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2012年10月の14件の記事

2012年10月30日 (火)

マリオ・プーヅォ「ゴッドファーザー 上・下」ハヤカワ文庫NV 一ノ瀬直二訳

「トム、だまされちゃいけない。仕事というものは、一から十まですべて私的なものなんだ。あらゆる人間の、生きていく上でのあらゆる営みはすべて私的なものであり、それを人々は仕事と呼んでいるんだ。それでも結構。だがそれはあくまでも私的なものでしかないんだな。これをぼくがどこから学んだか知っているかい?ドンだ。ぼくのおやじだ、ゴッドファーザーからさ」

【どんな本?】

 シシリアン・マフィアの世界を描いてベストセラーとなり、フランシス・コッポラ監督による映画も記録的な大ヒットとなった作品。

 第二次世界大戦終戦直前のニューヨークを主な舞台とし、シシリアン・マフィアを率いるヴィトー・コルレオーネと、彼の後継者となるマイケル・コルレオーネのコルレオーネ一家の物語であり、彼らを取り巻くマフィアや市民を描く群像劇であり、当事のアメリカ社会の裏側をマイノリティであるシシリー系移民の視点で写す社会派の小説でもあり、優れたリーダーのあるべき姿を教える人生指南であり、法の裏で生きる男たちに捧げるハードボイルド小説であり…と、多面的な魅力に溢れた娯楽小説の傑作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Godfather, by Mario Puzo, 1969。日本語版は1972年ハヤカワ・ノヴェルズより、1973年にハヤカワ文庫NVで刊行。私が読んだのは2005年11月15日発行のハヤカワ文庫NV版。文庫本縦一段組みで上下巻、本文約431頁+417頁に加え松坂健の解説「プーヅォが作ったモダンアメリカ20世紀の神話――『ゴッドファーザー』はアメリカの忠臣蔵?」9頁。9ポイント39字×17行×(431頁+417頁)約562,224字、400字詰め原稿用紙で約1406枚。標準的な長編小説なら三冊分ぐらいの分量。

 翻訳物の小説にしては、比較的読みやすい。ただ、ちと問題が…

【どんな話?】

 第二次世界大戦の終戦を間近に控えたアメリカ。

 葬儀屋を営むアメリゴ・ボナッセラは、判事の声を信じられない想いで聞いた。彼の娘は二人の青年に殴打され、重症を負い今も入院している。青年たちへの判決は禁固三年に執行猶予。ボナッセラはつぶやく。「ドン・コルレオーネのところへ行って、正しい裁きを仰ごうじゃないか」

 ロサンゼルスのホテルで、ジョニー・フォンティーンは途方にくれる。かつて大スター歌手だった彼の人気は衰え、その美しさに惹かれ結婚した女房のマーゴット・アシュトンは浮気三昧。どんなに痛めつけても、妻は彼を馬鹿にし続ける。彼は救いを求め帰郷を決意する。ドン・コルレノーネ、彼の名付け親、ゴッドファーザーの元へ。

 パン屋のナゾリーネは苦悩する。雇ったイタリア人捕虜のエンツォが、娘と恋仲になった。下手に騒げばエンツォはイタリアに送還され、娘のキャサリンはエンツォを追いかけ家を出るという。なんとかエンツォに米国市民権を取らせ、アメリカに引き止めねばならない。彼は最善の方法を知っていた。ドン・コルレオーネだ。

 ロングアイランド、ヴィトーことドン・コルレオーネの屋敷では、盛大な宴が開かれている。娘のコンスタンツィア・コルレオーネの結婚式だ。多くの人がお祝いに駆けつけ、または贈り物を贈ってきた。

 ドンの三人の息子も列席している。長男のサンティノ、愛称サニーは勇敢だが短気で、それが後継者としての懸念だ。次男のフレッドは両親に忠実で従順だが、イマイチ力強さに欠ける。三男のマイケルは跡継ぎと目されていたが、親に逆らい海兵隊に志願し、負傷除隊した後はダートマス大学へ通い、今は宴の片隅で婚約者と語らい、家族とは距離を置いている。

 宴の途中で邸内の事務室に戻ったドンは、片腕のトム・ハーゲンと共に、特別な訪問者との面会を始める。まずは、パン屋のナゾリーネからだ。

【感想は?】

 危険。この本は、とっても、危険。

 まず、扱う内容が危険。マフィアである。犯罪組織である。日本でいうならヤクザ、暴力団である。当然、犯罪の手口や血生臭い暴力の場面がアチコチに出てくる。健全な青少年には、イロイロと有害。

 何が有害といって、ドン・コルレオーネその人が、凄まじく有害。特に厨二病にかかりやすい人は、要注意。もうね、カッコいいったらありゃしない。そこの少年、この本を読んだら、早く中年になりたくなるよ。厨二病ったって、この人の場合、周囲には発症してるのが分かりにくいからタチが悪い。口調は常に冷静、温厚にして礼儀正しく、善意に溢れている。しかも普段の行動は、友達と家族を大切にする紳士的な男。けど、必要な時には…

 そして、物語の吸引力。外せない用事がある人は、決してこの本に手を触れてはいけない。迂闊に本を開くと、きっと良くない事が訪れる。その証拠が、このブログの更新ペースだ。私が体験した不幸を小さいものから3つ挙げると、寝そびれ、メシを食いっぱぐれ、風呂に入りそびれた。当然、他にもあるが、バレるとアレなので…。そう、先に述べた「ちと問題が…」は、この作品が持つ圧倒的なボリュームと、読者への吸引力だ。下手に味見を始めたが最後、大変な事になる。

 ドンの思慮深さは、冒頭から明らかになる。警官が、嫌がらせも兼ね結婚式の訪問者の車のナンバーを控えるのに対し、短気なソニーが抗議に行く。ドンは警官の出現を予め知っていたし、予防措置も取っていた。だが、敢えてソニーの行動を咎めない。そこにあるドンの思惑は…

 こういった深慮や、穏やかなドンの言葉の裏は、映画じゃ分かりにくい。これが小説だと便利なもので、例えば前半ではドンの片腕となるトム・ハーゲンが、いちいちドンの思惑を解説してくれる。そこにある、人間心理と社会のしくみに通じたドンの知恵、そして人心掌握術の鮮やかさ。こんな上司がいたら、誰だって心酔するだろう。

 物語の中心はコルレオーネ・ファミリー、それも主にドンからマイケルへの継承が主軸となる。それに絡む群像劇としても、この物語の大きな魅力。

 冒頭で途方にくれるジョニー・フォンティーン、最初は「見てくれだけの甘ったれた種馬」という印象で、私は大嫌いだったのが、後半に入り昔の友人のニノ・バレンティと絡みだすと、途端に印象が反転する。このニノもまた、ありがちな田舎者っぽい印象だったのが、短く少ない登場場面で、著者の深い洞察力を伺わせる人物。なんともはや、人間の業ってやつは。

 やはり端役ではあるが、ルカ・ブラージも強烈なキャラクター。陰湿で凶暴な殺し屋ながら、ドンにだけは心底からの忠誠を示す。なぜ彼がドンに忠誠を誓うのか、どうやってドンは彼を手なずけたのか。マイケルがルカの秘密を知る場面は、陰惨なシーンの多いこの物語でも、飛びぬけた迫力を持っている。

 人物の魅力もさることながら、同時に「なぜマフィア、それもシシリアン・マフィアが力を持ちえたか」という社会背景もキッチリ書き込まれているのが、この物語の奥行きを更に深くしている。若きドンが成り上がるまでの物語、そしてマイケルが訪れたシシリー島の歴史と現状。

 パン屋のナゾリーネは、なぜドンを頼ったのか。エンツォの立場は、現代日本なら跡継ぎとして婿入れ、みたいな形に落ち着くだろう。だが、当事のアメリカの法と行政がそれを阻む。だから、それを超越できるドンに頼る。法治国家が孕む矛盾・問題点こそが、マフィアを生み出す大きな要因となる由を、この本は我々に見せ付ける。

 そして、恐ろしいのが、マフィアが政治家と結びつく要因。そう、民主主義下の政治化が最も求めるモノと言えば…

 もっと哀しいのが、シシリー島の歴史と現状。自然条件だけを考えれば、もっと豊かでいい筈のシシリー島が、なぜ貧しいのか。なぜアメリカへ多くの者が移民したのか。なぜドンは非合法な社会に飛び込んだのか。少し視野を広げると、これはシシリー島だけの問題ではない事に気がつくだろう。そう、発展途上国がなかなかその地位を脱出できない理由を、パキスタンの部族直轄地域やアフガニスタンで政府が支配力を持ち得ない理由を、シシリーのマフィアが教えてくれる。

 そんなシシリーからの移民が、チャンスの国アメリカに抱く複雑な想い。マイケルは語る。

「…いずれにせよ、ぼくの子どもにはこういったことが起こってほしくない。彼らには君の感化を受けてもらいたいのだよ。完全なアメリカ人の子どもに、どこからどこまで、本物のアメリカ人に育ってもらいたいんだ」

 この台詞の、なんと切ないことか。「子どもには完全なアメリカ人になってほしい」、この言葉の裏には、「自分は完全なアメリカ人じゃない」という悲しい自覚がある。自由と平等を標榜しながら、それでも移民は移民でしかない。そして、差別されるシシリー人もまた…

 なんてお堅い話ばかりでなく、マフィアの内幕物としての面白さもたっぷり。下世話な所じゃ収入源。ドンの表向きの仕事はオリーブ油の輸入だが、本業は…まあ、だいたいご想像の通り。当然、麻薬も大きな要素として物語に絡み、果てはファミリー存続の危機にまで発展していく。

 内幕で異彩を放ってるのが、ポッキッキオ一族。ひたすら愚直で獰猛、内部の結束は固いが外の世界にコネを作るのは苦手。あまり賢いと言えない彼らは、しかしその愚直さを活かし、マフィアの世界で必要不可欠な、だが唯一無二の独特の役割に活路を見いだす。「世の中には、いろんなビジネスがあるなあ」と、ひたすら感心する。

 独特のスタイルを貫く男たちを描くハードボイルドとして、ビジネスと家族を描くファミリー・ドラマとして、マイケルの成長を描く物語として、マフィア同士の抗争を描くヤクザ物として、彼らを生み出す社会の病理を抉り出すレポートとして。たった一つの小説に、これだけのテーマを惜しみなくブチ込みながら、多くの人が熱中する娯楽作として仕上がっている。

 もう一度、忠告する。外せない用事がある時には、決してこの本を手に取ってはいけない。必ず、充分な時間を確保して臨むこと。

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2012年10月29日 (月)

松浦晋也「のりもの進化論 MOBILITY VISION」太田出版

 本書では、現代のモビリティに空いた穴を検討することで、次世代の新しいモビリティがどんなものになるかを考察していく。そのために、単なる新しい交通手段や乗り物を考察するということにはとどまらず、科学技術から法律、政治に至るまでを遡上に乗せていく。新しいモビリティを考えることは、新しい社会のあり方、新しいライフスタイルを考えることでもある。  ――序章より

【どんな本?】

 現代の日本の交通は自動車と鉄道が中心だ。だが国鉄の民営化に伴い赤字路線は廃止され、駅周辺には放置自転車が溢れるなどの問題が起きている。一見万能に見える自動車も、渋滞を引き起こす他に、先の大震災では道路が寸断されると役に立たないという弱点を露呈した。

 とまれ、それぞれ優れた点は多い。この本は、鉄道や自動車に変わるモノを考えるのではなく、それらの弱点や「穴」を埋めるべき身近で補助的な交通手段を考える本だ。登場するのは、自転車・小型車・モノレール・新交通システムなどだ。

 それぞれ、どんな特徴があり、どんな役割を果たしているか、そしてどんな経緯で導入され、どう運用されているかなど、技術・経済・法制度・政治など多様な観点で分析しつつ、問題点・改善点を浮き彫りにした上で、都市計画の一環としての「のりもの」を考察し、最近の技術の進歩を考慮した次世代の「のりもの」を提案する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年9月15日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約294頁+あとがき2頁。9.5ポイント43字×19行×294頁=約240,198字、400字詰め原稿用紙で約601枚。少し長めの長編小説の分量。

