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2012年11月15日 (木)

マーカス・ラトレル&パトリック・ロビンソン「アフガン、たった一人の生還」亜紀書房 高月園子訳

 作戦エリアに到着すると、ヘリは数マイルの間隔を置いて三度、見せかけの侵入を行った。降下し、真の目的地からはかけ離れた地上の点で空中停止飛行を行う。もしアフガン人が見ていたら、さぞかし頭が混乱しただろう――おれたちすら混乱した!

【どんな本?】

 2005年夏。アフガニスタン北東部にて、米国海軍SEAL部隊の一チームが、パキスタンからアフガニスタンへの侵入を図るタリバンの部隊と交戦し、互いに大きな被害を出した。テキサス生まれのマーカス・ラトレルは激烈な戦闘でチームのメンバーを失いながらも生還、後にホワイトハウスにてジージ・W・ブッシュ大統領より海軍十字章を受ける。

 合衆国海軍SEALとは何者か。どんな者が、どのように選ばれ、どんな訓練を受けるのか。なぜ海軍の戦闘部隊が内陸国のアフガニスタンに出動するのか。アフガニスタンの戦場で、米軍はタリバンとどう戦うのか。SEAL三等曹長のマーカス・ラトレルが、小説家パトリック・ロビンソンと協力し、アフガニスタンにおけるSEALの戦闘を語る。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Lone Survivor, by Murcus Luttrell with Patrick Robinson, 2007。日本語版は2009年9月10日第1版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約438頁。9ポイント45字×18行×438頁=354,780字、400字詰め原稿用紙で約887枚。長編小説なら二冊分に少し足りない程度。

 文章はこなれていて読みやすい。また、少し下品な言葉遣いは、テキサスで生まれ育った著者の素朴で明るく親しみやすい人柄がよく出ている。が、ニワカ軍オタの私にも分かるぐらい軍事関係の誤訳が目立つ。いきなり16頁で「<C130ハーキュリーズ>ターボフロップ戦闘機(→Wikipedia)」って、をい。輸送機でしょ。それと、ヤード・ポンド法はメートル法に換算した値を補って欲しかった。「六千フィート(約1829m)」みたく。

【構成は?】

  謝辞
 プロローグ
1 空飛ぶ倉庫でアフガニスタンへ
2 俺たちが小さかった頃、そして、ばかでかいオールド・アリゲーター
3 戦士の学校
4 地獄へようこそ、紳士諸君
5 敗残兵のように
6 「じゃあな、野郎ども、あいつらに地獄をお見舞いしてやれよ」
7 なだれのような弾丸
8 尾根での最後の闘い
9 爆破と銃撃により死亡と推定される
10 アメリカ人逃亡者、タリバンに追いつめられる
11 死亡事故はひどく誇張されていた
12 「2-2-8! 2-2-8だ!」
 エピローグ
 その後

 2章はマーカス・ラトレルの生い立ち、3・4・5章は海軍のSEAL選抜試験と訓練の模様。

【感想は?】

 大きく分けると、三つの部分になる。一つは3・4・5章で、合衆国海軍SEALの過酷な選抜試験と訓練、そしてデルタやSASとも違うSEALの雰囲気。二つ目は6・7・8章で語られる、タリバンとSEALの戦闘の様子。最後に、9~12章の、マーカスがたったひとりで生還するまでの経緯。

 基本的に「従軍した兵の手記」なので、前線で戦う兵の視点であり、アフガニスタンの戦線全般を俯瞰するものではない。「政略-戦略-戦術-戦闘」で言えば、戦闘のレベルが中心。また、SEALという特殊な部隊であるだけに、作戦内容も特殊で、標準的なアフガニスタン戦線の話ではない。

 具体的な作戦の内容は、というと。戦場はアフガニスタン北東部のパキスタン国境近辺。標的はタリバンの重要人物でオサマ・ビンラディンの側近の一人であるベン・シャーマック(仮名)。標的は一人だが、周囲は常に80~200人の武装戦士が固めている。彼が某村に滞在している、との情報がある。

