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2013年2月25日 (月)

ブライアン・グリーン「隠れていた宇宙 上・下」早川書房 竹内薫監修 太田直子訳 2

この二人(レナード・サスキンドとヘーラルト・トホーフト)の大胆な思索家の提案によると、私たちが慣れ親しんでいる三次元の現実は、そのような遠くで起こっている二次元の物理現象をホログラフィーで投影したようなものだというのである。

【どんな本?】

 ブライアン・グリーン「隠れていた宇宙 上・下」早川書房 竹内薫監修 太田直子訳 1 から続く。

 物理学者であり、超ひも理論の現役研究者の著者が、現代の最新物理学が予想する奇怪な宇宙の姿――パッチワークイルト多宇宙・インフレーション多宇宙・ブレーン多宇宙・サイクリック多宇宙・ランドスケープ多宇宙・量子多宇宙・ホログラフック多宇宙・シミュレーション多宇宙・究極の多宇宙――を紹介すると共に、それを生み出す背景となった様々な最新の物理理論を解説する。

 また、これらの奇怪な宇宙論がもたらす科学界への衝撃と、それを巡る科学者間の論争を説き起こし、科学の意義や方法論、そして行く末を見据える、一般向けの科学解説書。

【感想は?】

 いろんな多宇宙を紹介してるけど、実は違いがよくわからなかったりする。とりあえずパッチワークキルト宇宙は直感的に掴みやすい。無限の広さがある世界にに無限の宇宙が漂ってる、それだけ。無限の概念が飲み込めれば、なんとかなる。

 インフレーション多宇宙以降は、かなり難しい…というか、著者も正確な説明は諦めていて、例え話に終始している。インフラトン場で量子ゆらぎが起き、適切なポテンシャル・エネルギーで転げ落ちたナニがインフレーション膨張をひき起こし…なんのこっちゃ。まあよくわからんが、次から次へと泡みたいな宇宙が生まれている、そういうモデルだ。

 ブレーン多宇宙は。「実はそぐ隣に別の宇宙があるんだけど、重力以外は相互作用しないから気づかないんだよ」かな?サイクリック多宇宙は、「周期的に他の宇宙と衝突して跳ね返ってるんじゃね?」。ランドスケープ多宇宙は「それぞれの泡宇宙が、自分より宇宙定数が小さい泡宇宙を続々と産んでる」。

 量子多宇宙は、SF好きな人には STEINS;GATE などでお馴染みの、「量子の観測で云々」って話。実はこの辺から哲学的な話になってきて、下巻は上巻より読みやすかったりする。

 シュレディンガー方程式は、確率で粒子の行方を示す。ここで著者はもっともな疑問を出す。「なんで確率なの?」「場合の数が無限なら、1%はどんな意味?」そう、無限の1%は、やはり無限なのだ。困ったね。私が最も納得できる解釈は、ヒュー・エヴェレットⅢ世のもの。「一般に、日常的な場面で私たちが確率をもち出すのは、知識が不完全だからである」。コイン投げの表裏も、投げる際の力やコインの形状を完全に把握できたら、予め計算できるだろう…力学が得意な人なら。計算に必要な変数の値が決まってないから、厳密に計算できない。

 さて。上巻の末尾で人間原理が出てきた。「なんでこの宇宙の様々な定数は、人間が生きるのに適した値なのか?」という問いが、はじまり。多宇宙論を持ち出すと、あっさり問いを放り投げられる。「いろんな定数の宇宙があって、その中にたまたま人間に都合のいい宇宙があったから、人間が発生したんだ。沢山の宇宙があれば、中にはひとつぐらい都合のいい宇宙が出来ることもある」と。

 ただ、この解は、同時に物理学の方向性を左右しかねない解でもある。「この定数がこの値なのは、なぜか?」という問いを、無意味にしてしまうからだ。全部、「偶然」でケリがついてしまう。引用しよう。

問題は深刻である。多宇宙を使わない普通の論法で十分に説明できる部分があるのに多宇宙をもち出すと、科学はその謎全体を解明する勢いを弱めてしまうかもしれない。

 「多宇宙」を「神」に置き換えると、深刻さがわかると思う。もちょっと科学っぽい例えなら、「エーテル」に置き換えてもいい。エーテルの場合、その存在を確認する方法があった(→Wikipedia)。結果は「そんなものはない」だったけど。が、多宇宙の場合は、理論上、観測できない。いや多分あるんだけど、現代の技術じゃ実現できない、というか、観測する方法が見つかっていない…今のところ。

 「あるかないか判らないなら、創ってみよう」と無謀な事を考える人もいて、「宇宙を作る」などと稀有壮大な話も出てくる。インフラトン場があるとすれば、理屈の上では作れるんだが、出来上がった宇宙は…

インフレーションの泡が周囲の環境をのみ込まないのは安心だが、その反面、肝心の宇宙創造がなされたという証拠がほとんどない。新しい空間を生み出すことによって広がる宇宙は、そのあと私たちの宇宙から切り離されるので、私たちには見えない。

 残念。私が美女と美少女にモテモテな宇宙は作れても、今の私には何の変化もないのだ。がっくり…と思ったら。

実際、新しい宇宙がくびれて切れるとき、その唯一の残りは(略)深い重力の井戸であり、私たちにはブラックホールに見える。そしてブラックホールの縁の向うを見ることはできないので、実験が成功したかどうかを確認することもできない。

 …あれ?じゃ、ブラックホールに飛び込めば、その向うは私がモテモテな宇宙かも←しつこい。まあ、その前に潮汐力でズタズタになるか、ホーキング放射で黒焦げになるんだけど。

 このホーキング放射の理屈が面白い。実は空間じゃ、量子が対生成され速攻で対消滅しているのだ。ところがブラックホールの事象の地平線の近辺だと、対消滅する前に片方が飛び出してしまう。正エネルギーの粒子が飛び出し、負の粒子が落ちると、ブラックホールはエネルギーを放射してるように見える。これがホーキング放射。その代償として、ブラックホールは負の粒子を飲み込み質量が減る。

 よくわからんが、ブラックホールはエネルギー源として使えるのか?と思ってしまう。次第に痩せていくにせよ、適度にゴミを食わせれば回復するだろうし…と思ったら。「ブラックホールの熱で夕食のバーベキューをするためには、その質量が地球の約一万分の一でなければならず」と、ちと難しそう。地球の質量が5.9742×1024kgだから、6×1017トン?いずれにせよ、押入れには収納できないなあ。

 などと、多宇宙論そのものがSFのネタとして面白い上に、他のエピソードもSF者の琴線を震わすものばかり。上巻はかなりキビしいが、下巻ではガラリと思弁的になって親しみやすくなる。完全に理解できる人は滅多にいないだろうけど、現代物理学の面白さは伝わってくる。楽しむコツは、「わからん所は読み飛ばす」こと。なんとかなります、多分。

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