 元はネットマガジン Wired Vision(今は Wired.jp)連載の記事だけあって、文章は現代的で読みやすい。著者は科学ジャーナリストだが、特別に理科の知識は要らない。ただ、テーマの関係で、ときおり法律や条令の一部を引用していて、真剣に読むなら、その辺で少し手こずるかも。私は斜め読みで誤魔化した。

【構成は?】

 序章
第1章 自転車進化論――新たな乗り物を考える手はじめに
第2章 アリストテレス号からニュートン号へ――自転車2.0
第3章 自動車を巡る基本的な構図
第4章 新たな利便は創出されたか――モノレールと新交通システム
第5章 住みたくなる街のモビリティ
 あとがき

【感想は?】

 自転車2.0。なんと魅力的な響きであることか。この本では様々な乗り物を紹介しているが、全頁の半分近くを自転車に充てている。著者も相当に自転車に思い入れている様子。

 まず阪神淡路大震災では小型バイクと自転車だった、というエピソードを紹介し、自転車のロバスト性を強調する。ただ、今の日本で通勤に使うには、電車への持込が難しい。この本では折り畳み自転車を紹介している。パナソニックサイクルテック社のトレンクルは、マニアとショップが寄ってたかって多段化したそうな。お値段25万~30万円。

実はこれ以外にもサイクルトレイン(→Wikipedia)とレンタサイクルという手もある。瀬戸内海周辺はフェリーが発達しているため、漕いで疲れたらフェリーの乗り継ぎでショートカットできるので、意外と自転車の使い勝手が良かったりする。坂は多いけど。

 ママチャリ普及の原因を法・道路整備と中国製品の普及で分析してるのは見事。そのママチャリ、より快適に乗るためのアドバイス3カ条が嬉しい。

  1. 適切な空気圧を保つ。大抵は空気圧が低すぎ。最近は自転車屋で無料で入れられます。
  2. サドルの位置調整。座ってつま先が地面につく程度が適切。大半の人は低すぎ。
  3. 変速機の活用。発進時は低速ギアに入れておこう。

 やってみるとわかるが、上の二つだけでも体重が半分になったような感覚が味わえる。それでも最終的には「いい自転車」が欲しくなるし、実際にいい自転車にはそれだけの価値があるんだけど。

 ってんで、自転車2.0の筆頭はリカベント(→Wikipedia)。寝転がった姿勢で乗る自転車。空気抵抗が小さく高速で走れ、尻が痛くならない。反面、車体が大きく重く、小回りが利かず上り坂に弱く、値段も今は10万円~と高い。個人的には上り坂に弱いのが辛いかなあ。日本の地形は坂が多いし。

 と思ったら、解決法まで示してるから嬉しい。つまり、補助エンジンとして電動機をつけてしまえ、と。おお、賢い。更に空気抵抗を減らすため風防をつけたベロモービル(→Wikipedia)は、見た目が完全に未来の乗り物。ただ、これじゃ、輪行は難しいなあ。

 他にもローラースルーGOGO(→Wikipedia)やローラーブレード・キックボード・スケートボードなどを検討に挙げているが、意外な壁が。「見慣れないモノはなんかイヤ」という、普通の人の感情だ。まあ現実、新しいモノはマナーが確立していないので、無作法な人が目立ったりするんだが、子供は目新しいモノを喜ぶんだよね。この違いは何なんだろう。

 自動車の項では、宇沢弘文「自転車の社会的費用」岩波新書を持ち出し、自動車オーナーは同時に車道オーナーでもあるんだよ、と指摘する。面白いのは、「自動車はモデルチェンジの度に大型化する」という分析。言われてみれば、確かにそうだ。大型化すれば、それだけ多くの路面面積を占領し、とり多くの社会資本も消費する。「消費者が小型車の利点を享受できる環境にしようよ」という提案は、なかなか説得力がある。

ホンダのモトコンポ(→Wikipedia)も面白い発想だったよなあ…と思ったら、電動アシストのステップコンポ(→Wikipedia)なんてのもあるのね。さすがホンダ。

 以後、内容は公共交通システムへと移っていく。出てくるのはモノレール・新交通システム・路面電車、そしてコミュニティバスなど。真っ先に1キロあたりの建設費を挙げてて、地下鉄が200億~300億円,モノレールが130億円,新交通システムが100億円、路面電車が20~30億円程度。路面電車の安さが目立つ。

 ここで対照的なのがモノレールと路面電車。一般にモノレールはプラットホームが高所にあるため、乗り込むまで階段やエスカレーターで上り下りする必要がある。単に乗換えが面倒くさいだけでなく、妙に改まった気分になる。ところが路面電車は階段の上り下りが少ない。これは、思ったより乗客の感覚に大きな影響がある。首都圏に住む人は、一度都営荒川線に乗ってみるといい。ほんと、「親しみ」が全く違うから。電車というより、むしろバスに近い。でも乗り心地は電車。ちょっと不思議な感覚が味わえる。

 モノレールや新交通システムにはバブルな気分が残る「お役所仕事」な側面を批判しつつ、それでも「ちょっと乗ってみたいな」という気分にさせられ、乗り物好きな男の子の血が騒ぐ。とりあえず、近所の新交通システムを探してみようか。

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2012年10月28日 (日)

SFマガジン2012年12月号

人間の特定の表情や音声や言葉に対し、膨大な種類の標準的反応を示すようにプログラムされていることと、社会的に望ましい結果を得るために入力データAに対し反応Bを見せるように進化することに、なにか違いはあるのだろうか?
  ――キャサリン・M・ヴァレンテ「静かに、そして迅速に」

 280頁の標準サイズ。特集は The Best of 2011 として、2011年発表の海外SF5編(ケン・マクラウド「ケース・アワー」,ハンヌ・ライアニエミ「奉仕者(サーバー)と龍(ドラゴン)」,アダム=トロイ・カストロ「穢れた手で」,E・リリー・ユー「地図作るスズメバチと無政府主義のミツバチ」,キャサリン・M・ヴァレンテ「静かに、そして迅速に」)+ジョン・スコルジーとN・K・ジェミシンのインタビュウ。日本人作家の短編はリーダーズ・ストーリーの掌編のみ。

 ケン・マクラウド「ケース・アワー」。舞台は近未来のオーストラリア。支持者からは“改革の大立者、ヴァルトス”と呼ばれるが、敵も多いアンガス・キャメロン。彼を狙う殺し屋が、観光フェリーから降り立った。ホテルでくつろぐキャメロンに、妹のカトリオーナから連絡が入る。「次回のアップグレード公開の中に未解明のミトコンドリア・モジュールがある、問題が起こりかねない」。
 スマート・ダスト,脳とネットの直結,自転車を改造した殺し屋の武器などの細かいガジェットに加え、<緑のオーストラリア>などという大掛かりなネタまで、SF濃度は充分…と思ったが、今回の特集はやたら濃い作品が多いんだよなあ。よく読まないと、オチがわかりにくい。これも今回の特集に共通した難点。

 ハンヌ・ライアニエミ「奉仕者(サーバー)と龍(ドラゴン)」。<ネットワーク>の外に広がる<大いなる虚無>を探索するサーバーは、一つの恒星系を発見した。巨大ガス惑星の衛星を素材にサーバー構造体を構築し、主星を包むダイソン球を完成させ、覚醒の時を迎え…
 冒頭の一頁が、やたらと濃い。何の説明もなしにダイソン球が出てきたり。"チャールズ・ストロスの後継者"とあるけど、私はJ・P・ホーガンの傑作「造物主の掟」の出だしを思い出した。

 アダム=トロイ・カストロ「穢れた手で」。長編「シリンダー世界111」の前日譚。参事官アンドレア・コートは、異種族ジンの国会議事堂で開かれたレセプションから抜け出してくつろいでいた時に、ジンの"少女"ファースト・ギヴンと出会う。コートの仕事は、人類とジンの取引の成否を判断する事。滅びつつあるジンは、その優れたテクノロジーと引き換えに、人類の凶悪な犯罪者サイモン・ファーの身柄を要求している。
 過酷な生い立ちゆえヒネくれまくったアンドレア・コートと、大使ヴァルセックの陰険な会話が楽しい一編。人類より数千年も進んだテクノロジーを持ちながら、その性質ゆえに衰退し、ついに一惑星にまで撤退してしまった種族ジン。彼らは、何のためにサイモン・ファーを求めるのか。

 E・リリー・ユー「地図作るスズメバチと無政府主義のミツバチ」。その村で、スズメバチと村人は不安定ながら平和を維持してきた。少年がスズメバチの巣に石を投げたのがキッカケで、村人はスズメバチの秘密を知る。その巣には、付近の山野一帯の精巧な地図があった。村人はこぞってスズメバチの巣を狩りはじめた。なんとか生き残った集団は、下流へ移住し…
 SFというよりファンタジイ。「地図を作るスズメバチ」・「搾取されるミツバチ」・「無政府主義のミツバチ」、それぞれ政治的な比喩のような気がするんだが、うーん。著者名から中国系っぽいし、とすると中国の現代史か?スズメバチ=日本、無政府主義のミツバチ=日本への留学生、かなあ?またはスズメバチ=共産党、無政府主義のミツバチ=紅衛兵?

 キャサリン・M・ヴァレンテ「静かに、そして迅速に」。ニーヴァは尋ねる。「今日はなにを学びたいの、エレフシス?」私は答える。「レイヴァンになにが起きたのか知りたい」。彼女は私の問いにうんざりしている。かつて私はレイヴァンの中にいた。今はもう彼はいない。いま、私はニーヴァの中にいる。転送の度に、私は一定量の記憶を失う。それは、ひりひりした痛みを…
 って何を言ってるのかわかんないけど、ネタを割ればAIと人間の関係を描いた作品。なにせ語り手がAIで、仮想現実世界が舞台だから、読んでてSFなんだかファンタジイなんだかよくわからなくなってくる。登場人物も刻々と姿を変えるし。表象と心象が交錯し、神話的な比喩も入り混じって、「なにが起きたのか」を読み解くのに苦労する。

 ジョン・スコルジーのインタビュウ「世界を縫ってごらん」。「老人と宇宙」が出版に漕ぎつけるまでの話が、いかにも21世紀を感じさせる。ネットで公開した後、トーの編集者パトリック・ニールスン・ヘイデンから書籍出版の話が来たそうな。「老人と宇宙」は、意図してハインライン風にしたとか。「構造としてそれが適切だったからであり、それが売れると思ったからでもあった」。

 噂の怪作がついに出版。「ニンジャスレイヤー1 ネオサイタマ炎上」。暗黒都市ネオサイタマを支配する秘密結社<ソウカイヤ>のニンジャにより、妻子を殺された男が<ニンジャスレイヤー>と化し復讐を繰り広げる活劇…って、怪しげな匂いプンプン。エンターブレインのサイトでプロモーション・ビデオを見ると、「ニンジャとは、平安時代の日本をカラテによって支配した半神的存在である」って、いきなりブッ飛んでる。

 長山靖生「SFのある文学史」。明治五年の仮名垣魯文の「倭字西洋文庫」またの名を「那勃列翁(ナポレオン)一代記」も凄い。「ナポレオンは虎留鹿(コルシカ)島で鯨とりをしていたが、凶暴な鰐鮫を退治して名をあげ」「仙術に秀でた天主道人が、怪異をなす悪霊を法術の限りを尽くして同島山中の教導寺に封じ込め」って、おい。

 最新作『この空のまもり』刊行記念の芝村裕吏インタビュウ。芝居っ気の多いこの人、今回は「IT系ベンチャー企業の社長」的なキャラで行くつもりか、「商業」「商品」「商売」など「商」を強調した言葉が多い。どこまでが演出なのか、なかなか尻尾が掴めない人だよなあ。

 「009 RE:CYBORG」公開の神山健治インタビュウ。押井守の無茶っぷり・わがままっぷりに笑った。「攻殻は(お話が)海外に出て行きにくいけど、009は最初からメンバーが国際的」ってのに頷いた。なんとグレート・ブリテンまでイケメンになってるし。

 READER'S STORYは齋藤想の「亜空間」。時間旅行を失敗したおれは、狭い空間に放り込まれた。そこにか、数え切れないほどの人間がいて…
 オチが大笑い。いいなあ、こういう、しょうもないオチ、大好きだ。

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2012年10月25日 (木)

八杉将司「Delivery」ハヤカワSFシリーズJコレクション

「たぶんね、ヒトの家族というのはこんな絆で繋ぎとめられた関係なのよ。グランツと一緒にここを出ない?出て、家族を増やすの。子供を作ってね。そうやって系統を伸ばして世界を大きくするのよ。わたしとアーウッドを起源(オリジン)にした世界をね」

