ドミニク・ラピエール&ラリー・コリンズ「おおエルサレム! 上・下」ハヤカワ文庫NF 村松剛訳 2
「静粛に――瓦礫の下で負傷者が救いを呼ぶかも知れない」
――爆破されたホテル・アトランティック跡地の張り紙
ドミニク・ラピエール&ラリー・コリンズ「おおエルサレム! 上・下」ハヤカワ文庫NF 村松剛訳 1 から続く。この記事では歴史や舞台設定など、ややこしい所をかなり大雑把かつ乱雑に整理してみた。まだ2/3程度しか読了していないんで、この記事にはかなり怪しげな記述もある、とお断りしておく。手早く概要を知りたい方は、Wikipedia の第一次中東戦争をどうぞ。
【背景】
この本は、第一次中東戦争を、特にエルサレムの攻防を中心に描いたドキュメンタリーだ。ジャーナリストの著者コンビが、イスラエル・アラブ双方の政治・軍事指導者から戦場となったエルサレムに住む市民まで幅広く取材し、その歴史的・国際的背景から資金・兵器の入手、各戦闘部隊の指揮系統や先頭の様子、そして戦争に巻き込まれた市民たちの生活を鮮やかに再現する。
歴史的にややこしい土地柄でもあり、古代からの因縁も本書で軽く触れているが、主に扱っているのは「パレスチナ分割案」を国際連合が決議した1947年11月29日から、1948年7月17日の第二次停戦案まで。
登場人物もやたらと多いことだし、自分用のメモも兼ねて背景事情を整理しておく。
歴史的には。中世、ユダヤ人に対しアラブの各王朝は比較的寛容だった。だがレコンキスタで欧州を奪回したキリスト教徒は迫害を躊躇わない。19世紀、テオドール・ヘルツルが主導する政治的シオニスムはパレスチナへの移民の波を起こし、ロシアのポグロムなどがうねりを大きくする。
移民たちはベイルートなどにいる地主たちから土地を買い、アラブ人の小作人を追い出して開拓村を作る。ヒトラーが更に移民を増やし、ユダヤ人の存在感が大きくなるのに対し、アラブ人は無力で無秩序なまま暴力的な反応を示す。自衛の必要を感じたユダヤ人はハガナの地下軍隊を成長させる。
【パレスチナ分割案】
「パレスチナ分割案」の何が問題か、というと。
ユダヤ側にとって、分割そのものは希望通り。ただ、二点ほど困る事がある。英文 Wikipedia に地図があるので見て欲しい。第一に、ユダヤ国家が薄く広く広がっていて国境線が長く、軍事的に極めて脆いこと。自警団程度の戦力しか持たないハガナでは、当事のキナ臭い情勢でアラブの正規軍相手に守り通すのは、まず不可能だ。次に、エルサレムの扱い。国連管理と言ってはいるが、発足したての国際連合がエルサレムを防衛し得るとは思えず、事実上アラブに明け渡す事になるだろう。
アラブ側では、そもそも分割案自体が納得いかない。各国の思惑はバラバラで、例えばトランス・ヨルダンはエルサレムを含むウエストバンクを自国領に組み込もうと目論んでいたし、ハジ・アミンはパレスチナ国家樹立を夢見ていた…そこでは、ユダヤ人は少数民族としての地位に落とされる。
ここで出てきたハジ・アミン、正式にはエルサレム大法官モハメッド・サイード・ハジ・アミン・エル・フセイニ(→Wikipedia)という。ユダヤ人に追い出されたパレスチナ人たちの指導者であり、第二次世界大戦ではドイツに協力して枢軸側にアラブ人を従軍させ、また連合軍に対する諜報やサボタージュやゲリラを指揮した…ばかりでなく、ナチスのユダヤ人虐殺にも力を貸した。加えてライバルになりそうなアラブ人も暗殺し、己の地位を確保する。
【軍事勢力】
登場する軍事勢力、ユダヤ側は比較的にまとまっている。大きく分けてハガナと、それ以外。
- ハガナ:ユダヤ側の主力。開拓村の自警団から発生した。指揮官はダヴィド・ベン・グリオン。精鋭部隊バルマッハを含む。
- それ以外:イルグンとシュルテン。本書ではほとんどテロリスト的な扱いであり、一般的にも過激派と位置づける人が多い。デイール・ヤッシンの虐殺も彼らの仕業とされている。
