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2012年11月18日 (日)

テリー・ビッスン「ふたりジャネット」河出書房新社奇想コレクション 中村融編訳

 だれもがウィルスン・ウーのような友人を持つべきだ、絶えず頭をひねっていなけりゃならなくなるから。ウーはパン職人をしながらハイスクールを卒業し、それからドロップ・アウトしてロック・バンドを結成し、それからブリンストン(だと思う)の奨学金を得て数学(だと思う)を専攻し、それからドロップ・アウトしてエンジニアの職に就き、それから夜学で医科を途中まで進んでから、法科に鞍替えした。
  ――「穴の中の穴」より

【どんな本?】

 1990年、「熊が火を発見する」でヒューゴー賞・ネビュラ賞・ローカス賞・デイヴィス読者賞・スタージョン記念賞とアメリカSF界の各賞を総ナメにしたテリー・ビッスンの、日本独自の短編集。日本でも「SFが読みたい!2005年版」の「ベストSF2004」海外部門で第5位に躍進した。

 アメリカ南部のホラ話の流れを汲む、SFというより馬鹿話の味わいが濃い、ユルくて楽しいお話。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 日本独自の編集。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約360頁。9ポイント42字×18行×360頁=272,160字、400字詰め原稿用紙で約681枚。長編小説ならやや長め。

 文章は翻訳物のSFとしては標準的な読みやすさ。SFとは言っても基本的に馬鹿話・法螺話なので、たまに小難しい屁理屈や数式が出てくるけど、ハッタリだと思って無視して構わない。

【収録作は?】

 以下、日本語の作品名 / 英文の作品名 / 発表年 の順。

熊が火を発見する / Bears Discover Fire / 1990
 おふくろを見舞った帰り、州間高速65号線でタイアがパンクした。12歳になる甥のウォーレス・ジュニアに手伝わせてタイアを交換してる時、俺たちは見た、熊が木立のへりで松明を掲げてるのを。各地で火を扱う熊が目撃されてて、TVじゃ<今日のニュース>で盛んに報道してる。

 お話の内容まんまのタイトル。でも、別に種の対立だの共存だのと大袈裟な話になるわけではなく、60過ぎのオッサンの主人公・老人ホームで過ごす彼の母・12歳で好奇心旺盛なウォーレス・ジュニアの交流が淡々と語られる。56年型のキャディ・ラジアルタイアの登場でお払い箱になりつつあるタイア修理技術の継承など、去り行くモノの郷愁を漂わせつつ、ちょっと切ない感じで物語りは幕を閉じる。
アンを押してください / Press Ann / 1991
 ブルースと映画を見に行く途中、現金を引き出すために銀行の端末に立ち寄ったエミリー。けど、出てきたメニューが変。「お預け入れ/お引き出し/残高照会/お天気」…え?なに、「お天気」って?

 会話とATMのメニューだけで構成された短編。状況がちとわかりにくいので、整理すると。ブルースとエミリーのカップルは、映画を見てエミリーの誕生日を祝うつもり。ブルースはキャッシュ・カードを機械に呑みこまれ、仕方なくエミリーのカードを使ってる。ところが、端末は奇妙なおせっかいをはじめ…
未来から来たふたり組 / Two Guys from the Future / 1992
 あたしがギャラリーの夜間警備のバイトをしてたら、変なふたり組みが現れた。なんでも、未来から芸術品を回収に来たとか。ピカピカ光る服を着て、背の低い方はちょっとキュート。次の夜、オーナーと相談するためにまた来るというので、オーナーのボロゴーヴに話をつけた。そして夜、彼らは再び現れ…

 一応、タイム・パラドックス物なのかな。頻出するギャグが、英語とスペイン語の地口なので、ちと分かりにくい。あげくにオチが、完全に年寄り向け。
英国航行中 / England Underway / 1993
 ブライトンに住むフォックス氏の日課は決まっている。午後は愛犬のアンソニーと海辺の遊歩道を散歩し、オーデンシールド夫人の店で日課のトロロプを読み、クリケット場でアンソニーを走り回らせ、<豚とアザミ>亭で夕食をとる。ところが、どうも今日、遊歩道から見る波は様子がおかしい。

