦めたのはわたしリリー・メンドーサだ。だが、マヤは幻覚に惑わされ…
 ある程度以上の年齢の人だと、サリドマイド(→Wikipedia)や水俣病(→Wikipedia)を連想するんじゃなかろか。有害な物質が人体内で濃縮され、特に妊娠中の女性の場合は…ってなアレで、それを防ぐための手段が予備分娩。まあ名前でだいたい想像つくだろうけど、そういう事。相変わらずこの著者らしい絶望的な世界観が漂っている。

 長谷敏司「Hollow Vision」。噂の BEATLESS と同じ世界の話…って、BEATLESS まだ読んでないけど。高度約35,800kmの静止軌道、軌道エレベーターのリーリュー軌道ステーションに到着したヘンリー。目的地は、高軌道工場地帯への中継ステーション。出迎えのシャンシーに導かれセキュリティゲートへと向かい…
 これは、濃い。チャールズ・ストロスの路線で、コンピュータが小型化して相互がネットワーク接続され分散処理たらどうなるか、徹底して考え抜き、次から次へと目まぐるしくアイデアを繰り出してくる。正直言ってかなり読みにくい作品だが、その読みにくさこそがこの作品の醍醐味。頭がクラクラしそうなガジェットを、惜しみなく投入してくるからたまらない。また、BEATLESS と共有してるらしく、「見た目」にも拘っているのが嬉しい。こりゃ星雲賞日本短編部門候補は間違いなし。SFとしてかなりディープな作品なので、覚悟して読もう。渾身の力作。

 樺山三英「無政府主義者の帰還」最終回。ユーラシアの東端、嚝野に寄り添う建物の群。この街を訪ねた青年が一人、猥雑な旧市街へと向かう。彼が訪れたのは阿片窟。そこで見つけた男に、彼は語りかける。「こんなところにいたのですね」「起きてくださいO」
 Oのモデルは、やっぱり彼だった。映画をダシに、昭和前半の歴史を、そして現在の世界も照射しようとする試み…なのかな?

 草上仁「ドラゴンスレイヤー」。ベテランのドラゴンスレイヤー杉浦。かつてはともかく、今の業界は営業手腕がないとやっていけない。今月も杉浦の契約件数はゼロだ。営業所長の蓑田にイヤミを言われ、だが若手ながらトップの営業成績を誇る山本と同行し、営業のイロハを教わる羽目に。
 これまた、ある意味キャッチー…と思ったけど、今後も似たような商売は尽きないだろうし、かなり普遍的なネタ。山本の手口を、杉浦が某漫画のスピードワゴンよろしく詳しく解説している部分は、現代人なら必読。今は直接だけでなく、何気なくつけたTVでやってたりするから怖い。

 キジ・ジョンスン「霧に橋を架けた男」。ついに工事で起きた死亡事故。平静を装い仕事に励むキット。左岸町から戻ってきたラサリは、《ビッチ》の酒場で、強がるキットに語りかける。「あなたは大丈夫じゃない。彼女は死んで、その原因はあなたの橋だった」
 橋の建築が進んでいく工程のひとつひとつが、臨場感たっぷりとスリリングに描かれる。機械化が進んでいる今も、事故の危険はなくなっちゃいないわけで、似たようなもんなんだろうなあ。橋と渡し守ってのは、経済学でもよく使われるメタファ。橋が架かれば地域が持つ意味も変わってきて、そこに住む人も大きな影響を受ける。変えてゆく者と、変えられる者。移動を繰り返す職業集団と、定住する者、そして孤独な道を選ぶ者。それでもやっぱり、前に進みたいやね。

 長山靖生「SFのある文学誌」。前回に続き、「世界をいかに旅するか 明治のヴェルヌ・ブーム」。明治時代でも続々と紹介されるヴェルヌ作品。ウェルズと違い、ヴェルヌが科学的・経済的な実現性を重視して作品を書いた由を紹介している。地球脱出速度までチェックしていたとは。日本での評価の変転も興味深い。当初は科学性が評価されたが、やがて虚構だと知れ渡り、次には冒険性が評価される、と。要はお話が面白かったから、後付でウケのいい理由をこじつけたんじゃなかろか。

 大野典宏「サイバーカルチャートレンド」。今回は家電ばかりか家そのものを賢くして家庭内のエネルギー制御しようとするHEMS(Home Energy Management System)のお話。キャサリン・M・ヴァレンテ「静かに、そして迅速に」の卵かい。意外と自動車メーカーが先行して実績を作りそうな気がする。あれも一種の「居住環境」だし、燃費に直結するし、「誰がボスか」で揉めないし。コストの要求は厳しいけど。

 橋本輝幸「世界SF情報」。ローカス・ベストセラーリストのハードカバー部門4位に「ホビットの冒険」が入ってる。やっぱり映像の力は凄いなあ。

 堺三保「アメリカン・ゴシップ」も「ホビット」の話。従来の秒間24コマではなく秒間48コマを使うHRR(High Frame Rateかな?)が、一部では不評だとか。曰く「映画らしい映像に見えなくて、安っぽく感じる」。確かテレビは秒間30コマなんで、その印象があるのかも。エレキ・ギターも、シールドがワイヤレスに変わったとき、「なんかキンキンした音だよね」と一部で不評だったのを思い出す。エディー・ヴァンヘイレン曰く「それ高周波がシールドに食われてただけだよ、これが本来の音」。理屈じゃ判っても、思い込みってのは、けっこう強固なんだよなあ。

 果たして「星界の戦旗 Ⅴ」は予告どおり出るのだろうか。

|

« ブライアン・グリーン「隠れていた宇宙 上・下」早川書房 竹内薫監修 太田直子訳 2 | トップページ | ダン・コッペル「バナナの世界史 世界を変えた果物の数奇な運命」太田出版 黒川由美訳 »

書評:SF:小説以外」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/201750/56860742

この記事へのトラックバック一覧です: SFマガジン2013年4月号:

« ブライアン・グリーン「隠れていた宇宙 上・下」早川書房 竹内薫監修 太田直子訳 2 | トップページ | ダン・コッペル「バナナの世界史 世界を変えた果物の数奇な運命」太田出版 黒川由美訳 »