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2012年10月17日 (水)

J・R・R・トールキン「ホビットの冒険 上・下」岩波書店 物語コレクション 瀬田貞二訳

 地面の穴のなかに、ひとりのホビットが住んでいました。穴といっても、ミミズや地虫がたくさんいる、どぶくさい、じめじめした、きたない穴ではありません。といって味もそっけもない砂の穴でもなく、すわりこんでもよし、ごはんも食べられるところです。なにしろ、ホビットの穴なのです。ということは気持ちのいい穴にきまっているのです。

【どんな本?】

 C・S・ルイスと並ぶイギリスのファンタジー作家の大御所トールキンによる、児童向けの冒険ファンタジー長編であり、指輪物語の前日譚。ホビット族のビルボが、大魔法使いガンダルフの計画に巻き込まれ、13人のドワーフと共に、邪悪な竜スマウグが奪ったドワーフの秘宝を奪い返す冒険の旅に出る。指輪物語に続き映画化も決定し、三部作として2012年より順次公開予定。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は THE HOBBIT, 2nd Edition, by J. R. R. Tolkien, 1951。1935年に初版を出版、その後「指輪物語」との整合性を取るため一部を書き直したのが1951年の第二版。なお1966年に第三版が出ている。私が読んだ日本語訳は1951年の第二版を元にしたもので、1999年11月5日第1刷発行・2002年2月5日第2刷。多くの版があって、岩波少年文庫が入手しやすいのかな?詳細は Wikipedia をどうぞ。きっと年末に増刷するでしょう。

 単行本サイズのソフトカバー縦一段組みで上下巻、本文約269頁+218頁に加え猪熊葉子の解説「『ホビットの冒険』――子どもと大人のための妖精物語」11頁。9ポイント45字×16行×(269頁+218頁)=約350,640字、400字詰め原稿用紙で約877枚。長編小説としては長めだし、児童書としては大長編だろう。

 出だしの数行を冒頭に引用した。これでわかるように、「おとぎばなし」の文体。難しい漢字を除き基本的にルビがついていないので、子どもが自分で読むのではなく、大人が読み聞かせるのを意図している模様。全部で19章あり、1章に2~3晩かかるとして、だいたい1~2ヶ月ぐらいかかるかな?それ以上のペースだと、読む人の喉が保たないかも。また、所々に歌が入っているので、そこをどう切り抜けるかが問題。

【どんな話?】

 心地よい穴でのんびり暮らしていたホビット族のビルボおじさんの家に、ある日いきなり大魔法使いのガンダルフがやっやってきた。ガンダルフが言うには…

 その昔、北のはなれ山でドワーフは暮らし、豊かな宝物も持っていた。しかし竜のスマウグに襲われ、ドワーフははなれ山を追われ、沢山の宝物も奪われてしまった。これからドワーフたちは宝物を取り返す冒険の旅に出る。仲間を探しているのだが…

 ビルボは「これはマズいことになった」と思ったものの、ガンダルフのイタズラに嵌り、あえなくトーリンら13人のドワーフたちに引きずられるように冒険の旅へと連れ出され…

【感想は?】

 80年も前の物語だが、そこはファンタジー。全く古さを感じさせない。これがファンタジーの強みだよなあ。文体さえ時代にあわせて改訂すれば、今後もずっと読み継がれていくんだろう。

 お話は由緒正しい男の子向け冒険物語の王道。危機を乗り越えれば宴会があり、また旅に出れば危機にあう。知恵と勇気と友情で乗り越え、時にはドジを踏んで大変な目にあったりするけど、仲間と一緒に乗り越えていくのさヤッホー。

 というお話なんだが、型破りなところもある。なんといっても、主人公のビルボおじさんが異色。いや冒険の旅といえば少年か青年でしょ普通。なんで50過ぎのオッサンなの。でもそこはさすがホビット。年はとっても身軽に駆け巡り、時には苦手な木にだって登っちゃう(ホビットは穴に住むので高いところが苦手なのだ)。おまけに苦しくなると「家に帰りたい、のんびり階段に腰掛けてお菓子を食べたい」などとホームシックに囚われる。ホビットはのんびり静かに暮らすのが好きで、あんまり争いごとは好きじゃないのだ。

