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2012年11月21日 (水)

サイモン・シン「宇宙創成 上・下」新潮文庫 青木薫訳

新しい理論が受け入れられるまでには次の四つの段階を経る。
第一段階――こんな理論はくだらないたわごとだ。
第二段階――興味深くはあるが、ひねくれた意見だ。
第三段階――正しくはあるが、さほど重要ではない。
第四段階――私はずっとこの意見を唱えていたのだ。
  J・B・S・ホールデーン(1892~1964) イギリスの遺伝学者

【どんな本?】

 「フェルマーの最終定理」「暗号解読」など、数学の難問に挑んできた数学者たちの歴史を描いてきたサイモン・シンが、次に挑んだのが、物理学・天文学、そして宇宙論とその歴史だ。神話の時代から天動説と地動説の争い,アインシュタインの相対性理論がもたらした大変革を経て、現代の宇宙論の基礎を築いた定常宇宙論 vs ビッグバン仮説の大論争をテーマに、それに関わった多くの物理学者・天文学者と彼らが主張する宇宙論を、多彩なエピソード彩りながら、一般向けに解説する科学史&科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は BIG BANG, by Simon Singh, 2004。日本語版は2006年に新潮社より単行本で出た後、2009年2月1日に新潮文庫より文庫版上下巻で発行。文庫本上下巻で縦一段組み、本文は(約377頁+約318頁)に加え付録「科学とは何か?―― What Is Science?」8頁,用語解説19頁,訳者あとがき9頁,文庫版訳者あとがき4頁。9ポイント39字×17行×(377頁+318頁)=約460,785字、400字詰め原稿用紙で約1152枚。長編小説なら約2冊分。

 翻訳物の科学解説書、それも最先端の物理学・天文学を扱っているにも関わらず、拍子抜けするほど読みやすく、わかりやすい。かの有名な E=mc2 など一応は数式も出てくるが、別に理解する必要はない。直感的に理解できるように、ちゃんと図やグラフによる説明がつく。下巻に入ると、言葉通り天文学的な数字を扱うために指数(xn)が出てくるが、それすら文中で説明してある。漢字さえ読めれば、小学生高学年でも理科が得意なら理解できるかも…と思って見直すと、難しい漢字にはちゃんとルビがふってある。なんと親切な。

【構成は?】

上巻
第Ⅰ章 はじめに神は…
天地創造の巨人からギリシャの哲学者まで/円に円を重ねる/革命もしくは回転/天の城/望遠鏡による躍進/究極の問い
  第Ⅰ章のまとめ
第Ⅱ章 宇宙の理論
アインシュタインの思考実験/重力の闘い ニュートンvsアインシュタイン/究極のパートナーシップ 理論と実践/アインシュタインの宇宙
  第Ⅱ章のまとめ
第Ⅲ章 大論争
宇宙を見つめる/消えますよ、ホラ消えた/天文学の巨人/運動する宇宙/ハップルの法則
  第Ⅲ章のまとめ
下巻
第Ⅳ章 宇宙論の一匹狼たち
宇宙から原子へ/最初の五分間/宇宙想像の神の曲線/定常宇宙モデルの誕生
  第Ⅳ章のまとめ
第Ⅴ章 パラダイム・シフト
時間縮尺の困難/より暗く、より遠く、より古く/宇宙の錬金術/企業による宇宙研究/ペンジアスとウィルソンの発見/密度のさざなみは存在するのか
  第Ⅴ章のまとめ
エピローグ
謝辞/付録:科学とは何か?―― What Is Science?/用語解説/訳者あとがき/文庫版訳者あとがき

 流れはおおむね時系列順。各章の冒頭に、科学者などの有名な言葉が数個引用されていて、ちょっとしたジョーク集の感がある。また、各章の末尾に「まとめ」があるのも親切。

【感想は?】

 サイモン・シンの著作の特徴は、なんといってもわかりやすいこと。この本は、特にわかりやすさが光ってる。私が最も唸ったのが、特殊相対性理論の部分。これの基本の一つが、「光の速度は一定」という法則。なんとなくわかったつもりになっていたけど、実はわかってなかったのが、この本でわかった。

