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2013年1月 6日 (日)

柴田錬三郎「眠狂四郎無頼控 1」新潮文庫

「なんの――私という男に、明日という日はない!」

【どんな本?】

 昭和の人気作家・柴田錬三郎の代表作であり、文庫本17巻に綿渡る長期シリーズの開幕編。時は文政、第十一代将軍・徳川家斉の時代。美形で凄腕ながら無残な運命を背負い虚無感を抱える剣士、眠狂四郎。己の運命を呪い人に情けをかけず、前に立ちふさがる者は女であろうと躊躇いなく斬る孤高の男。だが降りかかる火の粉を払う度にしがらみは増え業は積もり狂四郎に絡みつく。腐敗した世に血しぶきを上げ哀しきヒーローが駆け抜ける娯楽時代小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 初出は1956年5月より週刊新潮に連載。1956年11月と1957年1月に「眠狂四郎無頼控 一・二」として新潮社より単行本が出版、1960年8月31日新潮文庫より文庫版発行。私が読んだのは2009年7月10日の67刷改版。長く愛されてます。文庫本縦一段組みで本文約491頁+遠藤周作の解説8頁。9ポイント38字×16行×491頁=約298,528字、400字詰め原稿用紙で約747枚。長編小説ならやや長め。

 娯楽路線の時代小説であり、日本語は読みやすい。連作短編の形であり、それぞれケリがついているので、次々と読み進められる。ただ、髷の形や装いが重要な意味を持つ場面が多いので、和装に疎いと細かいニュアンスが掴みにくいかも。

【収録作】

雛の首/霧人亭異変/隠密の果て/踊る孤影/毒と柔肌/禁苑の怪/修羅の道/江戸っ子気質/悪魔祭/無想正宗/源氏館の娘/斬奸状/千両箱異聞/盲目円月殺法/仇討無情/切腹心中/処女侍/嵐と宿敵/夜鷹の宿/因果街道

【どんな話?】

 とある空き家で開かれた賭場。壺振りのいかさまが露呈し刃傷沙汰となりかけた所に、わって入った浪人者が一人。壺振りの金八を表に連れ出し、妙な話を持ちかける。

「お前は、本職は、掏模だな」
「なに、お前の身ごなしの軽いのを借りてな、これから、押込強盗をやろうという趣向だ」
「金にはなるぞ。忍び入るのが大名屋敷だ」

 眠狂四郎と名乗る浪人者が金八を連れて行ったのは、老中水野越前守の屋敷。なんと狂四郎は門番に己の名を告げ、堂々と門から入っていく…

【感想は?】

 元祖ヴィジュアル系。

 私は「剣士物=ハードボイルド」的な思い込みがあって、その伝で行くと眠狂四郎はギャビン・ライアルの「深夜プラス1」のハーヴェイ・ロヴェルを連想する。口数は少なく陰を背負い、半ば人生を捨てているが、腕だけには拘りを持つ孤高の男。非情のダーティ・ヒーローというとまんま大藪春彦の「汚れた英雄」が出てくるけど、大藪ヒーローに見られる「野望」すら持たないのが眠狂四郎の特徴。イマイチ心を捨てきれない故の葛藤が、彼の哀しさを引き立たせる。

 ヴィジュアル系というのは主人公の眠狂四郎が死の匂いと虚無感を漂わせた白皙の美形というのもあるけど、同時に装いや仕草が作品の雰囲気作りで大きな役割を果たしている、という意味でもある。装い・着こなし・姿勢が、人物の立場・性格・気分を伝える、重要な役を果たす。

 主人公の眠狂四郎が、黒をよく纏う。これが、ダーティ・ヒーローとしての彼の印象を巧く伝えている。剣の技も独特だ。なんたって、必殺技の円月殺法、最初の構えが下段だし。まっとうな剣士は青眼だし、猪突型なら上段。下段ってのは、かなり屈折してヒネくれた人物像を伺わせるし、実際、屈折しまくってる。

おれは、天地にただ一人で生きて行ってやるぞ!

 まあ、生い立ちを考えれば、「そりゃ屈折するわなあ」と納得します、きっと。剣を学んだはいいが、心技体の技体だけ身につけ心を得そこなった男。情を押し殺し人を遠ざけ今日だけに生きる無情の剣士。だがそこはイケメン、やたらとモテる上に、ちゃっかり据え膳はいただく。ああ羨ましい妬ましい。

 構成もテレビ時代を予見したかのように、一話完結の連作短編の形。これは週刊誌連載という発表形式に拠るものなんだろうけど、お陰で読み進めるのが楽しい楽しい。各話でそれぞれ事件が起き謎が浮かび探索が始まり眠狂四郎が策を練り、そしてお約束の円月殺法が炸裂する。その上でシリーズ通しての話もジリジリと進むんだから憎い。娯楽作品のお手本みたいな構成だ。テレビ屋が放っとくわけないよなあ…と思ったら、何度も映像化されてる。当然だよね。

 脇役もいい。いきなり濡れ場の美保代さん、清楚な静香ちゃんのダブル・ヒロインもいいけど、狂四郎の手下を気取る金八が陰鬱になりがちなドラマに軽さと明るさをもたらしてる。まあ正体は巾着切りなんだけど、チャキチャキの江戸っ子。台詞がいちいち気風のいいべらんめえ調で、地口だらけの七五調のリズムが気持ちいい。

「ようよう――小指きりきり、きりぎりす、松虫鈴虫くつわ虫、蝶々とんぼは浮気者、来てはちらちら思わせぶりな――ってな。お安くねえや」

「へへえ、退屈、屁理屈、こちゃ空っ穴(からっけつ)、敷かれて重いが女房の尻」

 狂四郎をつけ狙う敵役が、これまたキャラが立ってる。この巻で印象的なのが、むささび喜平太と戸田隼人。喜平太はせむしの小男、最初の得物は槍。剣と槍って時点で狂四郎は圧倒的に不利な上に、「むささび」の異名は伊達じゃない。間合いの違いは円月殺法も封じ…

 見るからにイロモノな喜平太とガラリと変わり、戸田隼人は若く誠実な優等生。構えだって上段だ。邪道の狂四郎とは好対照。師の子龍平山行蔵からも見込まれ、極意を会得するなら彼と思われている。陰と陽、邪道と正道、浪人と御家人。腐敗した世を見限った狂四郎と、世を正そうと励む隼人。いや話は続くから、狂四郎が死なないのはわかっちゃいるが、それでも両者の対決は心躍るからシバレンの筆はたいしたもの。

 伴天連・抜荷(密輸)・隠密など大道具小道具を駆使し、時には怪談話も交えムッチリなお色気サービスも忘れない。各編ごとに起きる事件は解決するも、生じる因縁の糸は更に絡まり読者を絡め取ってゆく。連作の構成を憎いほど存分に生かした、昭和の娯楽作でありました。

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