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2012年12月 4日 (火)

エドワード・ギボン「【新訳】ローマ帝国衰亡史 普及版 上・下」PHP研究所 中倉玄喜編訳

 あのアテネやスパルタの隆盛をとめ、没落をはやめた原因は、異邦人とまじわらず、祖先の純潔をたもとうとした狭量な政策にあった。この点、大志あるローマは違っていた。かれらは、野望の前には虚栄をすてた。奴隷であれ異邦人であれ、敵であれ蛮族であれ、長所や美点があれば、これを活用することこそ、賢いだけでなく、名誉でさえあると考えていたのである。

【どんな本?】

 今なおヨーロッパ文化の土台であり誇りでもあるローマ帝国の、没落の過程を描いた古典的な18世紀の歴史書「ローマ帝国衰亡史」より、各時代の代表的な章を選んで訳した縮刷版。扱っているのは共和制から帝政となった初代皇帝アウグストゥスから、コンスタンティノポリス(コンスタンティノーブル/イスタンブール)陥落まで。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The History of The Decline and Fall of The Roman Empire, by Edward Gibbon, 1776~1788。全訳は岩波文庫・ちくま文庫からそれぞれ全10巻で出ている。本書は原書から抜粋して訳したもので、2000年10月にPHP研究所から出版されたものを加筆・修正したもので、2008年3月7日第1版第1刷発行。

 新書版の上下巻で縦一段組み、389頁+365頁=754頁。10ポイントの年寄りにやさしい文字サイズで41字×15行×(389頁+365頁)=約463,710字、400字詰め原稿用紙で約1,160枚。長編小説なら2冊分。

 タイトルに【新訳】とつけるだけあって、日本語としては今日的で親しみやすく読みやすい。とまれ古典の香りも残り、表現は少々上品ではある。それより、固有名詞、特に地名がラテン風の表記なのが厳しい。ブンリタニア(ブリテン島)などの国名は上巻の冒頭に地図があるのでわかるのだが、都市名で分かったのはコンスタンティノポリス(コンスタンティノープル、現イスタンブ-ル)ぐらいだった。

【構成は?】

上巻
  普及版の発刊によせて/はしがき/ローマ帝国最大の版図
 第Ⅰ章 両アントニヌス帝時代における手お刻の版図と軍事力
 第Ⅱ章 98~180年 帝政初期の皇帝たち
 第Ⅲ章 180~248年 コンモドゥス帝の死後からフィリップスの登位まで
 第Ⅳ章 248~285年 帝国再建期の皇帝たち
 第Ⅴ章 285~313年 ディオクレティアヌス帝の帝政とその治領
 第Ⅵ章 305~330年 キリスト教の発展と神学論争の論点
 第Ⅶ章 キリスト教の発展 コンスタンティヌス帝および子息帝らの治世とユリアヌスの登場
下巻
 第Ⅷ章 360~363年 ウァレンティニアヌス帝とウァレンス帝 
 第Ⅸ章 365~398年 テオドシウス帝の治績と帝国の最終分裂
 第Ⅹ章 398~410年 西の帝国の衰亡にいたる経緯
 第ⅩⅠ章 西ローマ帝国滅亡の概要 その後の東の帝国とユスティニアヌス帝の時代
 第ⅩⅡ章 東ローマ帝国の隆盛 ビザンティン帝国の素顔
 第ⅩⅢ章 イスラム勢力の台頭 イスラム勢力の発展と東ローマ帝国の衰亡
 第ⅩⅣ章 東ローマ帝国の滅亡
 終章 ローマ帝国の遺産
  あとがき/東西ローマ帝国皇帝表/ローマ史年表

 実は各章に年代とタイトルはついていない。私が勝手に解説から拝借した。各章は本文と(恐らく訳者による)解説から成っている。本文はギボンの原書の各章からハイライトを抜粋したもので、解説は章全体の内容をまとめたもの。概要を手っ取り早く掴みたい人は、解説だけを読めばいいかも。全然ギボンじゃないけど。

