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2013年2月の14件の記事

2013年2月28日 (木)

SFマガジン2013年4月号

「父は死んだ。母も。叔母は七年前に死んだ。それから、兄が霧を渡るのを見送って三年になるわ。あれは完璧な日だった。穏やかで晴れて。でも、兄はもどれなかった。あの日、川が不機嫌だと感じられたわたしにかわりに行ったのよ。本当だったら死んでいたのはわたしだった。そんなふうに理解している」
  ――キジ・ジョンスン「霧に橋を架けた男」後編 三角和代訳

 280頁の標準サイズ。今月の特集は「ベストSF2012」上位作家競作として、円城塔/チャイナ・ミエヴィル/長谷敏司/パオロ・バチガルピが登場。他に先月の続きでキジ・ジョンスン「霧に橋を架けた男」,樺山三英「無政府主義者の帰還」第三回完結編,そして草上仁「ドラゴンスレイヤー」。また誰か原稿を落と

 円城塔「コルタサル・パス」。21世紀のサンフランシスに出かけたぼく、イシュメイル。目的は、ある人物にインタビュウすること。同行者はクィ。同行ったって、コム経由なんだけど。コムってのはあれだ…って、まあいい。まあなんにせよ、ぼくとクィはコミュニケーションが取れてるんだから。
 「コムとはなにか」について、冒頭でいかにも円城塔らしい言葉遊びがあって、「ああ、そうだよな、この作家はこういう芸風だったよね」などと、もうすっかりお馴染みの風味になりつつあるなあ、この人。お話の方は、というと、どうも最近話題の「PC遠隔操作事件」を思い浮かべながら読むと、ちと切迫感があったり。タイミングがいいんだか悪いんだか。

 チャイナ・ミエヴィル「コヴハイズ」。ドゥーガンと娘は、木曜日の深夜、泊まったダニッチのB&Bから静かに抜け出し、コヴハイズへと車で向かう。そこは海辺。車を降り、見つからないよう注意しながら、進入禁止の標識の向うへと進む。もう少しだ。あと2~3時間で…
 「都市と都市」同様、トコトン馬鹿馬鹿しい話を、徹底して真面目に書いた話。ヴィジュアルだけなら、キン肉マンとかプリキュアとか、そーゆーレベル。ちょっとブラッドベリの往年の名作を思わせる雰囲気もあったりする。アクションな場面は、むしろトランスフォーマーか?

 パオロ・バチガルピ「小さき供物」。マヤ・オングは分娩台で、上下に分割されている。分娩台シートの上では、夫が手を握って励ましている。下は裸で、鎮痛剤と陣痛促進剤を流され、下腹を収縮させ、胎児は産道を下がってくる。マヤに予備分娩を薦めたのはわたしリリー・メンドーサだ。だが、マヤは幻覚に惑わされ…
 ある程度以上の年齢の人だと、サリドマイド(→Wikipedia)や水俣病(→Wikipedia)を連想するんじゃなかろか。有害な物質が人体内で濃縮され、特に妊娠中の女性の場合は…ってなアレで、それを防ぐための手段が予備分娩。まあ名前でだいたい想像つくだろうけど、そういう事。相変わらずこの著者らしい絶望的な世界観が漂っている。

 長谷敏司「Hollow Vision」。噂の BEATLESS と同じ世界の話…って、BEATLESS まだ読んでないけど。高度約35,800kmの静止軌道、軌道エレベーターのリーリュー軌道ステーションに到着したヘンリー。目的地は、高軌道工場地帯への中継ステーション。出迎えのシャンシーに導かれセキュリティゲートへと向かい…
 これは、濃い。チャールズ・ストロスの路線で、コンピュータが小型化して相互がネットワーク接続され分散処理たらどうなるか、徹底して考え抜き、次から次へと目まぐるしくアイデアを繰り出してくる。正直言ってかなり読みにくい作品だが、その読みにくさこそがこの作品の醍醐味。頭がクラクラしそうなガジェットを、惜しみなく投入してくるからたまらない。また、BEATLESS と共有してるらしく、「見た目」にも拘っているのが嬉しい。こりゃ星雲賞日本短編部門候補は間違いなし。SFとしてかなりディープな作品なので、覚悟して読もう。渾身の力作。

 樺山三英「無政府主義者の帰還」最終回。ユーラシアの東端、嚝野に寄り添う建物の群。この街を訪ねた青年が一人、猥雑な旧市街へと向かう。彼が訪れたのは阿片窟。そこで見つけた男に、彼は語りかける。「こんなところにいたのですね」「起きてくださいO」
 Oのモデルは、やっぱり彼だった。映画をダシに、昭和前半の歴史を、そして現在の世界も照射しようとする試み…なのかな?

 草上仁「ドラゴンスレイヤー」。ベテランのドラゴンスレイヤー杉浦。かつてはともかく、今の業界は営業手腕がないとやっていけない。今月も杉浦の契約件数はゼロだ。営業所長の蓑田にイヤミを言われ、だが若手ながらトップの営業成績を誇る山本と同行し、営業のイロハを教わる羽目に。
 これまた、ある意味キャッチー…と思ったけど、今後も似たような商売は尽きないだろうし、かなり普遍的なネタ。山本の手口を、杉浦が某漫画のスピードワゴンよろしく詳しく解説している部分は、現代人なら必読。今は直接だけでなく、何気なくつけたTVでやってたりするから怖い。

 キジ・ジョンスン「霧に橋を架けた男」。ついに工事で起きた死亡事故。平静を装い仕事に励むキット。左岸町から戻ってきたラサリは、《ビッチ》の酒場で、強がるキットに語りかける。「あなたは大丈夫じゃない。彼女は死んで、その原因はあなたの橋だった」
 橋の建築が進んでいく工程のひとつひとつが、臨場感たっぷりとスリリングに描かれる。機械化が進んでいる今も、事故の危険はなくなっちゃいないわけで、似たようなもんなんだろうなあ。橋と渡し守ってのは、経済学でもよく使われるメタファ。橋が架かれば地域が持つ意味も変わってきて、そこに住む人も大きな影響を受ける。変えてゆく者と、変えられる者。移動を繰り返す職業集団と、定住する者、そして孤独な道を選ぶ者。それでもやっぱり、前に進みたいやね。

 長山靖生「SFのある文学誌」。前回に続き、「世界をいかに旅するか 明治のヴェルヌ・ブーム」。明治時代でも続々と紹介されるヴェルヌ作品。ウェルズと違い、ヴェルヌが科学的・経済的な実現性を重視して作品を書いた由を紹介している。地球脱出速度までチェックしていたとは。日本での評価の変転も興味深い。当初は科学性が評価されたが、やがて虚構だと知れ渡り、次には冒険性が評価される、と。要はお話が面白かったから、後付でウケのいい理由をこじつけたんじゃなかろか。

 大野典宏「サイバーカルチャートレンド」。今回は家電ばかりか家そのものを賢くして家庭内のエネルギー制御しようとするHEMS(Home Energy Management System)のお話。キャサリン・M・ヴァレンテ「静かに、そして迅速に」の卵かい。意外と自動車メーカーが先行して実績を作りそうな気がする。あれも一種の「居住環境」だし、燃費に直結するし、「誰がボスか」で揉めないし。コストの要求は厳しいけど。

 橋本輝幸「世界SF情報」。ローカス・ベストセラーリストのハードカバー部門4位に「ホビットの冒険」が入ってる。やっぱり映像の力は凄いなあ。

 堺三保「アメリカン・ゴシップ」も「ホビット」の話。従来の秒間24コマではなく秒間48コマを使うHRR(High Frame Rateかな?)が、一部では不評だとか。曰く「映画らしい映像に見えなくて、安っぽく感じる」。確かテレビは秒間30コマなんで、その印象があるのかも。エレキ・ギターも、シールドがワイヤレスに変わったとき、「なんかキンキンした音だよね」と一部で不評だったのを思い出す。エディー・ヴァンヘイレン曰く「それ高周波がシールドに食われてただけだよ、これが本来の音」。理屈じゃ判っても、思い込みってのは、けっこう強固なんだよなあ。

 果たして「星界の戦旗 Ⅴ」は予告どおり出るのだろうか。

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2013年2月25日 (月)

ブライアン・グリーン「隠れていた宇宙 上・下」早川書房 竹内薫監修 太田直子訳 2

この二人(レナード・サスキンドとヘーラルト・トホーフト)の大胆な思索家の提案によると、私たちが慣れ親しんでいる三次元の現実は、そのような遠くで起こっている二次元の物理現象をホログラフィーで投影したようなものだというのである。

【どんな本?】

 ブライアン・グリーン「隠れていた宇宙 上・下」早川書房 竹内薫監修 太田直子訳 1 から続く。

 物理学者であり、超ひも理論の現役研究者の著者が、現代の最新物理学が予想する奇怪な宇宙の姿――パッチワークイルト多宇宙・インフレーション多宇宙・ブレーン多宇宙・サイクリック多宇宙・ランドスケープ多宇宙・量子多宇宙・ホログラフック多宇宙・シミュレーション多宇宙・究極の多宇宙――を紹介すると共に、それを生み出す背景となった様々な最新の物理理論を解説する。

 また、これらの奇怪な宇宙論がもたらす科学界への衝撃と、それを巡る科学者間の論争を説き起こし、科学の意義や方法論、そして行く末を見据える、一般向けの科学解説書。

【感想は?】

 いろんな多宇宙を紹介してるけど、実は違いがよくわからなかったりする。とりあえずパッチワークキルト宇宙は直感的に掴みやすい。無限の広さがある世界にに無限の宇宙が漂ってる、それだけ。無限の概念が飲み込めれば、なんとかなる。

 インフレーション多宇宙以降は、かなり難しい…というか、著者も正確な説明は諦めていて、例え話に終始している。インフラトン場で量子ゆらぎが起き、適切なポテンシャル・エネルギーで転げ落ちたナニがインフレーション膨張をひき起こし…なんのこっちゃ。まあよくわからんが、次から次へと泡みたいな宇宙が生まれている、そういうモデルだ。

 ブレーン多宇宙は。「実はそぐ隣に別の宇宙があるんだけど、重力以外は相互作用しないから気づかないんだよ」かな?サイクリック多宇宙は、「周期的に他の宇宙と衝突して跳ね返ってるんじゃね?」。ランドスケープ多宇宙は「それぞれの泡宇宙が、自分より宇宙定数が小さい泡宇宙を続々と産んでる」。

 量子多宇宙は、SF好きな人には STEINS;GATE などでお馴染みの、「量子の観測で云々」って話。実はこの辺から哲学的な話になってきて、下巻は上巻より読みやすかったりする。

 シュレディンガー方程式は、確率で粒子の行方を示す。ここで著者はもっともな疑問を出す。「なんで確率なの?」「場合の数が無限なら、1%はどんな意味?」そう、無限の1%は、やはり無限なのだ。困ったね。私が最も納得できる解釈は、ヒュー・エヴェレットⅢ世のもの。「一般に、日常的な場面で私たちが確率をもち出すのは、知識が不完全だからである」。コイン投げの表裏も、投げる際の力やコインの形状を完全に把握できたら、予め計算できるだろう…力学が得意な人なら。計算に必要な変数の値が決まってないから、厳密に計算できない。

 さて。上巻の末尾で人間原理が出てきた。「なんでこの宇宙の様々な定数は、人間が生きるのに適した値なのか?」という問いが、はじまり。多宇宙論を持ち出すと、あっさり問いを放り投げられる。「いろんな定数の宇宙があって、その中にたまたま人間に都合のいい宇宙があったから、人間が発生したんだ。沢山の宇宙があれば、中にはひとつぐらい都合のいい宇宙が出来ることもある」と。

 ただ、この解は、同時に物理学の方向性を左右しかねない解でもある。「この定数がこの値なのは、なぜか?」という問いを、無意味にしてしまうからだ。全部、「偶然」でケリがついてしまう。引用しよう。

問題は深刻である。多宇宙を使わない普通の論法で十分に説明できる部分があるのに多宇宙をもち出すと、科学はその謎全体を解明する勢いを弱めてしまうかもしれない。

 「多宇宙」を「神」に置き換えると、深刻さがわかると思う。もちょっと科学っぽい例えなら、「エーテル」に置き換えてもいい。エーテルの場合、その存在を確認する方法があった(→Wikipedia)。結果は「そんなものはない」だったけど。が、多宇宙の場合は、理論上、観測できない。いや多分あるんだけど、現代の技術じゃ実現できない、というか、観測する方法が見つかっていない…今のところ。

 「あるかないか判らないなら、創ってみよう」と無謀な事を考える人もいて、「宇宙を作る」などと稀有壮大な話も出てくる。インフラトン場があるとすれば、理屈の上では作れるんだが、出来上がった宇宙は…

インフレーションの泡が周囲の環境をのみ込まないのは安心だが、その反面、肝心の宇宙創造がなされたという証拠がほとんどない。新しい空間を生み出すことによって広がる宇宙は、そのあと私たちの宇宙から切り離されるので、私たちには見えない。

