ドミニク・ラピエール&ラリー・コリンズ「おおエルサレム! 上・下」ハヤカワ文庫NF 村松剛訳 1
「紀元70年から今日まで、エルサレムの鍵がユダヤ人の手にわたったことは一度もありません。あなたの民がこの特権を手に入れたのは、したがって十九世紀間を通じてこれがはじめてです」
【どんな本?】
1947年11月29日、国際連合はパレスチナ分割案を採決する。喜びにわき乱痴気騒ぎとなったエルサレムのユダヤ人地区をよそに、ユダヤ人の秘密民兵組織ハガナを率いるダヴィッド・ベン・グリオンは沈思した。「この連中は戦争を盆踊りではじめられると考えている」。
翌朝未明、エルサレムの大法官モハメッド・サイード・ハジ・アミン・エル・フセイニは、レバノンの避暑地アレイのホテルの一室から電話をかける。彼の指示によりエルサレムで発生したアラブ人のデモは放火へと発展し、ユダヤ人右派イルグンによるアラブ人映画館「王者」の襲撃・放火へと連鎖する。エルサレムは戦場になった。
同日、エラザール・シュルケはベトレヘムの聖降誕教会そばのアラブ人の土産物屋を訪ねていた。採決の後もアラブ人商人と取引が続けられるか、それを彼は心配しいていた。そこにあった羊皮紙の断片は、20世紀最大の考古学的発見、すなわち死海文書だった。
1948年5月14日イスラエル独立と同時に発生した第一次中東戦争。フランスのドミニク・ラピエールとアメリカのラリー・コリンズのジャーナリスト・コンビが5年に渡る綿密な取材・調査を基に、イスラエル・アラブ諸国の政府・外交官はもちろん各軍の将兵から戦場に住む市民まで、膨大なエピソードでエルサレムの攻防戦を中心に第一次中東戦争を再現し、今なお続くパレスチナ問題の原点を描き出す、ドキュメンタリーの金字塔。
ただ残念ながら今は絶版で入手困難。古本で買うか、図書館で借りよう。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は O Jerusalem, by Dominique Lapierre and Larry Collins, 1971。日本語版は1974年に単行本で出版、1980年2月15日にハヤカワ文庫NFから文庫本発行。文庫本とはいえ上下巻で本文約424頁+398頁=約822頁に加え訳者あとがき9頁。8ポイント43字×20行×(424頁+398頁)=約706,920字、400字詰め原稿用紙で約1,768枚。長編小説なら三冊分を越える大ボリューム。
文章そのものは読みやすいが、分量に相応しくエピソードは多数で登場人物も凄まじく多い。登場人物一覧をつけて欲しかった。各エピソードの記述方法が凝っていて、最後で意味がわかる仕掛けになっており、大抵の挿話はもう一度読み直す羽目になる。また舞台がエルサレムなだけに、歴史・宗教的な事柄の引用が頻繁に出てくる。聖書や世界史に詳しいとより楽しめるが、わからなくてもなんとかなる。質・量ともに読み応えは充分。じっくり時間を取って取り組もう。
【構成は?】
上巻
プロローグ
第一部 聖地の分割――1947年11月29日
1 ニューヨークのスケート場
2 「ついにわれわれは自由の民となった」
3 長い苦難のみち
4 「チチ キロニ ツイタ」
5 プラハのパ・ド・ドュー
6 聖書と拳銃
第二部 金と武器――1948年冬
7 「エルサレムを絞め殺すのだ」
8 「あんなに長いあいだ、あたしたちは隣人だったではないの?」
9 ハガナのサンタ・クロース
10 不条理への旅
11 「市街へのみちにある、バブ・エル・ウェドよ」
12 ごるだ・メイアーの25の「ステファン」
13 「救済は空から訪れる」
第三部 エルサレム包囲――1948年春
14 襟さレムの外人部隊兵
15 一閃の白光
16 外交官たちの一階の部屋
17 老人と大統領
18 「ご婦人は毛皮の服でどうぞ」
19 「地獄の中の家」
20 夜の飛行場
21 緩衝板の上の四つのことば
22 「昨夜殺したアラブ人のひとりさ」
23 静かな村の最後の夜
24 「シャローム、おまえ……」
25 戦争へのみち
下巻
第三部 エルサレム包囲――1948年春(つづき)
26 卵と砂糖とマツア
27 グラブ・パシャからのしらせ
