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2013年1月 2日 (水)

クリス・エヴァンス「精密の歴史 人間はいかに精度をつくってきたか」大河出版 橋本洋/上野滋共訳

 精密工学は、新しいテクノロジーと考えることができる。つまる、少なくとも従来の専門分野の構成要素を新たにグループ化し、包含するものである。ただ「精密工学研究者」の新興共同体は、まったくといってよいほど共通の文化を持たず、産業革命よりはるかに先んじている時計製作や天文学、機器製作にそのルーツを持ちながら、歴史に対する感覚がない。

 ここで説明した背景にある論理的な拠りどころは、「精密工学の歴史」を確立することによって、無駄な際発明を少しでもなくしたいということであった。世の中には、単純な歴史など存在しない。

【どんな本?】

 天体の運行や経過時間などをより正確に測るなどの科学の要求や、仕様に出来る限り近いボルトやナットを作り誰がどこで作ったボルトやナットでも自由に組み荒らせて使いたいなどの工学・産業の要求に応えるため、科学者や職人は正確に測る・作る努力を費やしてきた。それは熱による膨張や重さによるたわみ、または材質の不均衡や床の振動など、誤差を招く要因との戦いでもあった。

 この本は、研究者・工学者そして技術者向けに精密を追及した歴史を綴るとともに、細分化しがちな精密工学の関係者たちに向け俯瞰的な視点をもたらし「車輪の再発明」を防ぐ目的で出版された。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Precision Engineering : an Evolutionary View, by Chris Evans, 1991。日本語版は1993年5月20日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約252頁。8.5ポイント39字×20行×約252頁=約196,560字、400字詰め原稿用紙で約492枚。小説なら標準的な長編小説の分量。

 量こそ少ないものの、かなり読みにくい。訳者は両名とも工学者で、読みやすさより正確さを優先した文章である上に、そもそも機械工学の研究者・技術者・学生を読者に想定しているため、「割出し」「剛性」「親ねじ」など機械工学の専門用語が説明なしで出てくる。学術書または論文と思っていい。

【構成は?】

 日本語版へのまえがき/まえがき
序論
第1章 なぜ精密か
第2章 設計思想と技術
第3章 精密機械要素
第4章 円周および直線割出装置
第5章 回折格子の生産
第6章 コンパレータと長さ標準
第7章 ダイヤモンド工具とシングルポイント旋削加工
第8章 精密工学を築いた人々
むすび
 「精密の歴史」概略年表/略語・頭字順/注記と参考文献/索引/訳者あとがき

 頁の上1/4が本文で、下1/4に図版・表・写真などの補足資料を置く体裁。頁をめくらずにイラストを参照できるのはありがたい。「注記と参考文献」は40頁にも及び、完全な専門書だ。

【感想は?】

 自分が期待した内容と、だいぶ違っていた。

 期待した内容は。5W1H、つまり「誰が・何を・いつ・どこで・なぜ(動機または目的)・どうやって・どれぐらい」の、「どうやって」に比重を置いた本、つまり正確に測る・作る手法や道具の進歩を語りつつ、「精密」を作り出す技術の基礎を学べる本だと思っていたのだが。

 実際には、専門家向けの本だった。5W1Hだと、「誰が」の比重が最も重く、それに「何を・いつ」が続く。つまりは、「最初に手法や道具を編み出した栄誉は、誰に与えるのが妥当か」に重点が置かれている。私が期待した「どうやって」の部分は、省略されていたり、専門用語満載で歯が立たなかったり。

 まあ、それは間違った期待をした私が悪いのであって、本書の欠点とするのはいいがかりだろう。

 さて。普通の人が精密機械と言われてまず連想するのは、時計だろう。これについては同じ意見の専門家もいて、ルイス・マムフォード曰く。

近代産業時代の基調をなす機械は、蒸気機関でなく時計である。時計は近代技術の先端を行くものであり、それぞれの時代において首位を保ってきた。時計は、他の機械が熱望する技術の極地である。さらに時計は、多くの機械仕事のモデル的役目も果たしてきた。

 としている。だが、別の意見もある。W.F.ダーフィーは「互換性の真のパイオニアは印刷業者であり、彼らは動かす活字の寸法をある限度以内に維持しなければならなかった」と主張し、更にこう続ける。

工作機械で製作する重要な機械要素のなかで、互換性を求められたのは歯車だった。そのために歯形の精度とピッチの均一性が最も重要であることは、時計メーカーがはっきりと証明していた。

 精度の敵はいろいろあって、まずは温度。金属は熱で膨張するからね。クロノメーターを作ったジョン・ハリソンは鉄と真鍮を組み合わせた。他に室温を一定にしたり、木やコンクリートなど材質を工夫したり。18世紀のジョン・バードはグルニッヂ天文台で、「室内の3、4人の体温が太陽と同じ影響を与えるので、私は、助手の入室を一人以上は決して認めなかった」。

 振動対策も大変。台座に花崗岩やコンクリートを使えば熱での膨張・収縮が少なくて便利だけど、振動は伝わってくる。「風のある日には、刻線製作は機械が設置されている建物の近くにある木の揺れによって影響を受けた」とか道路を走る馬車の振動とか。

 ここで、有名なマイケルソン・モーレーの実験(→Wikipedia)が出てきたのは嬉しかった。エーテルの存在を実証するため、「向きにより光の速度が変わる」由を証明しようとした実験。これに使った装置、石のテーブルの上に光学装置があるんだが、その石のテーブルは水銀の上に浮かべてある。水銀の上に乗せる、という案は、かなり愛用されていた様子。

 加工機械の花形といえば、やはりダイヤモンド。硬いんで、金属を加工する刃先などに使われる。最古の記録は1779年のジェシー・ラムズデンが直線刻線機の製作で「工具の先端にダイヤモンド切れ刃を付けた」と記述している。工業用ダイヤモンドは色々な名前で呼ばれてて、Carbonado とか Black Diamond とか bort とか。「この10~15年間に、合成多結晶ダイヤモンド工具が入手かのうになり」って、パソコンの低価格化にも関係してるのかしらん…と思ったら「コンピュータメモリ用ディスクは、現在光学以外の応用分野で主たるものである」そうな。

 先のジョン・ハリソンを初め、ティコ・ブラーエやロスアラモス国立研究所、またはツァイスなどメカや科学に興味がある人には馴染み深い名前が出てくるかと思えば、あまり有名でない職人さんの名前が出てきたり、出てくる人名や機械は色とりどり。金属の削り屑の匂いが漂ってきそうな、硬派で専門的な本だった。

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