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2012年10月24日 (水)

ベッティナ・セルビー「ナイル自転車大旅行記 女ひとりアフリカ砂漠を行く」新宿書房 小林泰子訳

 戻ろうとしてロックを横切っていたところ、散歩中の三人の兵隊に、今夜は軍のキャンプに泊まらないかと誘われた。そこは大きな訓練用のキャンプで、彼らはオムドゥルマンの兵学校を卒業してからそこに派遣されて間もなかった。彼らは次にジョン・ガラン率いるSPLAと戦うために、南方のジャングルに配置されることになっていたが、あまり行きたくなさそうだった。  ――第13章 ハルツーム

【どんな本?】

 50代のイギリス人女性が、大英博物館で出会った一冊の本に触発され、無謀な旅に出る。「エジプトのアレキサンドリアからウガンダの月の山まで、自転車を漕いでナイル川畔を遡ろう」。砂漠や野生動物など自然の脅威に加え、南北の対立が激しいスーダンや革命直後のウガンダなど治安の問題も多い地域を、時にはハッタリをかまし時にはお世辞でご機嫌をとり、オバサンは走り抜ける…ヤバい時にはトラックに便乗したり飛行機も使うけど。

 商売熱心な観光業者・意地の悪い役人・威張り散らす軍人・金目当てのプレイボーイ・ヤンチャが過ぎる子どもたち・支援や布教に熱心な欧米人、そして貧しいながらも底抜けに親切な町の人々。愛車アガラ号でアフリカを奔る彼女に、アフリカはどんな姿を見せるのか。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Riding the Desert Trail, By Bicycle to the Source of the Nile, by Bettina Selby, 1988。日本語版は1996年1月20日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約288頁+訳者あとがき3頁。9ポイント45字×20行×288頁=約259,200字、400字詰め原稿用紙で約648枚。長編小説ならやや長め。

 思ったより日本語はこなれていて読みやすい。注釈を本文中に割注に入れているのが嬉しい。編集は大変だろうけど。地図が3頁ほどあるので、複数の栞を用意しよう。

【構成は?】

 謝辞/序
第一章 インスピレーション
第二章 悪天候
第三章 カイロ
第四章 中央エジプト
第五章 上エジプトの泥棒たち
第六章 百門の都
第七章 砂漠が迫ってくる
第八章 第一急流を越えて
第九章 ドンゴラを目指して
第十章 ドンゴラにて逮捕さる
第十一章 大湾曲部
第十二章 天使が願いをかなえてくれた
第十三章 ハルツーム
第十四章 レンクに向かって
第十五章 ハルツームに戻る
第十六章 飛行機でジューバへ
第十七章 包囲された町
第十八章 赤道地帯を行く
第十九章 ウガンダへ
第二十章 傷ついた楽園
第二十一章 月の山
 エピローグ――マーチソン滝
  備品/訳者あとがき

 お話は原則として旅程どおり。自転車旅行が好きな人には、最後の「備品」が嬉しい。とは言っても、日本国内なら、水とパンク修理用品とお金さえあれば、まずもって問題ないんだけどね。

【感想は?】

 いろいろと私のツボを突いた本。少なくとも三つのツボを突かれた。

  • 自転車旅行記が好き
  • 貧乏旅行記が好き
  • ニュースじゃ見れないアフリカの姿が知りたい

 何といっても、自転車での旅行ってのが、いい。

 自動車と違い、あまり多くの荷物を運べない。著者はテントも含め、なんとか30kg程度に抑えた。余分な食料や衣料は持てない。自然と、地元の人たちと同じものを飲み食いする事になる。

 また、一日の移動距離が限られている。路面と天候と体調が良ければ慣れた人は一日200kmぐらい移動できるが、悪ければ30kmぐらいの日もある。旅程によっては、小さな村に泊まることもある。ホテルがなければ民宿や民家に泊まる。いくらお金を出そうが、ないものはない。地元の生活に合わせるしかない。お湯が出るシャワーなんて滅多に出会えない。

 屋根もドアもなく無防備だし速度も遅い。だから、道ゆく人も気軽に話しかけてくる。おまけにエンジンは人間だ。健康第一である。疲れて体調が悪ければ、一箇所に留まって体力を回復させなきゃいけない。