 残念。私が美女と美少女にモテモテな宇宙は作れても、今の私には何の変化もないのだ。がっくり…と思ったら。

実際、新しい宇宙がくびれて切れるとき、その唯一の残りは(略)深い重力の井戸であり、私たちにはブラックホールに見える。そしてブラックホールの縁の向うを見ることはできないので、実験が成功したかどうかを確認することもできない。

 …あれ?じゃ、ブラックホールに飛び込めば、その向うは私がモテモテな宇宙かも←しつこい。まあ、その前に潮汐力でズタズタになるか、ホーキング放射で黒焦げになるんだけど。

 このホーキング放射の理屈が面白い。実は空間じゃ、量子が対生成され速攻で対消滅しているのだ。ところがブラックホールの事象の地平線の近辺だと、対消滅する前に片方が飛び出してしまう。正エネルギーの粒子が飛び出し、負の粒子が落ちると、ブラックホールはエネルギーを放射してるように見える。これがホーキング放射。その代償として、ブラックホールは負の粒子を飲み込み質量が減る。

 よくわからんが、ブラックホールはエネルギー源として使えるのか?と思ってしまう。次第に痩せていくにせよ、適度にゴミを食わせれば回復するだろうし…と思ったら。「ブラックホールの熱で夕食のバーベキューをするためには、その質量が地球の約一万分の一でなければならず」と、ちと難しそう。地球の質量が5.9742×1024kgだから、6×1017トン?いずれにせよ、押入れには収納できないなあ。

 などと、多宇宙論そのものがSFのネタとして面白い上に、他のエピソードもSF者の琴線を震わすものばかり。上巻はかなりキビしいが、下巻ではガラリと思弁的になって親しみやすくなる。完全に理解できる人は滅多にいないだろうけど、現代物理学の面白さは伝わってくる。楽しむコツは、「わからん所は読み飛ばす」こと。なんとかなります、多分。

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2013年2月24日 (日)

ブライアン・グリーン「隠れていた宇宙 上・下」早川書房 竹内薫監修 太田直子訳 1

 ひも理論のもっとも美しい特徴のひとつ(そして私がこの理論を学んだときにもっとも感動したところ)は、粒子の性質が余剰次元の大きさと形で決まることだ。

【どんな本?】

 「エレガントな宇宙」「宇宙を織りなすもの」など、最新の物理学が示す宇宙論を一般向けに解説した著作で知られる物理学者・超ひも理論研究者のブライアン・グリーンによる、ひも理論が導出する奇妙な宇宙像を、幾つかの多宇宙論を中心に紹介し、また現代の物理学が抱える問題点や「人間原理」などのキーワードを含め説き起こす、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Hidden Reality ; Parallel Universes and the Deep Laws of the Cosmos, by Brian Greene, 2011。日本語版は2011年7月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで上下巻、本文約277頁+267頁+監修者あとがき8頁。9.5ポイント43字×16行×(277頁+267頁)=約374,272字、400字詰め原稿用紙で約936枚。長編小説なら2冊分。

 正直に言う。何回か、寝た。竹内薫監修とあるわりに、意外と日本語はこなれていない。多分、監修作業は科学面の正誤チェックに留めたんだろう。それ以上に、内容が難しい。まあ予想通りなんだけど。

 この本の特徴は、なるべく数式を使わず、巧みな比喩で読者にイメージさせようと努力している点。しかも、冒頭で、読み方を指示している。

  • 地の文はなるべく読んで欲しい。
  • 上下を罫線で囲った部分は難しいので飛ばしてもいい。
  • 本格的な数式は巻末の注につけたので数学が得意な人は試してみよう。

 ってんで、指示を頭に入れて読んでるんだが、それでも結構しんどい。まして巻末の注はになると完全にお手上げだった。地の文だけなら、高校生でも読みこなせるだろう。恐らく最大の障壁は、数学の「次元」の概念。

【構成は?】

上巻
  はじめに
 第1章 現実の境界――並行宇宙について
 第2章 終わりのないドッペルゲンガー――パッチワークキルト宇宙
 第3章 永遠と無限――インフレーション多宇宙
 第4章 自然法則の統一――ひも理論への道
 第5章 近所をうろつく宇宙――ブレーン多宇宙とサイクリック多宇宙
 第6章 古い定数についての新しい考え――ランドスケープ多宇宙
  原注/事項索引/人名索引
下巻
 第7章 科学と多宇宙――推論、説明、予測
 第8章 量子測定の多世界――量子多宇宙
 第9章 ブラックホールとホログラム――ホログラフック多宇宙
 第10章 宇宙とコンピュータと数学の実在性――シミュレーション多宇宙と究極の多宇宙
 第11章 探求の限界――多宇宙と未来
  監修者あとがき/参考文献/原注/事項索引/人名索引

【感想は?】

 今の所、上巻しか読み終えていないのだが。SF者、特にスティ-ヴン・バクスターやグレッグ・イーガンが好きな人なら、なるべく早く読んでおいた方がいい。私は今になって「虚空のリング」の仕掛けがわかり、唖然としている。

 いや「なんか変だよなあ」とは思っていたんだ。超ひも理論のひもって、量子力学で言う量子みたいな「宇宙の基本的な構成要素」だとい思ってたから、それが銀河サイズにまで伸びるのは変だよなあ、と。でも、この本によると、あり得るんだよね。

正しくは、ひもの長さはそのエネルギーで決まる。電子、クォーク、その他既知の粒子の場合、質量と等価のエネルギーは非常に小さいので、それに相当するひもは本当にごく小さい。しかしひもに十分なエネルギーを注入すれば、長く伸ばすことができる。

 他にも「カラビ=ヤウ多様体(→Wikipedia)」なんて言葉が出てきて、「あ、これ、ロバート・チャールズ・ウィルスンの連環宇宙に出てきたな」とか。冒頭のパッチワークキルト宇宙が提示する世界は、グレッグ・イーガンの塵理論の空間版かい、ってな感じで。

 SFを例に出したけど、この本で提示される宇宙の姿は、そこらのSFを完全に超えている。私が今まで読んだ中で、スケールの大きさで思いつくのはポール・アンダースンの「タウ・ゼロ」だけど、出だしの「パッチワークキルト宇宙」からして、フィクションを軽く越えている。無限の大きさの空間(?)の中に無限の数の宇宙があって、それぞれの距離は無限に近く離れてて、だから互いに他の宇宙に気がつかない。無限の数の宇宙があるんだから、中にはこの宇宙とソックリなのもあって…

 次の「インフレーション多宇宙」では、思い違いを正された。「ビッグバンの直後に急激に膨張した」って理屈だtろ思ってたんだが、これはまちがい。初期の膨張はゆっくりで、その後、「とてつもなく高速でしかも加速する一方の膨張――インフレーション膨張と呼ばれる――が、ごく短いあいだ爆発的に起こった」って理屈。この原因が、「斥力的重力」ってのが、ワクワクする。いわゆる反重力ですぜ。

 この反重力、実はアインシュタインも提案していた、というから面白い。スキモノには有名な宇宙定数(→Wikipedia)。この宇宙定数の運命も数奇で、アインシュタインは必死の研究の末に「やっぱ間違ってました」と降参したんだけど、最近になって「やっぱあるんじゃね?」となって復活してきてる。70億年前から、宇宙の「空間膨張の加速が始まった」。

斥力的重力は、空間に固有の属性である――空間一立方メートルはみな同じ外向きの押しを生むのだ。その強さは宇宙定数の値で決まる。したがって、宇宙の膨張によって二つの天体のあいだの空間が増えれば増えるほど、その二つの引き離す力は強くなる。約70億年前までに、宇宙定数の斥力的重力が勝利を収めたのだろう。

 …あれ?とすっと、宇宙が膨張するに従って空間が広がる=斥力的重力が生まれる、とゆー事になって、そのエネルギーはどこから調達してるんだろう?何か根本的な勘違いをしているような気もするが。

 まあいい。ここでは、むしろその測定方法が面白かった。要は遠くの星の遠ざかる速さを調べるんだが、問題は「その星までの距離」を、どうやって測るか、って点(速さは赤方偏移の量でわかる)。これに白色矮星の崩壊時の光を使った。白色矮星は太陽の1.4倍の質量になった時に崩壊・爆発する(超新星→Wikipedia)のがわかってるんで、爆発時の光の明るさがわかる。観測できた明るさで、距離がわかる。すげえ。

 けど超新星は銀河で「200~300年に一度しか起こらない」ので、数千の銀河をじっと観測してました、とさ。

 さて、お話は10次元または11次元の空間を必要とするひも理論を通し、「人間原理」や「選択バイアス」などの哲学的な問題を提示しつつ、物理学の危機とすら思える現在の状況を述べる下巻へと続く。

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2013年2月22日 (金)

「完本 池波正太郎大成13(剣客商売3)」講談社

 その試合について、秋山大治郎が父の小兵衛へ語るや、
「負けてやれ」
 即座に、小兵衛がいった。
  ――勝負

【どんな本?】

 昭和の大ベストセラー作家・池波正太郎の、「鬼平犯科帳」と並ぶ看板シリーズ「剣客商売」の合本第三弾。隠居したとはいいながら、持ち前の名声と野次馬根性のため事件が舞い込みまたは自ら首を突っ込み騒動が絶えない老剣客・秋山小兵衛と、その子で謹厳実直な秋山大治郎の剣客親子を中心に、大治郎の妻・三冬、御用聞きの弥七などに加え、色とりどりのゲストを迎えて展開する娯楽時代小説の連作短編集に加え、番外編の長編「黒白」を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 解題によると、初出は小説新潮1978年12月~1980年7月の短編14編+黒白は週刊新潮1981年4月~1982年12月。初刊は以下5冊。いずれも今は新潮文庫から文庫版が出ている。

  • 剣客商売 勝負 1979年11月10日
  • 剣客商売 十番斬り 1980年9月25日
  • 黒白 上/中/下 1983年2月25日

 単行本ハードカバー縦二段組で本文約705頁。8.5ポイント28字×25行×2段×705頁=約987,000字、400字詰め原稿用紙で約2468枚、長編小説なら5冊分の大ボリューム。

 ボリュームこそ多いものの、なんたってベストセラー作家・池波正太郎だ。文章はこなれてて読みやすい上に、お話の吸引力が抜群で、読み始めたら本を閉じるのに苦労する。長い連作物だが、この人の場合は途中から読み始めても大丈夫なように、重要な登場人物はそれとなく背景を紹介している。特に長編の「黒白」は、小兵衛が若い頃の話なので、短編より長編が好きな人は、ここから読み始めるのも、ひとつの手。こういう、長いシリーズで複数の入り口を用意するのも、ベストセラー作家ならではの気配りなんだろうか。

【収録作】

剣の師弟/勝負/初孫命名/その日の三冬/時雨蕎麦/助太刀/小判二十両/白い猫/密通浪人/浮寝鳥/十番斬り/同門の酒/逃げる人/罪ほろぼし/黒白(長編)

【感想は?】

 長編「黒白」は少し色合いが違うので、後でまた。

 他の短編は、ベテラン作家が波に乗って書いた雰囲気で、安定感は抜群。静かで渋い雰囲気の「剣の師弟」に始まるが、次の「勝負」では、パッと雰囲気が明るくなる。原則的に小兵衛と大治郎が交代で主役を務めるシリーズ、この時期は大治郎が主役だとメジャー調になるんだよなあ。なんたって新婚だし、立ち上げた道場も順調。おまけに妻の三冬は懐妊し…と、明るい話題にことかかない。まあ三冬の出番があって嬉しい、ってのはもちろんあります、はい。

 さて「勝負」。名が売れてきた大治郎。常陸の国・笠間八万石の城主・牧野越中守貞長は彼を剣術指南役にヘッドハントするも、大治郎はすげなく断る。仕方なく他の者を探し、候補に上がったのが谷鎌之助28歳。ここで牧野が駄々をこねる。「秋山を打ち破った者でなくてはならぬ」。人の仕官がかかった話、人情としては敢えて負けるのもアリだが、そこは融通が利かない大治郎。思い悩んだ末、父の小兵衛に相談すると…

 唐変木で嘘が下手、特に剣の事となるとますますスジを曲げられない大治郎と、何度も修羅場をくぐって経験豊富な小兵衛の対比もいいが、ここではゲストの谷鎌之助の剣客ゆえの「しょうもなさ」が光る。剣客に限らず、男ってのは、どうにも、こういうしょうもない事に拘るんだよなあ。是非とも再登場させて欲しい。今までも魅力的なキャラを容赦なく使い捨てにしてきた著者だから、あまし期待はできないけど。

 続く「初孫命名」は、ユーモラスで飄々とした味わいの話。初孫の命名に悩む小兵衛、兄弟子の松崎助右衛門に相談しようと出かけるが…。何年たっても、先輩後輩の関係ってのは変わらないもんで。肩を並べて修行したのはほんの数年。今は互いに60過ぎ、その後の付き合いの方が長いけど、やっぱり出会った頃の関係はずっと続く。相談ったって、松崎助右衛門は特別な知恵を出してるわけじゃないんだが、その一言が嬉しいんだよね。

