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2012年12月20日 (木)

クリス・マグナブ+マーティン・J・ドハディ「最新コンバット・バイブル 現代戦闘技術のすべて」原書房 角敦子訳

アメリカ軍では、射撃チームはチームリーダーである下士官(伍長もしくは三等軍曹)階級が一人と、歩兵三人で構成される。そのうち一人は火力支援にまわるために分隊支援火器(SAW)を携行し、もう一人の擲弾兵は、M203グレネードランチャーを装着したM16アサルトライフルを持っている。四人目のライフル銃兵は、たいてい射撃チームの通信係も兼ねている。

【どんな本?】

 現代の戦場での作戦行動を、装備・戦術・戦闘時の注意点・地形や状況・チーム編成など、主に主に米軍・英軍の小部隊の歩兵を中心に紹介・解説する。壕の掘り方や移動経路の選び方など内容は具体的かつ網羅的で、イラストや写真もふんだんに掲載し、ビギナーにもとっつきやすい構成になっている。姿勢や隊形などビジュアルな面の解説も多く、ドラマや映画の戦闘シーンを鑑賞する際に、より深い理解を得る助けになるだろう。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は COMBAT TECHNIQUES - An Elite Forces Guide to Modern Infantry Tactics, by Chris McNab and Martin J. Dougherty, 2007。日本語版は2008年5月10日第1刷。単行本ソフトカバー縦二段組で本文約273頁+訳者あとがき3頁。8.5ポイント23字×21行×2段×273頁=約263,718字、400字詰め原稿用紙で約660枚だが、写真やイラストが多いので、実質的な文字量は7~8割程度だろう。標準的な長編小説の分量。

 翻訳物の軍事本にしては、文章は拍子抜けするほど読みやすい。また、随所に入っている写真やイラストが理解を助けるとともに、いいアクセントになっている。ただ、サブマシンガンとマシンガンの違いなど武器・兵器の基礎的な解説は省略しているので、ある程度は予習しておくか、Wikipedia で調べるなどの工夫が必要。銃器に関しては、かのよしのり著「銃の科学」を優れた入門書としてお薦め。

【構成は?】

 序
第1章 歩兵火器
第2章 歩兵戦術
第3章 重火器による支援
第4章 戦術的地形
第5章 特殊部隊
第6章 反乱軍掃討作戦
 訳者あとがき/索引

 各章は、それぞれ2~10頁程度の半ば独立した記事から成っており、気になる所だけを拾い読みできる。

【感想は?】

 ビギナー向けの入門書としては、やたら面白くてわかりやすい。映画やドラマ作品を作るための参考書としてはボリュームが足りないが、鑑賞する側としては必要充分で、かつ飽きない適度な分量にまとまっている。軍事オタク入門書として最適な本。

 敢えて文句を言えば、兵器の種類(M16A2やT-72MTB)や軍の編成など、ごく基礎的な用語の解説がないこと。さすがにそこまで入れると電話帳並のサイズになってしまうので、「銃の科学」「戦闘技術の歴史」などで補おう。

 扱う内容は、基本的に米軍・英軍の歩兵の立場のもの。構成でわかるように、火器・戦術・支援・地形など基本的かつ下世話な事柄に加え、イラクやアフガニスタンなど現代の状況を反映した特殊部隊と反乱軍掃討作戦が加わっている。また、あくまで歩兵の立場での本なので、機甲部隊の編成など上級指揮官に要求される内容は含まない。

 その分、記述は下世話なほど具体的で、素人には現代戦の意外な側面がわかる面白さがある。例えば、マシンガンの銃身交換。映画などではあまり描かれないけど、意外とマシンガンの銃身の消耗は早い。

連射モードで九発以下の連射をした場合は、次の連射の前に四、五秒の間をおいて銃身を冷やす。このペースを保っても10分もしたら銃身を交換しなくてはならないだろう。10~12発連射して二、三秒しか休止しないという速射では、銃身交換は二分後になる。また給弾ベルトが休みなしに送りこまれる持続射撃では、わずか60秒後に銃身を交換しなくてはならない。

 道理でコマンドーは銃を使い捨てにするわけだ。
 やはり読んでて面白かったのが、欺瞞工作。例えば「擬似地雷原」。なんのことはない、地雷が埋まってるように地面を荒らしておくだけ。まあ、荒らすだけじゃなくて、移動する際も「埋まってるフリ」してソコを避けて通るんだけど、安上がりに地雷と同じ効果を期待できる。わはは。

 戦術では、まず計画で METT-TC が、いかにも米軍らしい。ちょっとヒネればビジネス書が書けそうだ。

  • Mission:任務
  • Enemy:敵
  • Terrain:地形と天候
  • Troops:使用可能な自戦力と支援
  • Time:所要時間
  • Civil:民間人への配慮

 戦闘服も意外とハイテクで、「近赤外線を反射する染料を使っており、暗視装置をごまかせる」って、歩兵までステルスかい。顔に変なペイントするのも偽装の意味があって、単に真っ黒じゃいけない。「そんなことをしたら、そこだけ抜けたように黒い部分ができあがるだけだ」。

 音も重要で、ガチャガチャ騒がしくちゃいけない。確認するには、「その場で跳びはねるとよい」。犯罪に応用しないように。匂いも大事。「作戦に出る前は、ニンニクやカレーなど強い匂いがする食物は食べないほうがよい」。インド軍は、どうしてるんだろ?陸自には部隊ごとに秘伝のカレー・レシピがあるという噂だが。

 やはり戦術の花形は、待ち伏せ。谷間の細い道路を通る補給部隊の長い列とかは、格好のカモ。「縦列の先頭と最後尾の車両は、真っ先に無力化する。すると間にはさまれた車両が動けなくなる」。道路事情が悪いアフガニスタンでISAFが苦戦してる理由の一つがこれかも。しかも、「山道は待ち伏せ攻撃にはもってこいだ。あちこちから監視できるし、狭く曲がった悪路はゆっくりとしか薦めず、高所から狙い撃ちがしやすい」。その上で退路も予測しておいて、逃げ出したら退路を長距離砲で砲撃したり航空機で爆撃したり。

 現代戦を象徴してるのが、第5章の特殊部隊と第6章の反乱軍掃討作戦。敵でも大家は認める立場らしく、随所に毛沢東を引用している。要は地元の人を味方につければ勝ちってこと。だもんで、支援するにしても、単にモノを与えるのではなく、「自力でやっていくのを手助け」する方針だとか。

できれば地元で手に入る材料や用具を使用し、住民に即席でつくる滑車など簡単なしかけを教えて、いつまでも役立てられるようにする。こうした技能は将来もまた使えるし、運がよければ、住民はそれをどこで習ったのかを思い出すだろう。

 ここまで来ると、もはや軍というより開発支援に近い。

 反乱軍を倒すためには、火器を発射して闘わなくてはならないが、求められるのはそれだけではない。警察官、救助隊、消防士、衛生兵、ストレスのカウンセラー、車両の整備士、ソーシャルワーカー、有人、隣人、政府職員としての役割も果たさなければならない。

 …などと言われると、「案外と自衛隊にも出番はありそうだなあ」などと思えてしまう。
 内容そのものは禁欲的なまでに戦闘に特化しているが、文章は読みやすく、イラストなど理解を助ける図版も多い。土嚢の積み方や移動経路の選び方など下世話で具体的なテクニックから、「毛沢東の戦略とその対抗法」まで扱う内容は幅広い。軍ヲタ入門としては最適な一冊。

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