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2012年12月19日 (水)

小川一水「天冥の標Ⅲ アウレーリア一統」ハヤカワ文庫JA

「ロイズに国民はおりませんし、政策の施行もしておりません。あなた方が統治と呼ぶ行為の大半は、私どもの利益管理部門の審議によれば、非採算的であると結論付けられる類のもののようです。私どもにお任せくだされば、あなた方もお楽にして差し上げられますが」

【どんな本?】

 小川一水が全10部の構想で送るSF長編シリーズ第三弾。第一部は遠未来の植民惑星の異変を描き、第二部は近未来のパンデミック・サスペンスとバラエティ豊かなこのシリーズ、この巻では24世紀の太陽系を舞台に、異星人の遺物を巡る追う者・追われる者のド派手なスペース・オペラを繰り広げる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2010年7月15日発行。文庫本縦一段組みで本文約546頁。9ポイント40字×17行×546頁=約371,280字、400字詰め原稿用紙で約929枚。そこらの長編小説なら2冊分の大容量。

 文章はこなれていて読みやすいが、スペース・オペラだけに、様々なガジェットが次から次へと出てくる。それが楽しみなところでもあり、一見さんには辛いところでもあり。あと、かなり登場人物が多いんで、出来れば巻頭に登場人物一覧が欲しいなあ。ハヤカワさん、なんとかなりません?

【どんな話?】

 西暦2150年ごろ。小惑星まで生息域を広げた人類は、木星の大赤斑に奇妙なモノを見つける。「チャンク」と呼ばれる都市規模のソレに対し、以後、何回か無人・有人の探査が行われたが、大きな収穫はなかった。

 2249年、ケープコッド所属の探査船アケロン号がチャンクに降り立ち、有人探査を始めた。チャンク改め「ドロテア・ワット」は、放射年代測定で八千五百年前の建造と出た…人類の建造物ではありえない。ドロテア・カルマハラップ少将率いる特別調査隊は、70名の隊員中19名を失いながらも、大きな成果を挙げつつあった。ドロテア・ワットは、巨大なエネルギー炉を維持していたのだ。これがあれば、太陽系の勢力図は一気に塗り変わる…

【感想は?】

 長大なシリーズ第三弾は、豪快で爽快なスペース・オペラ。宇宙海賊・海賊退治に燃える王子様・胡散臭いジャンク屋・貧乏な輸送屋・華麗な宇宙戦艦・読み合いの艦隊戦、そして敵船に乗り込む白兵戦までありだ。

 実のところ、日本のSFで太陽系を舞台にしたスペース・オペラを書くのは、やたら難しい。谷甲州が航空宇宙軍史シリーズで極めて論理的かつ精密に太陽系スケールの砲撃戦を考証しちゃったんで、それを超えるのは相当に無茶しなきゃならない。遠未来の恒星間スケールに持ち込むか、適当に異星人の技術を取り入れるか。

 だが、そこを敢えて真正面から挑んだ小川一水、見事な仕掛けで白兵戦を実現させてしまった。いやあ、このあたり、読んだ時には作者の誠実さと執念に頭が下がった。やっぱりねえ。スペース・オペラなら艦隊戦と同時に、白兵戦も欲しいよねえ。

 しかも、単に撃ちあうだけじゃない。白兵戦ったって、大半は自由落下状態で戦われる。それを活用したノイジーラント(アウレーリア)の戦術、言われてみれば理に適ってるけど、さすがに思いつかなかった。このアイデアだけでご飯三杯はいける。アダムスの活躍は、ぜひ映像化して欲しい。

 などとド派手な白兵戦に対し、艦隊戦は、昔の帆船時代の艦隊戦か、または今の潜水艦戦に似てるのが面白い。何せ戦域が広くリアルタイムの通信も難しい。よって艦隊司令は相応の政治的権限を持ち、また判断力も求められる。敵艦隊の発見が難しいため、戦略的な航路の読み合いになる。

 スペース・オペラに欠かせないもう一つが、異様で多様な社会。この作品では人類社会しか出てこないけど、それでもバラエティは豊か。冒頭の引用は、小惑星帯で大きな勢力を誇るロイズ非分極保険社団。「え?社団?国じゃないの?」との疑問は、ごもっとも。でも、ちゃんと強大な勢力として威をふるう、煮ても焼いても食えない連中だったりする。

 やはり食えない連中として描かれるのが、敵役の海賊。やってる事は、昔のカリブの海賊に近い。つまり、武装の貧弱または皆無の輸送船を襲い、積荷とお宝を頂いてドロン。「弱い敵だけを襲い、強い敵が来ると逃げる」。セコくてしょうもない奴らだが、どうも裏に組織がある模様で…

 その海賊ハンターとして活躍するのが、主人公のアダムス・アウレーリア率いる強襲砲艦エスレル。あでやかな主人公に相応しい流麗な艦が、太陽系狭しと駆け回り、暴れまわる。エスレルと海賊の、宝物を巡るチェイスが、この作品の主軸。いいねえ、これぞ冒険物語の王道。

 第Ⅰ部「メニー・メニー・シープ」で活躍したアウレーリア一族のルーツが語られるのも、この作品の読みどころ。ここでは宗教国家ノイジーラント大主教国として登場するが、その実態は…。いわゆる「宗教国家」で連想する雰囲気とは、だいぶ違う。いやはや、なんとも凄まじいルーツであることよ。

 凄まじいルーツといえば、こっちも負けちゃいない。第Ⅱ部「救世群」で登場した冥王斑感染者のグループが、この作品では「救世群」としてしぶとく生き延びている。生き延びているのはいいが、彼らの立場がなんとも。爽快なだえのスペース・オペラかと思ったら、こういう猛毒を仕込むから、この著者も人が悪い。

 保険会社が威を誇る世界だけあって、国?際社会の流通事情も、独特の仕掛けを考えている。かつては金や銀だったし、現在の基本通貨はドルかユーロだけど、太陽系に広がった人類がナニを基準とするか、というと。

 そして、エンディングでは、シリーズを通した仕掛けの一部が明かされる。果たしてこの大河ドラマ、どこへ行くのか。巻を追うごとに面白くなるから困る。

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