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2012年10月29日 (月)

松浦晋也「のりもの進化論 MOBILITY VISION」太田出版

 本書では、現代のモビリティに空いた穴を検討することで、次世代の新しいモビリティがどんなものになるかを考察していく。そのために、単なる新しい交通手段や乗り物を考察するということにはとどまらず、科学技術から法律、政治に至るまでを遡上に乗せていく。新しいモビリティを考えることは、新しい社会のあり方、新しいライフスタイルを考えることでもある。  ――序章より

【どんな本?】

 現代の日本の交通は自動車と鉄道が中心だ。だが国鉄の民営化に伴い赤字路線は廃止され、駅周辺には放置自転車が溢れるなどの問題が起きている。一見万能に見える自動車も、渋滞を引き起こす他に、先の大震災では道路が寸断されると役に立たないという弱点を露呈した。

 とまれ、それぞれ優れた点は多い。この本は、鉄道や自動車に変わるモノを考えるのではなく、それらの弱点や「穴」を埋めるべき身近で補助的な交通手段を考える本だ。登場するのは、自転車・小型車・モノレール・新交通システムなどだ。

 それぞれ、どんな特徴があり、どんな役割を果たしているか、そしてどんな経緯で導入され、どう運用されているかなど、技術・経済・法制度・政治など多様な観点で分析しつつ、問題点・改善点を浮き彫りにした上で、都市計画の一環としての「のりもの」を考察し、最近の技術の進歩を考慮した次世代の「のりもの」を提案する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年9月15日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約294頁+あとがき2頁。9.5ポイント43字×19行×294頁=約240,198字、400字詰め原稿用紙で約601枚。少し長めの長編小説の分量。

 元はネットマガジン Wired Vision(今は Wired.jp)連載の記事だけあって、文章は現代的で読みやすい。著者は科学ジャーナリストだが、特別に理科の知識は要らない。ただ、テーマの関係で、ときおり法律や条令の一部を引用していて、真剣に読むなら、その辺で少し手こずるかも。私は斜め読みで誤魔化した。

【構成は?】

 序章
第1章 自転車進化論――新たな乗り物を考える手はじめに
第2章 アリストテレス号からニュートン号へ――自転車2.0
第3章 自動車を巡る基本的な構図
第4章 新たな利便は創出されたか――モノレールと新交通システム
第5章 住みたくなる街のモビリティ
 あとがき

【感想は?】

 自転車2.0。なんと魅力的な響きであることか。この本では様々な乗り物を紹介しているが、全頁の半分近くを自転車に充てている。著者も相当に自転車に思い入れている様子。

 まず阪神淡路大震災では小型バイクと自転車だった、というエピソードを紹介し、自転車のロバスト性を強調する。ただ、今の日本で通勤に使うには、電車への持込が難しい。この本では折り畳み自転車を紹介している。パナソニックサイクルテック社のトレンクルは、マニアとショップが寄ってたかって多段化したそうな。お値段25万~30万円。

実はこれ以外にもサイクルトレイン(→Wikipedia)とレンタサイクルという手もある。瀬戸内海周辺はフェリーが発達しているため、漕いで疲れたらフェリーの乗り継ぎでショートカットできるので、意外と自転車の使い勝手が良かったりする。坂は多いけど。

 ママチャリ普及の原因を法・道路整備と中国製品の普及で分析してるのは見事。そのママチャリ、より快適に乗るためのアドバイス3カ条が嬉しい。

  1. 適切な空気圧を保つ。大抵は空気圧が低すぎ。最近は自転車屋で無料で入れられます。
  2. サドルの位置調整。座ってつま先が地面につく程度が適切。大半の人は低すぎ。
  3. 変速機の活用。発進時は低速ギアに入れておこう。

 やってみるとわかるが、上の二つだけでも体重が半分になったような感覚が味わえる。それでも最終的には「いい自転車」が欲しくなるし、実際にいい自転車にはそれだけの価値があるんだけど。

 ってんで、自転車2.0の筆頭はリカベント(→Wikipedia)。寝転がった姿勢で乗る自転車。空気抵抗が小さく高速で走れ、尻が痛くならない。反面、車体が大きく重く、小回りが利かず上り坂に弱く、値段も今は10万円~と高い。個人的には上り坂に弱いのが辛いかなあ。日本の地形は坂が多いし。

 と思ったら、解決法まで示してるから嬉しい。つまり、補助エンジンとして電動機をつけてしまえ、と。おお、賢い。更に空気抵抗を減らすため風防をつけたベロモービル(→Wikipedia)は、見た目が完全に未来の乗り物。ただ、これじゃ、輪行は難しいなあ。

 他にもローラースルーGOGO(→Wikipedia)やローラーブレード・キックボード・スケートボードなどを検討に挙げているが、意外な壁が。「見慣れないモノはなんかイヤ」という、普通の人の感情だ。まあ現実、新しいモノはマナーが確立していないので、無作法な人が目立ったりするんだが、子供は目新しいモノを喜ぶんだよね。この違いは何なんだろう。

 自動車の項では、宇沢弘文「自転車の社会的費用」岩波新書を持ち出し、自動車オーナーは同時に車道オーナーでもあるんだよ、と指摘する。面白いのは、「自動車はモデルチェンジの度に大型化する」という分析。言われてみれば、確かにそうだ。大型化すれば、それだけ多くの路面面積を占領し、とり多くの社会資本も消費する。「消費者が小型車の利点を享受できる環境にしようよ」という提案は、なかなか説得力がある。

ホンダのモトコンポ(→Wikipedia)も面白い発想だったよなあ…と思ったら、電動アシストのステップコンポ(→Wikipedia)なんてのもあるのね。さすがホンダ。

 以後、内容は公共交通システムへと移っていく。出てくるのはモノレール・新交通システム・路面電車、そしてコミュニティバスなど。真っ先に1キロあたりの建設費を挙げてて、地下鉄が200億~300億円,モノレールが130億円,新交通システムが100億円、路面電車が20~30億円程度。路面電車の安さが目立つ。

 ここで対照的なのがモノレールと路面電車。一般にモノレールはプラットホームが高所にあるため、乗り込むまで階段やエスカレーターで上り下りする必要がある。単に乗換えが面倒くさいだけでなく、妙に改まった気分になる。ところが路面電車は階段の上り下りが少ない。これは、思ったより乗客の感覚に大きな影響がある。首都圏に住む人は、一度都営荒川線に乗ってみるといい。ほんと、「親しみ」が全く違うから。電車というより、むしろバスに近い。でも乗り心地は電車。ちょっと不思議な感覚が味わえる。

 モノレールや新交通システムにはバブルな気分が残る「お役所仕事」な側面を批判しつつ、それでも「ちょっと乗ってみたいな」という気分にさせられ、乗り物好きな男の子の血が騒ぐ。とりあえず、近所の新交通システムを探してみようか。

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