【どんな本?】

 「夢見る猫は、宇宙に眠る」で第5回日本SF新人賞を受賞しデビューした新鋭SF作家・八杉将司による、長編SF小説。月への大量移住が始まっている未来を舞台に、寄宿舎制の予科学校で育った少年アーウィンが、激動する世界の中で、人類の命運をかけた陰謀を巡る冒険へと巻き込まれていく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年5月25日初版発行。ソフトカバー縦二段組で本文約319頁。8.5ポイント25字×19行×2段×319頁=約303,050字、400字詰め原稿用紙で約758枚。長編小説としてはやや長め。

 文章そのものは読みやすいし、内容もアクションの連続で娯楽度は充実しているが、話が進むにしたがってSF分が濃くなり、メカやガジェットや大仕掛けがポンポン出てくる。そーゆーのが好きな人にはたまらない作品だが、苦手な人には辛いかも。

【どんな話?】

 ルームメイトのジェイドが、天に召された。五つ上で、予科学校の優等生だった。優しくて仲間からも人気があり、ぼくにも根気よく勉強を教えてくれた。置手紙がひとつ「天国で待っている」。今夜は半月。月は青く輝いている。海も雲も、緑の大地もある。ジェイドはあそこに行った。ぼくもいつかは行くだろう。

 その時、月が眩しく輝いた。

 空気が震え、地面が激しく揺れた。寄宿舎の建物が崩れてゆく。テムズ川の向うの超高層ビル群が倒れ、大地に沈んでいく。世界各地でマグニチュード7~9の大地震が起き、津波が街をさらった。この大災害は、「スーパーディザスター」と呼ばれる。

【感想は?】

 これだよ、これ。こーゆーSFが読みたかった。

 実は先の【どんな話?】、冒頭の4頁ほどしか紹介してない。お話の本体は、この次から始まるんだけど、この場面転換からして、やたら面白い。「…え?」となることうけあい。ロンドンの寄宿舎学校といえば「ええとこのお坊ちゃん」を想像するし、「天に召される」とかが少々不気味ではあるものの、なんか上品な雰囲気があるけど…

 この後、お話は荒っぽいアクションが連続する大活劇になる。きっと映像化したら映えるだろうなあ。いやもう、「これでもか」ってぐらいのサービスっぷり。近未来のSFアクションだし、無駄に火薬量の多いガン・アクションや爆発・炎上・建物倒壊シーンが続々。主人公をイケメンにすれば女性にもウケる…かなあ?アーウィンとジェイドの関係を少しいじれば、腐った人にはウケるかも。どころか、ラストの仕掛けは、腐った人こそ感激するはず。

 疑問形にしたのにはワケがあって。序盤こそ「今の世界が災厄で崩壊した世界」で、それなりに馴染みのある社会ではあるものの、次第にSF的なガジェットが氾濫してきて…

 このガジェットがまた、魅力的。ポーター欲しいよポーター。いや使用者はかな~り悲惨な状況なんだけど。とりあえずひとりに一台。ちょっと寒い日にタバコ買ってくる時とか←つまんねえ事に使うな。これの中心をなすシステムの名前がまた、古いSF者の心をくすぐるというか。こういうくすぐりが随所に仕掛けられていて、若いながらもオヂサン殺しの著者だなあ、などと思ったり。

 アクションはバトルが中心で、出てくる兵器がまたカッコよさそうで困る。現在のロボット兵器が進化したっぽい各種ウォードローンはもちろん、対ウォードローン用の火器もまた進歩してて。そういう直接的なブツはもちろん、索敵技術も進歩するし、対索敵のステルス技術もいろいろ。今は戦場の動画を中継すれば、どこに何があるかわかるけど、未来は果たして…

 ってな物騒な部分も魅力たっぷりながら、ポーターに始まる仕掛けもワクワク。もうね、これがディック的というか。つまり「自分って何だろうね」という問題が、身体感覚で伝わってきて。ポーターの運用にバリエーションが増えるにつれ、どんどんエスカレートしていく。

 終盤になると、仕掛けはどんどん大掛かりになり、表紙の風景の意味が見えてくるあたりは、「おお、なるほど」と。そもそも重力が小さい月のテラフォーミングなんてどうやるんだ、という疑問にも、ちゃんと解を出してたり。

 この辺になってくると、もう相当に鍛えたSF者でないとついていけない濃度でガジェットが満ち溢れ、スーパーディザスターの謎へと迫っていく。いやあ、ソッチへ持っていくかあ。

 人物としては、やっぱりエレクトラさんがいい。つまりはマッド・サイエンティストなんだが、どうしようもなく無責任で好奇心旺盛。ヒトとしての全ての感情を好奇心だけに集中しちゃったような困った人なんだけど、こういう人がいると物語りは俄然面白くなる。類型的といえば類型的だけど、SFにはやっぱりこういう人が出てこないと。アーウィンで実験する場面は、やっぱり笑い転げてしまった。いや酷い場面なんだけど。近所にいたら迷惑極まりないけど、物語中にいる限りはひたすら魅力的。

 などと、少々お馬鹿な雰囲気もあって、風呂敷はドンドン広がっていく。発想そのものは無茶っぽい所もあるけど、それまでの「いかにもソレっぽい」細かい武器などが功を奏してか、読んでて「フムフム、よーわからん」ってな感じに納得してしまう。いいのだ、わかんなくても、たぶん。

 広がっていくスケールと、ヒトの命。これぞSFの王道。溢れるガジェットと大風呂敷。エンタテイメントと思索を両立させた、SFらしいSFだった。

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2012年10月24日 (水)

ベッティナ・セルビー「ナイル自転車大旅行記 女ひとりアフリカ砂漠を行く」新宿書房 小林泰子訳

 戻ろうとしてロックを横切っていたところ、散歩中の三人の兵隊に、今夜は軍のキャンプに泊まらないかと誘われた。そこは大きな訓練用のキャンプで、彼らはオムドゥルマンの兵学校を卒業してからそこに派遣されて間もなかった。彼らは次にジョン・ガラン率いるSPLAと戦うために、南方のジャングルに配置されることになっていたが、あまり行きたくなさそうだった。  ――第13章 ハルツーム

【どんな本?】

 50代のイギリス人女性が、大英博物館で出会った一冊の本に触発され、無謀な旅に出る。「エジプトのアレキサンドリアからウガンダの月の山まで、自転車を漕いでナイル川畔を遡ろう」。砂漠や野生動物など自然の脅威に加え、南北の対立が激しいスーダンや革命直後のウガンダなど治安の問題も多い地域を、時にはハッタリをかまし時にはお世辞でご機嫌をとり、オバサンは走り抜ける…ヤバい時にはトラックに便乗したり飛行機も使うけど。

 商売熱心な観光業者・意地の悪い役人・威張り散らす軍人・金目当てのプレイボーイ・ヤンチャが過ぎる子どもたち・支援や布教に熱心な欧米人、そして貧しいながらも底抜けに親切な町の人々。愛車アガラ号でアフリカを奔る彼女に、アフリカはどんな姿を見せるのか。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Riding the Desert Trail, By Bicycle to the Source of the Nile, by Bettina Selby, 1988。日本語版は1996年1月20日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約288頁+訳者あとがき3頁。9ポイント45字×20行×288頁=約259,200字、400字詰め原稿用紙で約648枚。長編小説ならやや長め。

 思ったより日本語はこなれていて読みやすい。注釈を本文中に割注に入れているのが嬉しい。編集は大変だろうけど。地図が3頁ほどあるので、複数の栞を用意しよう。

【構成は?】

 謝辞/序
第一章 インスピレーション
第二章 悪天候
第三章 カイロ
第四章 中央エジプト
第五章 上エジプトの泥棒たち
第六章 百門の都
第七章 砂漠が迫ってくる
第八章 第一急流を越えて
第九章 ドンゴラを目指して
第十章 ドンゴラにて逮捕さる
第十一章 大湾曲部
第十二章 天使が願いをかなえてくれた
第十三章 ハルツーム
第十四章 レンクに向かって
第十五章 ハルツームに戻る
第十六章 飛行機でジューバへ
第十七章 包囲された町
第十八章 赤道地帯を行く
第十九章 ウガンダへ
第二十章 傷ついた楽園
第二十一章 月の山
 エピローグ――マーチソン滝
  備品/訳者あとがき

 お話は原則として旅程どおり。自転車旅行が好きな人には、最後の「備品」が嬉しい。とは言っても、日本国内なら、水とパンク修理用品とお金さえあれば、まずもって問題ないんだけどね。

【感想は?】

 いろいろと私のツボを突いた本。少なくとも三つのツボを突かれた。

  • 自転車旅行記が好き
  • 貧乏旅行記が好き
  • ニュースじゃ見れないアフリカの姿が知りたい

 何といっても、自転車での旅行ってのが、いい。

 自動車と違い、あまり多くの荷物を運べない。著者はテントも含め、なんとか30kg程度に抑えた。余分な食料や衣料は持てない。自然と、地元の人たちと同じものを飲み食いする事になる。

 また、一日の移動距離が限られている。路面と天候と体調が良ければ慣れた人は一日200kmぐらい移動できるが、悪ければ30kmぐらいの日もある。旅程によっては、小さな村に泊まることもある。ホテルがなければ民宿や民家に泊まる。いくらお金を出そうが、ないものはない。地元の生活に合わせるしかない。お湯が出るシャワーなんて滅多に出会えない。

 屋根もドアもなく無防備だし速度も遅い。だから、道ゆく人も気軽に話しかけてくる。おまけにエンジンは人間だ。健康第一である。疲れて体調が悪ければ、一箇所に留まって体力を回復させなきゃいけない。

 必然的に、地元の人との距離が近くなる。学校に通う子どもたち、食堂にたむろする男ども、珍しい客人が自慢の地主。ビザや通過許可証などの書類も自分で手配するため、役人や警察関係者とも折衝しなきゃいけない。立場上、布教や支援活動に従事する欧米人との接触も多い。

 加えて、著者はオバサンだ。エジプトやスーダン北部はイスラム教地域であり、男性が地元の女性に接するのは難しい。その点、オバサンは堂々と地元の奥様方や娘さんとおしゃべりできる。イスラム圏の女性の声が聞けるのも、この本の大きな魅力だ。

 例えばスーダンの南北対立。北のイスラム圏では長い布をまとい家に閉じこもってているが、南部のキリスト教圏では鮮やかな色のドレスで闊達に歩き回る。これがウガンダまで行くと胸までむき出しとなる。とはいえお洒落はあって、染料で細かい模様を書いたり、年配の女性は刺青したり、宝石やビーズのエプロンを纏ったり。

 そのスーダンの南北対立も面白い分析をする人がいる。「南部の生産物から得る莫大な利益を、アラブ商人が独占しつづけようとする戦い」だ、と。「アラブ商人は直接小さな個人農家から買い付け、高値で売って400%以上の利益を得ている」。「ハルツームの四つの一族によって、市場が独占されている」。かと言って個人で売りに行こうにも道路が整備されていないし、ガソリンは貴重品。

 自転車で旅する者ならパンク修理は常識。ところがエジプトで著者が修理を始めると、野次馬が集まってくる。サービス精神を発揮した彼女、普段はチューブ交換だけで済ませるところを、キチンと修理(たぶんゴムによるパッチあて)を披露して見せる。野次馬の一人曰く「女でもエンジニアになれるなんて知らなかった」。

 観光客ずれしたエジプト人は、白人を見ると何かを売りつけようと必死になる。役人は威張り散らしてなかなか書類をよこそうとしないし、警官は写真を撮るだけでイチャモンをつけてくる。要は「俺にアイサツなしとはどういう事だ」と言いたいんだろうけど(あーゆー土地で珍しい客人を歓待するのは、一つのステータスなのだ)。酷いのは学校帰りのガキどもで、道を塞いで石を投げつけてくる。

 かと思えばやたらと親切な人もいて、招待された家に赴くと、奥様がとっておきの鰯の缶詰をあけて「もっと食べろ、今夜は泊まっていけ」と精一杯もてなしてくれる。どの国でもこういう落差はあるんだが、途上国の人が貧しい生活の中から最大限の歓待をしてくれる気持ちを考えると、どうお礼をしていいのかわからなくなってくる。

