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2012年12月17日 (月)

恩藏茂「FM雑誌と僕らの80年代 『FMステーション』青春記」河出書房新社

 CDは、音楽を消耗品にする第一歩だった。

【どんな本?】

 1980年代。媒体がLPからCDへと変わり、J-WAVEを初めとするFM局の多局化が始まる。FMラジオの番組表を売り物にしたFM雑誌「FMステーション」の編集長を務めた著者が、エアチェック文化の隆盛と衰退・日本の軽音楽の洋楽から邦楽へのシフトなど、当事のラジオ・音楽を中心とした若者文化の変転を背景に、雑誌編集の舞台裏を綴ったエッセイ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2009年9月30日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組み、本文約234頁+あとがき2頁。9.5ポイント45字×17行×234頁=約181,305字、400字詰め原稿用紙で約454枚。長編小説なら標準的な長さ。文章はラジオのDJが語りかけるようなくだけた感じで、親しみやすく読みやすい。読み始めたらアッサリ読み通してしまう。

【構成は?】

 はじめに――かつてエアチェックとFM雑誌の時代があった――
第1章 FM放送が始まった~エアチェック時代の前夜
第2章 こちらFMステーション編集部~後発FM雑誌のドタバタ奮闘記
第3章 FMと番組表とカセットテープ~音楽をエアチェックする時代
第4章 FMステーションの黄金時代~ステーション読者の思い出のために
第5章 音楽メディアの変貌~CD登場、ビデオ規格戦争、FM多局化
第6章 黄金時代の終焉~すばらしき“ラジオ・デイズ”
 あとがき――FM雑誌の読者に花束を

 原則として時系列順。各章は4~10頁程度の半ば独立したコラム10個程度で構成されており、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

【感想は?】

 ああ、変わったなあ、世の中も、自分も。今、使ってる iPod-nano、容量2Gの年代物だけど、それでも24時間以上の音楽がギッシリ入ってる。昔は90分用のカセット・テープにアルバム2枚を録音し、それをウォークマンで聴きながら通勤したっけ。初めてウォークマンを使って街を歩いた時は、風景が違って見えたっけ。

ターミナル駅の人ごみの中で、「レット・イット・ビー」のイントロが始まったとき、周囲の景色と人の波が突然ストップ・モーションになり、まるで自分だけが異次元の世界にいるような錯覚におちいったことがある。

 うんうん、そうそう。
 当事のキー・アイテムとして重要なのが、このカセット・テープ。今の iPod の類に比べるとやたら場所を取るけど、それでもレコードに比べれば遥かに小さいし、なんたって録音できるのが嬉しかった。カセット・レーベルも頑張って書いたなあ。「FMステーション」は、切り抜いて使えるカセット・レーベルを売り物にしていて、アーティストの写真のサイズもその由を配慮していたとか。

 なかなか戦略的な人のように思えるけど、編集長として雑誌の方向性を定める際は、「行きがかり上、たまたまそうなった面もあった」と正直に告白してる。見事な発想なのに、部下曰く「オンゾウさん、そういう卑怯な手を考えるの、うまいね!」。

 部下だけでなく、上司の操り方もなかなか。矢沢栄吉のインタビューの原稿が上がったのはいいが、ボスがとんでもない赤字を入れてきた。なんと、一人称を全部「ぼく」に変えてしまったのだ。雑誌のカラーに合わせるとはいえ、矢ちゃんが「ぼく」じゃしまらない。やっぱり彼の一人称は「矢沢」じゃないと。そこで卑怯な編集長は…

 ロック・フォーク系のミュージシャンが歌謡曲に関わり始めたのも、この頃。歌謡曲側もロック調を取り入れ始めていて、当事のアイドルのコンサートのバックバンドは意外と豪華なメンバーが揃ってたりする。井上大輔氏曰く。

「シブがき隊のこの曲(100%…SOかもね!)は洋楽サウンドのつもりで書いた。自分の曲ではこういう冒険はできないが、アイドルのレコーディングには費用と時間が十分にかけられるから、いいミュージシャンを集めて、その時の最新の音づくりをすることもできる」

 今はアニメやゲームの音楽で冒険してる人が沢山いる。どう聴いてもプログレだったり。
 FM雑誌のメインは、やっぱり番組表。エアチェックに熱心な若者のために、番組でかける曲目まで掲載していた。隔週刊だから、3週間前には曲目まで決定してなくちゃいけない。FM局としてはアドリブも効かせたいので、雑誌との攻防が始まる。雑誌側で苦労してたくせに、恩藏氏、自分がFM福岡で出演した時は…。なんと身勝手なw

 当事の音楽の話も懐かしい。あったね、オージー・ロック。ちょっとお洒落なエア・サプライ、一発屋だと思ってたけど意外と生き残ったメン・アット・ワーク、イケメンなリック・スプリングフィールド、そしてセバスチャン・ハーディー←ズレてるズレてる。いやいい曲やってるのよ、Sebastian Hardie。Four Moments、聴きまくったなあ。最初の Glories Shall Be Released(→Youtube)から雰囲気バッチリで。

 やがてCDが登場、音楽の聴き方を大きく変えていく。「思いがけなく廃盤や過去のアーティストにスポットがあたることになった」。あったねえ。私も探したよ、Mr.Big。ポール・ギルバートじゃないよ。ROMEOをやってた方(→Youtube、→Wikipedia)…と思って検索したら、なんと活動を再開してた。

 その反面、ジャケットが小さくなって、例えば「クリムゾン・キングの宮殿」みたいな特異なジャケットがなくなり、消耗品になった、とも嘆いている。確かに。私はロジャー・ディーンが好きだったなあ(→画像検索の結果)。そのかわりMTVが登場し、プロモーション・ビデオが氾濫しはじめる。しかしMTV、開局でソレ(→Youtube)流すかw

 やがてJ-WAVEの開局をはじめとするFM多局化、それに伴うFM東京などの差別化などFMラジオ界は激変し、またアーティストと雑誌の関係も変わり、FM雑誌も次々と休刊してゆく。

 機械・媒体・流通・創造など、音楽をめぐる環境が激変した80年代。FM雑誌という特異な立場だからこそ書けた、ギョーカイからリスナーまで幅広い視野でのエッセイ集。ちと自分語りが多い書評になっちゃったけど、この本を読むと、どうしても自分の思い出を語りたくなっちゃうのよ。

 ってんで、Steely Dan の FM(→Youtube)でも聴きながら、リラックスしてお読みください。

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