【黒白】

 番外編。主人公は、波切八郎と若き日の秋山子兵衛の二枚看板。父の後を継ぎ、波切道場を守る波切八郎。その日、彼の耳に入ったのは、門弟の永野新吾が道場破りをしている、という噂だった。ここ暫くは進境いちじるしい永野新吾だが、その殺気には高弟の三上達之助も警戒していたのだが…

 愛弟子の異変から始まる波切八郎の数奇な運命に、秋山小兵衛が絡む物語。著者曰く…

〔黒白〕は、たぶん、二人の剣客の物語になるだろう。
〔黒〕は悪、〔白〕は善である。

 なんぞと言ってるから、秋山小兵衛が善で波切八郎が黒か、などと思い込みそうだが、読むとそれほど単純じゃない。というか、多分書いてて著者も「…いや、これ、違うよな」と思ったらしい。終盤の小兵衛の台詞が、その辺を語ってる。むしろ、「黒白なんて簡単に色分けできるモンじゃないんだよね」みたいな話だ。

 まあ後(本編)の秋山小兵衛が、清濁併せ飲む妖怪と天狗を混ぜたような爺様だし。とまれ、やっぱりこの作品でキャラが立ってるのが波切八郎。出だしは後の大治郎を思わせる、真面目で剣ひとすじ、かなりの世間知らず。弟子の蛮行に悩み、己の責任と果し合いの板ばさみに悩む、責任感の強い好青年。しかし運命は、彼を闇の世界へ招きいれ…

 と、彼の運命が暗転するあたりは、謎に満ちたミステリ仕立て。謎の解明も面白いが、私が好きなのは、暗転した以降の八郎の変化と、その八郎の周囲にまとわりつく男たち。変転した運命の中で、それでも剣への想いは捨てきれず、だが同時に剣の腕ゆえに闇に飲み込まれようとする八郎。剣の持つ闇と光、これもまた黒白だろう。捨て鉢になりながらも、強敵との立会いを望む気持ちは膨れ上がり、研ぎ澄まされてゆく。それが彼を支えているとも言えるし、彼を闇へと誘っているとも取れる。

 そして、八郎に絡む岡本弥助。世慣れた男で、剣も相当に使える。妙に人好きのする男で、八郎も彼を憎みきれない。だが生い立ちや仕事の話になると、のらりくらりとかわして正体を見せない。物騒な連中に狙われているものの、飄々として命を惜しむでもない。得体の知れない男だが、彼もまた黒と白の合間を行き交う、善悪だけでは判断できない男。

 そんな岡本弥助に惹かれ、「くされ縁」と悪態をつきながらも離れきれぬ伊之吉。剣は使えぬが、ならず者なりのツテや腰の軽さで調べ事で働く、胡散臭い男。

 この三人が描く、闇の中でのつかず離れずの千鳥足のダンスが、滑稽で悲しい。互いに「このままじゃイカン」と思いつつ、だが互いへの情や仕事ゆえにズルズルと絡み合ってゆく。

 やはり人の情で泣かせるのが、波切道場に住み込みで働く老僕の市蔵。老僕の鑑というか、とにかく波切八郎への忠義がハンパない。彼の行動原理は極めて単純で、とにかく波切八郎様一筋の人。ややこしい人が多いのの作品の中で、彼の純朴さは清々しい。

 他にも秋山小兵衛の最初の奥さん・お貞、同門の嶋岡礼蔵・内山文太、そして小兵衛の師の辻平右衛門など、本編で名が出る人も元気に登場し、時の流れを感じさせる大作となった。

 しかし、これだけ複雑で面白い物語を、「これからの彼の行路は作者の私にも予見できない」って、アドリブで書いてる著者ってのも、凄まじい化け物だなあ。物語への吸引力は相変わらず抜群で、読み始めたら止まらなくなるから、充分に余裕を見て読み始めよう。

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2013年2月19日 (火)

アントニー・ビーヴァー&アーテミス・クーパー「パリ解放 1944-49」白水社 北代美代子訳 2

シドニー=ガブリエル・コレット「人生になにを期待しているの?」
トルーマン・カポーティ「なにを期待しているのかはわからないが、なにを望んでいるのかはわかっている。それは大人になることだ」
シドニー=ガブリエル・コレット「でもそれだけは」「あたしたちのだれにも絶対にできないのよ」

【どんな本?】

 「スペイン内戦」「ノルマンディ上陸作戦」「スターリングラード 運命の攻囲戦」「ベルリン陥落」など戦記ドキュメンタリーの傑作を発表したアントニー・ビーヴァーが、妻のアーテミス・クーパーと組み発表した歴史ノンフクション。

 独軍のマジノ線突破・フランス占領・ヴィシー政権成立から連合軍のノルマンディ上陸・パリ解放とドゴール凱旋、そしてマーシャル・プランによる復興と冷戦への突入までを、ドゴール派と共産党の対立など政界、サルトルを筆頭とする文化人、そして対独協力者の私刑やニュールックへの賞賛と反発などの世相を交え、戦中・戦後のフランスを立体的に描く。

【感想は?】

 アントニー・ビーヴァー&アーテミス・クーパー「パリ解放 1944-49」白水社 北代美代子訳 1 より続く。

 軍事が得意なアントニー・ビーヴァーだが、この本は政治の話が中心で、それに文化や世相が絡む形で進む。数少ない軍事の話では、フランス軍の暗号の話が光る。「フランス軍は口が軽い」と見なしていた連合軍だが、その原因は…

実際にイギリスは、真の問題がドゴールの参謀本部による現代的な通信暗号システム採用拒否に由来するのを知っていた。(略)一回限りしか使用しない暗号用無作為数列に切り替えたのは、ようやく1944年、あるイギリス人将校がフランスの暗号をその目の前で解読して見せたあとである。

 ドゴールの他国不信は、こんな所でも問題を起こしてたのね。
 ドイツ軍の占領はピトー元帥をはじめとする多くの対独追従者を生む。エリ・ド・ロートシルト男爵は捕虜となり、屋敷はドイツ空軍ハネッセ将軍に押収される。捕虜収容所から帰還した男爵と執事の会話が苦い。

男爵「ハネッセ将軍が使っていたあいだ、家はとても静かだっただろうね」
執事「とんでもございません、ムッシュー・エリ。毎晩、レセプションがございました」
男爵「だが……だれがきたんだ」
執事「同じ方がたです。ムッシュー・エリ。戦前と同じ方がたです」

 解放は妬みも手伝って追従者への粛清へと向かう。映画監督アンリ=ジョルジュ・クルーゾーはハリウッドに逃れる。痩せこけた抑留者の帰還が、復讐の火を煽る。フランスでは、今でもユダヤ人抑留にヴィシー政権がどの程度協力したか、が大きな争点となっている。帰還者への庶民の目は…

抑留者は一目で見分けられた。リリアーヌ・ド・ロートシルトは抑留者が痛ましく背を丸め、痩せていたようすを回想している。歯は虫歯で黒ずみ、肌は黄ばんで冷たく、いつも汗をかいていた。地下鉄では、どんなに高齢の婦人でも、「骸骨の一体が車輌にはいってくると、静かに立ち上がり、席を譲った」

 ヴィシー政権の首班ペタンの死刑を望む世論は32%から76%に跳ね上がる。

アイゼンハワー将軍が恐るべき収容所の実態を取材するために、時間のあるジャーナリストすべてをドイツに連れていこうとしているそのときに、捕虜、抑留者、難民を担当するフランスの役所は、収容所の情報を伏せておこうとした。カカシの格好をしたほとんど骸骨のような姿の現実を想像した者はほとんどいなかった。

 そんな帰還者だが、列車でパリの駅に着いた時…

弱りすぎてまっすぐに立っていられない者もいた。だが、できる者は歓迎委員会の前で記をつけの姿勢をとり、かすれ声で「ラ・マルセイエーズ」を歌い始めた。

 世論の怒りに乗じて支持者を増やす共産党は、社会党の乗っ取りを企てる。ドゴール派と共産党が目立つ本書の中で、社会党は影が薄いんだよなあ。右派は「共産党によるクーデター」のデマを流す。
 共産党の主な票田は労働者。面白いのが、都会生活が与える影響。

ブルターニュとオーヴェルニュ出身者がパリ移住者の大きな割合を占めた。どちらも信心深いカトリック教徒だったにもかかわらず、一度都会にたどりつくと、出身地の共同体の平均よりも少ない数の子どもしかもうけなかった。(略)原因は冷酷なほどに単純だった。狭い賃貸アパートという物理的制約と食品の価格である。

 物資不足はヤミ市を生む。酷いのはブルターニュの漁港で、「トロール船の所有者には船を海に出すよりも、割り当てられた燃料をヤミで販売したほうがいい稼ぎになった」。寒波の影響も厳しく、燃料が枯渇したパリに石炭を運ぶ貨車が、路線の氷結で動けなくなる。頻発するストライキ、追いつめられた社会党内相のジュール・モックは、だが情勢を正確に見抜く。「ストライキが呼びかけられたのは」「労働者階級が経済状況に真の不満を訴えているからだ」。

 そんな所に現れた白馬の騎士はアメリカのマーシャル・プラン。「強いドイツ」を警戒するソ連は、フランス共産党にプランの拒否やサボタージュを指示する。ストライキ鎮圧案を議会にかける内閣に反対する共産党、叛乱扇動の演説を始めた共産党議員ラウル・カラスに対し、追放の議決が出て、共和国衛兵のマルカン大佐がカラス追放の命令書を持ってカラスに迫るが…

マルカンが演壇に向かって前進しようとするたびに、共産党員は「ラ・マルセイエーズ」を歌いだした。国歌を聞くと、大佐はぱっと気をつけの姿勢をとり、敬礼しなければならない。歌がやむとすぐに、ふたたび前進を試みるが、また「ラ・マルセイエーズ」がはじまり…

 わはは。
 結局、マーシャル・プランは歓迎され、ジャン・モネの優れた割り振りもあって、フランスは復興の波に乗る。産業再生を重要視し、優先順位を明確にする。曰く「鉄鋼、石炭、水力発電、トラクター、輸送」。対するソ連の強硬な対応や、ソ連からの亡命者ヴィクトル・クラフチェンコの回想録「私は自由を選んだ」が明らかにしたソ連の実態、特に強制収容所の存在はフランスの共産主義の息の根を止める。

 などと窮地に立たされるのが、ジャン=ポール・サルトルを初めとする文化人。彼らの生活が描かれているのも、この本の特徴。当事のサルトルの仕事ぶりは、喫茶店で執筆する現代日本の作家・漫画家と似てるから面白い。1944年当時は…

 《カフェ・フロール》で午前と午後、三時間ずつ仕事をした。朝の仕事は、ポケットを本と原稿用紙で膨らませて、勢いよくドアをはいるところから始まった。お気に入りの隅まで(略)腰をおろし、原稿を広げながらコニャックを二杯がぶりとやり、そして執筆を開始する。

 共産党と共に勢いに乗ったサルトルやカミュは、やがて共産党と共に失速、革命の終焉を迎える。著者は、現代の左翼思想にも通じる彼らの思想を見事に要約している。

スターリンの体制は情けを知らないかもしれない。だがすべての革命にはひとりの恐ろしい王がいる。重要なのは、ソビエト連邦が表明する哲学が人間の正義の側に立っていることだ。それに対して、アメリカ合衆国は、経済的自由のほかにはなんのイデオロギー的、あるいは社会的プログラムも提供しない。そして経済的自由とは単純に他者を搾取する自由を意味する。

 彼らに交代して表舞台に立つのが、マーシャル・プランや観光でフランスを訪れるアメリカ人。コカコーラ社の重役二人、ファーレーとマキンスキーは経済協力局のフランス担当責任者デイヴィッド・ブルースを訪ねるが、失望を味わう。「ふたりはむしろ残念そうに、(広告塔として)エッフェル塔を使用するというアイディアを放棄した」。

 軌道に乗るフランス経済は、メーデーの参加者を減らす。アメリカ大使館の観察者は…

「解放以来もっとも静かなメーデーが明らかにしているのは、生活条件に対する労働者の満足と言うよりも、スローガン、教養、組織に対する無関心と信頼の欠如である」

 同様に、ドゴール派も勢いを失っていく。復興の豊かさは、政治的情熱を失速させた。

 被占領地でで生き抜くため占領軍に媚びを売った右派は解放後に粛清され、解放後の勢いに乗じて乗っ取りを図った共産党も冷戦でどんでん返しに会う。空隙に雪崩れ込むアメリカ文化は、しかしファッションなどフランスの誇りまでは潰せなかった。

 EUの中では比較的に独自路線の強いフランス、ムスリム女学生のスカーフ登校を禁止するなど宗教への拒否感が強いフランス、今でも左派の思想界をリードするフランス。そんな現代のフランスの原点を探るにも便利であり、また、右派と共産党と穏健派という三者の政治的対立のサンプルのひとつでもあり、また、蹂躙された国の復興の物語でもある。歯ごたえはあるが、それに相応しい内容も備えている。気力を充実させて挑もう。

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2013年2月18日 (月)

