クライヴ・アーヴィング「ボーイング747を創った男たち ワイドボディの奇跡」講談社 手島尚訳
「あなたがたがこれから何かを決定する場合、飛行機というものはどんどん大きくなっていくものだということをつねに念頭においておく必要がある。大きさを抑えようなどと考えてはいけない。自分にリミットをもうけたりしないで、飛行機から最大限の能力を引き出すことが肝心だ」 ――チャールズ・リンドバーグ
【どんな本?】
ジャンボの愛称で親しまれ、今や世界の空を制覇したベストセラーの大型旅客機ボーイング747。だが、その誕生に至る過程はボーイング社を倒産の危機にまで陥れる難産であり、また当時はSST(超音速旅客機)までの中継ぎ役と目され、貨物用に転用される予定だった。
ジェット化に伴う後退翼の採用はダッチロールの悪魔を呼び起こし、400人を超える乗客数は緊急時の避難の困難を伴う。遅れるP&Wの大型ターボファンエンジンの開発、隙をうかがうライバルのダグラス社、パンナムとのタフな交渉。技術・工学・ビジネスそして人間ドラマなど様々な視点で多数の秘話を盛り込みつつ綴る、ボーイング747誕生までのルポルタージュ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は WIDE-BODY, THE MAKING OF THE 747, by Clive Irving, 1993。日本語版は2000年11月15日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで406頁。9ポイント47字×18行×406頁=約343,476字、400字詰め原稿用紙で約859枚。長編小説ならかなり長め。
翻訳物のわりに日本語はこなれていて、かなり読みやすい。また原書のヤード・ポンド法の数字は、メートル法に換算した数値をカッコでくくって補っているのがありがたい。4~8頁に1枚程度の割合でモノクロの写真が入っているのも嬉しい。ただ、読んでいると、出てくる航空機やエンジン,工学・航空用語を詳しく調べたくなり、ついつい Wikipedia を覗いてしまうため、なかなか進まないのが困りもの。
【構成は?】
ボーイング747を創った男たち(主な登場人物)
訳者まえがき
プロローグ――ワイドボディの出発点
第一部 ナプキンに描かれた後退翼
一 30年前の苦い経験
二 若きエンジニア群像
三 世界を縮めた後退翼
四 風洞の暴れ馬
五 悪魔との苦闘
六 カウボーイと科学者
七 インチ単位の闘い
八 不気味なやつがやってくる
第二部 老雄たち、最後の大事業
一 横どりされた空軍の発注契約
二 大きな輪
三 ダブルか、ワイドか
四 設計の主導権は誰に
五 ロシア人にバイブルを見せるな
六 機体重量を減らせ
七 バンドよ、ラッパを吹き鳴らせ
八 パリへ飛ぶ
九 厳冬の季節
エピローグ ワイドボディを生んだ風土
ドラマ的な盛り上げを目論んでか、かなり時系列はシャッフルしている。
【感想は?】
書名でわかるように、基調としてはボーイング社を持ち上げる感じにできあがっている。「講談社だしビジネス系の本か」と思ったが、意外とエンジニアリングの話が多い。登場人物も、ボーイング社では当事の社長のウィリアム・M・アレンを除けば大半がエンジニアか研究者、またはテスト・パイロット。
747誕生の話なのだが、これがなかなか登場せず、半分ぐらいは「ボーイング社がジェット機を開発する」お話。ここでも、中心となるのは世界に先駆けて後退翼の採用を決定し、それに付きまとうフラッター(→Wikipedia)に悩まされる話が印象に残る。
