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2012年12月13日 (木)

「完本 池波正太郎大成12(剣客商売2)」講談社

「だが、徳次郎どん、お前さんに会えてよかったよ。わし、一目で、お前さんが、しっかりした人だと見極めがついたのだ。その目に狂いはなかった。それがうれしくてねえ」

【どんな本?】

 時代劇の名手・池波正太郎による、鬼平犯科帳と並ぶ代表作「剣客商売」の合本第二弾。老いを自覚し隠居はしたものの、衰えぬ剣名と野次馬根性に突き動かされ事件に巻き込まれまたは自ら顔を突っ込む枯れ切れない老剣客・秋山小兵衛と、その息子で実直な秋山大治郎の二人を中心に、御用聞きの弥七やその手下の徳次郎・男装の女武者・三冬などのレギュラー陣に加え、彼かに関わる剣客などの人々を描く連作短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 初出は雑誌「小説新潮」1975年7月号~1978年7月号。完本のシリーズでは1998年11月20日第一刷発行、私が読んだのは2010年6月15日発行の第五刷。新潮文庫の文庫本なら6巻~10巻にあたる内容。

 単行本ハードカバー縦二段組で本文約713頁。8.5ポイント28字×25行×2段×713頁=約998,200字、400字詰め原稿用紙で約2496枚。長編小説なら5冊分ぐらいの分量。

 文章は抜群の読みやすさ。続き物なだけに、できれば前巻から読んだ方が楽しめるが、そこは人気作家。途中からでもすんなり入っていけるように、レギュラー陣であっても随所でそれとなく人物像を紹介するなど、細かい配慮がなされている。

【収録作】

鷲鼻の武士/品川お匙屋敷/川越中納言/新妻/金貸し幸右衛門/いのちの畳針/道場破り/春愁/徳どん、逃げろ/隠れ蓑/梅雨の柚の花/大江戸ゆばり組/越後屋騒ぎ/決闘・高田の馬場/毒婦/狐雨/狂乱/仁三郎の顔/女と男/秋の炬燵/待ち伏せ/小さな茄子二つ/或る日の小兵衛/秘密/討たれ庄三郎/冬木立/命の命脈/春の嵐(長編)

【感想は?】

 やっぱり人気作家だけあって、読者を物語に引きずりこむのがやたら巧い。この巻でも、冒頭の「鷲鼻の武士」からして、一気に物語世界に引っ張りこまれた。

 大柄な色男だが、垂れ下がった瞼が特徴の剣客・渡辺甚之介が、秋山小兵衛を訪ねてくる。日頃は柔和な甚之介だが、この日の小兵衛は違和感を感じた。「こいつ。今日は、死神を背負って来た…」

 ここまで、文庫本なら一頁ほど。たったこれだけで、「うああ、これからどうなるんだあ~!」と読む方は気になってしょうがない。「ど、どうなるんだ…」と思って読み続けると、物語は思わぬ方向に転がっていく。

 思わぬといえば、著者も芸幅を広げているのか、この巻では今までと趣向が違う傾向の作品も入っている。中でも「お、これは」と思ったのが、傘屋の徳次郎を中心に据えた「徳どん、逃げろ」。御用聞きの弥七の右腕として端役扱いだった徳次郎が、ここでは主役を勤める。

 荒事の腕はいまひとつながら、忠実で粘り強い仕事で弥七の信頼厚い徳次郎。江戸の暗黒街の噂話を仕入れるために、夜は大名の下屋敷で開かれる賭博場に出入りしている。今夜も松平肥前守の中間部屋で遊んでいた徳次郎、帰り支度をしていた所を、よく見る客に声をかけられる。「わしはね、八郎吾というがね」

 この男、身なりはこざっぱりして、勝ったときは相応の酒代を置いていくし、負ければ負けたでさっぱりした顔で帰っていく。徳次郎は「どう見ても、憎めねえ男…」と思っていたが、向うも徳次郎を「肚がすわっている」と見ていた様子。いったい、何を企んでいるのかと思えば…

 うはは。大爆笑。いやこの八郎吾、とんでもねえ奴なんだが、どうにも憎めない。八郎吾の狙いといい、徳次郎と弥七の会話といい、笑いっぱなしの一編だった。まあ、あるんだよね、色んな人と出会ったりしてると、妙に気に入っちゃったり気に入られちゃったりする事が。でもって、気に入られても、その理由がさっぱりわからなかったりする。

 芸幅という意味では、「狐雨」が新境地。ある日、思い立った大治郎、本郷の団子坂の杉本道場を訪ねる。先代の杉本又左衛門は人柄がよく教え方も上手いので道場は流行っていたが、一人息子の又太郎には「わしの跡をつごうなどと、決して思うなよ」と言い残し世を去った。又太郎、剣に熱心ではあるが又左衛門曰く「下手の横好き」。だが父の遺言を聞かず道場を継いだ又太郎だが…。いやはや、こういう芸風も持っているとは。

 続く「狂乱」は、打って変わって切ない物語。秋山小兵衛が牛堀道場を訪ねた際、道場では立会いの最中だった。本多丹波守の家人・石山甚市と名乗る者が、道場の腕っこきを次々と倒し、道場主の牛堀九万之助に勝負を迫るが…。なまじ優れた剣を使えるが故に孤立していく甚市の姿が、ひたすら哀しい。まあ、似たような事は、現代の職場でもあったりする。

 最後の「春の嵐」は、巻末を飾るに相応しいオールスター・キャストで謎あり剣戟ありの長編。

 時は師走、八百石の旗本・井上主計助が頭巾をした大柄な侍に斬殺される。侍は「あきやま、だいじろう」と名乗り、井上の共の小者を残して去った。その頃、大治郎は小兵衛宅で鯛と軍鶏を味わっていたのだが…

 杉本又太郎は、竹薮のなかに不審な男を見つけた。細帯を頸に巻きつけ、自殺しようとしている。さすがに見かねた又太郎、飛び出して止めて家に招きいれ、飯を与える。見ればまだ若い。よほど腹がすいていたらしく綺麗に平らげた若者は、そのまま寝てしまった。

 大治郎にかけられる辻斬りの嫌疑と、杉本道場にひょっこり現れた図太い謎の若者。大治郎側の物語が担う緊張感を、杉本道場のギャグが和らげつつ、物語は進む。剣客商売シリーズ初の長編だけあって、出演者も豪華絢爛で、今まで出てきた準レギュラーも続々と顔を出し、それぞれに見せ場が用意されている。

 現代の刑事物よろしく、寒風の中で執念深い捜査を続ける徳次郎。小兵衛への恩を忘れず何かと走り回る鰻売りの又六。捜査に、人の手配にと大忙しの弥七。剣と生活ともに大治郎の頼れるパートナーとなる三冬。そして、待ってました、手裏剣お秀こと杉原秀さんも大活躍。いやあ、堪能堪能。

 物語は老中田沼意次まで巻き込み、どんどん大掛かりになっていく。今 Google で検索したら、スペシャル番組になってる。さもありなん。というか、むしろ映画として作って欲しい。

 秋山道場には新弟子ができるし、大治郎と三冬の仲も一気に進む。二人の仲が変わる「品川お匙屋敷」は、読んでてついニンマリしてしまう。ボリュームは長大だが、著者の筆は読者を引きずりこんで放さず、会話のテンポの良さも手伝って、読み始めたら寝不足は必至。通勤電車の中で読む人は、乗り過ごしに気をつけよう。

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