アントニー・ビーヴァー&アーテミス・クーパー「パリ解放 1944-49」白水社 北代美代子訳 1

「パリ!蹂躙されたパリ、破壊されたパリ、殉教者のパリ、だが解放されたパリ。自らの手で、人民の手で、そして全フランス、すなわち、闘うスランス、真のフランス、永遠のフランスの助けを借りて解放されたパリ」
  ――シャルル・ドゴール

【どんな本?】

 第二次世界大戦。ドイツは電撃戦でマジノ線を突破、ドゴールは徹底抗戦を主張するが、対独協力を主張するペタン元帥など主だった軍と政府の決定は変わらず、フランスはドイツ軍の占領下となる。1944年の連合軍ノルマンディ上陸は戦局を覆し、フランス市民は対独協力者への復讐へと走る。

 凱旋を果たすドゴールに対し、レジスタンスの実績で対抗する共産党。サルトルをはじめとする文化人は紙不足に悩みながらも、占領の反動で活発な言論活動でフランスの思想を蘇らせる。例年を越える寒波は庶民の生活を直撃し、政府の取締りをよそに闇市が盛況を見せる。

 負債で破産寸前のイギリス、内戦に悩むギリシャ、そして飢えるフランスとドイツ。荒廃したヨーロッパに忍び寄る冷戦の気配に気づいたアメリカは、急遽マーシャル・プランを発表する。欧州各国は大筋で歓迎しながらも、各国の対応は様々だった。対ソ連の防壁としての「強いドイツ」を望むアメリカ、迅速な支援を熱烈に望むイタリア、二度の世界大戦の記憶から「弱いドイツ」を望むドゴール。

 フランスの自立を守らんとナショナリズムを前面に押し出すドゴールとアメリカを筆頭とする連合軍の軋轢、混乱に乗じて勢力拡大を狙う共産党、占領と解放という劇的な社会の変化に翻弄されるフランス人の倫理、混乱を超えて温存される階級社会。激動するフランスで展開する、政治と文化と人々の生活を、多量の資料と取材で再現する、圧倒的な質量のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Paris after the Liberation 1944-1949, by Antony Beevor and Artemis Cooper,。1994年に初版が、2004年に改訂版が出版。日本語版は2007年のペンギン・ブックスの改訂版を元に、2012年9月10日発行。ハードカバー縦一段組みで本文約486頁+訳者あとがき4頁。9ポイント46字×20行×486頁=約447,120字、400字詰め原稿用紙で約1118枚。長編小説なら2冊分。

 全般として、けっこう読みにくい。翻訳物のわりに文章は自然な方なのだが、内容が問題。なにせ戦後のフランスを描くという野心作だ。登場人物や組織がやたらと多くて覚え切れない上に、ひとつの文章に多数の人が登場するので、背景を掴むのに苦労する。人物は巻末に人名索引があるので助かるが、組織名の一覧も欲しかった。だってマキ(→Wikipedia)とか言われても判らんでしょ、普通。スペイン内戦など当事の歴史的背景も、ある程度は把握していた方がいい。また、サルトル/カミュ/セリーヌなど思想家・小説家、ディオール/シャネルなどファッション関係などフランスの文化人・芸術家・芸能人に詳しいと、更に楽しめる。

【構成は?】

 序
第1部 二都物語
 第1章 元帥と将軍
 第2章 対独協力(コラボ)への道と抵抗運動(レジスタンス)への道
 第3章 国内のレジスタンスとロンドンの男たち
 第4章 パリ先陣争い
 第5章 解放されたパリ
 第6章 亡命への道
 第7章 戦争ツーリストと《リッツ》戦争
 第8章 野放しの粛清
第2部 国家、それはドゴールなり
 第9章 臨時政府
 第10章 外交団
 第11章 解放した者と解放された者
 第12章 砲列戦場の作家・芸術家たち
 第13章 帰還
 第14章 大裁判
 第15章 新しさへの渇望
 第16章 洪水のあと
 第17章 政府内の共産主義者たち
 第18章 シャルル二世の退位
第3部 冷戦突入
 第19章 影絵芝居――計略と逆計――
 第20章 政治と文学
 第21章 外交の戦場
 第22章 ファッションの世界
 第23章 二都物語
 第24章 共産主義者に反撃する
 第25章 自らを実現していく予言
 第26章 共和国、絶体絶命
 第27章 サン=ジェルマン=デ=プレ沸騰
 第28章 奇妙な三角形
 第29章 知識人の背任
第4部 新たな秩序
 第30章 パリのアメリカ人
 第31章 観光客の襲来
 第32章 パリは永遠にパリ
 第33章 反復性発熱
  訳者あとがき
  写真・クレジット・謝辞/参考文献/出典/人名索引

 原則的に時系列順。政治の話を中心に、文化人・世相を間に挟む形で話が進む。

【感想は?】

 スペイン内戦・ノルマンディー上陸作戦など軍事中心の印象が強いアントニー・ビーヴァーだが、この本は共著者が奥さんのためか、政治、それもドゴールを中心として、フランスの戦後を文化・生活などを交え多角的に描く内容となっている。

 なんといっても、、フランス、それもドゴールの視点、というのが新鮮。今まで読んだ第二次世界大戦物はアメリカ・イギリス視点の作品が多く、ドゴールは「手柄を独占したがる頑固者」「非妥協的な態度で米英を出し抜こうとする旧弊な帝国主義者」みたいな印象を持っていたのだが、ここでは「ひたすらフランスの国威を願う孤高の将軍」的に書かれている。まあ、所詮は人間なんで、いろいろと欠点もあるんだけど。

 典型的なのが、ドイツへの態度。あくまでもフランスの利益を追求するドゴール、ライバルのドイツが強くなるのは嬉しくない。トルーマンに、こう語っている。「ヨーロッパの未来の平和は、ドイツを農業のみに限定された弱小国家の集合体に縮小し、その一方で、フランスをヨーロッパの経済大国として建設することによって保障される」。身勝手と言えば身勝手だけど、フランスの利益を考えれば、そうなるよねえ。

 パリ解放にしても、アイゼンハワーは後回しにするつもりだった。連合軍は圧倒的な物量を誇るとはいえ、補給路は伸びきっている。パリを解放すれば市民への補給が必要になり、パットンが飢える。パリでは共産党系のレジスタンスが貧弱な武器で蜂起を煽りつつあり、開放が遅れれば戦後のフランスは共産党が支配するだろう。

 レジスタンスは大雑把に3つの系統がある。イギリス系、ドゴール系、そして共産党系。戦前から非合法化されていたため地下活動に慣れていた共産党は、開戦当初は独ソ不可侵条約に縛られ右往左往するが、1941年6月のバルバロッサ作戦発動で対独抵抗に切り替え、ドイツ軍に目の敵にされた事も手伝いパリ解放後は人気を博す。600名に過ぎなかった共産党系義勇遊撃隊だが、連合軍のノルマンディー上陸後にFFIは志願兵一万五千を集める…武器は二千名分しかなかったが。

 アイゼンハワーへの命令違反も辞さずパリへ急行するルクレール率いるフランス軍、迎えるレジスタンスもバリケードを築いて協力する。

七区、八区、十六区のような高級住宅街には、バリケードはほとんど築かれなかった。もっとも数が多かったのは市の北東地域、1936年には圧倒的多数が人民戦線に投票した区域である。もっとも効果的に設置されたのはパリの南東部で、三年前にドイツ軍の青年海軍将校を暗殺した共産党員ファビアン大佐が指揮を執っていた。

 この辺はスペイン内戦で鍛えた古強者も活躍した模様。
 ソ連の日和見な方針に踊らされた共産党だが、踊ったのは他の組織や個人も同じ。パリ大司教シュアール枢機卿はドイツ国防軍に志願しロシアに向かったフランス志願兵の祝福ミサで贖罪を与えよと強く主張し、女優のアルレッティは愛人のドイツ空軍将校とホテル《リッツ》に滞在する。エルンスト・ユンガー曰く「食物とはたしかに権力である」。

 連合軍の巻き返しは倫理を反転させ、対独協力者へのヒステリックな復讐が始まる。万を越える女性が丸坊主にされ、ヴィシー政権の要職にあった者は次々と刑務所へ送られる。これは文壇にも波及、行き過ぎを懸念した文化人はル・フィガロ紙などを中心に論説を載せ、ファシスト系雑誌「ジュ・スュイ・パルトゥ」の元編集者ロベール・ブラジャックの死刑の執行猶予嘆願書を出す。署名者は59名、ジャン・アヌイ/クローデル/ヴァレリー/コレット/コクトー/アルベール・カミュなど。ちなみにサルトル/ボーヴォワール/ピカソは署名を拒否。

 中ではジャン・コクトーの分析は鋭い。「作家は他の重要な対独協力者、とくに産業界のスケープゴートにされている」。これはある意味あたっていて、フランスの復興には産業界の協力が欠かせず、だが生き残っているのはドイツに協力した企業ばかりだったから。最終的にフランスは大規模な国有化に乗り出す。妥当な措置かも。

 物資不足による闇市の発達、抑留者の帰還、そして冷戦の勃発など市民生活の苦闘と倫理的な激動は、次の記事へと続く。ええ、続くんです。

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2013年2月16日 (土)

SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2013年版」早川書房

SFは潜んでいる。普段手にとらないレーベルや版元の本に。SFは生み出されている。未知だったり意外だったりする作者の作品として。
  ――ライトノベルSF/タニグチリウイチ

 2012年に日本で出版・公開されたSF小説・コミック・映画・アニメや、SF/ファンタジイのファンが好みそうなノンフィクションや小説を総ざらえする、年一回発行のムック。紹介の対象となるのは2011年11月1日~2012年10月31日までの新作。SFやファンタジイが好きな人には、「最近の面白い作品」を漁るのに、とっても便利なブックガイド。192頁、2013年2月15日初版発行。

 冒頭の引用が示すように、最近はどこにSFが潜んでるかわからない。ライトノベルは最初から優れたSF作品/作家が潜んでた。去年は円城塔が芥川賞を取ったり、月村了衛の「機龍警察 暗黒市場」がミステリ方面で高評価を得たり、篠田節子が「オール読物」で「はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか」なんて傑作を発表したり。そんな時代だから、こういう傑作の一覧表が見えるムックはありがたい。

 冒頭は BEST SF 2012 海外編・国内編。いずれも一位は予想通り「屍者の帝国」「都市と都市」。意外な活躍を見せたのが、小田雅久仁「本にだって雄と雌があります」とウラジミール・ソローキンの「青い脂」。いずれもTwitter文学賞などキワモノ好きにウケて、やたら盛り上がってるんだよなあ。なぜか「ニンジャスレイヤー」が国内編に入っているが、あまり詮索すると「ニンジャが自宅に派遣」されるとか。国内ではアンソロジーが沢山出たのも嬉しい。「ブラックアウト」は、「オールクリア」が出てからが本当の評価、ってことかな。

 対談は円城塔・宮内悠介・長谷敏司の三人。長谷敏司の「BEATLESS」連載は、円城塔の「屍者の帝国」執筆と時期が重なってて、「読んではいけないと自分に言い聞かせていた」。三人とも多様なフィールドで書いてる人たちで、やっぱり読者層の違いは意識している様子。また、インターネットの発達・普及が作品に与える影響とかも興味深い。チャールズ・ストロスみたいなコア層向けの作家が出てきた背景も、これかなあ。

 マイ・ベスト5。坂村健の肩書きが「電脳建築家」になってて笑った。芝村裕吏、なんで「ガンパレード・マーチ 新大陸編」を挙げない?難波弘之がご老体に喧嘩売ってて楽しい。ほんと、素直に「わかんない」と言えばいいのに。海外編では大野典宏が紹介してる原書房の「赤軍ゲリラ・マニュアル」が異彩を放ってる。うう、読みたいぞ~。

 ライトノベル/伝奇アクション&異世界ファンタジイ担当の卯月鮎の指摘「ウェブ小説の書籍化ラッシュ」は、やっときたか、って気分。かなり前から Boiled eggs とかあったけど、主婦の友社の「小説投稿サイトの人気作を出版する戦略」ってのも、なかなか思い切った方針だなあ。

 森山和道/科学ノンフクションは、ヒトの脳や認識に関係した本が多い。ちょっと前、ほけっとTVを見てたら映ってたのが「ピダハン」。ノーム・チョムスキーの普遍文法(→Wikipedia)を覆しかねない自然言語が見つかった、という話。今は論戦中で、まだ決着はついてないはず。

 渡辺麻紀/SF映画は、ジョー・コーニッシュがニール・スティヴンスンの「スノウ・クラッシュ」を映画化する、って話に狂喜乱舞。つかなぜ「バトルシップ」が入らない?と思ったら、関連DVD/縣丈弘が「バカSF映画の快作」として★★★(三段階評価)つけてて満足。うんうん、あそこまでバカに徹して予算と火薬を使った作品は滅多にないって。

 各社の刊行予定、まず早川書房の森岡浩之「星界の戦旗Ⅴ」が三月って、信用していいのかしらん。光文社から「SF宝石」が8月に書籍扱いで復活。そして東京創元社はヴァーナー・ヴィンジの「空の子供たち」が、ついに出る。

 とりあえずイアン・マクドナルドの「サイバラード・デイズ」を確保しようかしらん。でも、その前にアントニー・ビーヴァーの「パリ開放」を片付けないと…

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2013年2月15日 (金)