 ブライトンはイングランド南部、英国海峡に面している。お話の中心となるアイデアは馬鹿話そのもの。英国が抱える社会問題を茶化しつつ、「アメリカ人の視点で見る英国の変人紳士」を静かに描く。単調なフォックス氏の生活、退屈そうだなあと思いつつ、それはそれで幸せかもしれない、とも思う。
ふたりジャネット / The Two Janets / 1990
 ユニオン・スクエアの露天本屋に立ち寄った帰り、16丁目の公衆電話が鳴った。母さんだ。あたしの母さんは、公衆電話であたしをつかまえる、奇妙な技を持っている。「そういえば、ジョン・アップダイクがこないだオーエンズボロに引っ越してきたのよ」

 有名作家が続々と田舎町に引っ越してくる、というお話で、アメリカ文学が好きな人向け。田舎から出てニューヨークに暮らす主人公、故郷で生活している元ボーイフレンドや友人。なんとかニューヨーカーになりきろうとしつつ、やっぱり断ち切れない故郷。
冥界飛行士 / NecroNauts / 1993
 わたしは18ヶ月前に事故で視力を失ったが、今でも絵が描ける。新聞は超常能力と呼ぶが、今までどおりにやっているだけだ。そんなわたしに、奇妙な依頼が来た。「計画中の遠征にイラストレーターとして参加して欲しい」と。わたしの事情を説明したが、先方は先刻ご承知の様子。

 ユーモアに溢れた短編が多いこの作品集の中では、異色の作品。依頼は、死後の世界の探検と、そのイラストを描くこと。テーマでわかるように、不気味で冷たい恐怖が忍び寄ってくる。
穴の中の穴 / The Hole in the Hole / 1994
 ヴォルヴォのブレーキ・パッドがキーキー喚くんで、おれは自動車用品店を探しまくった。やっと見つけた洞穴みたいな店で、ヴィニーって奴が教えてくれた。「<穴>のフランキーのところを紹介してやれよ」。言われたとおりに行くと、確かにあった。凄い。廃車置場は、あらゆるヴォルヴォがぎっしりつめこまれてる。

 万能中国人ウィルスン・ウーのシリーズ第一弾。このシリーズは、典型的な南部風のホラ話。筆者のカー・マニアっぷりがよく出てて微笑ましい。ヴォルヴォに詳しい人は是非ご一読あれ。
宇宙のはずれ / The Edge of the Universe / 1996
 おれはキャンディの住むアラバマに来た。彼女の父親ホイッパー・ウィル・ノイダートがあこぎな稼ぎで北アラバマ中に敵がいるが、今はアルツハイマーやパーキンソン病を患って、老人ホームで大人しくしている。いつも通るがらあきの駐車場には、ビーズの座席クッションが捨ててあるんだが…

 万能中国人ウィルスン・ウーのシリーズ第二弾。キャンディに惚れ、住み慣れたブルックリンを離れアラバマまで来たおれ。北部人の弁護士が見る南部の田舎の社会が面白い。誰彼構わず口汚く罵っては銃をブッ放すホイッパー・ウィルのキャラクターが強烈に光ってる。いい友人を持ったね。
時間どおりに教会へ / Get Me to the church on Time / 1998
 ハネムーンでブルックリンに来たおれとキャンディ。いつもなら滑走路待ちで上空を旋回する707が、今日は定刻で着陸した。荷物回収所で、幼なじみのアーサー・ブリッツに出会った。おれたちふたりはディトマス・プレイボーイズを結成し、木の上の家を作ったんだ。

 万能中国人ウィルスン・ウーのシリーズ第三弾。南部からニューヨークに舞台を移し、どころか、ちょっと変わったニューヨーク観光案内の感がある作品。変わりゆくニューヨーク、機械嫌いのミニーおばさん、ガキの秘密基地とノスタルジーがいっぱい。

 全体を通し、幾つかのテーマが共通している。田舎から出て都会で暮らす人、古い自動車、そして流れゆく時代が残した過去の残滓。1942年ケンタッキー州オーエンズボロ生まれというから、結構な歳。大半が馬鹿話なんで、肩肘はらずに、くつろいで読もう。

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