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2012年12月12日 (水)

リン・マーグリス+ドリオン・セーガン「性の起源 遺伝子と共生ゲームの30億年」青土社 長野敬+原しげ子+長野久美子訳

この減数分裂を伴う性は、自然選択のための多様性をもたらす供給源としてはあまり重要でないが、動植物の発生や生殖には決定的な役割をもっている。動物や植物の減数分裂を伴う性の歴史は、原生生物の共食いと共生体の分化からきたもので、共生体の一部のものが原生生物の細胞内小器官になっていったというのが、私たちの仮説である。  ――「序章 本書の読者へ」より

【どんな本?】

 著者のリン・マーグリスはマサチューセッツ大学の生物学教授でカール・セーガンの元奥さん、ドリオン・セーガンはカールとドリオンの子で著述家。

 多くの動物や植物には性があり、生殖と深い関係がある。だが、動物・植物ともに、性を伴わない生殖をする種もある。「なぜ性があるのか、いつ性が発生したのか」という疑問をきっかけに、原核生物から原生生物(単細胞の真核生物)への進化の過程を辿りつつ、性を伴う生殖が持つ二つの側面、すなわち減数分裂と遺伝子の組み換え機構のルーツを探り、最近の生物学の成果を紹介しながら、大胆な仮説を提唱する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ORIGINS OF SEX - Three Billion Years of Genetic Recombination -, by Lynn Margulis andDorion Sagan, 1986。日本語版は1995年10月30日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約328頁。9ポイント46字×18行×328頁=約271,584字、400字詰め原稿用紙で約679枚。長編小説ならやや長め。

 正直言って、かなり読みにくい。まず文章が日本語として一般向けでなく学術書の文体、つまり、わかりやすさより正確さを優先した文体だ。また内容も高度で、「ヌクレオイド」や「オルガネラ」などの生物学用語が容赦なく出てくる。本書の重要なテーマである減数分裂も説明はない。ちゃんと読み下すには、高校卒業程度の生物学の知識が必要。とりあえず参考になりそうな Wikipedia の記事を挙げておく。→細胞、→減数分裂

【構成は?】

 謝辞/第二刷への序文
序章 本書の読者へ
1 生命とは何か? DNA、自己維持、複製義務
2 進化とは何か? 細胞DNAの継続性とエラーの必要性
3 性とは何か? 分子、細胞、固体の組み換えと合体
4 DNAへの脅威と性の出現 紫外線、化学的な死、DNAの修復
5 組み換えと細菌の対合 微生物の性がもたらした地球規模の進化的変化接合
6 単細胞原生生物の出現 共生細菌と個体の性
7 染色体の起源 クロマチンの荷造り
8 減数分裂における染色体の展開 微小管とその組織中心
9 捕食その他の合体方式 原生細胞の倍数化のジレンマ
10 対合と折半 受精と減数分裂
11 減数分裂と分化 微生物の共同体生態学から、細胞内共生の生物学
12 大きな卵と小さな精子 異形配偶子の起源と性
13 性の30億年 進化の共通遺産と多様な戦略
 用語解説/訳者あとがき/参考文献/索引

【感想は?】

 一般向けの科学啓蒙書かと思ったら、とんでもない。生物学について相応の基礎が出来ている学生向けに、自説を敷衍するのを目的とした学術書だ。内容は高度だし、その主張は「私の仮説である」と明言している。

 そのため、文章も正確さを期し、わかりやすさを犠牲にしているので、読み下すにはかなり時間と頭を使う。充分な前提知識がない私は、かなり苦労した。だが、この本で彼女の語る仮説はかなり大胆で魅力的だ。SF者、特に遺伝子操作やナノマシンに興味があるなら、この本は格好のネタを提供してくれる。

 この本では、性が持つ二つの機能に注目する。ひとつは遺伝子の組み換えであり、もう一つは減数分裂である。そのいずれも、ルーツを単細胞生物に求めている。

 まずは、遺伝子の組み換え。

 太古の地球にはオゾン層がなく、太陽光線を遮るものがなかった。生物にとっては特に紫外線が問題で、これがDNAの配列をかき乱す。具体的には、隣り合ったチミン塩基(ATCGのT)を結合させチミン二量体にしてしまう。これを放置すれば生物は死ぬ。そこで修復機能が発生した。修復するには元の配列の情報が必要である。

 第一の方法は、二重らせんのもう一方を鋳型とする方法だ。もう一つは、別の細胞由来、、例えばバクテリオファージなどのDNAを使う方法だ。後者の場合、他の個体の遺伝子を組み込むことになる。

つまり進化的な意味では、紫外線障害の修復が細菌に性現象をもたらした。

 現代の科学者がやってる遺伝子組み換えを、原核生物(細胞核を持たない生物)が数十億年前に既にやってた、ってんだから驚き。そして、同じ機能を、現代に生きる私たちの体は、備えている。私やあなたが生物学を知ろうが知るまいが。ただ、この機能は、同時にインフルエンザ・ウイルス感染の危険ももたらしているし、各種薬剤への耐性菌も誕生させている。うーん。

 さて、性の持つもう一つの機能が、減数分裂。こちらは、ちとややこしい…というか、実は私もよくわかってない。

 多くの動物の細胞が持つミトコンドリア。これはかつて別の生物で、細胞内に共生するようになった、という説があり、多くの生物学者に受け入れられている。

 単細胞の真核生物には、激しく動く鞭毛を持つ種がある。鞭毛により生物は運動性を獲得した。著者は主張する。この鞭毛、元はスピロヘータ(→Wikipedia)であり、宿主に捕食されたか宿主に寄生するかして、共生するようになったのではないか、と。

 スピロヘータによって、細胞は運動性を獲得した。別の形で、細胞内の機関も運動性を獲得した。原核生物と真核生物の違いは、核の有無であり、核を持つ真核生物が細胞分裂(→Wikipedia)する際は、複製された染色体が南北の両極に集まる。この南北両極への運動が、スピロヘータの名残りだろう、と著者は推測する。

 減数分裂に関しては他に半数体と倍数体の違いや、同種の二つの生物がくっついて鞭毛担当と分裂担当と担当を分けて云々といった話も出てくるが、正直言って私もよくわからなかった。ただ、この書の仮説に従うと、SFでよくある「性が三つ以上ある生物」の発生はかなり難しくなってしまう。うーん、困った。

 上記二つの他に面白かったのが、原核生物から真核生物への進化。宿主が嫌気性の場合、好気性のミトコンドリアが好む酸素は宿主のDNAを攻撃する。これから身を守るために、宿主は核に膜を備えDNAを守ったんだろう、と。この辺は、仮説とはいえなかなかエキサイティングだ。

 さて、この本にはナノマシンなんて言葉は全く出てこない。にも関わらずSF者がナノマシンを連想するのは、スピロヘータのくだり。単細胞生物がスピロヘータによって運動性を獲得したんなら、ナノマシンに運動性を持たせるには、スピロヘータを組み込めばいいじゃないか…と、それこそ魔獣戦線の世界だな←全然違う

 文章は堅いし、内容は高度だ。その分、最近の生物学のエキサイティングな様相が伝わってくる。歯ごたえはあるものの、それに相応しい興奮もある。覚悟して挑もう。

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