司馬遷「史記列伝 一」平凡社ライブラリー 野口定男訳

 老子は楚の苦(こ)県(河南省)の厲郷(らいきょう)、曲仁里の人である。名は耳(じ)、字は耼(たん)、姓は李氏といい、周王室の書庫の記録官であった。
  ――老子・韓非列伝 第三

【どんな本?】

 中国の前漢の武帝の時代、紀元前91年ごろに司馬遷が著した歴史書「史記(→Wikipedia)」のうち、主に戦国時代(→Wikipedia)の様々な人物を取り上げ、その生い立ちと人生・エピソードを綴ったものが列伝。平凡社ライブラリーのシリーズは、その列伝を読みやすい日本語版に訳し、三巻にまとめたもの。

 第一巻は、老子・孔子などの有名な知識人や蘇秦・平原君などの政治家・王族を中心に、第一~第二十四までを収録する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 Wikipedia によると、原書の成立は紀元前91年ごろ。平凡社ライブラリー版は2010年11月10日初版第1刷。文庫本縦一段組みで本文約463頁+半藤一利の解説「老子と日本人」10頁を収録。9ポイント42字×16行×463頁=約311,136字、400字詰め原稿用紙で約778頁。長めの長編小説の分量。

 かなりとっつきにくい。日本語の訳文そのものは、こなれていて読みやすいが、内容が問題。中国の戦国時代の人物の伝記が、時代も場所もランダムに、次から次へと出てくる。予め地理や時代背景を知らないと、ナニがナニやら、さっぱりわからない。また、登場人物も、各伝の主人公以外は詳しく紹介されないので、一回読んだだけで理解するのは、まず無理だろう。

 とまれ、章を追うにつれ、背景となる地理や社会構造・時代の変転も見えてくるし、前の章で主人公を務めた人物が重要な脇役として出てきたりするので、尻上がりに読みやすく、かつ面白くなってくる。

【構成は?】

伯夷列伝 第一
管晏・列伝 第二
老子・韓非列伝 第三
司馬穰苴列伝 第四
孫子・呉起列伝 第五
伍子胥列伝 第六
仲尼弟子列伝 第七
商君列伝 第八
蘇秦列伝 第九
張儀列伝 第十
樗里子・甘茂列伝 第十一
穰侯列伝 第十二
白起・王翦列伝 第十三
孟子・荀卿列伝 第十四
孟嘗君列伝 第十五
平原君・虞卿列伝 第十六
魏公子列伝 第十七
春申君列伝 第十八
范雎・蔡沢列伝 第十九
楽毅列伝 第二十
廉頗・蘭相如列伝 第二十一
田単列伝 第二十二
魯仲連・鄒陽列伝 第二十三
屈原・賈生列伝 第二十四
 戦国時代要地図/解説「老子と日本人」半藤一利

【感想は?】

 私は中国の古典に疎いので、読み始めはかなり難渋した。そもそも時代背景がわからなかったし。教養を身につけるには予め教養が必要という、厳しい現実を思い知った。途中、Wikipediaで著者の司馬遷や戦国時代を調べたら、多少はわかってきた。この本は、ある程度の知識がある人向けだ。というか、史記は本紀・表・書・世家・列伝とあるので、この順に読むのが適切なんだろう。反省。

 内容は、構成の所に挙げたように、24の章に分かれている。それぞれの章は、関係の深い何人かをまとめて紹介する形だ。とりあえず読んでいくと、つくづく自分の無知を思い知らされる。例えば孫子(→Wikipedia)。てっきり一人の人物かと思ったら意外な事に、二人の人物が孫子と呼ばれている。一人は斉の孫武で、書物の孫子の著者は彼。もう一人は孫武の子孫の孫臏。

 有名な老子(→Wikipedia)も、周の役人だったとは知らなかった。ここでは韓非(→Wikipedia)を一緒に論じている。韓非は相当にヒネくれた人らしく、「~したら巧くいかない」「~したら用いられない」と、失敗するパターンは沢山挙げるけど、「どうすれば巧くいくか」は出てこない。まあ、本人が同僚に妬まれ陥れられてるから、仕方がないか。

 ギボンの「ローマ帝国衰亡史」もそうなんだが、こういう歴史書は、読み進めていくと、うっすらと歴史の流れのパターンが見えてくるのが面白い。韓非に代表されるように、有能な者が功績を上げ出世して王の寵を得ると、決まって同僚に妬まれ、デマを流されて王の不興を買う。その後、同じ国に留まれば殺されるけど、他国に逃れて重用される場合もある。

 この「他国で重用される」ってパターンが、今の政治と大きく違うところ。自衛隊も、いくら有能だからってコリン・パウエルをスカウトしないだろう。でも、営利企業なら優れた実績のある人材が遊んでたら喜んでヘッドハントするわけで、そう考えると、当事の「国」ってのは、現在の私企業に近い感覚なのかもしれない。

 はいいが、パターンが見えてくると、中国って国の外交のしたたかさが伝わってきて、怖くなってくる。叩きたい敵がいたら、どうするか。敵国の高官を買収して懐柔する。敵の優秀な高官を自国に招待して丁寧にもてなし、敵国内で「奴はわが国に通じている」と噂を流し失脚させる。敵に無能で貪欲な官がいれば、「あの人物を我々は恐れる」と噂を流して高い地位につける。二千年も前から、こんな事を散々やってきて、かつ記録に残して研究してきたんだから、そりゃ一筋縄じゃいかないよなあ。

 特に外交術の巧さが光るのが、蘇秦(→Wikipedia)。東周に生まれ斉で学び無職のままで帰ると、家族から「働かずに口先ばっかじゃビンボで当然」とそしられ引き篭もる。やがて「このままじゃダメだ」と就職活動を始めるが地元の周じゃ空振り、次いで秦に振られ、燕で「秦が怖い。趙の同盟を取り付けたら雇ってやる」と言われ諸国を巡り、秦以外の六カ国合従を実現、六カ国の宰相を兼ねる。ニートからいきなり6社兼任の役員ですぜ。

 彼の外交術も巧み。イロイロと小難しい事をいってるけど、要は各国の王に対し「仲間に入ったほうが得だよ」って内容。人と交渉する際の基本と言えば基本なんだが、なかなかコレは難しい。

 舞台が戦国時代だけど、意外と軍事の話は少ない。たまにあると「士卒の首を24万はねた」とか、かなり大味。技巧派として面白いのは、第二十二の田単。燕に蹂躙される斉の中で、優れた術策で城址を守り通した人。

 「捉えた斉の兵卒を燕軍が惨く扱うのが私は怖い」と流言を流す。燕は喜んで斉の兵卒を惨く扱い、斉の兵卒は恐れて守りを固める。「先祖の墓を燕軍が暴いて侮辱したら嫌だ」と噂を流す。燕軍は墓を暴き、斉の兵卒は怒りで士気が上がる。最後は牛を集め角に刃を仕込み、尻尾に藁を縛り付けて火をつける。暴走した牛は燕軍を蹴散らし、斉の軍は勢いに乗じて切り込み、燕軍は壊走する。北条早雲の小田原城攻めは、これにヒントを得たのかしらん。

 聖人と言われる孔子も、この巻ではかなり人間臭い。子路が子羔を長官に取り立てた際の話。

孔子「まだ学問も未熟なものに政治をさせたりして、あれでは子羔をだめにしてしまうだろう」
子路「治めるべき人民もあり、祭るべき社稷の神もあることです。祭政に従事することも学問で、必ずしも読書することだけが学問ではありません」
孔子「これだから、口先きのうまいものはきらいなのだ」

 言い負かされたからって、大人気ないw

 時代的には、カエサルの「ガリア戦記」と同じ頃に成立した書物だが、文体や視点の違いも興味深い所。カエサルの文章は簡潔明瞭で、事象の記述に終始する、事務的でわかりやすい文章。司馬遷は、文章の構造は決まってるんだけど、同じ章でも人名の呼称は統一されず、台詞は故事をふんだんに引用した教養を感じさせる饒舌なもの。これは土木・工学のローマと思想・教養の中国の文化の違いなのか、軍人カエサルと文人司馬遷の気性の違いなのか、はたまたパピルス・羊皮紙が貴重で簡潔な文章が尊ばれるローマと紙が潤沢な中国の違いなのか。

 故事の引用が多かったり、時代背景の知識が必要だったり、かなり歯ごたえのある本ではあるけど、そこに描かれる物語は、現代社会の派閥争いとソックリ。そこが面白くもあり、悲しくもあり、愛しくもあり。人間物語として楽しむもよし、教養として学ぶもよし、教訓を引き出すもよし。ビジネス書のネタとしても、実は豊かな鉱脈だったりする。

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2013年2月13日 (水)

上田早夕里「華竜の宮 上・下」ハヤカワ文庫JA

「周囲が敵だらけでも、たったひとりの味方すらいなくても、自分がこの世で一種類しかいない生物だとしても――。ただひたすらに生き抜き、決して孤立を恐れるな、と」

【どんな本?】

 新鋭作家・上田早夕里による、超重量級の本格SF長編。「SFが読みたい!2011年版」では2位にダブルスコア以上の差でベストSF2010国内編の頂点に君臨したほか、第32回日本SF大賞・第10回センス・オブ・ジェンダー賞に輝いた話題作。

 ホットプルームの浮上は、火山活動を活発化させると共に海底を押し上げ、海面は260mも上昇し、世界の陸地の多くが水没した。人類は海上都市を建設して海上に住処を広げ、また海での生活に適応した身体に改造した民族を生み出した。海面上昇は多くの戦争をひき起こし、また凶暴な生物兵器が住処を失った難民を虐殺した。

 世界は幾つかのブロックに分かれ、なんとか平衡を保つ25世紀には、2種類の人類が存在した。海上都市に住み、パートナーとなる人口知性体を駆使する陸上民、魚舟という生きた船と共生する海上民。両者は大きく異なる文化を発展させ、利害の対立や偏見を抱えながらも交易などの交流は続けている。

 だが、世界には更なる大変革の時が迫っていた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2010年10月、ハヤカワSFシリーズ Jコレクションとして出版。2012年11月15日にハヤカワ文庫JAとして加筆訂正して上下巻で文庫化。文庫本縦一段組で上下巻、本文約390頁+436頁=約826頁に加え、あとがき2頁・文庫版あとがき2頁・渡邊利通の解説8頁を収録。9ポイント41字×18行×(390頁+436頁)=約609,588字、400字詰め原稿用紙で約1524枚。そこらの長編小説3冊分の大作。

 文章はこなれていて読みやすい。SFな仕掛けとしては、大きなものでプレート・テクトニクス(→Wikipedia)とプルーム・テクトニクス(→Wikipedia)を使ってる。この辺は地震に悩む日本ならでは。プルーム・テクトニクスがわかんなかったら、二つの現象だけ飲み込んでいただければいい。ひとつは海底が底上げされ海水面が上がり海抜260m以下の土地が海に沈むこと、もうひとつはマグマの活動が活発になってアチコチで火山が噴火すること。他に遺伝子改造による海上民、意外な魚舟と獣舟の正体、人口知性体であるアシスタント知性体=要は脳内通信機能つきロボット。

 一般人にはプルーム・テクトニクスがちと難物だろうが、ハヤカワ文庫JAで想像するほど小難しいシロモノではない。「涼宮ハルヒ」シリーズを楽しめる程度にSFガジェットに免疫のある人なら、充分に読みこなせる。というか、是非読んで欲しい。

【どんな話?】

 260mも海水面が上昇し、多くの陸地を失った人類は、海上都市を建設しアシスタント知性体を使役する陸上民と、移動・居住環境である魚舟と共生する海上民となって生き延びている。ユーラシア東部を統べる汎アジア連合に対し、日本は南北アメリカ・欧州・ロシア・アフリカ・オーストラリアと手を組むネジェスの一員として独立を保つ。

 エア01は、外洋上の海上都市で、ネジェスに属する。日本外務省の公使(つまりは下っ端外交官)の青澄・N・セイジは、各地の現場をたらい回しされたあげく、半年前にエア01の外洋公館に赴任した。出世を考えれば美味しい立場ではないが、現場を好む青澄は今の仕事を気に入っている。

 その夜、青澄と駐在武官のジェイク・MU・タケモトは現場に出かけた。獣舟の襲撃だ。15メートル近い、魚とワニが混じったような巨体が海から上陸し、動植物を襲い、食らう。もちろん、ヒトも。

 陸上民と海上民・海上民同士のトラブルを仲裁する仕事が多い青澄は、海上民に顔が利く。次の朝、大使の桂から命じられた仕事は、厄介なものだった。海上民には、国家に属する者と、属さない<タグなし>と呼ばれる者がいる。「ツキソメというオサが率いる大きなタグなしの船団を、日本政府に帰属させろ」、と。帰属すれば海にはびこる業病・病潮を防ぐワクチンが手に入る反面、税を取られる。杓子定規な役人が書類を突きつければ、確実に交渉は決裂する。互いが得をする落とし所を求め、ツキソメとの接触を試みる青澄だが…

