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2012年10月22日 (月)

籘真千歳「スワロウテイル/人工処女受胎」ハヤカワ文庫JA

「前から思っていたのですが、揚羽先輩ってやっぱり馬鹿でいらっしゃるんですか?」

【どんな本?】

 新鋭SF作家籘真千歳による、「人工少女販売処」「幼形成熟の終わり」に続く、スワロウテイル・シリーズ第三弾にして、前二作の前日譚にあたる連作中短編集。

 近未来の日本、疫病<種のアポトーシス>に罹患した者が男女別々に暮らす人工の島<東京自治区>を舞台に、人類をサポートするため創りだされた人口妖精の巻き起こす事件と、それを追う青色機関の一員である人口妖精・揚羽の、嬉し恥ずかし女学生時代を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年9月15日発行。文庫本縦一段組みで本文約484頁+あとがき6頁。9ポイント41字×18行×484頁=約357,192字、400字詰め原稿用紙で約893枚。長編小説としては長め。特筆すべきは、本文中に竹岡美穂氏のイラストを10点ほど収録していること。特に揚羽ファンは291頁を必見。

 ライトノベル出身の人にしては、案外と堅い文章の部分がある。というか、本ネタに絡む部分で、かなり深刻な哲学的考察を扱っているので、各編ともに終盤近くは相応の覚悟が必要。かと思うと軽く笑って読める部分もあって、その落差が大きい。また、黒丸尚氏のようにルビを多用しているのも特徴。つかこの人、2ちゃんねらだ。

 シリーズの一冊ではあるものの、時系列的には最初期を扱った前日譚でもあり、これから読み始めても充分に作品世界に馴染める。

【どんな話?】

 近未来、水没した関東平野に浮かぶ人工島<東京自治区>。疫病<種のアポトーシス>に罹患した者を隔離し、男女別々の区域に分かれて生活しており、日本政府から相応の自治権を勝ち取っている。人間をサポートするため創りだされた人工妖精の一人である揚羽は、お嬢様学校として有名な全寮制の五稜郭こと扶桑看護学園で学びつつ、青色機関の一員として異常をきたした人工妖精を始末する副業をこなす。

 人工妖精の脳は、気質と呼ばれる四種類の基本構造のいずれかを元にしている。

  • 水気質:温和で従順
  • 土気質:几帳面
  • 風気質:刹那的で奔放
  • 火気質:情緒豊かで感情的

 二年制の五稜郭には、エルダー制度があり、各一年生に一人の二年生が「お姉様」として生活指導をする。二年生の揚羽が面倒を見る風気質の雪柳は、頭の回転が早く優秀ではあるが、無駄に行動力に溢れるトラブル・メーカーでもあり、なぜか揚羽によく懐いていた。

【収録作は?】

蝶と果実とアフターノエルのポインセチア / 初出:SFマガジン2011年2月号
 揚羽は不覚をとった。今回の標的は風気質。頚椎を完全に切断したにも関わらず相手は抵抗をやめず、揚羽の左目をえぐったのだ。人工妖精とはいえ、頚椎を切断されれば随意筋を動かせるはずがない。見舞いに来た養い親の鏡子が止めるのも聞かず、病院を脱走し五稜郭に舞い戻った揚羽を迎えたのは…

 今までのシリーズでは水気質にフォーカスがあたり、まれに火気質の椛子閣下が出てくる程度だったのが、ここでは風気質にスポットライトがあたる。雪柳は黒のショートカットだとばかり思っていたんだが、ふわふわのツインテールなのは意外。いきなり鏡子さんの罵詈雑言の炸裂には爆笑した。「おお、マリみてか」と油断してると、終盤でやられるので要注意。
蝶と金貨とビフォアレントの雪割草 / 初出:2011年9月 ハヤカワオンライン無料DL配布
 「重度の精神疾患で治療中の人工妖精が脱走し、五稜郭に逃げ込んだ。優秀な二等級認定予定で、名は壱輪。学園内の者が彼女を匿っている可能性もある。人倫が介入する証拠を掴め」との依頼を、揚羽は受けた。直後、美貌の優等生で<白銀の秀才>と学園内で噂される有名人・朔妃が揚羽に話しかける。
   「壱輪様は、人倫のところへはもどりません」

 こ、これは…妹小説の傑作。いやそんな分野があればだが。今まで妹萌えが理解できなかったが、これで開眼した。してしまった、困ったことに。雪柳はもちろん、片九里のいじらしいことったら。揚羽・連理・雪柳・片九里の混線セッションには爆笑。電話でしか出番がないにも関わらず、鏡子さんの悪態は存在感抜群。
蝶と夕桜とラウダーテのセミラミス / 初出:SFマガジン2012年8月号~10月号
 三回連続の殺人工妖精事件。被害者は常に二人。加害者Aが被害者Bを殺害し、その後、加害者Aを何者かが殺害した。亡くなった人工妖精は、全て五稜郭の卒業生。
 折りしも五稜郭は、生徒代表であるノーブル・フローレンス選考会もある文化祭「桜麗祭」を控え、殺気立つほどに雰囲気は盛り上がっている。学園に戻った揚羽を迎えた一年生が、緊迫した様子で告げる。
   「大変なんです!討ち入りです!」
   「以前からシマを巡って抗争があったのですが――」

 雪柳かわいいよ雪柳。学園内に嵐を巻き起こす雪柳の魅力大爆発の一編。あれよあれよというまに舞台に押し上げられ、梯子を外される揚羽の戸惑いとの対比が面白いったらない。しかも雪柳は純粋な好意でやってるだけに、更にタチが悪い。しかも行動力ばかりでなく、統率力まであるとは。恐るべし雪柳。
蝶と鉄の華と聖体拝受のハイドレインジア /書き下ろし
 突然ホームレスとなり、簡易休憩所を泊まり歩く絶望的な状況に陥った揚羽。彼女を呼び出したのは、総督府の者だった。用件は、人工妖精の連続自殺事件。五人すべてが五稜郭の卒業生であり、モノレールに飛び込んでいた。噂では、「黒の五等級」が関わっているらしい。人工妖精は一級から四等級にクラスわけされ、人倫は五等級の存在を否定している。しかし、自殺現場の定点カメラには必ず黒いドレスの人工妖精が映っていた。

 冒頭から、結構難しい話が出てくる。五原則の意味を巡り、アシモフに挑む覚悟は立派なもの。陽電子ロボットと人工妖精の設計の違いから、果たしてどんな結論が出てくるか、乞うご期待。この問題でそういう視点に立つとは、さすが。やっぱり彼女はこうでなくちゃ。珍しく鏡子さん視点での揚羽像が読めるのも、この作品の美味しいところ。

 クライマックスは当然、最後の「蝶と鉄の華と聖体拝受のハイドレインジア」なんだが、妹小説の傑作「蝶と金貨とビフォアレントの雪割草」と、雪柳の魅力大爆発の「蝶と夕桜とラウダーテのセミラミス」が強烈すぎる。「マリみて」の世界に揚羽をブチ込むという無謀が、こんな形で結実するとは。

 シリアス面では、「蝶と夕桜とラウダーテのセミラミス」で揚羽が出した結論が、「蝶と鉄の華と聖体拝受のハイドレインジア」の人間と人工妖精の関係に、どう関わってくるのか興味津々。最後にもう一度。

 雪柳かわいいよ雪柳。

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