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2012年12月29日 (土)

清水紘子「来て見てシリア」凱風社

 シリアの人たちは、「米は油を入れて炊くものと決めている。だから、「病人には白がゆ」なんていうのは思いも及ばない。

【どんな本?】

 現在は内戦状態が続いているシリア。物騒なニュースばかりが入ってくるが、そこにどんな人たちがどう暮らしているのか、多くの日本人は何も知らない。この本は、1989年から約3年半、シリアのダマスカス大学に私費留学した著者による、留学中に体験した事柄や親しくなった人々を綴るエッセイ集。

 シリア人とはどんな人たちなのか。どんな所に住んでいるのか。何をどんな風に食べているのか。何が美味しいのか。イケメンや美女は多いのか。自由恋愛はアリなのか。人の家を訪問する際のマナーは?どんなファッションが流行っているのか。どんなお祭りがあるのか。日本はどう見られているのか。寒いのか暑いのか。生活する女性の目線で見た、ユルくて楽しいシリア案内。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1998年2月13日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約262頁+あとがき2頁。9ポイント40字×20行×262頁=約209,600字、400字詰め原稿用紙で約524枚だが、写真を豊富に収録しているので、実際の分量はその8割程度。著者は半ばジャーナリストのためか、文章はこなれていて読みやすい。

【構成は?】

 まえがき
パルミラ'95/バーブ・トゥーマ/シーニー兄ちゃん/ムカつきラマダーン/わくわくラマダーン/オリーブの村(ミクロ・バスの旅1)/小さな紳士たち/(ミクロ・バスの旅2)/中東の軽井沢(ヨルダンの夏1)/アラブの誇り(ヨルダンの夏2)結婚兄ちゃん撃退法/花嫁は十四歳/コーヒーと迷信/イスラム・アレルギー/キャンパス・ライフ/日本奇談/それぞれの湾岸戦争/クルドの炎/おばさんの断食/イースター/シリアの広島/あこがれのメッカ/キリストの言葉を話す人々/ベドウィンの町/大統領選挙/さらば、イスラム・アレルギー/まさかのチフス/アサド政権二十五年
 あとがき/シリア旅行案内
 他コラム26本

 10頁ほどの独立した記事が並ぶ形なので、気になる所だけを拾い読みしてもいい。注が本文の下にあるのが親切だ。時折ある大場真由のイラストがいい味出してる。

【感想は?】

 アラブというと気性が荒くて喧嘩っ早いという印象があったけど、微妙に違うなあ。内容の多くは首都ダマスカスでのエピソードだが、出てくるオバチャンの性格は「マイペースで人懐っこくて気のいい田舎のオバチャン」だ。

 政治的・宗教的にややこしい土地だが、著者の政治的な立場はニュートラルであろうとしていて、地元の人の声は伝えるが著者自身の意見はあまり出さない。せいぜい出征した知人が「無事に帰ってくるといいなあ、家族も心配してるし」程度。宗教的には仏教徒を自称しているが、まあそこらの日本人と同様にあまり深入りしているわけではない。シリアの政治体制に対しても特に意見は言わないが、そこに住むシリア人は好き。つまりはノンポリで社交的な人、という立場だ。

 この本が貴重な点の一つがソコで、普通にシリアに暮らす人々の素顔が見られるのが嬉しい。もうひとつは、著者が女性である点。一般にアラブ系のニュースは男性の視点で語られるし、男性と女性の接触も難しいので、そこに住む女性の立場・生活そして気持ちがわからない。女性だからこそ親しくなれた、オバチャン・友人・クラスメイトの話はとても貴重だ。例えば、下宿のオバチャンのこんな言葉。壁にかかった肖像画を示して曰く。