【感想は?】

 21世紀の「日本沈没」。SF版「竜馬がゆく」。または小説版「もののけ姫」。

 「日本沈没」なのは、プルーム・テクトニクスを仕掛けに使っている点。小松左京賞の受賞者の作品でもあるし、そのスケール感はやっぱり小松先生を引き合いに出したい。著者本人は「小松先生の後継は小川一水に任せます」と言ってるけど。ただ、小松先生が日本に拘ったのに対し、青澄と著者の視点はもっと大きい。海上民の創造に代表されるように、この作品では「集団の文化が変化し伝統が失われること」を全く恐れていない…というか、それどころじゃない事態に人類が直面している。

 「竜馬がゆく」なのは、これが各集団の交渉役として外部と話し合う者の物語だから。組織のインタフェース役を割り振られた者が、沢山登場する。最も判りやすいのは青澄で、下っ端外交官として日本と海上民の利害調整に努めている。それも、一方的に日本の要求を突きつける形ではなく、相互に利益のある形を探るタイプ。司馬遼太郎の描く人物だと、豊臣秀吉が近い。秀吉と違いトップに立つタイプじゃなく、あくまで現場に拘る人。

 青澄が竜馬だとすれば、大久保・西郷に当たるのはツェン・MM・リーとツェン・タイフォンの兄弟だろう。いずれも海上民の出身で、汎アジア連合で働く。兄のリーは政治家として頭角を現しつつあり、軽視されがちな海上民の立場を守ろうとする。弟のタイフォンは海上警備隊の上尉として艦を率い、海上民を襲う海上強盗団を取り締まる。政治の中枢と現場、それぞれの立場で、強引な策に傾きがちな汎アジア連合と独立心旺盛な海上民の間に立ち、暴力を伴わない形での解決を求める。

 勝海舟に当たるのが、海上民のオサであるツキソメ、年齢不詳の美女。激変した世界の中でパイオニアとして生み出された海上民だが、その立場は弱い。強力な科学と武装を持つ陸上民に対し、海上民にできるのは逃げることだけ。彼女の目を通して語られる世界、そして大きく変異した人類の姿は脅威であり、また感動的でもあり。袋人の生き様に驚け。謎に満ちた彼女の正体は、この物語の重要な焦点となる。

 「もののけ姫」なのは、これが「共に生きていくことはできる!」お話だから。「共に生きる」といっても、「誰と」ってのが、問題。青澄が外交官として双方の利害調整に当たる人だから、当然ながら日本と海上民、日本とネジェス、日本と汎アジア連合という図式は出てくる。だけでなく、共生の範囲はもっと広がってゆく。海上民と魚舟の関係、物語の語り手と青澄の関係、そして…

 なんていう難しい話もあるけど、男の子としてワクワクするのが、海上民と魚舟の関係。完全な一対一ではないけど、魚舟は海上民の大切なパートナー。モロに跨るサンにワクワクした人なら、タイフォンと月牙の関係が羨ましくて仕方がないだろう。月牙可愛いよ月牙。舟だから走れないけど、海なら自由自在。海上を泳げるし、潜ることだってできる。自分専用の潜水艦で、しかもソウルメイト。ああ羨ましい。

 そして、「もののけ姫」の「タタリ神」にあたるのが、獣舟。凶暴な猛獣で、全てを食い尽くす。作物も家畜も陸上民も海上民も魚舟も区別せず、ひたすら食う。強靭な生命力と、常軌を逸した進化速度を併せ持つ。海のどこかで生まれ、ご馳走にありつける海上都市や陸を目指す、ひたすら禍々しい存在。それはどこでどう生まれたのか。

 海面の上昇で痛めつけられ、それでも手段を問わず生き延びる道を探るヒト。だが、それでも自分を可愛がるのがヒトの性。変容した世界に潜む、獣舟に代表される様々な脅威に晒されながらも、汎アジア連合とネジェス、そして日本は自分たちの利益の独占を狙う。組織の軋轢の中で、自分の理想を追求する青澄やタイフォン、そしてツキソメ。

 そして、理想を共有する者どうしでも、立場と役割の違いは軋轢を生む。決戦を前にした、外交官の青澄と駐在武官タケモトの会話は、ひたすら涙。

 プルーム・テクトニクスや魚舟,パートナー知性体などのガジェットを駆使したSFの面白さはもちろん、組織と組織と対立とその狭間で足掻くものの苦悩、同じ目的を共有する者同士での共闘の難しさ、そしてギリギリにまで追いつめられたヒトが、それでも抱える最後の業など、「小説」としての面白さ・壮大さも一級品。「SFだから」などと敬遠せず、できるだけ多くの人に読んで欲しい。

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2013年2月 8日 (金)

G・ブルース・ネクト「銀むつクライシス [カネを生む魚]の乱獲と壊れゆく海」早川書房 杉浦茂樹訳

「魚は数が減っているだけじゃない。次々に姿を消しているんだ。(ニューヨークの)ハドソン川には以前、シャッド(ニシン科の食用魚)がいた。おおきなチョウザメもいたんだけど、どちらも姿を消した。政府の個体調査が問題なのは、ハドソン川のシャッドやチョウザメを計算に入れていないことだ。つまり、今もいる魚だけを数えて、いなくなった魚は無視しているんだ」  ――漁業学者ダニエル・ポーリー

【どんな本?】

 マゼランアイナメ(→Wikipedia)、またの名をチリ・シーバスまたは銀むつ、もしくはメロ。学名は Dissostichus eleginoids。スズキ目ノトテニア科の魚。主に南半球の深度700m以上の深海に住み、成長すれば体長1.5m体重40kgを超える。脂がのったマイルドで嫌味のない味は、北米と日本で好まれている。

 1977年、若い水産物卸売業者リー・ランツはロサンゼルスからチリのバルパライソに来た。偶然、深海用の延縄にかかった顎の突き出た恐ろしげな魚は、脂っこすぎて地元では見向きもされない。だが、アメリカ市場に詳しいランツは、その魚が秘めた可能性を見抜く。

 2003年8月7日、オーストラリアの巡視船サザンポーター号は、南インド洋のオーストラリアと南アフリカの間の無人島ハード島の沖で、三隻の銀むつの密漁船を発見する。パトロール隊を率いるスティーブン・タフィーと船長のアンドルー・コドリントンは、南へ逃亡する一隻を追う。極寒の海で繰り広げられるチェイスは、やがて他国を巻き込み…

 銀むつの密漁をサンプルに、ハイテク化・国際化した現代の遠洋漁業の現場と、その流通・消費過程を追い、水産資源が迎えている危機とその構造、そして密漁の現実を明らかにしたドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Hooked, Pirates, Poaching, and the Perfect Fish, by G. Bruce Knecht, 2006。日本語版は2008年4月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約308頁。9ポイント45行×19行×308頁=約263,340字、400字詰め原稿用紙で約659枚。

 翻訳物のノンフィクションにしては、拍子抜けするほど読みやすい。冒頭に主要登場人物一覧があるのも親切。単位系も基本的にメートル法。敢えて言えば、1海里=1.852km/1ノット=1.852km/hと但し書きして欲しかったのと、巻末の地図は冒頭につけて欲しかった。思わず地図帳を持ち出しちゃったよ、あたしゃ。

【構成は?】

プロローグ 南インド洋
第一章 バルパライソ(チリ)
第二章 南インド洋
第三章 ロサンゼルス
第四章 南インド洋
第五章 ロサンゼルス
第六章 南極海
第七章 リベイラ(スペイン)
第八章 南極海
第九章 ニューヨーク
第一〇章 南極海
第一一章 ニューヨーク
第一二章 南極海
第一三章 ケープタウン(南アフリカ)
第一四章 南大西洋
第一五章 ブリッジハンプトン(ニューヨーク沖)
第一六章 南大西洋
第一七章 バンクーバー(カナダ)
第一八章 南大西洋
第一九章 バンクーバー(カナダ)
第二〇章 南大西洋
第二一章 ケープタウン近海
第二二章 バース(オーストラリア)
第二三章 バース
第二四章 バース、2005年9月9日
エピローグ
 謝辞/訳者あとがき

 主な時系列は二つ。一つは1977年からの銀むつブームの盛り上がりから現代までを描くもの、もう一つは2003年の巡視船と密漁船のチェイス。

【感想は?】

 魚は好きですか?私は好きです。サンマもイワシもマグロも好きだし、居酒屋に行けばホッケを頼みます。大根おろしが合うんだよね。これからニシンが楽しみです。でも最近、あんまり見ないんだよね…と思ったら、やっぱり。

 これを読むと怖くなってくる。これは、銀むつを標本に、現代の水産業を、漁業・流通・消費に至る国際的なルートを具体例を挙げわかりやすく説明すると共に、大きな問題である密漁とその検挙を描いたルポルタージュだ。

 この本の最大の特徴は、視点が多彩なこと。物語はオーストラリアの巡視船が密漁を発見する所から始まる。ここで、取り締まる側・巡視船のクルーばかりでなく、密漁船の船長・漁労長の視点も紹介される。これは貴重。

 もうひとつのストーリーでは、銀むつに目をつけた卸売り業者リーランツを始め、レストランのシェフ・ニューヨークのレストラン事情・漁業学者・環境保護運動家など、流通・消費側の視点だ。

 そして、双方に共通しているのが、国際的な事。密漁を追う側はオーストラリア・南アフリカ・イギリス・アメリカが関わる。密漁船ビアルサ号も華やかで、ウルグアイ・チリ・ポルトガル・スペイン、そしてアメリカも関わってくる。海は多数の国に接しているため、追う側は国際的な協力が必要だ。そして、密漁する側は、法の抜け道を探すため、多数の国の抜け道を組み合わせる。

 昔から大西洋の漁師は勇ましかったようで、「スペインの漁船が大西洋を渡り、カナダ近海でタラ漁を開始したのは15世紀。クリストファー・コロンブスのアメリカ発見より早かった」というから、たいしたもの。ところが漁業技術の進歩が思わぬ結果を招く。枯渇だ。排他的経済水域が200海里になった背景には、これがある。

 たくさん採れば儲かる。漁師は大金をつぎ込み新しく優れた船や機材を買い、大量に採りまくる。採りすぎて枯渇しはじめても、せっかく買った船や設備を無駄にするわけにはいかない。より優れた船でより遠くへ出かけ、より激しく採り尽す。世界的に水産資源は貧しくなり、「発展途上国の人々が魚を食べられなくなった」。漁業学者ダニエル・ポーリー曰く「アンゴラでは、大飢饉の最中に大量の魚を輸出しているんだ」。

 この本には出てこないが、ソマリアが海賊の根城になった背景の一つは、外国の密漁船がソマリアの漁場を荒らしたためソマリアの漁民が食えなくなった、という事情がある。弱体化したソマリア政府は密漁船を追い出す能力がなかった。

 最近の漁法は根こそぎ型で、幼魚も成体も区別しない。昔のメカジキ漁は銛を使うため、大物だけを狙えたが、今の延縄は無差別だ。シーシェパードに代表される、欧米がイルカに敏感な理由もマグロ漁だ。キハダマグロはイルカと行動をともにする性質があるため、漁師はイルカの群を探す。巾着魚網で、イルカを取り囲むように網をかけ、引き絞る。マグロと一緒にイルカもかかり、「1960年代末までに、毎年50万頭近いイルカが殺された」。環境保護に取り組む生物学者サム・ラブッデが撮ったビデオが大きな反響を呼び…。ちなみに、彼が使ったカメラはソニーの8ミリカメラ。皮肉だなあ。

 などと重たい問題もあるが、サザンポーター号のチェイスは冒険物語そのもの。目次でわかるように、追跡は南氷洋に向かい、氷の海の恐怖が追うもの・追われるもの双方を襲う。海が次第に氷に閉ざされていく様子を、科学的に解説しているのが、かえって恐怖を煽る。

 やがてサザンポーター号が南アフリカの協力を仰ぎ、臨検用の武装要員の派遣を依頼する。ここで来たチームが、びっくり仰天。急な要請に対し迅速に適切な要員を揃えるのも凄いが、姿勢の違いもお国柄の違いを感じさせて面白い。「万が一、彼らが誰かを殺したりしたら、かなり面倒なことになるぞ」と危惧するオーストラリア、<密漁船の奴らが『どうぞ、ご乗船ください』なんて言うものか!>とつぶやく南アフリカ。資本主義社会で生き残れるのは強者だけ。

 などのシリアスな話も面白いが、意外な密漁船の船内も興味深い。うん、長期の漁じゃ叛乱も怖いしねえ。他にもアメリカのグルメの歴史や、密漁業者のややこしい実態、やっぱり信用できない中国の漁業統計など、トリビア?がいっぱい。私が最も気になったのは、マンハッタンのレストラン・オシーナのシェフ、リック・ムーネンによる銀むつ料理の秘伝レシピ。まず塩で覆って一晩寝かせ、塩を洗い落としてから味噌と日本酒を使ってですねえ…

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2013年2月 6日 (水)

ハンヌ・ライアニエミ「量子怪盗」新☆ハヤカワSFシリーズ 酒井昭伸訳

「おれはジャン・ル・フランブール。自分がこれはと決めたものを、気の向くままに盗む。ここを出ていくのも、おれがそうと決めたときだ。それ以外のときに出ていく気は毛頭ない。じっさい、ここはとても気に入っていて――」