 SEALの役割は、4人のチームによる、先行しての偵察と確認。ヘリ(CH-47チヌーク→Wikipedia)で近辺に潜入、某村の近くに潜伏してベン・シャーマックの所在を確認し、情報に間違いがなければ無線で実戦部隊の派遣を要請する。ただし、標的が他の場所への移動を図るなら、狙撃して暗殺もあり。

 筆者のマーカス・トレイルは絵に描いたような南部男。少々荒っぽいカウボーイ気取りの、陽気で素朴な男。熱烈な愛国者で、誇りと家族と友情を大切にする。同じテキサス野郎のジョージ・W・ブッシュを敬愛し、SEALの戦友にも強い絆を感じている。この本では、アチコチで米国内のリベラルへの嫌味が出てくる。

 SEALの選抜過程は、モロに「落とすための試験」。5週間の過程で、164人のクラスは32人に減る。教官は、あの手この手でヒヨコの心を折ろうとする。ひたすら走り、腕立て伏せをして、泳ぐ。食堂まで2マイル(約3km)離れているので、食事のたびに4マイル(約6km)走らなきゃいけない。意図的な嫌がらせもある。ランニングのスキに教官が部屋に忍び込んで荒らし、ヒヨコが戻ってきた直後に部屋の点検をして、こっぴどく怒る。

 最後の一週間はヘル・ウイークと呼ばれる。始まりは夜9時前。いきなり部屋のドアを蹴破った男が機関銃を乱射し、練兵場に叩き出す。練兵場でも機関銃の乱射に加え、高水圧のホースで訓練生をなぎ倒す。BGMは轟音の砲声と怒号とホイッスル。寝る間もない訓練、食事の時間は7分。返事はいつだって「フーヤー!」

 SEALの特徴は、スイム・バデイ。相棒とは常に一緒。トイレでさえ。相棒がボートから水に落ちたら、バデイも落ちる。「プールでは腕の届かない距離以上に二人が離れることがあってはならない」。

 実際の戦闘の様子も、具体的な記述が多い。普通持っていく弾倉は八個。今回の得物はM4(→Wikipedia)と手榴弾、拳銃はシグ・ザウエル9mm。狙撃用はMk12 .556(たぶんSPR mk12またはSAM-R、→Wikipedia)、それにクレイモア(地雷、→Wikipedia)。食料・望遠鏡・無線機も加え、荷物の総重量は45ポンド(約20kg)。冒頭の引用にあるように、着陸時、ヘリは数回のフェイントをかます。

 タリバンは米軍の無線交信を盗聴する場合もあり、また死傷した将兵から奪ったビーコンで米軍のヘリをおびき寄せる時もある。移動時は銃と砲弾だけを持って動く。予備の砲弾や水は、別の者が持って運ぶ。偵察員は手ぶらで、「ライフルすら持っていない」。身軽なので速く静かに動ける。

 タリバンとの交戦後、深手を負いながらもただ一人生き延びた彼は、別の村のパシュトゥーン族に保護される。ここで彼がわずかながらに体験するパシュトゥーン族の社会と生活も、なかなか興味深い。誇りと掟を守るためにはタリバンにすら抗う、鋼の意思を持つ村人たち。その独立不羈の気風は、テキサス人と同じような気がする。「侮蔑されることに慣れていない者」。著者は、パシュトゥーンの掟「ロクハイ」に命を助けられる。

 典型的な保守的南部人のマーカスが、気候も文化も違うアフガニスタンで、どう闘いどう生き延びたのか。生々しい戦闘場面も面白いが、彼の視点とアフガニスタンの村人たちとの行き違いも興味深い。力だけでは決してアフガニスタンを押さえられない、そう痛感させられる本だった。

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