 「光の速度は一定」というけど、実はこれだけじゃ完全じゃない。問題は、何に対して一定なのか、という点。この本では、高速で走る透明な列車の天井と床に鏡を置いて、その間を反射する光の速さふはどうなるか、という図で説明している。列車の中にはアリスがいて、列車の外にはボブがいる。アリスは列車&鏡と共に動き、ボブは動かない。

 アリスから見ると光は列車内を上下に動いてるだけ。だから、垂直に動くように見える。ボブは外で見てるから、光は斜めに動くように見える。さて、「光の速度が一定」とは、何に対して一定なのか。

 答え。「観測者に対して」。

 アリスはともかく、問題はボブ。斜めに動くのは、垂直に動くより距離が大きい。でも、光の速度は一定。じゃ、どうなるか。ボブから見ると、アリスの時間がゆっくり流れる(ように見える)。これを、たった一枚の絵で納得させてくれるから、この本は嬉しい。

 「フェルマーの最終定理」や「暗号解読」などの数学の本に比べ、この本のうれしい所は、冒険や「新兵器」が出てくる点。なんで理論物理に冒険が関わってくるのか、普通は理解できないだろう。

 さて。相対性理論は、今までのニュートンの世界観と、大きく違う。ここで、対立する二つの理論がある場合、どっちが正しいか、という問題が持ち上がる。科学は実証が重要だ。既にある観測結果(データ)を双方が説明できるなら、より単純な方または現在主流の節に軍配が上がる。新説が主流に打ち克つ最善の方法は、何か。

 主流じゃ説明できない未知の減少を、予言すること。

 相対性理論では、重力で光が曲がる事を予言する。当時、最も観測しやすい大重力は、太陽だ。星の光が太陽で曲がる事を確認できれば、特殊相対性理論の勝利だ。が、太陽は明るすぎて星の光を隠す。が、ひとつ、望みがある。皆既日食だ。日食で太陽の光が遮られれば、星が観測できる。

 ってんで、1919年、アーサー・エディントンは皆既日食が観測できるアフリカへ向かう。

 これの経緯が、また面白い。時は第一次世界大戦。クエーカー教徒として徴兵拒否したエディントン、このままじゃ留置場行き。見かねた王室天文学のフランク・ダイソン、エディントンを観測に派遣すべく熱弁をふるう。内心は相対性理論を支持しつつ、「ドイツのものである一般相対性理論に対し、ニュートンの重力理論を防衛することは英国人の義務であろう」。

 科学的な話は、下巻に入ると更に面白くなる。なんで原子の構造が宇宙論に関係あるのか、なんで相対性理論で原爆を作れるのか、他銀河との距離はどうやって測るのか、などなど。

 論の対立は、同時に人と人の対立でもある。ここで最大のスターは、英国人フレッド・ホイル。古いSF者には「10月1日では遅すぎる」で有名な、定常宇宙論の立役者。ところが、あまりに才能に恵まれた彼の活躍は、幾つかの点でビッグバン宇宙論を強力に支援してしまう。野次馬的に見た最大の活躍は、「ビッグバン」という言葉を発明した事。センスが良すぎるのも考え物です。彼の論敵のガモフもまた文才豊かな人で…

 各章の扉にある名言集も、ユーモアたっぷり。難しい宇宙論で凝った頭を、やんわりと揉みほぐしてくれる。

宇宙について無知であればあるほど、宇宙を説明するのは簡単だ。
  ――レオン・ブランシュヴィク

 地質学が証明する地球の年齢34億年と、初期のビッグバン宇宙論が導き出す宇宙の年齢20億年、このズレを解決していく過程は、上質なミステリとしても楽しめる。

 「この世界はどうやってできたのか」という、人間が持つ根源的な疑問。これの解を探す長い歴史を、たった2冊に圧縮し、かつ素人にも分かりやすく説明した上に、科学者たちのビックリ・エピソードをユーモアたっぷりに綴った本。科学を愛する全ての人にお勧め。

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