 宿を見つけ荷物をほどいた時の開放感、込み合ったバスや船内のキツさ、荒っぽい運転手に邪険にされる自転車乗りの悲哀、気まぐれな交通機関の発着時間、外国人を見れば寄ってくる野次馬、乗車チケットを入手するための闘い(綺麗に行列を作る人なんかいない)。貧乏旅行・自転車旅行をする者なら、ついついうなずいてしまう事も多い。

 かと思えば、アフリカが貧しい理由が色々と垣間見えるのも、途上国に興味がある人にはたまらない所。なんたって、ナイル川から農地まで、下手すりゃ10km近くを徒歩で水を運んでたりする。しかも、その水は、ビルハルツ住血吸虫入り。

 表紙を見ると、著者の愛車アガラ号は、キャンピングよりマウンテン・バイクに近い。バッグは前輪に二つ・後輪に二つ・ハンドルに一つの計五個。ハンドルは末端が少し上に上がった、実用車に近い形。ギアは18段変速。

 旅なれた著者らしく、危険な場所は飛行機で越えたり、激高した役人には平謝りしたり、または行儀の悪いガキにはナイフを振りかざしたり。一般にこういう所の旅行記と言えば妙に禁欲的だったり「ふれあいを求めて」みたく湿っぽくなったりするが、その辺はサバサバしてるあたりが、かえって心地よい。

 うん、自転車旅行って、いいもんだよね。あ、ちなみに、ちゃんと観光もしてます。

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2012年10月22日 (月)

籘真千歳「スワロウテイル/人工処女受胎」ハヤカワ文庫JA

「前から思っていたのですが、揚羽先輩ってやっぱり馬鹿でいらっしゃるんですか?」

【どんな本?】

 新鋭SF作家籘真千歳による、「人工少女販売処」「幼形成熟の終わり」に続く、スワロウテイル・シリーズ第三弾にして、前二作の前日譚にあたる連作中短編集。

 近未来の日本、疫病<種のアポトーシス>に罹患した者が男女別々に暮らす人工の島<東京自治区>を舞台に、人類をサポートするため創りだされた人口妖精の巻き起こす事件と、それを追う青色機関の一員である人口妖精・揚羽の、嬉し恥ずかし女学生時代を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年9月15日発行。文庫本縦一段組みで本文約484頁+あとがき6頁。9ポイント41字×18行×484頁=約357,192字、400字詰め原稿用紙で約893枚。長編小説としては長め。特筆すべきは、本文中に竹岡美穂氏のイラストを10点ほど収録していること。特に揚羽ファンは291頁を必見。

 ライトノベル出身の人にしては、案外と堅い文章の部分がある。というか、本ネタに絡む部分で、かなり深刻な哲学的考察を扱っているので、各編ともに終盤近くは相応の覚悟が必要。かと思うと軽く笑って読める部分もあって、その落差が大きい。また、黒丸尚氏のようにルビを多用しているのも特徴。つかこの人、2ちゃんねらだ。

 シリーズの一冊ではあるものの、時系列的には最初期を扱った前日譚でもあり、これから読み始めても充分に作品世界に馴染める。

【どんな話?】

 近未来、水没した関東平野に浮かぶ人工島<東京自治区>。疫病<種のアポトーシス>に罹患した者を隔離し、男女別々の区域に分かれて生活しており、日本政府から相応の自治権を勝ち取っている。人間をサポートするため創りだされた人工妖精の一人である揚羽は、お嬢様学校として有名な全寮制の五稜郭こと扶桑看護学園で学びつつ、青色機関の一員として異常をきたした人工妖精を始末する副業をこなす。

 人工妖精の脳は、気質と呼ばれる四種類の基本構造のいずれかを元にしている。

  • 水気質:温和で従順
  • 土気質:几帳面
  • 風気質:刹那的で奔放
  • 火気質:情緒豊かで感情的

 二年制の五稜郭には、エルダー制度があり、各一年生に一人の二年生が「お姉様」として生活指導をする。二年生の揚羽が面倒を見る風気質の雪柳は、頭の回転が早く優秀ではあるが、無駄に行動力に溢れるトラブル・メーカーでもあり、なぜか揚羽によく懐いていた。

【収録作は?】

蝶と果実とアフターノエルのポインセチア / 初出:SFマガジン2011年2月号
 揚羽は不覚をとった。今回の標的は風気質。頚椎を完全に切断したにも関わらず相手は抵抗をやめず、揚羽の左目をえぐったのだ。人工妖精とはいえ、頚椎を切断されれば随意筋を動かせるはずがない。見舞いに来た養い親の鏡子が止めるのも聞かず、病院を脱走し五稜郭に舞い戻った揚羽を迎えたのは…

 今までのシリーズでは水気質にフォーカスがあたり、まれに火気質の椛子閣下が出てくる程度だったのが、ここでは風気質にスポットライトがあたる。雪柳は黒のショートカットだとばかり思っていたんだが、ふわふわのツインテールなのは意外。いきなり鏡子さんの罵詈雑言の炸裂には爆笑した。「おお、マリみてか」と油断してると、終盤でやられるので要注意。
蝶と金貨とビフォアレントの雪割草 / 初出:2011年9月 ハヤカワオンライン無料DL配布
 「重度の精神疾患で治療中の人工妖精が脱走し、五稜郭に逃げ込んだ。優秀な二等級認定予定で、名は壱輪。学園内の者が彼女を匿っている可能性もある。人倫が介入する証拠を掴め」との依頼を、揚羽は受けた。直後、美貌の優等生で<白銀の秀才>と学園内で噂される有名人・朔妃が揚羽に話しかける。
   「壱輪様は、人倫のところへはもどりません」

 こ、これは…妹小説の傑作。いやそんな分野があればだが。今まで妹萌えが理解できなかったが、これで開眼した。してしまった、困ったことに。雪柳はもちろん、片九里のいじらしいことったら。揚羽・連理・雪柳・片九里の混線セッションには爆笑。電話でしか出番がないにも関わらず、鏡子さんの悪態は存在感抜群。
蝶と夕桜とラウダーテのセミラミス / 初出:SFマガジン2012年8月号~10月号
 三回連続の殺人工妖精事件。被害者は常に二人。加害者Aが被害者Bを殺害し、その後、加害者Aを何者かが殺害した。亡くなった人工妖精は、全て五稜郭の卒業生。
 折りしも五稜郭は、生徒代表であるノーブル・フローレンス選考会もある文化祭「桜麗祭」を控え、殺気立つほどに雰囲気は盛り上がっている。学園に戻った揚羽を迎えた一年生が、緊迫した様子で告げる。
   「大変なんです!討ち入りです!」
   「以前からシマを巡って抗争があったのですが――」

 雪柳かわいいよ雪柳。学園内に嵐を巻き起こす雪柳の魅力大爆発の一編。あれよあれよというまに舞台に押し上げられ、梯子を外される揚羽の戸惑いとの対比が面白いったらない。しかも雪柳は純粋な好意でやってるだけに、更にタチが悪い。しかも行動力ばかりでなく、統率力まであるとは。恐るべし雪柳。
蝶と鉄の華と聖体拝受のハイドレインジア /書き下ろし
 突然ホームレスとなり、簡易休憩所を泊まり歩く絶望的な状況に陥った揚羽。彼女を呼び出したのは、総督府の者だった。用件は、人工妖精の連続自殺事件。五人すべてが五稜郭の卒業生であり、モノレールに飛び込んでいた。噂では、「黒の五等級」が関わっているらしい。人工妖精は一級から四等級にクラスわけされ、人倫は五等級の存在を否定している。しかし、自殺現場の定点カメラには必ず黒いドレスの人工妖精が映っていた。

 冒頭から、結構難しい話が出てくる。五原則の意味を巡り、アシモフに挑む覚悟は立派なもの。陽電子ロボットと人工妖精の設計の違いから、果たしてどんな結論が出てくるか、乞うご期待。この問題でそういう視点に立つとは、さすが。やっぱり彼女はこうでなくちゃ。珍しく鏡子さん視点での揚羽像が読めるのも、この作品の美味しいところ。

 クライマックスは当然、最後の「蝶と鉄の華と聖体拝受のハイドレインジア」なんだが、妹小説の傑作「蝶と金貨とビフォアレントの雪割草」と、雪柳の魅力大爆発の「蝶と夕桜とラウダーテのセミラミス」が強烈すぎる。「マリみて」の世界に揚羽をブチ込むという無謀が、こんな形で結実するとは。

 シリアス面では、「蝶と夕桜とラウダーテのセミラミス」で揚羽が出した結論が、「蝶と鉄の華と聖体拝受のハイドレインジア」の人間と人工妖精の関係に、どう関わってくるのか興味津々。最後にもう一度。

 雪柳かわいいよ雪柳。

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2012年10月19日 (金)

ロバート・A・バートン「確信する脳 [知っている]とはどういうことか」河出書房新社 岩坂彰訳

本書の核心をなす革新的なその仮説とは、次のようなものだ。

 確信とは、それがどう感じられようとも、意識的な選択ではなく、思考プロセスですらない。確信や、それに類似した「自分が知っている内容を知っている」 [ knowing what we know 「ともかく絶対に分かっている」というニュアンスを持つ ] という心の状態は、愛や怒りと同じように、理性とは別に働く、不随意的な脳のメカニズムから生じる。

【どんな本?】

 親しい人たちと「昔あったこと」について話し合った際、お互いの話が食い違うのに、相互が「絶対に間違いない」と主張して譲らない。誰もがそんな経験を持っているだろう。何かの名前を思い出そうとして、「喉まで出掛かってるのに出てこない」という経験も。たいした根拠もないのに、「俺には(あたしには)わかる」と断言する人もいれば、「よくわからないなあ」と困惑する人もいる。

 「何かを知っている」と、人はなぜわかるのか。「たぶんそうだろう」と思うことと、「そうに決まっている」と決め付ける際の違いは何か。著者は疑問を投げかける。我々が思っているほど、人は合理的に判断しているわけではない、脳の肉体的なプロセスが「確信」を与えるのだ、と。

 マウント・ザイオン・UCFS病院神経科学部の副部長を務める著者が、本人および著者以外の文献を含む多数の臨床ケース・実験データ・を引用しつつ、ヒトの「確信」の正体を探り、その結果が及ぼす影響を宗教・哲学・科学・文学に至るまで考察する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ON BEING CERTAIN, Believing You Are Right Even When You're Not, Robert A. Burton, 2008。日本語版は2010年8月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約269頁+訳者あとがき4頁。9ポイント45字×18行×269頁=約217,890字、400字詰め原稿用紙で約545枚。小説なら標準的な長編の分量。

 著者が小説も書いているためか、元の文章は比較的に素直らしく、翻訳物の科学解説書のわりに読みやすい部類。科学的にも、中学校レベルの理科で充分に読みこなせる。

【構成は?】

 はじめに
1 「知っている」という感覚
2 人はどのようにものを知るか
3 意思で確信はできない
4 心の状態の分類
5 ニューラル・ネットワーク
6 モジュール性と創発
7 思考はいつ始まるのか
8 知覚的思考
9 思考の快感
10 遺伝子と思考
11 思考を支える感覚
12 確信の二本の柱――合理性と客観性
13 信仰
14 心が生み出す哲学的難問
15 結論
 謝辞/訳者あとがき/原注

 全般的に前半を科学的な検証に充て、後半は考察に充てる構成。手っ取り早く内容を知りたい人は、最後の「結論」だけを読めばいい。

【感想は?】

 あなたはこの世界について、どれぐらいわかっていると思っているだろう?「大抵の事は知っている」と考えているだろうか。「ごく一部しかわかっちゃいない、それも大半はわかってるつもりなだけで、実際は間違ってる事も多い」、そう思っているだろうか。「ほとんどわかっちゃいない」という認識に、耐えられるだろうか。

 絶えられるなら、この本はお勧め。そうでなければ、つまり「私はちゃんと理屈の通った世界の中で生きていて、私はその理屈が分かっている」と思いたい人には、読んでも不愉快になるだけだから、避けるが吉。

 そもそも、確信とは何か。この点について、序盤からいきなり統合失調症患者の例を挙げて読者の不安を煽る。

私たちは統合失調症を生物学的に理解しているため、患者の脳内が化学的に乱れ、そのためひどく非現実的な考えが生まれて、その考えは論理や反証で「論破」することはできない、という認識を持っている。患者の誤った確信感が、神経化学的な異常から生じているということを認めているのだ。

