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2013年2月 1日 (金)

加藤重広「その言い方が人を怒らせる ことばの危機管理術」ちくま新書812

怒っている相手に対処する場合には、相手の怒りを理解する姿勢を示す必要がある。それが「空気は読めていますよ」というサインになるわけだ。

【どんな本?】

 ブログをやっていると、炎上が怖い。電子掲示板などでも、言葉尻のあげつらいで激論になったりする。おしゃべりする際も、「なんかムカつく奴」がいる。話す内容はスジが通っていても、どうにも納得できない時がある。逆に、頼み方が上手で気持ちよく相手を納得させてしまう人もいる。

 それが他の人ならどうしようもないが、自分が無意識の言葉遣いで人を不愉快にさせているなら、早く直したい。では、具体的にどうすればいいのか。どんな所に注意すればいいのか。

 言語学の準教授で用語論を研究する著者が、ビジネスやおしゃべりに役立つ「ことばづかい」の具体的なアドバイスを挙げつつ、その陰にある「なぜ不愉快になるのか」というメカニズムを分析し、更にその奥にあって文脈を構成している「それは日本語のどんな特質に拠るものか」「それは日本のどんな文化・社会構造が働いているのか」に迫る、ビジネス書のフリをした日本文化論の入門書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2009年11月10日第1刷発行。新書版ソフトカバー縦一段組みで本文約227頁+あとがき4頁。9ポイント41字×16行×227頁=約148,912字、400字詰め原稿用紙で約373枚。長編小説なら短め。

 言語学の研究者が書いた本だが、読者に一般人を想定した本であり、文章は読みやすい。また、内容は身近で「ありがち」なケースを多数取り上げていて親しみやすい上に、あまり専門的な言葉も出てこない。文章は平易で内容も親しみやすいので、あっさり読み終える事もできるが、「あるよね、そういうの、例えば…」などと自分の体験や身近な人のクセを思い浮かべてしまうと、なかなか進まなかったりする。

 また、重要な部分は目立つゴチック体にしてあるのも、実用書として嬉しい配慮。

【構成は?】

 序章 なぜうまく伝わらないのか?
第1章 ことばの危機管理
第2章 誤解されることば
第3章 ロゴスとパトスを使いこなす
第4章 読むべき空気と読まざるべき空気
第5章 敬語よりも配慮
終章 時代の求めることばのありかた
 あとがき

【感想は?】

 書名からしてビジネス書っぽい雰囲気で、実際に「こういうことばづかいが人を不愉快にさせます、こういう言い方をしましょう」というアドバイス満載の本だ。が、面白いのは、その後。

 人は時と場所に応じてことばづかいを変える。家庭と職場と友人仲間、それぞれしゃべり方が違うはずだ。私もブログでは一人称が「私」だが、友人と話す時は「俺」になる。ゲームが好きな人が、同じゲーム好きの仲間と話す際は、アイテム名に略称を使うだろう。例えば、地球防衛軍のファンはスナイパーライフルのライサンダーZを礼賛乙と表記したりする←わかりにくい例だな

 略称を使うには理由がある。仲間同士にしか通じないから仲間意識が高まり親しみが増すし、なにより早い。逆に見ると、短い言葉は「普段着」であって丁寧じゃない。丁寧にするには、長くすればいい

 …などと考えると、無駄にクドクドと長いわりに内容のない離し方になったりする。なりませんか、あなた。私はよくなります。そしてボスをイライラさせます。

 この本のアプローチは、今の私の説明と逆で、「無駄に長くてクドい」例を挙げ、そこから「丁寧にすれば長くすればいい」という心理を導き出す。そして、「長くするにしても、こういう所をおさえておこうよ」と、再びアドバイスに戻る形になっている。

 「無駄にクドい」という現象から、その背景にある舞台設定に視野を広げ、そこに立つ話者の心理を推測し、その心理に至るメカニズムを暴きだし、原理を明確にする。この過程が、「おお、なるほど」と思える心地よさに満ちている。無意識にやっているとはいっても、そうしたくなる気持ちはわかっているつもりなんだが、普通の人はあまり突き詰めて考えない。そこを研究者らしく構造を明らかにする。

 つまりは「なんとなく感じている事」を明確に言語化する、ただそれだけと言ってもいい。が、明確に言語化されれば、それは論理として議論できるし、なにより「法則」として応用が利く。そこまでいかなくても、「なんとなく感じている事」が「言葉として明示される」のは、読んでいて気持ちがいい。

 昔のIT系の職場は、技術に疎い人がボスになる場合が多かった。そこで技術的に込み入った問題をボスに説明するのは、なかなか難しい。単に内容を理解させるのが難しいだけでなく、感情的な問題もあるのだ。これを、著者が綺麗に言語化しているのには恐れ入った。

自分で「わかる」ことが理想であって、他人に「わからせられる」ことが不名誉で傷つくことだ

 部下や後輩にモノを教えるのは楽なんだが、上のものに説明するのは難しい。その裏にある心理劇を、ロゴス(論理)とパトス(気持ち)にわけて説明されると、「ふんふん、そういうもんか」と納得してしまう。

 私が最も面白いと思ったのは、「おカタい文章」と「やわらかい文章」の違い。これを、和語(やまとことば)と漢語/造語の役割の違いで説明している。明治に輸入されたモノ・概念・制度などは

ロゴスとして取り込まれ、これに漢語を当てたから、日本語の中で漢語はロゴスを表すという印象が強くなった。同時にパトスとしての日本語は抑圧され、特にパトスを表す和語は感覚的なものとみなされるようになり、現在の漢語と和語の役割分担が確立した

 これを逆手に取ると、気持ちを伝えるには和語の方がいいよ、という事になる。意味を伝えるには漢語、意図を伝えるには和語。

 言葉なんてのは大抵が無意識に使っているもので、その奥にあるメカニズムにまで踏み込んで考える事は滅多にない。なんとなくわかっているつもりのメカニズムを言葉にして示す、基本的にはそれだけの本なので、「なんが、当たり前じゃん」と思う人も多いだろうが、そういう言語化を心地よいと感じる人には、なかなか興味深い本だろう。

 また、「日本人はある状態やある動作を行うことに対して釣り合う資格や身分であるかどうかに敏感なのである」などと、日本の文化論としての側面もある。実はこの辺、日本の対比物として欧米しか視野に入っていないような気もして少々不満もあるんだが、文化論にまで踏み込んだ姿勢は面白い。ベトナムやアラブと比べたら、どうなるんだろう?

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