アラブ側は、ハジ・アミン率いる義勇兵部隊と、各国の正規軍。この二つはほとんど協調せず、それぞれが勝手に戦う。各国の正規軍も、統一した指揮系統を持たない。「われわれはみんな、べつべつに闘うことに意見が一致したのです」。
- 義勇兵部隊:1947年11月29日の分割案決議から1948年5月14日のイスラエル建国宣言までは、彼らがアラブの主力として戦う。当初はハジ・アミンの甥アブデル・カデルが優れた指導力を発揮するが…
- 各国の正規軍:最も存在感が大きいのは、トランス・ヨルダンのグラブ・パシャ率いるアラブ軍団、次いでエジプト軍。他にシリア,イラク,レバノン,サウジアラビア,イエメン,モロッコ,スーダンが参戦している。
これに加え、1948年5月15日までは英国軍が駐留し、治安維持の責任を負っている…タテマエ上は。本書によると、実質的にはユダヤ側の取締りには熱心だが、アラブ側には手出しをしなかった、とある。
【情勢の推移】
分割決議案に怒るアラブだが、各国の足並みは揃わない。特に主力をなすトランス・ヨルダンのアブダラ王と、エジプト王のファルクウは犬猿の仲。結局、正規軍の進軍は英軍の撤退を待って、という事になる。
エルサレムに君臨する夢を見る大法官ハジ・アミン・フセイニは勝手にゲリラ戦を始めるが、彼の元に寄せられる義勇兵は指揮の統一が取れず、山賊集団の様相を呈してくる。だが、ハジ・アミンの甥アブデル・カデルの卓越した戦略眼は、エルサレムの弱点を鋭く見抜く。
補給がなければエルサレムは維持しえない。テル・アヴィヴからエルサレムへ至る街道を封鎖すれば、エルサレムは干上がる。幸い、街道の途中にはアラブ人の村が多い。これを拠点としてユダヤ人の輸送隊を襲う。拠点を提供した村には、戦利品の略奪を許せば喜んで協力するだろう。
同じ事はユダヤ側も考えていた。バスやトラックの両側に鉄板を打ち付けて即席の装甲車とし、コンボイを組んで輸送を始めるが、アブデル・カデルの戦略は優れた効果を上げ、エルサレムは次第に飢えていく。
ユダヤ側は圧倒的に戦力が少なく、開拓村は各地に分散している。全軍指揮官のベン・グリオンは政治的配慮で「一つの村も放棄してはならない」と主張するが、エルサレム防衛を任されたデビッド・シャルテールは軍事的見地から「幾つかの村を放棄して戦線を縮小すべし」と具申する。
アラブ,イスラエル両側ともに、村やエルサレムに住む敵側住民を退去させようと嫌がらせを始める。直接的な爆弾テロはもちろん、張り紙や無言電話などの陰険な手法も総動員して。そんな中、暴走したイルグンとシュルテンはアラブ人の村デイール・ヤッシンを襲撃、平和な村を地獄に変える(→Wikipedia)。
虐殺事件は、アラブ側に二つの動きをもたらす。一つは復讐の喚起であり、以後アラブは「デイール・ヤッシン」を合い言葉に闘志を奮い立たせ、民間のユダヤ人への虐殺が始まる。もう一つは難民の発生だ。虐殺を恐れるアラブ人はエルサレムや村を捨て、近隣の国へ退去を始める。
去って行った人びとは殆ど例外なく、裕福な人びとだった。大法官指揮下の政治的指導者たちがそれにつづく。アラブ高等委員会のうちエルサレムにとどまったのは二人だけだった。立派な人たちだたが、二人とも七十代の病人である。
指導者たちを見習い、次第に避難者の波は大きくなる。ユダヤ側の思惑は、虐殺によって現実となった。
【やっと感想】
アブデル・カデルの締め上げは効果を奏し、飢え始めるエルサレム。ギリギリと締め付けられるような緊張感が続くこの本だが、ユーモアも忘れないのが著者両名の憎いところ。水も配給制となったエルサレムに、輸送隊は二人の新しい住民を運んでくる。
床屋と娼婦である。
「おお、二人を迎えることは何という悦びだったろう」と青年のひとりが回想している。「床屋の門口にわれわれ全員が行列をつくりに行った。綺麗に剃ってもらってから、みんなで女のところに行列をつくりに行ったものだ」
まったく、男ってのはw
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