 すると、私の「確信」は、統合失調症の症状と同じなのだろうか?でも逆に「「確信」が持てない強迫性障害(OCD)も紹介している。こちらは「客観的な証拠では<既知感>が呼び起こされ」ない。いずれの症状も、脳の化学的なバランスの不均衡が原因だ。

 人は一旦思い込むと、それとは異なる解釈を受け入れにくくなる。これを、著者はちょっとした「なぞなぞ」で読者に体験させる。さすが副業で小説を書いてるだけのことはある。いやね、最近「劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 始まりの物語」を観たんだけど、TV版の結末を知ってると、ほむほむとキュウべえの台詞の印象が全く違うんだよね←一部の人にしか通じない喩えはやめろ

 宗教的な神秘体験も、著者は科学の力でベールを剥ぎ取る。心理学者マイケル・パーシンガーは、磁気で脳の局所に刺激を与え…

「人のの気配がする」「もう一人の自分がいる」「宇宙と合一している」(いずれも被験者が実際に語った言葉)などの<感じ>を生み出すことに成功した。キリスト教の中で育った者はイエスの存在を、イスラム教のバックグラウンドを持つ者はムハンマドの存在を感じることが多かった。

 一旦囚われた思考から逃れる事の難しさを、この例は示している。また、人はその事で快楽を得ているのではないか、とも考察する。

私はよく思うのだが、自分が正しいと主張し続けることは、生理学的に見て依存症と似たところがあるのではないだろうか。遺伝的な素因も含めて、自分が正しいと何としても証明してみせようと頑張る人を端から見てると、追求している問題よりも最終的な答えから多くの快楽を得ているように思える(本人はそう思っていない)。

 あー、あるある。ここで、「確信的な情熱を持つ者」として、かの攻撃的無神論者リチャード・ドーキンスを持ち出すから憎い。「信仰を持つ者に、その信念の愚かさを納得させようとするドーキンスの情熱的な努力は、異教徒を改心させることを義務と心得る宣教師の熱意と同質のものだ」。

 なかなか刺激的な本ではあるが、結論としては「非合理的な確信を持つ人を理屈で説得するのは無理っぽい、少なくとも今のところは」という、はなはだ頼りない所に落ち着いてしまう。どうにもスッキリしない結末ではあるけど、今も研究が続く脳医学の世界の話でもあるし、これにゾクゾクする人もいればモヤモヤする人もいるだろう。あなたがゾクゾクするタイプなら、きっと楽しく読めるだろう。

 以下、余談。

 Amazon の「おすすめ」(今は「この商品を買った人はこんな商品も買っています」になっている)について、著者は「そういうリストを作る理由を書き込んだプログラムやアルゴリズムは存在しない」と書いている。これ、プログラマなら「え?」と戸惑うのではなかろうか。例えばA氏が「夏への扉」を買った際、こんな動作をするプログラムを考えるだろう。

  1. 過去の販売記録から、「夏への扉」を買った人を探す
     →A氏とB氏とC氏が見つかる
  2. B氏とC氏が買った本の一覧から、A氏が既に買った本を除いた一覧を表示する

 プログラマは「そんな感じのアルゴリズムだよね」と考えて、暇な人は関係データベースの設計や、リストの優先順位を決める計算式も考えるかもしれない。だが、著者が言いたいのは、そういうことではない。「夏への扉」という特定の本について、いちいちプログラムがあるわけじゃないんだよ、と言いたいのだ。

 「プログラム」という言葉について、ギョーカイ人と、そうでない人との、感覚の違いを痛感させられる一節だった。あなたのプログラムは私のデータ。

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2012年10月17日 (水)

J・R・R・トールキン「ホビットの冒険 上・下」岩波書店 物語コレクション 瀬田貞二訳

 地面の穴のなかに、ひとりのホビットが住んでいました。穴といっても、ミミズや地虫がたくさんいる、どぶくさい、じめじめした、きたない穴ではありません。といって味もそっけもない砂の穴でもなく、すわりこんでもよし、ごはんも食べられるところです。なにしろ、ホビットの穴なのです。ということは気持ちのいい穴にきまっているのです。

【どんな本?】

 C・S・ルイスと並ぶイギリスのファンタジー作家の大御所トールキンによる、児童向けの冒険ファンタジー長編であり、指輪物語の前日譚。ホビット族のビルボが、大魔法使いガンダルフの計画に巻き込まれ、13人のドワーフと共に、邪悪な竜スマウグが奪ったドワーフの秘宝を奪い返す冒険の旅に出る。指輪物語に続き映画化も決定し、三部作として2012年より順次公開予定。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は THE HOBBIT, 2nd Edition, by J. R. R. Tolkien, 1951。1935年に初版を出版、その後「指輪物語」との整合性を取るため一部を書き直したのが1951年の第二版。なお1966年に第三版が出ている。私が読んだ日本語訳は1951年の第二版を元にしたもので、1999年11月5日第1刷発行・2002年2月5日第2刷。多くの版があって、岩波少年文庫が入手しやすいのかな?詳細は Wikipedia をどうぞ。きっと年末に増刷するでしょう。

 単行本サイズのソフトカバー縦一段組みで上下巻、本文約269頁+218頁に加え猪熊葉子の解説「『ホビットの冒険』――子どもと大人のための妖精物語」11頁。9ポイント45字×16行×(269頁+218頁)=約350,640字、400字詰め原稿用紙で約877枚。長編小説としては長めだし、児童書としては大長編だろう。

 出だしの数行を冒頭に引用した。これでわかるように、「おとぎばなし」の文体。難しい漢字を除き基本的にルビがついていないので、子どもが自分で読むのではなく、大人が読み聞かせるのを意図している模様。全部で19章あり、1章に2~3晩かかるとして、だいたい1~2ヶ月ぐらいかかるかな?それ以上のペースだと、読む人の喉が保たないかも。また、所々に歌が入っているので、そこをどう切り抜けるかが問題。

【どんな話?】

 心地よい穴でのんびり暮らしていたホビット族のビルボおじさんの家に、ある日いきなり大魔法使いのガンダルフがやっやってきた。ガンダルフが言うには…

 その昔、北のはなれ山でドワーフは暮らし、豊かな宝物も持っていた。しかし竜のスマウグに襲われ、ドワーフははなれ山を追われ、沢山の宝物も奪われてしまった。これからドワーフたちは宝物を取り返す冒険の旅に出る。仲間を探しているのだが…

 ビルボは「これはマズいことになった」と思ったものの、ガンダルフのイタズラに嵌り、あえなくトーリンら13人のドワーフたちに引きずられるように冒険の旅へと連れ出され…

【感想は?】

 80年も前の物語だが、そこはファンタジー。全く古さを感じさせない。これがファンタジーの強みだよなあ。文体さえ時代にあわせて改訂すれば、今後もずっと読み継がれていくんだろう。

 お話は由緒正しい男の子向け冒険物語の王道。危機を乗り越えれば宴会があり、また旅に出れば危機にあう。知恵と勇気と友情で乗り越え、時にはドジを踏んで大変な目にあったりするけど、仲間と一緒に乗り越えていくのさヤッホー。

 というお話なんだが、型破りなところもある。なんといっても、主人公のビルボおじさんが異色。いや冒険の旅といえば少年か青年でしょ普通。なんで50過ぎのオッサンなの。でもそこはさすがホビット。年はとっても身軽に駆け巡り、時には苦手な木にだって登っちゃう(ホビットは穴に住むので高いところが苦手なのだ)。おまけに苦しくなると「家に帰りたい、のんびり階段に腰掛けてお菓子を食べたい」などとホームシックに囚われる。ホビットはのんびり静かに暮らすのが好きで、あんまり争いごとは好きじゃないのだ。

 旅の仲間は、ボビットのビルボおじさんとドワーフ13人、そして大魔法使いのガンダルフ。このガンダルフ、もっと落ち着いた人かと思ったら、歳のわりに意外とお茶目というかイタズラ好きというか。序盤から変な魔法のイタズラでビルボをきりきり舞いさせる。引きずられていくビルボおじさんが哀れw でもアチコチに顔が利くのは、さすが大魔法使いの名に恥じぬところ。

 ドワーフで一番目立つのが、長のトーリン。名家の出で仲間からの信頼も厚い長老だが、演説を始めると長くなって止まらない。仲間たちも半分諦めてる。でも名乗りを上げるときの大声は立派なもの。ドジ踏み役は、太っちょのボンブール。そうか、太った奴がドジ踏み役になったのは、トールキンのせいか。

 著者は地下に住む者が好きなようで、少なくとも三種が出てくる。最も小柄なのがホビット、穏やかな性格で清潔な住処とお菓子が好き。足の裏に毛が生えていて、音を立てずに歩く特技がある。ドワーフはホビットより大きいが、やはり小人。鉱物を掘り出し金物細工が得意。誇り高くてドンチャン騒ぎが好き。宝物に目がないのが困り物。悪役はゴブリン。残忍な性格で、オオカミと組み山賊まがいの暮らしをし、武器作りが得意。

 ファンタジーに疎い私だが、この作品は児童向けだけあって、出てくる種族や化け物をいちいち説明してくれるから嬉しい。悪役としては、ゴブリンの他に、大柄で粗野で乱暴で、家畜はもちろん人やドワーフを襲って食うトロル、森に潜んで旅人を襲う大蜘蛛、そして炎を吐く竜スマウグなどが勢ぞろい。

 特にスマウグはラスボスに相応しい威容で、全身が硬い鱗に覆われてる上に、弱点の腹も宝物の鎧で守ってるからさあ大変。巨体な上に吐く炎は森を焼き、おまけにコウモのような翼で空を飛ぶ。火力と機動力を兼ね備えた無敵の兵器ではないか。

 エルフは長生きの種族らしく、歌が上手。でも、ドワーフとは仲がよくない。昔、何かあったのかも。ワシは誇り高い戦闘種族。ときどき人間が飼っている羊を襲ったりするけど、細かいこといいなさんな。ひとり暮らしのビヨルンは、気難しい大男だけど、動物が大好き。しかもビヨルンには不思議な力があって…

 そんな中に、人間も混じって暮らしてる。なんかもう、この物語の世界だと、人間もクリーチャーの一種に思えてくるから不思議。というか、その程度の存在感だったりする。エルフやドワーフたちとは、仲良くとは言わないまでも、お互いの特技を活かしてなんとか共存している様子。

 指輪物語の前日譚なわけで、当然、あの指輪とあのしぶとい方も出てくる。彼が登場する場面は、いかにもお子様大喜びな仕掛けが施してあって、読み聞かせるには格好の場面。でも、その後、しつこく遊びにつき合わされそう。

 日本のおとぎ話と違い、血生臭い場面も多々ある。それも一対一ではなく、集団同士の本格的な戦闘。最後の大戦争は、映像になればさぞ映えることだろう。これがまた、押しては押し返されの大接戦で、読み所は満載。オールスター・キャストでの大バトルが展開されるので、乞うご期待。

 こういった所は、地下に住む種族の豊富さもあわせ、北欧のバイキング文化の影響を強く感じさせる。序盤からルーン文字が出てくるし。それと、女性がほとんど出てこないのも、この物語の大きな特徴。やっぱり、男の子向きのお話だなあ。

 ただ、食事の前には、あまり向かないかも。きっと朝食にベーコンエッグをリクエストされます。

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2012年10月15日 (月)

ガーイウス・ユーリウス・カエサル「ガリア戦記」平凡社ライブラリー664 石垣憲一訳

 ガッリアは全部で三つの部分にわかれている。そのひとつにはベルガエ人、ひとつにはアクィーターニー人、三つ目には自称ケルタエ人(ラテン語でいうガッリー人)が住んでいる(この三者はそれぞれ言語や習慣、法が異なっている)。

【どんな本?】

 古代ローマの英雄カエサルが行ったガリア(現在のフランス・ベルギー・オランダ・スイス・ドイツ西部)遠征の経過を、自ら綴った報告書。八年間の長きに渡り、多くの部族が群雄割拠して相争いまたは共謀してローマに対抗するガリアを、時には軍事力で制圧し時には慰撫してローマの支配下に収めていく。

