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2013年2月 6日 (水)

ハンヌ・ライアニエミ「量子怪盗」新☆ハヤカワSFシリーズ 酒井昭伸訳

「おれはジャン・ル・フランブール。自分がこれはと決めたものを、気の向くままに盗む。ここを出ていくのも、おれがそうと決めたときだ。それ以外のときに出ていく気は毛頭ない。じっさい、ここはとても気に入っていて――」

【どんな本?】

 フィンランド出身で数学の学士号と数理物理学の博士号を持つ著者による、デビューSF長編。遠未来、太陽系全体に人類が拡散し魔法のような技術が普及した世界を舞台に、惜しみなくアイデアをガジェットをブチ込み、伝説の怪盗ジャン・ル・フランブールと美少女エミリ&蜘蛛の巣船ペルホネンの活躍を描く、ワイドスクリーン・バロック風味な新時代のスペースオペラ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Quantum Thief, by Hannu Rajaniemi, 2010。日本語版は2012年10月15日発行。新書版ソフトカバー縦二段組みで本文約439頁。9ポイント24字×17行×2段×439頁=約358,224字、400字詰め原稿用紙で約896枚。長編としては長め。

 はっきり言って、かなり読みにくい。と言っても、訳文が悪いわけじゃない。そういう小説なのだ。次から次へと新規で珍しいアイデアやガジェットや人物?が出てきて、細かい説明は後回しになる。またサイバーパンク風に、漢字にカタカナのルビを振るスタイリッシュな文体なため、単位あたりのテキストの情報量がやたら多い。裏表紙でチャールズ・ストロスを引き合いに出しているのは適切な例えだろう。濃~いSFにドップリ浸りたい人向け。

【どんな話?】

 <ジレンマの監獄>に捉えられ、看守の精神体<偽神(アルコーン)>に“囚人のジレンマ”を繰り返し強要されている、ジャン・ル・フランブール。かつては怪盗として名をはせた男。彼を監獄から脱走させたのは、左の頬に傷のある濃い褐色の肌の少女、ミエリと、彼女の船ペルホネン。何者かの指図で動いてるらしきミエリが、ジャンに依頼した仕事、それは「ジャンの過去」だった。

 火星の「忘却の都市」(ウブリエット)。チョコレート工場で、一人の男が死んだ。マルク・デヴロー、有身貴族(ノーブル)、ショコラティエ。事件は精神誘拐だ。義人(ツァディーキム)の<紳士>に捜査協力を求められたイジドールは、現場を調べ始め…

【感想は?】

 濃縮400%のスペース・オペラ。出だしから「戦闘マインド」やら「偽神」やら「精神共同体(ソボールノスチ)」やらのガジェット盛りだくさんで、何が起こっているのかよく判らなかったりする。かと思えば、「銀のコルト」なんてクラシックな物も出てきたり。

 そう、道具立ては極めて先鋭的どころかエッジの向うに飛び出してる感があるけど、その中で展開するドラマは意外と王道。美少女ミエリに助け出された怪盗ジャン・ル・フランブールが、己の過去を探りに火星の都市へと潜入し、名探偵イジドールと対決し…という筋立て。

 コルトとゲーム理論の組み合わせに代表されるように、懐かしささえ感じさせる古典的なアイテムと小難しい屁理屈の組み合わせも、この作品の特徴だろう。中でも印象に残るのは、名探偵イジドールの武器<拡大鏡>。見た目は虫めがね、でもその能力は…。こういう、「古典のお約束」を、驚異的にテクノロジーが発達した世界に、巧いこと理屈をつけて蘇らせる手際の見事さが、この作品の美味しいところ。

 フィンランド出身のためか、多彩な言葉の使い方も、SFの魅力であるセンス・オブ・ワンダーを際立たせている。広場(アゴラ)はラテン語かな?精神共同体(ソボールノスチ)はロシア語っぽい。携帯時計(サイフ)は、どう見ても日本語。ペルホネンはフィンランド語かな?こういう、耳慣れない語感が新しさでもあり、読みにくさでもあり。

 物語は怪盗 vs 名探偵の形だけど、著者は明らかに怪盗に肩入れしてる。解説にあるように、主人公のジャン・ル・フランブールは明らかにモーリス・ルブランの怪盗ルパンへのオマージュだろう。泥棒だけに、お行儀もいいとは言えない。ミエリと出会って早々に手並みを披露するあたりは、「うんうん、やっぱりこうでなくちゃ」と嬉しくなる。

 手癖が悪いだけじゃない。富豪のパーティーに予告状を出し、華麗な盗みのテクニックを見せてくれるのも、読みどころのひとつ。つい銭形のとっつぁんの台詞を言いたくなる場面まであったりする。

 でも、実のところ、私はルパン三世より寺沢武一の「コブラ」を思い浮かべながら呼んでいた。レデイに当たるのが褐色の美少女ミエリ。ところがレデイみたく従順じゃなくて、とんでもねえはねっかえりのボクっ娘。腹に一物持ってるあたりは不二子ちゃんだけど、緊急時の戦闘力はジャンをはるかに上回る。生真面目で使命に忠実、なかなかジャンに靡かないのもヒロインとしては魅力的。

 レデイに近いキャラなのは、ペルホネンかな。従順というより冷静で、これまた凄まじい能力を見せてくれる。ジャンに明らかな敵意を見せるミエリと、飄々としたジャンの間に立って、なんとかチームを纏め上げているのが彼女(?)。冷静沈着なだけじゃなくて、案外とお茶目な所もあるのが可愛い。実はペルホネンこそヒロインな気がする。生い立ちを考えると、ミエリより若いはずだし←黙れロリコン

 などという人物像もさることながら、この物語を際立たせているのが、異様な世界観。解説によれば、この作品はシリーズの開幕編らしく、今後も物語は続く模様。そのためか、本作では舞台の一部しか明らかになっていない。が、冒頭から木星が消えていたり、精神の「アップロード」が可能になってたり、かなりの異変が明らかにされる。

 主な舞台は火星の「忘却の都市」(ウブリエット)。ここの街中の様子も、外から見た街の様子も、凝りに凝っている。物理的な姿もさることながら、まず気がつくのは文化的なもの。結界(グヴロット)/拡張メモリー/プライバシー・フォグが生み出す、現代のソーシャル・ネットワークを極限まで進歩させたような社会。まあ、それはそれで穴はあるんだけど。

 また、静者や青年貴族などの言葉が暗示する、もう一枚めくった社会構造も、グロテスクな面白さがある。人格のアップロード・ダウンロードが生む問題に対する、残酷だが合理的な解答。それはそれで楽しいような、厳しいような。とまれ、経済活動は活発になる気がする。

 SFの地平を切り裂き押し広げる、想いっきりディープで濃いスペース・オペラ。並みのSFじゃ満足できないSFジャンキー向けの、とことんブッ飛んだワイドスクリーン・バロック。一気に大量に摂取すると眩暈は確実。時間を取って、じっくり味わおう。

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