【どんな本?】

 フィンランド出身で数学の学士号と数理物理学の博士号を持つ著者による、デビューSF長編。遠未来、太陽系全体に人類が拡散し魔法のような技術が普及した世界を舞台に、惜しみなくアイデアをガジェットをブチ込み、伝説の怪盗ジャン・ル・フランブールと美少女エミリ&蜘蛛の巣船ペルホネンの活躍を描く、ワイドスクリーン・バロック風味な新時代のスペースオペラ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Quantum Thief, by Hannu Rajaniemi, 2010。日本語版は2012年10月15日発行。新書版ソフトカバー縦二段組みで本文約439頁。9ポイント24字×17行×2段×439頁=約358,224字、400字詰め原稿用紙で約896枚。長編としては長め。

 はっきり言って、かなり読みにくい。と言っても、訳文が悪いわけじゃない。そういう小説なのだ。次から次へと新規で珍しいアイデアやガジェットや人物?が出てきて、細かい説明は後回しになる。またサイバーパンク風に、漢字にカタカナのルビを振るスタイリッシュな文体なため、単位あたりのテキストの情報量がやたら多い。裏表紙でチャールズ・ストロスを引き合いに出しているのは適切な例えだろう。濃~いSFにドップリ浸りたい人向け。

【どんな話?】

 <ジレンマの監獄>に捉えられ、看守の精神体<偽神(アルコーン)>に“囚人のジレンマ”を繰り返し強要されている、ジャン・ル・フランブール。かつては怪盗として名をはせた男。彼を監獄から脱走させたのは、左の頬に傷のある濃い褐色の肌の少女、ミエリと、彼女の船ペルホネン。何者かの指図で動いてるらしきミエリが、ジャンに依頼した仕事、それは「ジャンの過去」だった。

 火星の「忘却の都市」(ウブリエット)。チョコレート工場で、一人の男が死んだ。マルク・デヴロー、有身貴族(ノーブル)、ショコラティエ。事件は精神誘拐だ。義人(ツァディーキム)の<紳士>に捜査協力を求められたイジドールは、現場を調べ始め…

【感想は?】

 濃縮400%のスペース・オペラ。出だしから「戦闘マインド」やら「偽神」やら「精神共同体(ソボールノスチ)」やらのガジェット盛りだくさんで、何が起こっているのかよく判らなかったりする。かと思えば、「銀のコルト」なんてクラシックな物も出てきたり。

 そう、道具立ては極めて先鋭的どころかエッジの向うに飛び出してる感があるけど、その中で展開するドラマは意外と王道。美少女ミエリに助け出された怪盗ジャン・ル・フランブールが、己の過去を探りに火星の都市へと潜入し、名探偵イジドールと対決し…という筋立て。

 コルトとゲーム理論の組み合わせに代表されるように、懐かしささえ感じさせる古典的なアイテムと小難しい屁理屈の組み合わせも、この作品の特徴だろう。中でも印象に残るのは、名探偵イジドールの武器<拡大鏡>。見た目は虫めがね、でもその能力は…。こういう、「古典のお約束」を、驚異的にテクノロジーが発達した世界に、巧いこと理屈をつけて蘇らせる手際の見事さが、この作品の美味しいところ。

 フィンランド出身のためか、多彩な言葉の使い方も、SFの魅力であるセンス・オブ・ワンダーを際立たせている。広場(アゴラ)はラテン語かな?精神共同体(ソボールノスチ)はロシア語っぽい。携帯時計(サイフ)は、どう見ても日本語。ペルホネンはフィンランド語かな?こういう、耳慣れない語感が新しさでもあり、読みにくさでもあり。

 物語は怪盗 vs 名探偵の形だけど、著者は明らかに怪盗に肩入れしてる。解説にあるように、主人公のジャン・ル・フランブールは明らかにモーリス・ルブランの怪盗ルパンへのオマージュだろう。泥棒だけに、お行儀もいいとは言えない。ミエリと出会って早々に手並みを披露するあたりは、「うんうん、やっぱりこうでなくちゃ」と嬉しくなる。

 手癖が悪いだけじゃない。富豪のパーティーに予告状を出し、華麗な盗みのテクニックを見せてくれるのも、読みどころのひとつ。つい銭形のとっつぁんの台詞を言いたくなる場面まであったりする。

 でも、実のところ、私はルパン三世より寺沢武一の「コブラ」を思い浮かべながら呼んでいた。レデイに当たるのが褐色の美少女ミエリ。ところがレデイみたく従順じゃなくて、とんでもねえはねっかえりのボクっ娘。腹に一物持ってるあたりは不二子ちゃんだけど、緊急時の戦闘力はジャンをはるかに上回る。生真面目で使命に忠実、なかなかジャンに靡かないのもヒロインとしては魅力的。

 レデイに近いキャラなのは、ペルホネンかな。従順というより冷静で、これまた凄まじい能力を見せてくれる。ジャンに明らかな敵意を見せるミエリと、飄々としたジャンの間に立って、なんとかチームを纏め上げているのが彼女(?)。冷静沈着なだけじゃなくて、案外とお茶目な所もあるのが可愛い。実はペルホネンこそヒロインな気がする。生い立ちを考えると、ミエリより若いはずだし←黙れロリコン

 などという人物像もさることながら、この物語を際立たせているのが、異様な世界観。解説によれば、この作品はシリーズの開幕編らしく、今後も物語は続く模様。そのためか、本作では舞台の一部しか明らかになっていない。が、冒頭から木星が消えていたり、精神の「アップロード」が可能になってたり、かなりの異変が明らかにされる。

 主な舞台は火星の「忘却の都市」(ウブリエット)。ここの街中の様子も、外から見た街の様子も、凝りに凝っている。物理的な姿もさることながら、まず気がつくのは文化的なもの。結界(グヴロット)/拡張メモリー/プライバシー・フォグが生み出す、現代のソーシャル・ネットワークを極限まで進歩させたような社会。まあ、それはそれで穴はあるんだけど。

 また、静者や青年貴族などの言葉が暗示する、もう一枚めくった社会構造も、グロテスクな面白さがある。人格のアップロード・ダウンロードが生む問題に対する、残酷だが合理的な解答。それはそれで楽しいような、厳しいような。とまれ、経済活動は活発になる気がする。

 SFの地平を切り裂き押し広げる、想いっきりディープで濃いスペース・オペラ。並みのSFじゃ満足できないSFジャンキー向けの、とことんブッ飛んだワイドスクリーン・バロック。一気に大量に摂取すると眩暈は確実。時間を取って、じっくり味わおう。

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2013年2月 4日 (月)

竹内薫「火星地球化計画 火星探査とテラフォーミングの真実」実業之日本社

「(このセミナーの開催を呼びかけたのは)あちこちに散逸している広範な、テラフォーミングに関する研究が私の目に止まったからであります。これまで怪しげなアイデアにすぎなかったものが、今ようやく正当な科学へと接近しはじめたのです」
  ――ジェームズ・オバーグによる1979年第1回テラフォーミング・コロキウム開催のあいさつ

【どんな本?】

 イロイロと話題の著者が、ロケット工学の基礎から宇宙開発の歴史と現状、火星の気候や地勢、ヒトが火星で暮らすための問題点と解決案、そして「テラフォーミング」の概念と現在考えられている様々な案の長所・短所などを、一般向けに解説した科学啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2004年7月28日初版第1刷発行。今は角川ソフィア文庫から文庫版が出ている。私が読んだのはハードカバーの単行本。縦一段組みで本文約239頁。9.5ポイント41字×17行×239頁=約166,583字、400字詰め原稿用紙で約417枚。ただ、イラストや図版を多数使っているので、実際の文字数はこの9割程度だろう。長編小説ならやや短め。

 多作な著者らしく、文章はこなれていて読みやすい。内容も初心者向けに充分にくだいた説明がしてある。数式も出てこないので、理科や数学が苦手な人でも大丈夫。小学生でも高学年なら、充分に読みこなせる。そのわりに熱心なNASAウォッチャーらしく、意外なトピックも盛りだくさんなのが嬉しい。

【構成は?】

 はじめに
第1章 赤く光る凶星「火星」 火星を知るための基本的情報
第2章 火星探査の歴史 火星開拓者たちの飽くなき戦い
第3章 火星探査テクノロジー 火星征服のために集結された人類の叡智
第4章 宇宙進出への夢 スペース・コロニーの全貌
第5章 テラフォーミングの100年史
第6章 テラフォーミングの未来 地球人から宇宙人へ
 おわりに
 索引

【感想は?】

 火星のテラフォーミングを特集した本科と思ったが、もっと幅広い内容だった。火星探査を中心に、宇宙開発全般を扱った本だ。肝心のテラフォーミングは第5章と第6章だけで、第1章~第4章は、火星を中心とした宇宙観測・開発とロケット工学の話が占めている。

 こういう構成になった理由も、だいたい想像がつく。宇宙開発の知識がない一般人むけに書いたからで、そういう読者にキチンと説明するためには、充分な前フリが必要だったのだろう。結果として、マニアには物足りないが、一般向けとしては親切な解説書となった。「人工衛星が落ちない理由」から説明してるし。

 一般向けだけあって、表現も直感に訴える比喩を使っている。例えば火星が赤い理由を、「土壌に酸化鉄がたくさん含まれているから。つまり火星は錆びているといえる」。錆びているってのが、秀逸。

 宇宙開発・火星探索の歴史から語っているので、年寄りには懐かしい話題もチラホラ。ヴァイキング1号が送ってきた写真の、空の色の騒動は懐かしい。赤で発表され青になって…結局は、「昼間は赤いけど夕方は青い」らしい→MSNトピックス「火星の夕日はなぜ青い」。

 出版年が2004年なので、最新の情報がないのは仕方がない。この本に出ているのはマーズローバー(→Wikipedia)だが、今はキュリオシティ(→Wikipedia)が頑張っている。科学の進歩は凄い。マーズ・ローバーのメモリは256バイト、キュリオシティは4ギガ。16倍の大盤振る舞いだ。ちなみにOSはいずれもウインドリバー社のVxWorksシリーズ。

 宇宙開発では、スペースシャトルに批判的なのが興味深い。松浦晋也氏曰く「目的を全然絞り込んでない」。使い捨ての部品と再利用の部品が混在して、メンテナンスの手間や費用がかかり、あまり節約になってないとか。

 ロケットが高価なのは、重たい推進剤を一緒に持ち上げなきゃならんから。せめて大気圏だけでもジェットエンジンで飛べば、液体水素の5~6倍の重さの液体酸素が節約できるじゃん、てんで考えられたのがスクラムジェット(→Wikipedia)。地上からのレーザー光線を航空機の鏡で反射して一点に集め、熱した空気の衝撃波で浮かぶのがライトクラフト(→Wikipedia)、そして映画トランスフォーマーでも活躍したレールガン(→Wikipedia)。今、調べたら、レールガンって、リニアモーター(→Wikipedia)とは違うのね。同じだと思ってた。

 色々とフィクションにも言及してるのも嬉しい。意外なのが、機動戦士ガンダム。あれに出てきたスペース・コロニー、ネタ元はジェラード・K・オニールの「ハイ・フロンティア」。論文発表が1974年9月「フィジックス・トゥデイ」、ガンダムの放送開始は1979年。当時最新のアイデアを映像化したわけだ。

 以後、バイオスフィア2の意外な失敗原因を通し、やっとテラフォーミングの話へと向かう。パターンは4つ。生物学的な手段でゆっくりやるもの、工学的な手段で100年以内で実現するおの、その中間案、そして局所的に居住可能な場所を作っていくパラテラフォーミング。

 読む限り、最も現実的なのは第4案だろうなあ。火星の赤道付近を高さ1kmぐらいの「天井」で帯状に覆っちまえ、という案。最初は団地程度の小規模で始められるし、最終的な規模も調整可能だし、途中での計画変更にも柔軟に対応できるし。今のところ地震はないみたいだけど、永久凍土が溶けたら地すべりが起きる…かな?