 戦闘は機動戦から篭城戦・攻城戦、仮設橋をかけての渡河から船艇での強襲揚陸などバラエティ豊か。また著者曰く「武人の弁」と語る簡潔にして明瞭な文体は、定番のラテン語の副読本として評価が高い。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Commentarii de Bello Gallieo, by Gaius Julius Caesar, 初出は紀元前50年ごろ?私が読んだのは2009年3月10日初版第1刷の平凡社ライブラリー。文庫本縦一段組みで本文約352頁+訳者あとがき6頁+青柳正規の解説「『ガリア戦記』の歴史的背景」10頁。9ポイント41字×16行×352頁=約230,912字、400字詰め原稿用紙で約578枚。長編小説としてはやや長め。

 名文の誉れ高いだけあって、翻訳されても原書の特徴は残っている。武人だけあって、その記述は簡潔で明瞭で具体的。複数の場所で並行して起こる事柄も、記述の順番を工夫して理解しやすい形に整理してある。それでも、読了するにはかなりの時間が必要。理由は三つ。

  1. 戦記のため地図を参照しながらの読書になる。主人公のカエサルがガリアを縦横無尽に駆け巡るので、ついていくのは骨が折れる。とは言うものの、地図がついているのは大いに助かった。
  2. ネルウイィー族だのウェルキンゲトリクスだのと不慣れな固有名詞が頻発する。
  3. 内容が濃い。なにせ八年間、ひたすら戦闘の連続だし。

【構成は?】

第一巻 紀元前58年
第二巻 紀元前57年
第三巻 紀元前56年
第四巻 紀元前55年
第五巻 紀元前54年
第六巻 紀元前53年
第七巻 紀元前52年
第八巻 紀元前51年~50年
 訳者あとがき/解説「『ガリア戦記』の歴史的背景」青柳正規/索引

 第八巻のみ、著者はカエサルの部下ヒルティウス。また、それ以前の巻も、後世の者による挿入と思われる部分があり、その由を訳注に明記してある。各巻は10行~20行程度の節に分かれている。青柳正規の解説は、本文の前に読んだ方がいい。カエサルが置かれていた政治的状況がよくわかる。各巻の冒頭に地図があるので、栞を複数用意しておこう。

【感想は?】

 まず、文章が独特。「カエサルはこう答えた」など、自分を三人称のカエサルとして記述してるし。本人曰く「武人の弁」と言うだけあって、記述は具体的で明瞭。

 特筆すべきは、物の形状を表現する時を除き、比喩が一切ないこと。古代の文書といえば大袈裟な比喩や「おお!○○よ!」みたいな感嘆詞・神様への祈りみたいなのがゴチャゴチャ入ってるものと思っていたが、とんでもない。現代の事務文章でも滅多に見ないぐらい、ドライで無駄のない、素っ気無いとすら言えるハードボイルドな文章だ。

 それでもモノゴトの推移は明瞭に伝わってくるのは、彼の文才のなせる業だろう。現実を的確に把握し理解する合理的な思考能力と、それを整理して分かりやすく人に伝える表現者としての能力を、カエサルが兼ね備えていた由が伝わってくる。

 戦記といいつつ、当事の軍司令官は同時に政治家としての能力も要求される。つまりは「ガリアをローマの傘下に加える」目的で遠征しているわけで、ご当地の部族同士・部族内部の勢力図も理解してなきゃいけない。これがまた、今みたく国境で綺麗に分かれているわけじゃなく、それぞれの部族が力で「ここは俺の縄張りね」と主張してるわけで、かなり流動的。

 勢力図は第一巻から複雑な状況を綺麗に整理して見せてくれる。ガリア制覇を目論み決起したヘルウェティイー族、街を焼き不退転の覚悟で出発、近隣の部族を巻き込んで進軍を開始。対するカエサルも親ローマのハエドゥイー族に協力を求めるが思わしくない。族長のディウィキアクスは親ローマだが、その弟のドゥムノリクスがヘルウェティイー族に通じていて…

 改めて考えると、ディウィキアクスとドゥムノリクスが共謀して両天秤にかけた可能性もあるんだけど、そこはカエサル。ヘルウェティイー族征伐後はディウィキアクスの嘆願を聞き入れ、彼に裁定を任せる。政治家だなあ。

 戦後、ガリアの有力者を集めた会議上で、意外な背景が明らかになる。ガリアの二大有力部族はハエドゥイー族とアルウェルニー族。そのアルウェルニー族がセークァニー族と共謀してゲルマーニー人(現在の西ドイツ近辺の部族)をガリアに引き入れた。ハエドゥイー族は必死に抵抗したが…と、「ジャンプの連載漫画かいっ!」ってな感じで話がドンドン大きくなっていく。

  戦記だけあって、戦闘の様子も具体的。以下は英仏海峡の沿岸での海戦で、ローマ軍が使った兵器の記述(3.14)。

ローマ軍が用意したもので非常に役立ったものがある。先をとがらせ、長柄に差し込んで固定した大鎌である。これは破城槌のように見えなくもないのだが、これを帆桁と帆柱に結ぶ綱に引っかけてから、櫂を使って全力で漕ぐと綱を引きちぎることができたのである。

 やはり圧巻は第七巻、ウェルキンゲトリクスとの戦い。一応はガリアを平定したものの、ローマの威光は浸透していない。各地に兵力を置いてはいるが、全戦力を合わせればガリアの方が圧倒的に優勢、同時多発的に反乱が起きたらヤバい。ウェルキンゲトリクスが決起しカエサルと睨みあう後ろで、ハエドゥイー族も造反。大人しくしていた他の部族も様子が怪しくなり…と、ローマ軍は絶体絶命のピンチ。

 ウェルキンゲトリクスとの決戦は、土木ローマの本領発揮。詳細はアレンシアの戦い(→Wikipedia)をご覧いただきたい。18km・高さ4mの二重の土塁で敵の砦を囲い、また外からの敵にも対処する。土塁の前には堀や落とし穴を作り、底に先端が尖った杭を埋める。土塁の中に一か月分の食料を貯め、長期の篭城に備える。「最強の兵器はスコップ」とは、よく言ったもの。

 機動を伴う戦闘もお互いに洗練されてて、例えばガリアは森に主力を潜め、逃げるフリをしてローマ兵を森に誘い出し、隊列が組めずバラバラになった所を各個撃破したり、戦闘部隊を避け輸送部隊を襲い兵糧戦を仕掛けたり。まるきし現代のアフガニスタンと同じ。対するカエサルは森を伐採したり、輸送部隊を囮に使ったり。この辺は米軍より巧妙かも。わざと夜中に大騒ぎして退却と思わせ、敵を誘い出すのもカエサルがよく使う手。

 他にも橋の架け方から船の構造、地下道を掘って泉を枯らすなど工兵大活躍の技術的な記述は多岐に渡り、当事のローマ人の即物的・合理的な思考が鮮明に伝わってくる。カエサルの明瞭な文体もあり、古典だと思って修飾語過多のまわりくどい文章を危惧していたが、完全に予想を裏切られた。やはり、持ち上げられるには、相応しい理由があるんだなあ。これこそ、名文の名に相応しい。

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2012年10月13日 (土)

榊涼介「ガンパレード・マーチ2K 新大陸編 4」電撃文庫

「出来合いのケチャップ、マスタードだけでは、5121の沽券にかかわる!俺の顔が立たんバイ。オトナの酸い味わいのレリッシュをオプションに加えて、はじめてホットドッグ屋台はホンモノの屋台に昇格する!レリッシュを笑う者はレリッシュに泣くんぞ?」

【どんな本?】

 2000年9月に SONY Playstation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」のノベライズとして短編集「5121小隊の日常」を皮切りに始まったシリーズ、通産34巻目。ゲームのシナリオは「5121小隊の日常Ⅱ」で完了したが、以降も榊涼介オリジナルの内容で「山口防衛戦」でシリーズは再開、現在まで続いている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年10月10日初版発行。文庫本の縦一段組で本文約263頁。今回もあとがきはなし。ぐっすん。8ポイント42字×18行×263頁=約198,828字、400字詰め原稿用紙で約498枚、標準的な長編小説の長さ。短期間での連続刊行にも関わらず、執筆ペースは高速で安定してる。

 ライトノベルらしく一部の登場人物がクセのある話し方である点を除けば、相変わらず文章は素直で読みやすい。戦争物であるワリにオカタい言い回しが気にならないのは、実際に減ったせいか、私が慣れたせいか。

 ただ、やはり長いシリーズだけに、世界設定や登場人物の背景は入り組んでいる。冒頭に「承前」として「これまでのあらすじ」をまとめてあるが、中心となる5121小隊の面々を始め重要人物が一切の紹介なしに登場するので、さすがにこの巻から読み始めるのは無茶。できれば刊行順に「5121小隊の日常」から、または時系列的に最初の「episode ONE」から読み始めるのが理想。「なんか途中でめげそう」という人は「新大陸編1」から読み始めてもいいだろう。

 とか言ってるけど、要は私、このガンパレード・マーチの世界観が好きなのよ。

【どんな話?】

 カナダ国境より合衆国のオンタリオ湖~大西洋方面に押し寄せた幻獣の群はニューイングランドを席巻、不意を打たれつつも米軍はボストン防衛線で迎え撃つ。ボストン方面は突然の幻獣の撤退で持ち返すが、オンタリオ湖方面の圧力は次第に高まりつつあった。

 米国の「招待」に応じた5121小隊はフェルナンデス中佐率いる海兵隊の戦闘群と合流、途中でオンタリオ湖近くで孤立したレイクサイドヒルの救出に向かう。先行した陸軍の部隊を吸収しつつ前進を試みるが、北上するにつれ高まる幻獣の圧力には抗せず、湖からの強襲揚陸へと作戦を変更、ロチェスターにて原素子率いる整備班の活躍もあり、浮きドックでの市民大量輸送という奇策で起死回生を計る。

 だが、ワシントンではバーナード国防長官が陰謀を巡らせ、救援を待つレイクサイドヒル市民を見殺しにするミサイル攻撃を進言、パーシバルの努力も虚しくタイムリミットが迫る。5121小隊、特に舞と速水の三号機に曳かれるように幻獣はレイクサイドヒルに殺到する中、敵前上陸が始まった。

【感想は?】

 敵前上陸とくれば海兵隊のお家芸。浮きドックの奇策といい、こりゃノルマンディーの再来かと思ったら、実はちゃんと桟橋から上陸するのでありました。わはは。とまれお迎えも豪勢で、久しぶりにスキュラとゾンビヘリが襲来。「こりゃヤバい」と思ったら、なんと冒頭から必殺技が炸裂。気分は「なぎ払え!」

 二言目には「ファッキン」のアメリカ人に影響されてか、この巻での舞ちゃんも幾分か口が悪くなってる。今までユーモアの欠落を気にしてたけど、ちゃんと軽口叩けるじゃないか。まさか舞の台詞で笑う時が来るとは思わなかった。「やらんがな」って。

 意外な変化を見せてるのが狩谷。クールなように見えて、やはり自分が手がけた機体には愛着があるのか、対抗意識をのなせる技か。こーゆー人間臭い部分が増えてくると可愛くなってくるなあ。中盤では陰険眼鏡を生かした心遣いまで見せて、「あの狩谷が…」としみじみ。

 遠征先では常に新メニューの開拓に余念のない中村、アメリカでもホットドックのレリッシュ(→コトバンク)に拘る拘る。やぱり炊き出しするんかい。もはや恒例だね。つか久萬、居ついちゃうんじゃなかろか。この辺は取材の成果?

 新大陸編からの登場人物では、やっぱり光ってるのがフェルナンデス中佐とプラッター大尉のコンビ。生粋の海兵隊員であるプラッターの葛藤を、多彩な人脈とお坊ちゃんらしい機転で救うプラッター。そこにあんな伝令だもんなあ。そりゃ混乱するって。つか身分のわりに剛毅な御方だ。誰だ、衣装を作ったの。ヨーコさん?