28 「私たちはもどって来ます」
29 「それでは行って石を投げたまえ」
30 わずか一票の差で
31 最後のポーカー
第四部 聖都のための戦い――1948年5月14日~7月16日
32 ユダヤ暦5708年8月5日
33 「彼らは守り抜くであろう」
34 「マリアの月 いちばん美しい月」
35 「いったいどんな時計を見ているのですか?」
36 一世代の悔恨
37 「ナオミ、あなたのご主人がエルサレムを救ったのよ!」
38 「雄弁かつ巨大な証人」
39 「彼ら全員を、われわれは必要とする」
40 「白旗を持って出る最初の男は、銃殺させる」
41 「血のにじむ目」
42 地獄に堕ちた人びとの饗宴
43 「エルサレムからお休みなさい」
44 「われわれはかつて、紅海を越えたではないか」
45 「アラブの民は、決してきみを赦さないだろう」
46 生者のための乾杯
47 「寒露の如く」
48 都の中の国境
エピローグ
年表/登場人物のその後/訳者あとがき
【感想は?】
これを書いている現在は、まだ全体の1/3程度しか読み終えていない。が、敢えて断言する。この本は間違いなく傑作であり、紛争・戦争を描いたドキュメンタリーとして20世紀の最高峰と言っていい。異論はあるだろうが、コーネリアス・ライアンの「いちばん長い日」(史上最大の作戦)の上を行くと私は思う。
ラピエール&コリンズの特徴は、圧倒的な取材量だ。その特徴が活きているという点で、「おおエルサレム!」は彼らの出世作「パリは燃えているか」すら凌ぐ効果を上げている。
なんといっても、登場する人物の範囲が広い。イスラエルでは初代首相となるダビッド・ベン・グリオンはもちろん、ゴルダ・メイアー,イサク(イツハク)・ラビン,エルサレム防衛司令官のデヴィッド・シャルテールなど。アラブ側ではパレスチナ抵抗運動の礎を築いたハジ・アミン・エル・フセイニとその実戦部隊を率いたアブデル・カデルを始め、サウジアラビア王イブン・サウド,エジプト王ファルクウ,そしてトランス・ヨルダンのアブダラ王とアラブ最強のアラブ軍団を率いるグラブ・パシャことサー・ジョン・ベイゴット・グラブなど。両側の政治と軍の主要人物が勢ぞろい。若き日のナセルもチラリと顔を出す。
と、戦った両側のVIPから取材しているのはもちろん、それ以上にこの作品を盛り上げているのは、エルサレムをはじめパレスチナの地に住むアラブ・ユダヤ両側の市民たちだ。
アラブ側では。分割決議案の議決後、キナ臭くなった旧市街で突如売れ始めたトルコ帽で稼いだ帽子屋フィリップ・アルクウ。闇夜に拳銃を乱射しては向かいのユダヤ老婦人に諌められるナディ・ダイエス。イルグンの爆弾で妻を失うハメヘ・マジャジ。戦場となる旧市街を去るジブライル・カトゥール。
ユダヤ側も多彩だ。カトゥールのよき隣人だったヤフェ一家。包囲で飢えたエルサレムへの補給を担ったロイヴィン・タミール。ベン・エフダ街の爆弾テロで俳優の道を絶たれるアブラハム・ドリオン。やはり爆弾で職場を吹っ飛ばされながら、不屈の闘志で立ち上がるテッド・ルウリエとシムション・リプシッツ。彼らの職場は、ローカル新聞バレスタイン・ポスト。
分割決議案の直後より、双方がテロで相手の市民を追い出しにかかる。アラブ側の標的の一つがバレスタイン・ポスト。だが、テッドの妻は語る。「あなたの義務は新聞を出すことですよ」。翌朝六時、エルサレムの住民はバレスタイン・ポストの朝刊を手に入れる…たった一頁しかなかったが。この爆弾で片目を失った印刷主任のリプシッツは「残った片目に拡大鏡をつけて仕事を続ける。ユダヤ人国家誕生を告げる大見出しの活字を組むのは、彼である」。
テロの応酬で殺伐としたエルサレム。だが、たった一箇所、アラブ人とユダヤ人が集団で平和かつ友好的に共同生活を送る場所があった。国際赤十字の代表のスイス人ジゃック・ド・レイエニ見つけた、狂気が支配する世界での唯一の楽園。
――狂人は、何としあわせだろう。
彼が訪れたのは、エルサレムの精神病院だったのである。
などととりとめのないまま、次の記事に続く。
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