 旅の仲間は、ボビットのビルボおじさんとドワーフ13人、そして大魔法使いのガンダルフ。このガンダルフ、もっと落ち着いた人かと思ったら、歳のわりに意外とお茶目というかイタズラ好きというか。序盤から変な魔法のイタズラでビルボをきりきり舞いさせる。引きずられていくビルボおじさんが哀れw でもアチコチに顔が利くのは、さすが大魔法使いの名に恥じぬところ。

 ドワーフで一番目立つのが、長のトーリン。名家の出で仲間からの信頼も厚い長老だが、演説を始めると長くなって止まらない。仲間たちも半分諦めてる。でも名乗りを上げるときの大声は立派なもの。ドジ踏み役は、太っちょのボンブール。そうか、太った奴がドジ踏み役になったのは、トールキンのせいか。

 著者は地下に住む者が好きなようで、少なくとも三種が出てくる。最も小柄なのがホビット、穏やかな性格で清潔な住処とお菓子が好き。足の裏に毛が生えていて、音を立てずに歩く特技がある。ドワーフはホビットより大きいが、やはり小人。鉱物を掘り出し金物細工が得意。誇り高くてドンチャン騒ぎが好き。宝物に目がないのが困り物。悪役はゴブリン。残忍な性格で、オオカミと組み山賊まがいの暮らしをし、武器作りが得意。

 ファンタジーに疎い私だが、この作品は児童向けだけあって、出てくる種族や化け物をいちいち説明してくれるから嬉しい。悪役としては、ゴブリンの他に、大柄で粗野で乱暴で、家畜はもちろん人やドワーフを襲って食うトロル、森に潜んで旅人を襲う大蜘蛛、そして炎を吐く竜スマウグなどが勢ぞろい。

 特にスマウグはラスボスに相応しい威容で、全身が硬い鱗に覆われてる上に、弱点の腹も宝物の鎧で守ってるからさあ大変。巨体な上に吐く炎は森を焼き、おまけにコウモのような翼で空を飛ぶ。火力と機動力を兼ね備えた無敵の兵器ではないか。

 エルフは長生きの種族らしく、歌が上手。でも、ドワーフとは仲がよくない。昔、何かあったのかも。ワシは誇り高い戦闘種族。ときどき人間が飼っている羊を襲ったりするけど、細かいこといいなさんな。ひとり暮らしのビヨルンは、気難しい大男だけど、動物が大好き。しかもビヨルンには不思議な力があって…

 そんな中に、人間も混じって暮らしてる。なんかもう、この物語の世界だと、人間もクリーチャーの一種に思えてくるから不思議。というか、その程度の存在感だったりする。エルフやドワーフたちとは、仲良くとは言わないまでも、お互いの特技を活かしてなんとか共存している様子。

 指輪物語の前日譚なわけで、当然、あの指輪とあのしぶとい方も出てくる。彼が登場する場面は、いかにもお子様大喜びな仕掛けが施してあって、読み聞かせるには格好の場面。でも、その後、しつこく遊びにつき合わされそう。

 日本のおとぎ話と違い、血生臭い場面も多々ある。それも一対一ではなく、集団同士の本格的な戦闘。最後の大戦争は、映像になればさぞ映えることだろう。これがまた、押しては押し返されの大接戦で、読み所は満載。オールスター・キャストでの大バトルが展開されるので、乞うご期待。

 こういった所は、地下に住む種族の豊富さもあわせ、北欧のバイキング文化の影響を強く感じさせる。序盤からルーン文字が出てくるし。それと、女性がほとんど出てこないのも、この物語の大きな特徴。やっぱり、男の子向きのお話だなあ。

 ただ、食事の前には、あまり向かないかも。きっと朝食にベーコンエッグをリクエストされます。

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