お話はプロペラ機の時代から始まる。第二次世界大戦で大型爆撃機B-17を開発し実績を作ったボーイング社、1945年9月に陸軍航空軍に大型ジェット爆撃機XB-47に後退翼を採用する提案を出す。音速に近づくと翼面上に衝撃波が起きるが、後退角を大きく取ると衝撃波が起きる「臨界点が高く」なるのだ。またジェットエンジンの効率は速度にほぼ比例し、航続距離も増える。
なお、アメリカは1941年、真珠湾攻撃の二ヶ月前ににジェットエンジンを手に入れていた。イギリスがアメリカに極秘の機械として送っていたのだ。
だが、後退翼には高い代償が必要だった。まず、納入先の陸軍航空軍のお偉方が、見慣れぬ奇妙な形に納得しない。当初はエンジンを胴体内に収める形だったが、被弾→エンジン火災発生の危険を考えると、胴体から放す必要がある。音速に近づくと姿勢が安定しない。また、懸念どおりフラッターからダッチロール(→Wikipedia)が起きる。
ここで風洞実験を繰り返しながら適切なエンジンの位置を探る描写は、航空機開発の難しさと面白さが炸裂する場面。日頃は何の気なしに見ているエンジンの位置と形には、キチンとした意味と根拠があるのだなあ、と実感する。
XB-47のテスト・フライトの場面も感動的だ。六発の大型爆撃機のXB-47 vs 新鋭のF-84サンダージェット戦闘機(直線翼、→Wikipedia)、その際の会話は…
マクルー(F-84)「ガイ、君はどこにいるんだ」
タウンゼンド(XB-47)「そっちからおれをみつけられないなら、どうやって撃ち落せるんだ」
テスト・パイロットで楽しいのが、テックス・ジョンストン。テスト中のダッシュ80ことボーイング367-80(→Wikipedia)にVIPを乗せ社長のアレンを含めた20万の大観衆の目前でお披露目の飛行をする際、なんとバレルロール(→Wikipedia)をやらかす。これを見た社長のアレンは後に業界の会合で語る。
「私はいま、わずかながらユーモアを持ってこの出来事についてお話ししています。しかし、こうした気持ちになるまでは、22年の時の流れが必要でした」
やがてベストセラー707が登場、当時はセレブのモノだった航空機搭乗の庶民化をもたらす。これを嫌うIATA(国際航空運送協会)とパンナムは対立、パンナムのイギリス発着を禁止するイギリス政府に対しパンナムはアイルランドのシャノン空港を使って抗戦。結局、1952年に「すべての航空会社がツーリストクラス運賃を導入する」。ジェット化・大型化は海外旅行の庶民化にも貢献してるわけ。
更なる大型化を求めるパンナムにボーイングは747の計画で応えるが、エンジンはおろか形状の目処すらたっていなかった。当事のボーイングはSST開発に人材を奪われ、また今までは軍用機の転用でやってきたボーイングにとって、全学を寺社負担する旅客機の開発は生死を賭けた大博打だった…
ソ連との交渉、コンテナ普及に伴う運送事情の変化、ダブルデッキ vs ワイドボディ、ワシントン州シアトルの独特の土地柄、風洞実験の恐怖、重量軽減の苦闘、開発者同士のエゴのぶつかり合い、そして迫り来る倒産の危機。「ジャンボ」の愛称はイギリスのリポーターがつけたもので、当初ボーイング社はこれを嫌っていたなど、意外なエピソードもギッシリ。航空機に興味があるなら、一読の価値あり。
【関連記事】
| 固定リンク
「書評:ノンフィクション」カテゴリの記事
- ジャン・ジーグレル「スイス銀行の秘密 マネー・ロンダリング」河出書房新社 荻野弘巳訳(2023.06.09)
- イアン・アービナ「アウトロー・オーシャン 海の『無法地帯』をゆく 上・下」白水社 黒木章人訳(2023.05.29)
- レイ・フィスマン+ミリアム・A・ゴールデン「コラプション なぜ汚職は起こるのか」慶應義塾大学出版会 山形浩生+守岡桜訳(2022.05.27)
- リチャード・ロイド・パリー「黒い迷宮 ルーシー・ブラックマン事件15年目の真実」早川書房 濱野大道訳(2021.12.21)
コメント