【感想は?】

 歴史の、あらすじ。

 なにせ長大なローマ帝国史を、帝政以降のみとはいえ、たった上下二巻にまとめようってのが無茶なんだろう。次から次へと目まぐるしく舞台も登場人物も変わり、読了後に残るのはトルコに蹂躙されたコンスタンティノポリスの荒廃した風景だったりする。ちゃんと知りたければ10巻の完全版を読め、ということか。

 帝政とはいえ、意外と皇帝は世襲ばかりではないし、かなり暗殺もされている。ありがちなのが、属州の軍司令官や総督が蜂起して帝位を奪うパターン。または蛮族の討伐に出た遠征軍の司令官が、将兵に推挙されて紫衣をまとったり。いずれも、戦い慣れた辺境の軍が、平和ボケしたローマの軍を蹴散らす形になる。

 例えばゲルマニア・ガリアを治めていた副帝ユリアヌス、ところがローマのコンスタンティウス二世に睨まれ、ペルシャ遠征を命じられる。ばかりか皇帝自ら西方の蛮族を煽ってユリアヌスの足元を掬おうとする親書まで見つかる始末。こりゃイカンと一気にイタリアへ兵を進め…た矢先にコンスタンティウス二世が病死、ユリアヌスが後を継ぐ。ローマじゃ軍も市民も大喜び。

 キリスト教については意外と辛らつというか科学的というか、原始キリスト教から(執筆)当事のキリスト教が大きく変わっている由を明確に指摘してて、「客観的であろうとすれば、往々にして教職者の完全ならざるところを白日の下にさらさなければならない」とか「理性が冷静な中庸をもとめるのにたいし、熱情は人を駆り、反極端の彼方へと一気に飛翔させる」とか。肝心の教会も正教とカトリックで内輪もめを始めるし。

 対するイスラム教にも一章を割いてて、なるべく公平たらんと意識しているのを伺わせる。いきなり「キリスト教徒はモハメッドの出自の卑しさを盛んにあげつらう。だが、その中傷はきわめて拙く、むしろかれの美点を強調する結果となっている」だもの。ここでも、ギボンの歴史家らしい大きな視野が見られて…

 イスラム教について驚くべきことは、その布教範囲ではなく、むしろその不変性に在る。すなわち、モハメッドがメッカやメディナで唱えたと同じ教説が、12世紀という星霜を経た今日でもなお純粋なかたちで、インド、アフリカ、トルコの諸民族によって維持され信奉されているということに在る。

 と、この辺は、21世紀の現代でも変わってなかったり。

 ほとんど戦争ばかりの章のなかで、息抜きになったのが第Ⅹ章で、ローマ人の日常生活を描いている。お楽しみは競技場での拳闘士の試合で、「夜明けとともに競技場に殺到して席をとるのに狂奔し、なかにはそのことのために、近くの柱廊で眠らないまま夜を過ごす者たちも少なくなかった」。

 同章は西ローマ帝国の衰えを描いていて、悲しいのが辺境の扱い。国境守備隊の兵に給料が支払われず、やむなく解散、地元民は蛮族の王に保護を求めた、と。今でもアフリカじゃよくある話らしい。あっちは将兵が山賊に化けたりする。時代は変われど、歴史のパターンは変わらず。

 やはりクライマックスはコンスタンティノプリスの落城。ローマは難攻不落を誇る街に立てこもるが、寄せ手は20倍以上の大軍。頼みの綱のキリスト教世界からの援軍は遅々として来ず、孤軍奮闘するローマ軍。三百隻以上のイスラム軍船の間を縫って堂々と入城するジェノアからの五隻の援軍、そしてオスマン艦隊の山越えからイェニツェリの突撃。この辺を読むと、今でもギリシアとトルコがギクシャクしてるのも、なんか納得してしまう。

 なまじ「あらすじ」な雰囲気なだけに、そこには歴史が描くパターンが明確に見て取れる。読んでて、「あれ?ここ、前にも読んだような?」な気分になる箇所もしばしば。ちょっと現代のアメリカや200年前の江戸を思わせる部分もあって、自分の視点が少し高くなったような気分になる。それでも、最後には「やっぱり完全版を読まないとなあ」って気になるし、帝政以前も知りたくなってきたりする。歴史は深入りするとキリがないなあ。

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