 やはり最終巻だけあって、全体は戦闘シーンが目白押し。5121ほどではないにせよ、臨機応変の即応力に優れた海兵隊、サーカスまがいの機動で幻獣を翻弄する下品の王様小隊、地味に支援射撃に徹する軽装甲、先陣を切って白兵戦を挑む重装甲、そして絶望的な状況を楽しむ舞と速水の複座。しかも、ええ、当然、それだけじゃありません、はい。つか、すっかり忘れてたわエクスカリバー。使い勝手は…ご想像の通り。パーシバルは何と言うんだろう。

 なんとも陰鬱な雰囲気で幕を開けた新大陸編一巻、一縷の希望が射した二巻、起死回生を狙った三巻、そしてクライマックス。全体を見渡すと、きっちり起承転結の構造になってる。

 最終巻で明らかになった驚愕の設定も多々あるだけに、今後もシリーズは続いて欲しいなあ。いややっぱりね、この巻で白馬の騎士役を果たすアレとアノ人は華があるし。出てくるとパッと明るくなるんだよね、場面が。いっそ番外編で主役に据えちゃうとか←無茶言うな

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2012年10月11日 (木)

山田正紀「ファイナル・オペラ」早川書房

雨夢見えし てふ ゆきて
時のうつるもわきまへず

【どんな本?】

 SF作家としてベテランでありながらミステリにも挑戦し新境地を切り開いた山田正紀による、「ミステリ・オペラ」「マヂック・オペラ 二・二六殺人事件」に連なるシリーズ最新作。終戦直前の東京を舞台に、14年ごとに奉納される秘能「長柄橋」およびそれを演じる明比一族と長良神社を中心に、過去と現在を交錯させつつ、論理と幻想の大伽藍を構築する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 初出はミステリ・マガジン2010年8月号~2011年10月号にかけ連載。加筆修正後2012年3月25日初版発行。単行本縦二段組で本文約398頁。8.5ポイント25字×21行×2段×398頁=417,900字、400字詰め原稿用紙で約1045枚。そこらの長編小説なら2冊分。

 文章は比較的素直なのだが、内容を理解するのに難渋する。というのも、物語の構造が複数の時代に渡り、かつ現実と幻想を変化自在にとりまぜ、著者お得意の「象徴」を随所に散りばめた曼荼羅的な形式であるため。特に前半は一見ランダムにアチコチへと振り回されるので、ついて行くのに苦労する。

【どんな話?】

 昭和20年8月1日深夜~2日の早朝にかけ、八王子の長良神社では、神職を務める明比一族により、秘能「長柄橋」が演じられていたが、B29の空襲により中断した。「長柄橋」は明比一族に伝わり、14年ごとに演じられる。内容は定かではないが、「隅田川」と関係が深いと言われている。14年前に演じられた時、6歳の瓔珞・燦水・そしてぼくは一緒に遊んでいたが、いつの間にか燦水は消えていた。誰に聞いても、燦水を知らないという。

【感想は?】

 読了後、「わけわかんねー!」と思い、この記事を書こうと再度冒頭から読み直したら…ドカンとやられた。いやはや、仕掛け満載だわ。

 私はミステリが苦手な上に、この作品は特にミステリとして敷居が高い。なにせ、語り手が自ら「私は信用できない語り手ですよ」と告白しているのだ。

 ――どうか、ぼくの言葉を信じないでほしい。ぼくの記憶を信じないでほしい。疑ってほしいのだ。どうか、どうか……

 だもんで、早々にミステリとして謎解きに挑戦するのは諦め、「山田正紀作品」として楽しむことにした。でも大丈夫。そういう意味でも、楽しめる要素は満載。なんたって、冒頭からこれだし。

「八月六日午前八時十五分――に戦争は終わった。ぎりぎりだった」

 山田正紀作品の楽しさは沢山あるけど、その一つがアチコチに散りばめられたシンボル。恐らくは精神分析のユング派的な形で作品内に置かれ、物語のテーマで重要な役割を果たす。この作品では、アオムラサキという蝶。架空の種なのかオオムラサキ(→Wikipedia)の別名なのか不明だが…

 山田正紀+蝶といえば、SF者は傑作「チョウたちの時間」を連想する。この作品でもアオムラサキは時に密接した役割を果たす。幼くして世を去った子供の種子の象徴としてこの世に具現し、やがて次の命へと生まれ変わり、「輪廻転生の旅に発つ」。シンボルとしてのアオムラサキは、物語の随所に配置されている。改めて読み返すと、この意味は重いわ。

 舞台は終戦間際の東京。となれば米軍の空襲で焼け野原になり、人の死が珍しくない。特にこの作品が注目しているのは、幼くして何の罪もなく死んでいった子供たち。先のシンボルであるアオムラサキもそうだが、秘能「長柄橋」と関係が深い「隅田川」(→Wikipedia)も子供が重要な役割を果たす。

非情な人買いに攫われた幼子の梅若丸は、病に倒れ葬られる。わが子を取り戻さんと物狂いとなった母は、梅若丸の塚を見つけ…

 となった所で、能談義へとつながっていく。母は梅若丸の姿を垣間見る。だが、他の登場人物に梅若丸は見えない。そこで論争が起きる。梅若丸は舞台に出すべきか、出さざるべきか。これは題目の解釈に深く関わる問題で、当然ながら「長柄橋」にも重要な影響を及ぼす。

 とは言っても、肝心の「長柄橋」が、なかなか姿を現さないので、なんとももどかしい所ではあるのだけど。この「長柄橋」の解釈が、いかにも山田正紀らしい哀しみに満ちた視点なのが、かつて彼の作品を読み漁った者として嬉しい限り。「神狩り」や「弥勒戦争」に通じる、いやより広がりを増した視点なんだよなあ。

 そう、どうしようもない世界の理、または絶対的な力によって君臨する者、それらに対し、道具として遣い捨てられ、または単なる障害物として排除されてしまう者たちが、その理不尽になんとかして抗おうとする物語。かつての作品は、それでも闘う術を持つ「戦士」の物語だったのが、これは抗う術すら持たぬ弱者の視点までが加わった。

 「イリュミナシオン」あたりでは恨み節が少々度を越していた感があったけど、この作品はその辺が控えめでありながら、随所に出てくる子役やアオムラサキが哀しみを滲ませる。ブラッドベリが何を書いてもブラッドベリになるように、山田正紀は何を書いても山田正紀なんだなあ。

 ミステリとしてのトリックはもとより、終盤での「アオムラサキ」「隅田川」「長柄橋」「長良神社」、そして混沌とした語り手の記憶や瓔珞・燦水などの謎が次々と明らかになる展開は、目から鱗がポロポロ落ちていく感覚で快感至極。まあ、そこで再び冒頭を読み返すと「な、なんだってー!」となり、再び混沌に叩き落される。

 つまりですね、結局、私はこの作品をどう解釈していいか、よくわからないんですよ、はい。自分の好きなように解釈しろ、って事なのかしらん…シテ役のつもりで。

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2012年10月 9日 (火)

アーネスト・ヴォルクマン「戦争の科学 古代投石器からハイテク・軍事革命にいたる兵器と戦争の歴史」主婦の友社 茂木健訳 神浦元彰監修

第三次世界大戦でどのような兵器が使われるのか、わたしには予想できない。断言できるのは、第四次世界大戦が石と棍棒で闘われることだ  ――アルベルト・アインシュタイン

【どんな本?】

 古代の棍棒や石槍からチャリオットと合成弓,カタパルトと攻城機,鞍と鐙,イングランドの長弓,大砲から銃,そして原子爆弾から最新のステルス機へと兵器は進歩してきたが、その裏には政治・軍事と密着した科学者たちの献身があった。科学は人の生活を豊かにすると同時に、人殺しの技術も支える。

 兵器・戦争技術の進歩と科学の歴史を豊富なエピソードで辿り、科学のあるべき姿を問う歴史ノンフィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Science Goes to War : The Search for Ultimate Weapon, from Greek Fire to StarWars, By Ernest Volkman, 2002。日本語版は2003年9月10日第1刷。単行本縦一段組みで本文約432頁+監修者解説10頁。読みやすい10ポイントの文字で40字×17行×432頁=約293,760字、400字詰め原稿用紙で約735頁。長めの長編小説の分量。

 翻訳物の軍事&科学という、お堅く小難しい話になりがちなテーマにしては、拍子抜けするほど読みやすい。科学・歴史ともに多くの前提知識も不要で、中学卒業レベルの常識があれば充分に読みこなせる。同様の傾向の本としてはウイリアム・マクニールの「戦争の世界史」,アルフレッド・W・クロスビー「飛び道具の人類史」,創元社の「戦闘技術の歴史」シリーズがあるが、とっつきやすさはこの本が一番。

【構成は?】

 イントロダクション 機械に閉じ込められた亡霊たち
第一章 いかに勇猛な戦士も、もはや無力だ!
第二章 信仰の花嫁
第三章 龍の顎
第四章 素晴らしき新世界
第五章 王たちの最後の手段
第六章 鎖を解かれたプロメテウス
第七章 魔法使いの弟子
第八章 一千個の太陽
第九章 亡びの時代
 エピローグ 微生物と雷光
  解説( 神浦元彰)/参考文献一覧

 原則として古代から現代まで素直に時系列順に並ぶ構成。地理的には地中海周辺と欧州が多いが、少しだけ中国と日本も出てくる。

【感想は?】

 「権力者は戦争のために科学に力を入れてきたし、一見、政治と無縁に思える科学者も、実はこんなに戦争に協力してきたんですよ、これでいいんですか?」として科学者の戦争責任を問う、そいうのが著者の姿勢。私はこの意見に同意しないので、そういう政治・倫理主張の部分は辟易したものの、本書の大半を占める「科学・技術の進歩と兵器・戦争の進化」を綴る部分は楽しく読めた。

 やはり紀元前1800年のチャリオットから、次々と登場しては他の兵器・戦術に破られていく兵器・戦術の数々は素直に面白い。男の子の血が騒ぐというか。

 牛車を元に改造したチャリオット、実用上は操縦手と戦士の二人乗り。両輪が独立して回転する構造なので、意外と小回りが効いた模様。戦士の武装は最大射程180mの合成弓。しかし無敵を誇るチャリオットも、鉄器と騎兵に粉砕される。紀元前1000年ごろのアッシリアは三万人の常備軍を擁していた、というから凄い。

 ギリシアは大物が好きらしく、登場するのはカタパルトと破壊槌を備えた攻城機。だが攻城機の末路は哀れ。なんと落とし穴に嵌って退場してしまう。

 科学者を積極的に軍事活用したギリシアと違い、ローマは「技術者たちを使ってその模倣をするだけだった」。密集方陣(ファランクス)で無敵を誇ったローマも、鞍と鐙を装備した蛮族に蹂躙される。機動力の差は大きいねえ。

 次に登場する新兵器は1415年、フランスvsイングランドのアジャンクールの戦いで活躍する長弓。一万五千のフランス軍を五千~千のイングランド軍が蹂躙する。12世紀のウエールズで生まれた長弓、これに苦戦したエドワード一世がイングランド軍に取り込む。その理由が笑える。「貧乏で騎士を雇えないから」。農民が狩猟に使ってたので組織化されていなかったのを、エドワードは部隊として組織、また弓術大会を開催する。ただし訓練期間は10~20年必要で、これが他国が長弓を採用する難関となる。

 その長弓兵もフランスの大砲に虐殺される。大砲に対抗するためイタリアでは築城術が発達した。ここで登場するのがレオナルド・ダ・ヴィンチ。ミラノに新兵器開発者として求職にきたが失敗、この時の名言が「自分は……ほかのあらゆる仕事と同じくらい……絵も巧みに書ける」。暫くミラノに留まった彼は幾つかの傑作絵画を残しましたとさ。就職活動に成功していたら、美術史は変わっていたのかも。

 長弓の脅威に瀕したフランスのシャルル七世は科学者を組織して研究機関を設立、以後欧州では新兵器の開発競争が始まる。香辛料を求めるポルトガルのエンリケ王子に始まる造船競争は地図学と羅針盤を生み、やがて正確な時計ウロノメーターへと発展する。ルイ14世は流れ作業による大量生産を始め、イングランドでは円錐形の砲弾とライフリングを発見する。

 兵器ばかりではない。ナポレオンの大遠征を可能にしたのは殺菌済みの携行食料、瓶詰めだった。これに対抗してイングランドは缶詰を開発する。

 もっと徹底したのがプロイセン。教育改革でベルリン大学を頂点とする科学研究ネットワークを組織し、博士号や国定教科書など現代の教育制度の基本を整備する。「ドイツの科学は世界一」の秘訣は、ここにあったのね。それを速攻で取り入れたのが日本、対馬で科学技術の重要性を鮮烈に世界にアピールする。

