デイヴィッド・アーモンド「肩甲骨は翼のなごり」東京創元社 山田順子訳
「絵を描くのは、世界をよりよく見ることなんだよ。自分が目にしているものを、細かいところまでよく見る助けになる。それ、知ってた?」
【どんな本?】
現代イギリスの作家デイヴィッド・アーモンドによる、ちょっと謎めいた雰囲気の児童文学。1998年ウィットブレッド賞児童文学部門・イギリス図書館協会の児童文学賞であるカーネギー章受賞作。作文とサッカーが得意な少年マイケルが、引っ越した先の崩れかけたガレージで発見した「彼」、そして秘密を共有する隣の少女ミナ。春の訪れは、マイケルに何をもたらすのか。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は SKELLIG, by David Almond, 1998。日本語版は2000年9月25日。今は創元推理文庫から文庫版が出ている。ソフトカバー縦一段組みで本文約174頁。9ポイント45字×20行×174頁=156,600字、400字詰め原稿用紙で約392枚。長編小説としては短め。
児童文学だけに、文章も読みやすさに気を使っている模様。段落は短めだし、会話の割合も多い。構成も多数の短い章が続く形になっている。読み始めたら、あっさりと読み終えてしまう。
【どんな話?】
サッカーが得意な少年マイケルの一家は、冬の終わりに引っ越した。新居は家も庭も荒れ果て、ガレージは崩れかけている。産まれたばかりの妹は体調が悪く、マイケルもおかあさんもおとうさんも心配している。学校は転校せずに済んだ。バスで通わなきゃいけないけど。
ガレージを探検したマイケルは、そこで「彼」を見つける。ほこりとくもの巣と青蝿の死体にまみれた彼は、死んでいるように見えたが、しわがれた声でマイケルに問いかけた。「なにが望みだ?」
隣に住む少女ミナは変わっている。初めて話した時は、木の枝に座ってブラックバードを写生してた。学校には行っていないけど、難しい喋りかたをするし、ブラックバードの巣のありかもしっている。マイケルは「彼」の事をミナに打ち明け…
【感想は?】
アメリカの作家だと思って読み終え、解説を読んだらイングランドの作家だった。原題の Skellig はアイルランドの島の名前だそうなので、お好きならケルト風の解釈をしてもいいかも。
読了感は爽やかで、少しだけ寂しいけど、静かな希望が残る。若い人ほど楽しめると思う。
出だしはマイケル君が新居に呆れる場面から。一人暮らしの老人が住んでいた家で、ほこりだらけで全面改装の必要あり。庭も荒れ果て、雑草が生い茂っている。最悪なのはガレージで、セメント袋や錆びた釘などのガラクタが散乱している上に、建物自体が崩れかけでいつ崩壊してもおかしくない。
ってんで、立ち入り禁止を言い渡されたマイケル君だが、そこはイタズラ盛りの男の子。目の前に小型とはいえお化け屋敷があれば、冒険せずにはいられない。おそるおそる入ってみたら、とんでもないモノを見つけてしまい…
お行儀がよくおとなしめの文章だが、マイケル君は本来活発な子。サッカーでもスライディングが上手で仲間から頼りにされている。そういう子供を静かな文章で書くのは、やっぱりイギリスだから、かな。
夜にはフクロウの声が聞こえる所だから、舞台は都会じゃない。でもバスで学校に通えるし、あまり田畑の風景も出て来ないんで、地方都市の郊外ぐらいに思えばいいんだろうか。
そのためか、世界は意外とワイルド。ご存知の通りフクロウは愛らしい外見に似合わず肉食だし。冒頭から、作品には死の匂いが色濃く立ち込めている。新居は一人暮らしの老人が孤独死した家だし、あかんぼうの妹も入退院の繰り返し。おまけにマイケル君は転居で少々参ってる。他にも鳩の死骸など、死を思わせる表象が満ち溢れている。
などと鬱屈した所に現れる「彼」と、隣の女の子ミナ。「彼」のことはおいそれと人に言えないが、彼女なら大丈夫だろうと考え、秘密を打ち明け…
いいねえ、少年と少女の秘密。バーネットの「秘密の花園」以来の、児童文学の黄金パターン。あれも秘密の共有から始まる死と再生の物語だった。これもソレっぽい部分があって、ペルセポネ(→Wikipedia)なんてシンボルも出てくる。季節が冬の終わりなのも雰囲気を盛り上げている。「秘密の花園」は庭が重要な意味を持っていたように、この物語でも庭が重要な役割を担う。
もうひとりの重要な登場人?物は、猫のウィスパー。マイケルとミナの冒険に同行し、けど猫の気まぐれを発揮して勝手に動き回る。田舎の猫はヤワじゃない。
子供時代ってのはわからない事だらけで、行動の自由も少ない。子供なりにシンドイ事もあるけど、子供にしか体験できない事もあるし、過ぎてしまった時代は戻らない。それでも、幼い頃に体験した事は深く心の中に残るし、大人になっても影響を与え続ける。知った世界の中には、誰にも信じてもらえない事だってある。
原題の Skellig を「肩甲骨は翼のなごり」としたセンスには脱帽。詩情を漂わせ、かつ内容を伝えるという点では、原題を越えていると思う。タイトルが気になった人なら、きっと感性が合う。
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