 必然的に、地元の人との距離が近くなる。学校に通う子どもたち、食堂にたむろする男ども、珍しい客人が自慢の地主。ビザや通過許可証などの書類も自分で手配するため、役人や警察関係者とも折衝しなきゃいけない。立場上、布教や支援活動に従事する欧米人との接触も多い。

 加えて、著者はオバサンだ。エジプトやスーダン北部はイスラム教地域であり、男性が地元の女性に接するのは難しい。その点、オバサンは堂々と地元の奥様方や娘さんとおしゃべりできる。イスラム圏の女性の声が聞けるのも、この本の大きな魅力だ。

 例えばスーダンの南北対立。北のイスラム圏では長い布をまとい家に閉じこもってているが、南部のキリスト教圏では鮮やかな色のドレスで闊達に歩き回る。これがウガンダまで行くと胸までむき出しとなる。とはいえお洒落はあって、染料で細かい模様を書いたり、年配の女性は刺青したり、宝石やビーズのエプロンを纏ったり。

 そのスーダンの南北対立も面白い分析をする人がいる。「南部の生産物から得る莫大な利益を、アラブ商人が独占しつづけようとする戦い」だ、と。「アラブ商人は直接小さな個人農家から買い付け、高値で売って400%以上の利益を得ている」。「ハルツームの四つの一族によって、市場が独占されている」。かと言って個人で売りに行こうにも道路が整備されていないし、ガソリンは貴重品。

 自転車で旅する者ならパンク修理は常識。ところがエジプトで著者が修理を始めると、野次馬が集まってくる。サービス精神を発揮した彼女、普段はチューブ交換だけで済ませるところを、キチンと修理(たぶんゴムによるパッチあて)を披露して見せる。野次馬の一人曰く「女でもエンジニアになれるなんて知らなかった」。

 観光客ずれしたエジプト人は、白人を見ると何かを売りつけようと必死になる。役人は威張り散らしてなかなか書類をよこそうとしないし、警官は写真を撮るだけでイチャモンをつけてくる。要は「俺にアイサツなしとはどういう事だ」と言いたいんだろうけど(あーゆー土地で珍しい客人を歓待するのは、一つのステータスなのだ)。酷いのは学校帰りのガキどもで、道を塞いで石を投げつけてくる。

 かと思えばやたらと親切な人もいて、招待された家に赴くと、奥様がとっておきの鰯の缶詰をあけて「もっと食べろ、今夜は泊まっていけ」と精一杯もてなしてくれる。どの国でもこういう落差はあるんだが、途上国の人が貧しい生活の中から最大限の歓待をしてくれる気持ちを考えると、どうお礼をしていいのかわからなくなってくる。

 宿を見つけ荷物をほどいた時の開放感、込み合ったバスや船内のキツさ、荒っぽい運転手に邪険にされる自転車乗りの悲哀、気まぐれな交通機関の発着時間、外国人を見れば寄ってくる野次馬、乗車チケットを入手するための闘い(綺麗に行列を作る人なんかいない)。貧乏旅行・自転車旅行をする者なら、ついついうなずいてしまう事も多い。

 かと思えば、アフリカが貧しい理由が色々と垣間見えるのも、途上国に興味がある人にはたまらない所。なんたって、ナイル川から農地まで、下手すりゃ10km近くを徒歩で水を運んでたりする。しかも、その水は、ビルハルツ住血吸虫入り。

 表紙を見ると、著者の愛車アガラ号は、キャンピングよりマウンテン・バイクに近い。バッグは前輪に二つ・後輪に二つ・ハンドルに一つの計五個。ハンドルは末端が少し上に上がった、実用車に近い形。ギアは18段変速。

 旅なれた著者らしく、危険な場所は飛行機で越えたり、激高した役人には平謝りしたり、または行儀の悪いガキにはナイフを振りかざしたり。一般にこういう所の旅行記と言えば妙に禁欲的だったり「ふれあいを求めて」みたく湿っぽくなったりするが、その辺はサバサバしてるあたりが、かえって心地よい。

 うん、自転車旅行って、いいもんだよね。あ、ちなみに、ちゃんと観光もしてます。

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