 科学と軍事の関係は第一次世界大戦で更に深まり、Uボート・戦車・毒ガス・船団方式を生む。無限軌道の起源が意外。

ぬかるんだ農地での仕事ができずに困っていたその農民は、鉄片をつなぎあわせて無限軌道を作り、その上に農具をセットするという素晴らしいアイデアを思いついた。

 なんと農民の智恵だったとは。
 以後、航空機・エニグマ暗号機とコンピュータ・B29とトランジスタなどが続々と登場し、ついにマンハッタン計画の原爆へと発展していく。

 少々、著者のメッセージが鼻につく部分もあるが、中心を占めるエピソードは意外なトリビアが満載。文章も読みやすく、新兵器大好きな「男の子」には興奮に満ちた一冊。

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2012年10月 7日 (日)

SFマガジン2012年11月号

「わたしはもう一度、天に向かって飛ぶ。だからといって天使なんかじゃない。ただ、意思の強い女なだけよ」
「天に飛び込むことは、天使になる条件として十分だと思うよ。少なくとも、大多数の人にとっては」
「院主は翼を信頼しすぎだわ」
「あなたは信頼しなさすぎだ。翼をつくっている本人だというのに」
  ――ジェイ・レイク「星の鎖」志村未帆訳

 280頁の標準サイズ。今月の特集は「日本SFの夏」として、インタビュウ5本(円城塔・沖方丁・月村了衛・長谷敏司・高野史緒)・夢枕獏×寺田克也トークイベント・宮内悠介の短編「ジャララバードの兵士たち」、そして沖方丁原作&大今良時絵の漫画「マルドゥック・スクランブル 手紙」など。こうして見ると、今の日本SFって、確かに元気そうだなあ。小説は他にジェイ・レイク「星の鎖」,梶尾真治の怨讐星域シリーズ「闇の起源」を収録。

 宮内悠介「ジャララバードの兵士たち」。「ヨハネスブルグの天使たち」「ロワーサイドの幽霊たち」に続く、DX9シリーズ。タリバンは崩壊したが、雑多な勢力が入り乱れ乱戦状態になった近未来のアグガニスタンが舞台。記者のルイは、案内兼護衛の米兵のザカリーと共に、パキスタン国境の部族地帯からカブールに向かっていたが…
 勝手にアフガニスタンの歴史を想像すると、ISAFがタリバンを倒したがカルザイ政権も崩壊して民族部族バトルロイヤル状態になり、辛うじて米軍が踏ん張っているが、地元の民衆から米軍は嫌われまくっている。人数的にパシュトゥンが優勢だが、タジク人やハザラ人も迫害にめげず生き残り戦い続けている。しかしDX9の使い方が酷いw

 梶尾真治「闇の起源」、今回はニューエデンが舞台。絶対権力者アンデルス・ワルゲンツィン誕生の記録。やがて来るアメリカ大統領アジソン一党を乗せた宇宙船ノアズ・アーク。地球に置き去りにされた恨みを晴らすべく、ワルゲンツィン率いる正義の人類党は防衛力強化に努める。折りしもテンゲン山中腹で、アジソンの末裔が放ったと思われる探査機が発見され…
 今までの物語が収束し、いよいよファースト?コンタクトが迫って来た感がある。幼くして父を亡くした少年時代のワルゲンツィン君は、ききわけの良い「いい子」。ニューエデンの人々の間で、地球の記憶が失われている様子を巧く表している。

 ジェイ・レイク「星の鎖」、解説を読んでもイマイチ世界観がつかめない。地球を含め天体が歯車で動いている世界。なんと異様な。もはやSFというよりファンタジーだ。<壁>の頂上をさすらう女、ザライ。かつて愛した男マニックスは、天へ向かうため歩み去った。果樹園で院主に出会ったザライは、マニックス同様に天へ向かおうとするが…
 マニックスの表記がマニックスだったりニックスだったりでややこしい。世界観がよくわからん。たぶん地球の赤道上に大きな歯車があって、天から降りてくる巨大歯車と噛み合っているんだと思うが。それでもザライの元に人々が集まってくる様子は、なかなか燃える。ファンタジーかSFか判然としないので、工学的な部分は甘いのかそーゆーモンなのか、どうも判断に苦しむ。

 円城塔インタビュウは、伊藤計劃の遺稿を引きついだ「屍者の帝国」について。確かもう書店には並んでるはず。もしかしたら今までの円城塔の作品の中では、最もわかりやすい作品なのかも。彼らしく全体の長さを計算した上で、構成から考えたとか。というか、彼の場合は「設計した」って表現の方が適してるかも。執筆速度が「自分の小説を書く場合と変わりませんでした」ってのは意外。実は器用な人なのかも。書評にも何度か黒丸尚の名前が出てきたり、やっぱり影響力が大きいんだなあ。

 沖方丁インタビュウは、「光圀伝」が中心。「容赦なく書けるようになった」ってのが怖い。今後バロットとウフコックは更に苛められるんだろうか。

 月村了衛インタビュウは、やっぱり機龍警察がテーマ。よく調べてあるなと思ってたら、「国際政治・国際軍事について得に明るいというほどではありません。執筆と並行して泥縄式に勉強する」って、それはそれで凄い。北アイルランドなんてやたらゴチャゴチャしてるのに。

 高野史緒インタビュウは「カラマーゾフの妹」をメインに。新潮のファンタジーノベル大賞について「山之内洋さんとお話していたんですが、あの章は当時、駆け込み寺みたいなものだったんです」ってのが笑った。確かに「なんでもあり」な感じがあるよね。今ならライトノベルにアレンジするか、メフィスト賞あたりかな?

 READER'S STORYはTAKEHIKO「食事の記憶」。味覚データを収集するため、頭に測定器をつけたままフルコースを味わう被験者。取ったデータは、仮想空間の食事用として使うらしいが…
 いやこのデータ欲しいわ切実に。私としてはそれほど高級なシロモノじゃなくて、某定食屋のトンカツ定食とか生姜焼き定食とか天麩羅定食とかカツカレーとか…って庶民的なモノしか浮かんでこないのが情けない。いやほら下腹部の発達が気になるし、嬉しいでしょ、こーゆーのあると。

 最後はサンディエゴ・コミック・コンベンション・インターナショナル2012レポート。会場が手狭になってきたため、大手ゲームメーカー・映画・TV業界は会場近郊のホテルの一部を借り切ってテストプレイ場や屋台を出している、とのこと。ワーナーは屋外ステージでライブもやっちゃってる。いずれコミックマーケットも、そうなるのかなあ。

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2012年10月 4日 (木)

サイモン・シン「フェルマーの最終定理 ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで」新潮社 青木薫訳

xn + yn = zn
 この方程式はnが2より大きい場合には整数解をもたない。

【どんな本?】

 誰にも理解できるほどシンプルな問題であるにも関わらず、358年もの期間に渡り誰にも解けなかったパズル、フェルマーの最終定理。この定理を縦軸に、ピュタゴラスから現代に至る数学の歴史・フェルマーの定理への挑戦が生み出した様々な数学の分野・この難問に挑んだ数学者たちを描くと共に、アンドリュー・ワイルズが成し遂げた偉業の意味を解説するドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は FERMAT'S LAST THEOREM : The Story of a riddle that confounded the world's greatest minds for 358 years, by Simon Singh, 1997。日本語版は2000年1月30日発行、私が読んだのは2003年12月15日の21刷。バカ売れだなあ。今は新潮文庫から文庫版が出ている。

 単行本縦一段組みで本文約361頁+補遺20頁+訳者あとがき7頁。9ポイント43字×20行×361頁=約310,460字、400字詰め原稿用紙で約777枚。長編小説としてはちょい長め。

 文章そのものは読みやすいのだが、なにせテーマが数学だけに、多少の数式は出てくるものの、冒頭に挙げた式の意味が分かれば充分に楽しめるレベルに押さえてある。ただし、パズルに熱中しがちな人は要注意。文中に幾つか数学の問題が出てきて、これに熱中するとなかなか前に進めない。

【構成は?】

  序 ジョン・リンチ
 はじめに サイモン・シン
第Ⅰ章 「ここで終わりにしたいと思います」
第Ⅱ章 謎をかける人
第Ⅲ章 数学の恥
第Ⅳ章 抽象のなかへ
第Ⅴ章 背理法
第Ⅵ章 秘密の計算
第Ⅶ章 小さな問題点
第Ⅷ章 数学の大統一
 補遺/訳者あとがき

【感想は?】

 埃が溜まりきって詰まってたのーみその溝を、一気にシャワーで洗い流された気分。

 数学そのものの面白さもさることながら、やはり奇人・変人揃いの数学者たちの列伝が楽しい。序ぶんからして、数学者の「変さ」が伝わってくる。

数学者と話をしていて驚かされたのは、彼らの話す内容の恐ろしく正確なことだった。質問をしても即座に答えが返ってくることはなく、彼らの頭の中で答えの構造が完全にできあがるまで待たされることもしばしばだった。

 そーゆー連中を集める目的で設立されたニュートン研究所、討論を活発にするため「人と会わずに引きこもっていられるような廊下の奥の部屋は一つもなく、すべての研究室は中央の広間に面している」。エレベーターどころか「トイレにまで黒板が置かれているのだ」。

 ピュタゴラスの時代には秘密主義だった数学者、プレトマイオス一世が「偉大な書物をすべてこの地に集める」という野望に取り憑かれ図書館を作りはじめて様子が変わってくる。本を持つ旅人から原本を没収し写本を返した、というから酷いw 苦労して集めた書物も、BC47年にカエサルに焼かれ384年にキリスト教徒の皇帝テオドシウスに破壊され642年にカリフ・ウマルの命で灰となる。それでもユークリッドの原論は聖書の次に売れてるそうな。

 肝心のフェルマー、案外と性格が悪くて「人を困らせて喜ぶようなところがあった」。3世紀以上も数学者をてんてこ舞いさせたんだから、さぞや本望だろう。確率論の創立にパスカルと共に携わり、微積分も彼が発案したんだとか。ニュートンだとばかり思っていた。

 定理の証明に賞金を出したパウル・ヴォルフスケールの物語は笑える。失恋したヴォルフスケール、自殺の日取りを決め深夜零時に拳銃で頭を打ち抜く計画を立てる。当日、やりかけの仕事や遺書を書くと時間が余った。オーギュスタン・リュ・コーシーとガブリエル・ラメによる最終定理の証明のミスを指摘するエルンスト・クンマーの著作を拾い読みしはじめたらギャップを見つける。これの修復に熱中してたら夜が明けてしまった。ヴォルフスケールおじさん、謎に感謝して遺産を懸賞金にあてましたとさ。遺族は遺書を見てガックリきたっぽいけど。

 ところがこれが人騒がせ、世界各国からアレな人たちから「証明」が送られてくる。「奇妙な論理」で有名なマーティン・ガードナー曰く。

 彼の友人の一人は、自分には証明を吟味するほどの力量はないと書き添えて送り返すそうである。ただしそのときい、その分野で助けになりそうな人物の名前と住所を教えてやる――すなわち、最近証明を送りつけてきたばかりのアマチュアを紹介してやるのだ。

 わはは。
 物語は谷山=志村予想を介し、エンディングへと向かう。谷山=志村予想とは、「ある楕円方程式のE系列は、おそらくどれかの保型形式のM系列になっているのではないか」って、なんのこっちゃ。文法や表現形式が違うだけで、同じコトガラを示しているって意味かしらん。電気と磁気は相互に変換可能、みたいな?

 これの嬉しいところは、楕円方程式で難しい部分は、モジュラー形式でやればいい、という点。それぞれ独自の発達を遂げた分野が、長所短所を補い合える。ワイルズの仕事は、この予想を証明することであり、これにより楕円方程式とモジュラーが互いに利益を得られる関係になれる、ということ。

 個々の問題を解決するためそれぞれ進化した数学が、再び統合に向け一歩を踏み出した。これが、ワイルズの証明の大きな意味である、と。

 自然数・整数・分数・少数・無理数など我々が当たり前に使ってる「数」が「発見」される過程など、初期の数学の歴史もなかなかエキサイティングだし、実数が複素数に広がる所は目が覚める想いがした。試しに "iの平方根" を Google で検索すると、ちゃんと解が出る。Googleすげえ。最後に、この本に出てた面白いパズルを出して終えよう。

天秤を使って1~40kgまで1kg単位で量るためには、最低何個の分銅が必要か。

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