 マニアにはちょっと物足りないけど、あまり濃くない人には、初歩からわかりやすく親切に教えてくれる上に、当時としては最新のトピックも積極的に取り上げた、読んでいて楽しい本だ。

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2013年2月 3日 (日)

パオロ・バチガルピ「シップブレイカー」ハヤカワ文庫SF 田中一江訳

「ないしろ大金だからな。あんたが自分たちは道をはずれたことをしないと思ってるただひとつの理由は、あんたはふつうの連中みたいに金を必要としないってことなんだ」

【どんな本?】

 石油が枯渇し温暖化で海面が上昇し遺伝子改造技術が暴走した未来を舞台に、底辺で這いずり回る人々に焦点をあてた作品を送り出している新鋭SF作家パオロ・バチガルピの新作は、なんとYA(ヤング・アダルト)、しかも見事にローカス賞YA長編部門を受賞した。

 「ねじまき少女」と同じ世界のアメリカで、船舶解体作業員として劣悪な環境で日銭を稼ぐ少年ネイラーが、座礁した高速船から少女を救い出した事から、命がけの冒険に巻き込まれ…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は SHIP BREAKER, by Paolo Bacigalupi, 2010。日本語版は2012年8月25日発行。文庫本縦一段組みで本文約417頁+訳者あとがき5頁。9ポイント40字×17行×417頁=約283,560字、400字詰め原稿用紙で約709頁、長編小説としてはやや長め。

 最近の訳者さんらしく翻訳SF小説としては日本語はこなれているが、さすがにライトノベルとしては手こずるかも。とまれ、この内容じゃあまり軽い文体は似合わないしなあ。

【どんな話?】

 座礁した廃船の狭いダクトに潜り込み、銅線など価値のある廃物を回収する仕事で、ピマやスロスたち軽作業クルーと共に働き食いつないでいる少年ネイラー。もともと、人が潜りこむことなど想定していない配管ダクトなだけに、狭く明かりはないし作りもモロく、アスベストの屑やネズミの糞が舞い空気も悪い。入り組んだ配管ダクトは迷路で、下手に迷い込めばそのまま干からびる。体が小さく軽い子供だからこそ出来る作業で、だから強欲なボスのバピも雇ってくれる。

 その日、ネイラーが潜りこんだダクトは折り悪くも折れてしまい、ネイラーは船内の廃油溜まりに落ちた。真っ暗な廃油の中、たったひとつの救いの糸は上にいるスロス。だがスロスはネイラーの仕事を狙っているし、石油を巧く捌く手を見つければ大金持ちになれる…ラッキー・ストライクは、そうやってのし上がった。助けを求めるネイラー、だがスロスは…

【感想は?】

 暗~い作風のパオロ・バチガルピがYA?大丈夫かいな?と思ったら、やっぱりバチガルピだった。

 社会の底辺の少年が、危機に瀕したお金持ちのお嬢様を救い、冒険の旅に出る。これだけなら「ハヤテのごとく!」かい、ってな感じのボーイ・ミーツ・ガールの黄金パターン、おまけにYA市場狙いだ。普通ならハラハラ・ドキドキの冒険と甘~いラブロマンスが展開するはずが、バチガルピじゃどこに飛んでいくか判らない。しかも、「ねじまき少女」と同じ世界だし。

 ってんで読みはじめたら、やっぱりバチガルピだった。なんたって、ネイラー君の立場からして、やたらと過酷。狭く脆い配管ダクトに潜る仕事だ。体が小さい子供だから出来る。下手に育っちまったら…。というか、その前に、子供がアスベストの屑が舞う配管ダクトの中を這いずり回る仕事で食いつなぐって、どうよ。

 こうなっちまったのも、石油が枯渇したのが原因。世界の経済は大きく混乱し、ごく少数の金持ちと大半の貧民に別れてる。合衆国政府は無力となり、労働基準法も児童福祉法も吹っ飛んでいる。この世界観は、ブッシュJr.政権の新自由主義を皮肉ってるんだろうなあ。中盤以降では海面の上昇やハリケーンの大型化も示唆され、これまた地球温暖化に関心を持たない合衆国政策への批判とも取れる。つまりはバチガルピって、そういう人なのだ。

ちょっと政治的な背景を補足すると、新自由主義は背景にリバタリアニズムがある。市場経済を信奉し、政府による介入を出来るだけ避けよう、という主張。一見、保守主義に見えるが、人種差別や職業差別に反対し、薬物の合法化も求めるあたりが違う。同時に最低賃金の撤廃や少年労働の解禁も求めてたりする。つまりは「個人の選択の自由を出来る限り広げろ、法による規制は弊害が多い」とする思想で、自由原理主義と自称している。ウォルター・ブロックの「不道徳教育」は優れた参考書だ。SF作家では、ロバート・A・ハインラインとジェイムズ・P・ホーガンがリバタリアンとして有名。そして、バチガルピは、彼らと大きく対立する立場を取っている。

 悲惨なネイラー君の立場だが、読み進めるに従って、実は更に悲惨である由が次第にわかってくる。いつの世にも働き手は多くて、仕事は少ない。少ない仕事をどう配分するかというと、大抵の場合はギルドを作って自衛する。ネイラー君もピマをボスとするクルーに入って仕事にありついている。

 こういうスラムでの少年労働の描写が、バチガルピは容赦なくえげつない。よくこれでYAで出せたもんだ。しかも、ネイラー君は家庭にも問題を抱えていて…

 まあ、そういう環境で育った少年だけに、お姫様を助ける過程や、助けた後の冒険も、なかなか甘い話とはならない。助けた相手はお金持ちのお嬢様、自分はしがないシップブレイカー。僻みだって、たっぷりある。ハヤテ君のように、「お嬢様、お手をどうぞ」とはいかない。こういう底辺で足掻く者の屈折した気持ちを正直に書いちゃうあたりが、リアルでもあり、読んでいて苦しくもあり。これこそがバチガルピの真骨頂なんだが、YAでここまで書いていいのか?まあ、お嬢様の方も、御伽噺のお姫様って感じじゃないんだが。

 そんな世界なだけに、出てくる大人もロクなもんじゃない。雇い主のバピは強欲だし、ネイラーの親父リチャード・ロペスは腕っ節自慢のジャンキーで、近所のならず者の上に君臨している。だが、たまにはまっとうな人もいる。ピマの母親サドナは、リチャード・ロペスと張り合える腕っ節と、聖母のごとき博愛主義が共存した稀有な人。

 そして、正体不明な不気味さを持つトゥール。遺伝子改造技術が発達したこの世界で、半人と呼ばれる、ヒトと他の動物の遺伝子を掛け合わせた、使役動物のような存在。といっても大人しいわけじゃなく、身体能力は極端に優れ、格闘じゃ人間に勝ち目はない。半人の物理的なパワーも怖いが、労働力が有り余ってる世界で、更に半人を作り出す資本家の論理も怖い。

 YAらしく、ネイラーの成長を示すイベントもあって、これがなかなか過酷。この辺もまた、家庭における父親の存在が大きいアメリカの文化を皮肉っているようで、バチガルピらしい。

どっかで聞いた話なんだが、世の中には「かーちゃん文化」と「とーちゃん文化」があるそうな。子供がとーちゃんとかーちゃん、どっちと強く結びつくかの違いで、日本やイタリアはかーちゃん文化。イタリアはマリア信仰が強いし、日本もかーちゃんAA J('ー`)し はあるが、とーちゃんAAはない。対してアメリカはとーちゃん文化で、「カッコーの巣の上で」や映画「ラスト・ボーイスカウト」によく現れている。

 ライトノベルとするには、ちと刺激が強すぎる内容だが、これで何人かの青少年がSFに嵌ってくれれば、SF大会の高齢化も緩和されようというもの。次は是非「第六ポンプ」に挑戦して頂きたい。

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2013年2月 1日 (金)

加藤重広「その言い方が人を怒らせる ことばの危機管理術」ちくま新書812

怒っている相手に対処する場合には、相手の怒りを理解する姿勢を示す必要がある。それが「空気は読めていますよ」というサインになるわけだ。

【どんな本?】

 ブログをやっていると、炎上が怖い。電子掲示板などでも、言葉尻のあげつらいで激論になったりする。おしゃべりする際も、「なんかムカつく奴」がいる。話す内容はスジが通っていても、どうにも納得できない時がある。逆に、頼み方が上手で気持ちよく相手を納得させてしまう人もいる。

 それが他の人ならどうしようもないが、自分が無意識の言葉遣いで人を不愉快にさせているなら、早く直したい。では、具体的にどうすればいいのか。どんな所に注意すればいいのか。

 言語学の準教授で用語論を研究する著者が、ビジネスやおしゃべりに役立つ「ことばづかい」の具体的なアドバイスを挙げつつ、その陰にある「なぜ不愉快になるのか」というメカニズムを分析し、更にその奥にあって文脈を構成している「それは日本語のどんな特質に拠るものか」「それは日本のどんな文化・社会構造が働いているのか」に迫る、ビジネス書のフリをした日本文化論の入門書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2009年11月10日第1刷発行。新書版ソフトカバー縦一段組みで本文約227頁+あとがき4頁。9ポイント41字×16行×227頁=約148,912字、400字詰め原稿用紙で約373枚。長編小説なら短め。

 言語学の研究者が書いた本だが、読者に一般人を想定した本であり、文章は読みやすい。また、内容は身近で「ありがち」なケースを多数取り上げていて親しみやすい上に、あまり専門的な言葉も出てこない。文章は平易で内容も親しみやすいので、あっさり読み終える事もできるが、「あるよね、そういうの、例えば…」などと自分の体験や身近な人のクセを思い浮かべてしまうと、なかなか進まなかったりする。

 また、重要な部分は目立つゴチック体にしてあるのも、実用書として嬉しい配慮。

【構成は?】

 序章 なぜうまく伝わらないのか?
第1章 ことばの危機管理
第2章 誤解されることば
第3章 ロゴスとパトスを使いこなす
第4章 読むべき空気と読まざるべき空気
第5章 敬語よりも配慮
終章 時代の求めることばのありかた
 あとがき

【感想は?】

 書名からしてビジネス書っぽい雰囲気で、実際に「こういうことばづかいが人を不愉快にさせます、こういう言い方をしましょう」というアドバイス満載の本だ。が、面白いのは、その後。

 人は時と場所に応じてことばづかいを変える。家庭と職場と友人仲間、それぞれしゃべり方が違うはずだ。私もブログでは一人称が「私」だが、友人と話す時は「俺」になる。ゲームが好きな人が、同じゲーム好きの仲間と話す際は、アイテム名に略称を使うだろう。例えば、地球防衛軍のファンはスナイパーライフルのライサンダーZを礼賛乙と表記したりする←わかりにくい例だな

 略称を使うには理由がある。仲間同士にしか通じないから仲間意識が高まり親しみが増すし、なにより早い。逆に見ると、短い言葉は「普段着」であって丁寧じゃない。丁寧にするには、長くすればいい

 …などと考えると、無駄にクドクドと長いわりに内容のない離し方になったりする。なりませんか、あなた。私はよくなります。そしてボスをイライラさせます。

 この本のアプローチは、今の私の説明と逆で、「無駄に長くてクドい」例を挙げ、そこから「丁寧にすれば長くすればいい」という心理を導き出す。そして、「長くするにしても、こういう所をおさえておこうよ」と、再びアドバイスに戻る形になっている。

 「無駄にクドい」という現象から、その背景にある舞台設定に視野を広げ、そこに立つ話者の心理を推測し、その心理に至るメカニズムを暴きだし、原理を明確にする。この過程が、「おお、なるほど」と思える心地よさに満ちている。無意識にやっているとはいっても、そうしたくなる気持ちはわかっているつもりなんだが、普通の人はあまり突き詰めて考えない。そこを研究者らしく構造を明らかにする。

 つまりは「なんとなく感じている事」を明確に言語化する、ただそれだけと言ってもいい。が、明確に言語化されれば、それは論理として議論できるし、なにより「法則」として応用が利く。そこまでいかなくても、「なんとなく感じている事」が「言葉として明示される」のは、読んでいて気持ちがいい。

 昔のIT系の職場は、技術に疎い人がボスになる場合が多かった。そこで技術的に込み入った問題をボスに説明するのは、なかなか難しい。単に内容を理解させるのが難しいだけでなく、感情的な問題もあるのだ。これを、著者が綺麗に言語化しているのには恐れ入った。

自分で「わかる」ことが理想であって、他人に「わからせられる」ことが不名誉で傷つくことだ

 部下や後輩にモノを教えるのは楽なんだが、上のものに説明するのは難しい。その裏にある心理劇を、ロゴス(論理)とパトス(気持ち)にわけて説明されると、「ふんふん、そういうもんか」と納得してしまう。

 私が最も面白いと思ったのは、「おカタい文章」と「やわらかい文章」の違い。これを、和語(やまとことば)と漢語/造語の役割の違いで説明している。明治に輸入されたモノ・概念・制度などは

ロゴスとして取り込まれ、これに漢語を当てたから、日本語の中で漢語はロゴスを表すという印象が強くなった。同時にパトスとしての日本語は抑圧され、特にパトスを表す和語は感覚的なものとみなされるようになり、現在の漢語と和語の役割分担が確立した

 これを逆手に取ると、気持ちを伝えるには和語の方がいいよ、という事になる。意味を伝えるには漢語、意図を伝えるには和語。

 言葉なんてのは大抵が無意識に使っているもので、その奥にあるメカニズムにまで踏み込んで考える事は滅多にない。なんとなくわかっているつもりのメカニズムを言葉にして示す、基本的にはそれだけの本なので、「なんが、当たり前じゃん」と思う人も多いだろうが、そういう言語化を心地よいと感じる人には、なかなか興味深い本だろう。

 また、「日本人はある状態やある動作を行うことに対して釣り合う資格や身分であるかどうかに敏感なのである」などと、日本の文化論としての側面もある。実はこの辺、日本の対比物として欧米しか視野に入っていないような気もして少々不満もあるんだが、文化論にまで踏み込んだ姿勢は面白い。ベトナムやアラブと比べたら、どうなるんだろう?

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