「あれはね、あたしが四十くらいのときさ。昔はねえ、そりゃあきれいで、“街のブリジット・バルドー”なんて呼ばれたもんだよ」

 この一言で、彼女が顔を出して歩いていた事、欧州の映画がそれなりに入っていた事がわかる。いや彼女はクリスチャンなんだけど。

 そう、シリアはアラブという印象が強いが、クリスチャンもいるしクルド人もいる。「褐色肌のいわゆるアラブ風から、金髪白肌青い目のヨーロッパ風、黒髪の平坦顔のアジア風まで、バリエーションも豊かだ」。

 女性のファッションも様々で、「長袖・丈長のグレーのレーンコートに白いスカーフ」は標準的なムスリム。保守的な人は「黒いコートに黒スカーフ、黒手袋をはめて、顔まで黒布で隠」している。が、普通の洋服を着るムスリム女性もいる。キリスト教徒は洋風で、「ノースリーブにミニスカートの大胆姉ちゃんだっている」。民族衣装の人もいて、かなりカオスというか国際都市な雰囲気。キッチリと着ているレーンコートの中までちゃんとレポートしているのは嬉しい限り。ファッションで面白いのが香水。

ブランド物や既製品のほかにオリジナルが作れる。スークの香水屋へ行けば、花の香りからスパイシーな香りまでいろいろ揃えていて、好みにあわせて調合してくれる。

 食べ物もいろいろ。イスラム教徒が多いので酒は少なく、「お酒の楽しみを取り上げられた彼らは甘味ものに走る」。ってんで、「甘いシャーイ(紅茶)」なんてのが出てきたけど、これインドのチャイみたいなモンだろうか。インドっぽいのは他にもあって、ミクロ・バス。「カラフルなボディーと、派手な飾りつけで人目を引いた」おんぼろバスって、インドやパキスタンのバスやトラックもそうなんだよなあ。

 著者が留学していた当時は、湾岸戦争の頃。街の人々もピリピリして「一日中、BBC(英国放送協会)やモンテカルロ放送のラジオ・ニュースに聞き入った」。いやシリアの国営放送もあるんだけど、「ニュースに関しては、みんな主にそうした外国発の放送を聞いていた」。逞しいもんです。「おしん」も放映され、評判は上々な様子。

 ちなみにシリアは多国籍軍側での参戦で、これを巡るシリア人の心中は複雑。「アラブ・スンニー・ムスリムのほとんどは、フセインに同情していた」が、同時にイラクやイスラエルからのミサイル攻撃を恐れる。日本政府の退避勧告に従う(フリをして)カイロに出かけ帰ってきた著者、下宿の部屋は…

 床がピカピカに磨きあげられ、ベッドはきれいに整えられている。脱ぎ捨てていったセーターやジーンズは洗濯し、たたんで、布までかけてある。おばさんだ。私を待って、毎日せっせと部屋をかたづけてくれていたのだ。

 客人は丁重にもてなすのがシリア流。著者も長距離バス乗り合わせて仲良くなった同年代の女性や、大学での友人宅にお邪魔してはご馳走攻めにあっている。日本だと人のお宅にお邪魔する際は、何か手土産を持っていくのが流儀だけど…。まあ、お客を親切にもてなすのはアラブに限らず、西洋化してないアジア一般に言える事かも。迷子になって道を聞いた際のオッサンの対応も、インドそっくりだったりする。

 カイロばかりでなく、ヨルダンのアンマンにも短期間だが逗留している。ここや湾岸戦争を通して見える、アラブ内の諸国の関係、特に湾岸諸国の独特の位置も興味深い。

 民族と宗教が複雑に絡み合うシリアで、仏教徒の日本人という独特の立場を活かし、クルド・キリスト教徒・ムスリム見境なく仲良しになり、様々なお祭りや行事に参加する著者。イースター見物は、ほとんど初詣のハシゴのノリ。ハチャメチャなシリア人の日本観、シリア家庭料理のレシピ、大胆?なシリア流あいさつ、ややこしい立場のクルド人など、視点もバラエティも豊かなシリア逗留記だった。

 でも、こういう楽しい人たちが、今は内戦に巻き込まれているんだよなあ。なんだかなあ。

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