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2012年11月26日 (月)

上田早夕里「リリエンタールの末裔」ハヤカワ文庫JA

「空を飛ぼうとする者は、常に危険と隣り合わせの場所にいる。そういう人間は、皆、冒険者だ。私は空だけでなく、自分が住んでいる社会においても冒険者でありたいと思っている。だが、冒険とは、常に生きて帰ることを目指すべきものだ。そういう意味で、社会の動きは慎重に見させてもらうよ」
  ―「リリエンタールの末裔」

【どんな本?】

 2010年に発表した「華竜の宮」が圧倒的な支持を受け、「このSFが読みたい!2011年版」でもベストSF国内編でトップをもぎ取った上田早夕里による、SF短編集。「華竜の宮」と同じ世界を舞台にした表題作、世界と人間の認識を扱う「マグネフィリオ」「ナイト・ブルーの記録」、そして18世紀の英国で圧倒的な精度の航海用時計を作ったジョン・ハリソンを描く「幻のクロノメーター」の四編を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年12月15日発行。文庫本縦一段組みで本文約311頁に加え、香月祥宏の解説8頁。9ポイント40字×17行×311頁=約211,480字、400字詰め原稿用紙で約529枚。長編小説なら標準的な長さ。文章そのものは、比較的読みやすい。一部で最新科学の成果が使われているので、そこで好き嫌いが分かれるかも…って、ハヤカワ文庫JAを読む人なら、大抵は好きな人だよね。

【収録作は?】

リリエンタールの末裔
 村で育ち12歳になったチャムは、飛行が大好きだ。体重の制限があり、飛べるのは子供だけ、飛べなくなる日が子供時代の終わり。チャムは小柄で痩せていたため、誕生日の前の日まで飛んでいた。やがてチャムは、海上都市ノトゥン・フルへと出稼ぎに出る。そこでは、ハンググライダーの愛好家がクラブを作っているが、資産など厳しい入会基準がある。貧しいながらもチャムはクラブ入会を目指すが…

 「華竜の宮」と同じ世界を舞台にした作品。飛ぶこと、ただそれだけに人生の全てを賭けるチャムの瑞々しさが眩しい。彼が憧れたノトゥン・フル、だがそこにも人間同士の軋轢が思わぬ形で影を落とす。理不尽な迫害に対し、チャムが出す解は…。この「影」が、実に人間らしいというか、しょうもないというか、まあ遠い未来になっても、人間なんてそんなもんなんだろうなあ。
 どうでもいいが舞台の東経90度北緯20度、現在はベンガル湾の奥、バングラデシュの海岸のあたり。私はチャムを浅黒くほりが深い小柄で精悍なベンガル人だと思いながら読んだ。
マグネフィリオ
 和也は医療機器を販売する会社に勤めていた。同期の修介とはいい友人となり、よく飲みに行っては社内では言えない愚痴をこぼした。和也は同僚で控えめな菜月に惹かれ誘いをかけたが、あっさりフラれた。菜月は、修介と交際していたのだ。修介と菜月の結婚を祝福しながらも、和也は菜月への想いを断ち切れずにいた。そして、家族同伴の社員旅行の日。三人が乗ったバスは交通事故にあい…

 BMI(ブレイン・マシン・インタフェース)を小道具に、人と人との関係の深層に切り込んだ作品。事故で運命が激変した三人、果たしてそれぞれの想いの行方は…。そういう技術があったら、自分ならどう使うかなんて、考えちゃいけません、はい。心に染み入るせっかくの読後感が台無しになります。
ナイト・ブルーの記録
 一週間ほど前、私は霧島恭吾へ申し込んだインタビューに了解をもらっていた。霧島恭吾、海洋無人探査機の元オペレーター。だが、その日、届いたメールは彼の死を告げていた。享年73歳、死因は急性心停止。だが、同時に奇妙な言葉があった。
 《本人は他界しましたが、インタビューはお受けします。霧島さんと約束しておられた日に、本人の自宅までお越し頂ければ幸いです》

 ここで扱う海洋無人探査機は、自律型ではなく有線で制御するタイプ。海洋研究開発機構だと、ハイパードルフィンが見つかった。ここでも最新の脳研究の成果を意欲的に取り込み、身体の拡張によって変容していくヒトの認識を扱っている。ご興味のある方はミゲル・ニコレリスの「越境する脳」をどうぞ。
 霧島が得た感覚、実は案外と現代でも多くの人が体験しているような気がするんだが、どうなんだろ。ジミ・ヘンドリクスは次々と浮かび上がるアイデアを「悪魔が頭の中で囁いている」と言ったとか。そこまで有名人じゃなくても、道具を己の肉体のように扱う人っているでしょ。タクシーの運転手とか板前さんとか。
 どうでもいいが、私はデレク&ドミノスの「愛しのレイラ」のイントロを初めて聞いた時、「ギターの音が雨の雫のように降ってくる」って感覚にとらわれた。
幻のクロノメーター
 私が生まれ育ったのはバロー村。父さんは大工で、ジョン・ハリソンさんと親しかった。ハリソンさんも大工で時計職人じゃなかったけど、素晴らしい時計を作ったし、父さんはそれを自慢していた。父さんが亡くなって、私と母さんはロンドンに住むハリソンさんの家に住み込むことになった。
 ロンドンの匂いと騒音はひどかったけど、ハリソンさんは親切な人だった。その頃、ハリソンさんは経度評議員会が要求する航海用時計の製作に挑んでいた。委員会の要求は、60日間の航海で誤差が2分以内。そんな時計を人間が作れるなんて信じられなかった。

 うおお、ジョン・ハリソン(→Wikipedia)。18世紀の英国、外洋を航海中の船で経度を正確に測るため必要な、長期間正確に動く時計の製作に挑み、資金調達や様々な嫌がらせにもめげず、見事に賞金を獲得した男。そりゃ今は電池と水晶で正確な時間が分かるけど、当事の機械式でどうすりゃそこまで正確なモノが作れるのか。実際の機械の内部にまで踏み込み、出来上がったモノを通してハリソンの職人気質を伝える手法も見事。そうか、木にはそういう利点があったのね。

 全体を通してみると、「一つの方向に偏った人生を送った人」をテーマにした作品が多い。「リリエンタールの末裔」では「飛ぶこと」に拘りぬくチャム、「ナイト・ブルーの記憶」では深海探査木のオペレーションに生きた霧島恭吾、そして時計作りに人生を賭けたジョン・ハリスン。「マグネフィリオ」も、自分の人生の中心を定めた人を描いてる。

 拘って、拘りぬいて、前人未到の地に到達して、それでも前を見る事をやめない人たち。「火星ダーク・バラード」でも、悪役のグレアムは強烈な魅力を持っていた。この短編集でも、チャムや霧島やハリソンは輝いている。

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