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2012年9月19日 (水)

チャイナ・ミエヴィル「都市と都市」ハヤカワ文庫SF 日暮雅道訳

「いいじゃないか。ウル・コーマの食べ物だぞ。食べてみたいくせに」
私はシナモン味のエンドウ豆と、濃くて甘い茶をコルヴィに勧めた。コルヴィは断った。
「ここに来たのはな、雰囲気にひたってみるためだ。ウル・コマの精神を感じてみようってな。ああまったく、きみは賢いよ、コルヴィ。きみがここについて知らないことは、私にも説明できない。ちょっと助けてくれないか」

【どんな本?】

 イギリスの新鋭SF作家チャイナ・ミエヴィルによる、現在の東欧らしき都市を舞台にした長編SF小説にして、殺人事件の謎を追うミステリ。ヒューゴー賞・世界幻想文学大賞・ローカス賞・クラーク賞・英国SF協会賞と燦然たる受賞歴に輝き、恐らく「SFが読みたい!2013年版」でもコニー・ウイリスの「ブラックアウト/オールクリア」とデッドヒートを繰り広げるのは確実の話題作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は THE CITY & THE CITY, China Mieville, 2009。日本語版は2011年12月25日発行。文庫本縦一段組みで本文約506頁+大森望の解説12頁。9ポイント41字×18行×506頁=約373,428字、400字詰め原稿用紙で約934頁。

 正直言って、娯楽小説としてはあまり読みやすくない。出てくる名前が東欧風で馴染みがない上に、ハードボイルドを意識してか、二重否定などの妙に持って回った言い回しが多い。せめて登場人物一覧をつけてくれないかなあ、早川さん。

【どんな話?】

 舞台は現代の東欧。都市ベジェルのスケートボード上のそばで、若い女性の遺体が見つかる。過激犯罪課のティアドール・ボルル警部補は、リズビェト・コルヴィ巡査とともに捜査にあたる。被害者の身元は不明、目撃者は四人のティーンエイジャー。致命傷は胸の刺し傷、他にも複数の傷があり、特に顔の切り傷が目立つ。目撃証言から手がかりになりそうな灰色のヴァンを追い、持ち主を突き止めたが…

【感想は?】

 書名が示すとおり、この本の最大の魅力は都市ベジェルと都市ウル・コーマ…というより、その二つの都市を成立させている住民たち。

 両都市の発想が凄い。地図上ではたぶん東欧にあるらしいが、住民の涙ぐましい努力によって二つの都市が同じ場所に重なって成立している。といっても完全に重なっているわけではなく、一部は完全なベジェルで、一部は完全なウル・コーマ、そして一部は重なって存在している。両都市の境界は入り組んでいて、オランダとベルギーが混じりあうバールレ=ナッサウ(→Wikipedia)を更にシェイクした感じ。

 完全なベジェル・完全なウル・コーマなら問題ないが、問題は重なっている場所。地理的には重なっていても、社会・文化的には別の都市として存在している。どうやってそんな無茶を成立させているのか、というと。

 互いの住民が、互いを<見ない>ことで、二つの都市を同時に存在させるわけです。道を歩くベジェル人と、向うから来るウル・コーマ人がすれ違う際は、お互いに相手が見えていないように振る舞い、かつ、接触しないように気をつける。見えてるけど、見ない。建物も同じで、ベジェル人はウル・コーマの店や建物を<見ない>し、ウル・コーマ人はベジェルの店には入らない。

 どうやってベジェル人とウル・コーマ人を見分けるかというと、服装やしぐさ。建物や店は、様式や看板、または言語で見分ける。つまり、見分ける程度には見てるんだけど、動作としては<そこには誰もいない・何もない>かのように振舞って、二つの都市を同時に成立させている。

 お陰で小説内の記述が、やたらとややこしい。現実には人でにぎわっている街路も、歩いているのがウル・コーマ人ばかりの場合、ベジェル人が見たら閑散とした通りになる。

 いっそ統一しちまえよ、と思うのだが、両都市間の関係も複雑で、とりあえず両都市とも存続させましょう、という方向で双方の大意はまとまっている。違う意見の人もいるけど、どうやら過激派扱いされている様子。ということで、両都市間を行き来する際は、特定の場所<コピュラ・ホール>の検問を通るのが正式な方法。物理的な障壁があるわけじゃないんで、やろうと思えば簡単に越境できる場所が沢山あるんだが…

 勝手に越境したり、両国の住民が直接に会話を交わしたりすると、その行為は<ブリーチ>と見なされ、謎の組織<ブリーチ>により、厳しい処分を受ける。

 つまり、現実には壁がないんだけど、そこに住む住民の規範・文化・社会によって、壁があるかのごとく両都市が並存してるわけ。

 ここまで無茶な設定はほとんどギャグなんだが、著者はクソ真面目に設定を守って話を進めていく。とまれ一部には自嘲的にギャグを入れてて、冒頭の引用がそれ。主人公のティアドールがコルヴィを誘い、ベジェル内のウル・コーマ・タウンの店で食事する場面。これの直前のダプリール・カフェもふるってて。

 イスラム教徒とユダヤ教徒の店が合体してて、二つのキッチンがあり、それぞれイスラムとユダヤの律法に従った食事を出す。屋台村や、大型スーパーのフードコートの個人商店版かな?で、同じ店でムスリムとユダヤ人が仲良く談笑できる、という店。現実にありそうな気がするんだが、どうなんだろう。

 などと底抜けにおバカな設定ながら、お話は大真面目なミステリ・警察小説として進んでいく。こういう都市なだけに、捜査も両都市間の協力が必要となり、話は双方の警察・民間人・政治活動家・外国人を交え更に混乱した方向へ迷い込む。外国人が入国する際に必要な手続きとか、なまじ誠実に描いているのがかえって滑稽だったり。

 ベジェルとウル・コーマ、両国の並存を成立させる強制力<ブリーチ>の正体、そして第三の都市の噂。法や規範で成立させた二重都市という設定は、人の文化がどこまで物理的な世界を克服できるか、または文化がどこまで人を支配しうるか、という大きな問いを投げかけている。

 でもやっぱり登場人物一覧が欲しいぞ。

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